再生

文字の大きさ
上 下
3 / 12

征服欲

しおりを挟む
 沈黙が流れる。

「ごめん……」
「……なんで言うくれへんかったん?」

 俯いたまま、和馬が尋ねた。

「言うたら、絶対付いてくる思うたから」
「…………」
「お前は真面目やし、見込みあると思うたし。俺みたいに、あの家が嫌で堪らんかったわけちゃうやろ?」
「…………」

 煌生は、実家を嫌悪していた。望んだわけではないのに、極道の家の息子として生まれて。自分はそんなつもりがないのに、素質があるだのなんだの言われて。あの古くさい慣習も、堅物な親父も、厳しい稽古も、何もかも。息苦しくて、逃げることばかり考えていた。

 それでも高校生まで耐えて来られたのは、和馬が傍にいたからだった。

『煌生。今日から同居する、和馬や』

 幼稚園年長だった煌生の前に、同じ歳の兄弟ができた。厳密に言えば、親父が養子縁組をしたわけではないので、戸籍上はなんの関わり合いもない。しかし、親父からは兄弟だと思えと言われてきた。

 成長してから知ったのは、和馬は両親の借金のカタに『売られて』来たこと。もちろん他に肉親もいなかった。借金のカタだなんて、ドラマにでもありそうなベタな理由やな、と思ったのを覚えている。

 本来ならば、和馬は五十嵐家の敷居を自由にまたげるような身分ではない。しかし、親父は和馬の内側にあるこの世界には貴重な『何か』を早々に感じ取っていたようだ。それに、煌生が小さい頃に他界した母親の代わりになるような、常に煌生の傍にいて面倒を見てくれる者を探していたのもある。

 親父は和馬を実の子供のように可愛がった。和馬はその期待に応えようと何もかもを必死になって学び、気が付けば、大抵の家事はそつなくこなせるようになり、文武両道な模範的な男へと成長していった。

 煌生はそんな和馬を尻目に適当に物事をこなしてきたが、それにも関わらず、成績も腕っ節もいつも和馬より上だった。そのせいで、素質があるだのなんだの言われてきたのだ。いや、正直言えば。少しは真剣に取り組んでいたかもしれない。和馬よりも上にいたくて。自分が『守る』立場でいたくて。

「お前がおったら、親父は大丈夫やろうと思うたし。俺も安心して任せられたし」
「アホか……」

 和馬が再び顔を上げて、煌生を睨んだ。

「親父が平気なわけないやろ。お前は親不孝もんや。孝行できる親がおるのにそれを放棄するなん、最低や」
「…………」

 そう吐き捨てるように言った後、和馬は再び背中を向けた。さっさと皿洗いを終わらせると、キッチンの隅に置いていた自分の鞄を手に取った。

「飯はできたから。温めて食べてや。要るもんがあったら、次までにリストにしといてくれ」

 素っ気ない態度のまま、和馬が煌生の隣を抜けていこうとした。煌生の中で、何かがチリチリと疼いた。素早く和馬の肩を掴むと、キッチンの壁に乱暴に押しつける。

「なにすんね……」

 抗議しようとする和馬の唇を強引に塞いだ。必死で抵抗しようとする手足を動かせないように股の間にぐっと片足を入れて、更に壁に向かって体重をかけて両腕を押しつけた。顔を振って、煌生の唇から逃れようとする和馬の唇を執拗に追い、捉え、舌をこじ入れた。和馬の口内を舌で舐め回そうとした瞬間。

「っつ……」

 下唇に痛みが走って、唇を離した。怒りに満ちた瞳でこちらを睨んでいる和馬と目が合う。舌で下唇を舐めると、血の味が口の中に広がった。

 思いっきり噛みおったわ。

 血の匂いが鼻の奥に突き抜けていき、煌生の感情が更に高ぶった。目の前の男を征服したい。そんな欲が生まれる。忘れていた、この感情。

 煌生は和馬が抵抗する暇も与えず、和馬の腕を掴むと、そのままキッチンのフローリングへと押し倒した。逃げられないように上に乗って、和馬を見下ろして問いかける。

「お前は……どうやったん?」
「…………」
「お前は平気やったん? 俺がおらんようなって」
「……平気やったわ」
「……そうか」
「…………」
「なら、俺に情はないやんな? おってもおらんでも一緒なんやろ? ほんなら、お前も『奉仕係』としてここにきたわけや」

 和馬がじっと煌生を睨み付けていた。ここに来てからずっとこの顔やな、と心の中で思う。

「なら……ちゃんと、最後の仕事してってくれや」
「…………」

 沈黙が続いた。相変わらず和馬は煌生から目を逸らすことなく、睨み続けていた。煌生もひるまず見つめ返す。長い沈黙の後、ゆっくりと和馬が口を開いた。

「俺を……抱くんか?」
「…………」
「他のヘルパーたちと同じように。犯すんか」
「…………」

 和馬の声は、微かに震えていた。それが、怒りからなのか、恐怖心からなのか、それとも悲しみからくるものなのか、煌生には分からなかった。だが、そんな瞳で見られたら。

 萎えるわぁ。
 
和馬を押さえつけていた腕の力を緩めた。和馬がゆっくりと煌生から離れた。立ち上がって、床に落ちていた鞄を拾い上げると、キッチンを出ていった。

 去り際にポツリと呟いて。

「また……来るわ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

加虐心

わんこう
BL
閲覧いただきありがとうございます! 高校生同士のBLです。 こちらもバッドエンドです。

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

幼馴染みとアオハル恋事情

有村千代
BL
日比谷千佳、十七歳――高校二年生にして初めて迎えた春は、あっけなく終わりを告げるのだった…。 「他に気になる人ができたから」と、せっかくできた彼女に一週間でフられてしまった千佳。その恋敵が幼馴染み・瀬川明だと聞き、千佳は告白現場を目撃することに。 明はあっさりと告白を断るも、どうやら想い人がいるらしい。相手が誰なのか無性に気になって詰め寄れば、「お前が好きだって言ったらどうする?」と返されて!? 思わずどぎまぎする千佳だったが、冗談だと明かされた途端にショックを受けてしまう。しかし気づいてしまった――明のことが好きなのだと。そして、すでに失恋しているのだと…。 アオハル、そして「性」春!? 両片思いの幼馴染みが織りなす、じれじれ甘々王道ラブ! 【一途なクールモテ男×天真爛漫な平凡男子(幼馴染み/高校生)】 ※『★』マークがついている章は性的な描写が含まれています ※全70回程度(本編9話+番外編2話)、毎日更新予定 ※作者Twitter【https://twitter.com/tiyo_arimura_】 ※マシュマロ【https://bit.ly/3QSv9o7】 ※掲載箇所【エブリスタ/アルファポリス/ムーンライトノベルズ/BLove/fujossy/pixiv/pictBLand】 □ショートストーリー https://privatter.net/p/9716586 □イラスト&漫画 https://poipiku.com/401008/">https://poipiku.com/401008/ ⇒いずれも不定期に更新していきます

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...