ずっと、欲しかった

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 見つめ合ったまま考える。

 もうきっと、誤魔化しは効かないだろう。さっきの床に落ちた自分のジャケットやネクタイについては見て見ぬフリをしてくれたが。さすがにこんなものが勝手に付くわけがないし、森本が寝ている間に付けることができたのは倉田しかいないのだから。

 正直に話すつもりで、口を開きかけた。が、沈黙を破ったのはまたもや森本だった。

「倉田先生……。これ……倉田先生が……?」

 振り返り、倉田を再び見つめて森本が尋ねた。

「……はい」
「……なんでですか?」
「……付けたかったから」
「え?」
「森本先生に付けたかったからです」
「…………」

 森本はその倉田の言葉の意味を理解しようと何か考えているらしかった。森本を困らせるのも嫌だったし、早くこの状況から逃れたい気持ちも働いて、この話を無理やりにでも終わらせようと口を開いた。

「……出来心だったんです。もう誤魔化しも効かないだろうから言いますけど、俺、男が好きなんで。だから、森本先生が寝てるのを見て、ちょっと、我慢できなくなったって言うか……。でも、他のことはもちろんしてません。ほんとに、すみませんでした」

 倉田は早口にそう説明して頭を下げた。半分は本当で、半分は嘘だった。我慢ができなかったのは事実だ。しかし、別に男が好きだったわけじゃない。出来心でもない。しかし、そう言ってしまった方が森本を悩ませることもないし、後腐れもないだろう。謝ってしまえばいい。それで森本が許そうと許すまいと何が変わるわけでもない。

「……頭、上げて下さい」

 そう静かに言われて、ゆっくりと頭を上げた。自分を見る森本の予想外の表情に驚く。

 森本は、悲しそうな顔をしていた。もっと軽蔑や怒りの目で見られると思っていたのに。

「……出来心だったんですか?」
「え……?」
「本当に……出来心だったんですか?」
「…………」

 今度は、倉田が森本の言葉の意味を考える番だった。

 森本は一体、どういう意味で聞いているのだろう。どう言えば正解なのだろう。

 倉田が答えられずに戸惑っていると、森本がゆっくりと倉田へ近づいてきた。
 
 え??

 そのまま、森本が倉田に抱き付いてきた。倉田は突然の出来事にうまく対処できず、固まったままそれを受け止める。倉田の肩に額を押しつけて、森本が呟いた。

「出来心じゃなかったらいいのに」

 その言葉に目を見開いた。心臓の鼓動がドクドクと音を立てて早くなるのを感じた。森本の体から石けんの香りがふわりと漂う。

「……森本……先生?」
「……俺は、いいなと思っていました。倉田先生のこと」
「…………」
「男が好きかどうかはよく分かりませんけど、だけど、倉田先生とは……」

 そこで、一瞬、森本が言葉を止めた。そっと顔を上げて、倉田の瞳を覗く。水分の多い、潤んだ大きな瞳が目の前にあった。

「……倉田先生とは、こういう関係になりたいと思っていました」

 次の瞬間には。森本の唇にむしゃぶり付いていた。両手で森本の顔を包んで逃がすまいと唇を押し付ける。

「は……ん……」

 森本が熱い息を漏らし始める。もう、何も考えられなかった。ずっと、欲しかったもの。それが、向こうから手の内に入ってきた。それを拒む理由も勇気もない。どんなつもりで森本がそう言ったのかは二の次だった。

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