再生

文字の大きさ
上 下
4 / 12

縮まらない距離

しおりを挟む
 それから1週間に一度、和馬が訪ねてくるようになった。夕方近くに訪ねてきて、部屋が汚れていれば掃除をし、洗濯をし、最後に夕飯を作って帰っていった。

 会話はほとんどなかった。煌生が話しかけても和馬が無視するからだ。ヘルパーに関する、必要最低限のことにしか反応してくれなかった。

 めっちゃ、怒ってはるわ。

 まあ、無理もないか。そう思って、今日もフローリングの床に座って黙々と洗濯物を畳む和馬の後ろ姿を見ながら思う。

 素直じゃない和馬を苛めたくなって、ついつい無理やりヤろうとした。いや、ヤろうとはしてなかったか。ただ、あいつが傷つくようなことを言ってやりたかっただけだ。

 その目論見どおり、和馬は傷ついた。だが、その傷は思ったよりも深かったようだ。そしてあの時のあの和馬の瞳を見て、煌生は後悔した。あんな風に和馬と距離を縮めようとしたって、効果がないことは分かっていたのに。

「カズ」

 試しに名前を呼んでみる。

「…………」

 やっぱり、無視や。

「腹、減った」

 そう言うと、洗濯物を畳む手を止めて、和馬がこちらを振り返った。

「先、飯作るわ」

 立ち上がって、キッチンへと消えていく。その後に続いた。一緒にキッチンに入ってきた俺を認めると、あからさまに和馬が嫌な顔をした。

「あっちいっとってくれへん? 気が散るわ」
「なんで? 警戒してるん?」
「……何が?」
「また俺に押し倒されるんちゃうかって」
「別に……」

 そこまで言って、しまった、と思う。またやってしまった。どうしても和馬を困らせたくなるのだ。そんな困った顔を見て、可愛い、と思ってしまうのだ。

 俺、昔から変わらへんな。

 そう思う。和馬と過ごした少年時代。煌生は我儘放題だった。しゃーないなぁ、と和馬が苦笑いしつつも煌生の無理な要望を呑んでくれるのが嬉しくて。自分に従順な和馬が可愛くて。どうしても捻くれた言動をしてしまうのは、どうやらあの時のままらしい。

「ほな、向こうで待つわ」

 これ以上絡んでまたキレられても面倒なので、一旦引き下がってリビングへと戻った。和馬の視線を感じたが、気付かないフリをした。

 匂いからすると、今日はカレーらしい。煌生の好物を覚えていて、さりげなく料理に加える和馬にふと笑う。あの頃と変わらない、和馬の気遣いだった。

「できたで」

 声がかかって、和馬が顔を出した。ダイニングテーブルへ皿に盛ったカレーライスを運んでくる。

「カズも一緒に食おうや」
「……腹減ってへんから」

 そっけなく答えてリビングに向かい、洗濯物を再びたたみ始めた。それ以上誘うことを早々に諦めてダイニングテーブルに向かう。椅子に座ったところで飲み物がないことに気が付いて、キッチンへと取りにいこうと立ち上がった。その動きに気が付いて、和馬が腰を上げた。

「ええよ。俺が持ってくるわ」
「ああ……ありがとう」
「ビールでええか?」
「いや、今日はええわ。炭酸水ある?」
「あるよ」

 冷蔵庫が開閉され、グラスに炭酸水が注がれる音が聞こえた。しばらくすると、グラスを持って和馬が現われた。が。キッチンとダイニングの境目にある壁に、和馬の肩が勢いよくぶつかったのが見えた。ぶつかったことに和馬自身が驚いて、グラスを持った手を激しく上下に揺らす。中身が飛び散った。

「……何してるん?」

 炭酸水を長袖のTシャツの前身頃に派手にぶちまけた和馬が、唖然として立っていた。

「……距離感……間違えたわ……」

 和馬は普段はしっかりして頼りがいがあるが、思わぬところでありえないことをやらかしたりすることが昔からあった。ガラス窓に気づかずぶつかったり、ラップがかかっているご飯にフリカケかけたり、腕時計つけたまま腕時計探していたり、挙げるときりがないほどの抜け具合だった。

「……お前、相変わらずやな」

 その、ちょっと抜けとるとこ。そう言って、煌生が和馬に近付くと、和馬が警戒した顔を見せた。

「……なんやねん」
「いや、そのままでおるわけにはいかんやろ? 着替え貸したるから、脱げや」
「……自分でできるわ」

 数歩下がって相変わらず警戒したままの和馬に、心の中で苦笑いしつつ、着替え持ってくるわ、とリビングを後にした。俺、どんだけ強姦魔かなんかと思われてんねん。そう思いながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

恋に臆病な僕らのリスタート ~傷心を癒してくれたのはウリ専の男でした~

有村千代
BL
傷心の堅物リーマン×淫らな癒し系ウリ専。淫猥なようであたたかく切ない、救済系じれじれラブ。 <あらすじ> サラリーマンの及川隆之は、長年付き合っていた彼女に別れを告げられ傷心していた。 その手にあったのは婚約指輪で、投げやりになって川に投げ捨てるも、突如として現れた青年に拾われてしまう。 彼の優しげな言葉に乗せられ、飲みに行った先で身の上話をする隆之。しかしあろうことか眠り込んでしまい、再び意識が戻ったときに見たものは…、 「俺に全部任せてよ、気持ちよくしてあげるから」 なんと、自分の上で淫らに腰を振る青年の姿!? ウリ専・風俗店「Oasis」――ナツ。渡された名刺にはそう書いてあったのだった。 後日、隆之は立て替えてもらった料金を支払おうと店へ出向くことに。 「きっと寂しいんだよね。俺さ――ここにぽっかり穴が開いちゃった人、見過ごせないんだ」 そう口にするナツに身も心もほだされていきながら、次第に彼が抱える孤独に気づきはじめる。 ところが、あくまでも二人は客とボーイという金ありきの関係。一線を超えぬまま、互いに恋愛感情が膨らんでいき…? 【傷心の堅物リーマン×淫らな癒し系ウリ専(社会人/歳の差)】 ※『★』マークがついている章は性的な描写が含まれています ※全10話+番外編1話(ほぼ毎日更新) ※イチャラブ多めですが、シリアス寄りの内容です ※作者X(Twitter)【https://twitter.com/tiyo_arimura_】 ※マシュマロ【https://bit.ly/3QSv9o7】 ※掲載箇所【エブリスタ/アルファポリス/ムーンライトノベルズ/BLove/fujossy/pixiv/pictBLand】

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

幼馴染みとアオハル恋事情

有村千代
BL
日比谷千佳、十七歳――高校二年生にして初めて迎えた春は、あっけなく終わりを告げるのだった…。 「他に気になる人ができたから」と、せっかくできた彼女に一週間でフられてしまった千佳。その恋敵が幼馴染み・瀬川明だと聞き、千佳は告白現場を目撃することに。 明はあっさりと告白を断るも、どうやら想い人がいるらしい。相手が誰なのか無性に気になって詰め寄れば、「お前が好きだって言ったらどうする?」と返されて!? 思わずどぎまぎする千佳だったが、冗談だと明かされた途端にショックを受けてしまう。しかし気づいてしまった――明のことが好きなのだと。そして、すでに失恋しているのだと…。 アオハル、そして「性」春!? 両片思いの幼馴染みが織りなす、じれじれ甘々王道ラブ! 【一途なクールモテ男×天真爛漫な平凡男子(幼馴染み/高校生)】 ※『★』マークがついている章は性的な描写が含まれています ※全70回程度(本編9話+番外編2話)、毎日更新予定 ※作者Twitter【https://twitter.com/tiyo_arimura_】 ※マシュマロ【https://bit.ly/3QSv9o7】 ※掲載箇所【エブリスタ/アルファポリス/ムーンライトノベルズ/BLove/fujossy/pixiv/pictBLand】 □ショートストーリー https://privatter.net/p/9716586 □イラスト&漫画 https://poipiku.com/401008/">https://poipiku.com/401008/ ⇒いずれも不定期に更新していきます

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...