ありそうでない話

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 耳元で陸に言い聞かすように囁いた。

「お前は汚くなんかない」
「…………」

 ゆっくりと、ぎごちなく陸の腕が哲也の背中に回った。その感触を受け止めながらさらに腕に力を込めた。

「お前は何も悪くない」
「……哲也さん」
「……辛かったよな」
「…………」

 ぎゅっ、と陸の両手が哲也の服を握りしめた。顔を埋めたままの陸を抱き締めながらじっとしていた。やがて、陸がゆっくりと体を離して顔を上げた。泣いているのかと思っていたが、陸は泣いていなかった。

 心からの、陸らしい笑顔で哲也を見つめていた。その唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……ありがとう」

 なんに対してのお礼なのか。そんなことはどうでもよかった。陸が笑ってくれるなら。本当に、心の底から笑ってくれるなら。別に意味なんてどうでもいい。

 哲也はふっと陸に笑顔を返した。

「風呂、一緒に入ろうか」

 結局、その後浴槽にお湯を張って一緒に入った。もちろん、哲也に我慢ができるはずもなく、陸の体を洗ってやった後、そのまま交わってしまったけれど。

 なんやかんやで栗原の言うとおりになったな。

『いきなり陸くんとヤるつもりじゃねぇだろうな』

 そう電話口で言った栗原の言葉を思い出して、ベッドの上で哲也は苦笑いした。

 隣ですやすやと眠る陸を見る。またこうして一緒に寝られる日が来るなんて思ってもみなかった。陸が自分を見限って出ていったとばかり思っていたが、まさかそれが自分の勘違いだなんて思いもしなかった。

 しかも、事故に遭って、監禁までされて。この2ヶ月間、どれだけ怖い思いや、辛い思いをしたのだろう。それを想像すると、哲也の心が痛んだ。

 そっと手を伸ばして陸の頭を撫でる。陸のこの幼い可愛らしい顔が仇となるなんて、陸だって思ってもみなかっただろう。

 もう、離したくない。この先、ずっと陸を守りたい。

 その覚悟を決められなかった自分は、根性のなかった自分はもう要らない。失って初めて気づくなんて自分は馬鹿だったけど。気づいたのだから、それを認めて、あとは貫くだけだ。

 哲也はゆっくりと顔を陸に近づけた。起こさないように優しく陸の柔らかい髪にキスを1つ落とす。

「おやすみ」

 囁くように、陸の耳元で呟いた。
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