224 / 239
This is the moment ㉘
しおりを挟む
不思議な感覚だった。目の前にいるのは確かに自分自身なのに。独立した、1人の人間と対峙しているみたいだった。
「それでね、僕が昔のことを思い出すと、お兄ちゃんが一緒に見てるみたいな感覚がしたの。そのときにわかったよ。僕は、お兄ちゃんの一部なんだって。だから、ここにいて寂しいなんて思わなくていいし、お兄ちゃんだったら、ヒョウちゃんのこと幸せにしてくれるって思った」
僕にはもうできないから。
そう言って、少しだけ寂しそうに笑う自分を見つめる。なんだか、この目の前の自分がとても愛おしく思えた。こんな小さな体で、精一杯寂しい気持ちを抑えている自分が。もしも。晃良が記憶をなくしていなくて。この歳で黒崎と離ればなれになったとしたら。同じように寂しい気持ちを抱えながら黒崎のことを想ったのだろうか。
晃良は早足に幼い自分へと近づいた。
「お兄ちゃん?」
不思議そうに見上げる少年を力一杯抱き締める。
「いたたっ。お兄ちゃんっ、苦しいっ」
「……そんな寂しい顔しなくてもいいよ」
「……お兄ちゃん?」
「だって。俺らだってずっと一緒なんだから」
「……うん」
幼い手が晃良の背中に回ってきた。ぎゅううっ、と晃良に負けないくらいの力で抱き締め返される。
「お兄ちゃん」
「ん?」
少年の晃良がそっと力を緩めて離れた。そして両手を胸の前に出して、何かを包むような仕草をした。何をしてるんだろう? と見ていると。
「おおっ」
両手の中に突如丸い玉が現れた。明るくて温かいオレンジ色の光に包まれている。
「これなに?? お前、凄いな」
「これ、あげる」
「え?? くれるの??」
「うん。ていうか、これ、お兄ちゃんのだから」
「俺の?」
「そう。お兄ちゃんが忘れてったの」
「……それって……」
「うん。昔のこと」
「…………」
数秒、お互い見つめ合う。
「……どうしたらいいの?」
「僕から受け取るだけでいいよ」
「そうなの?」
「うん。そしたら、もうお兄ちゃんと僕、一緒になれるから」
「そうか……」
晃良はふっと笑って目の前にいる、もう1人の自分を見た。
「楽しみだな」
少年の晃良が、満面の笑みで答えた。
「うんっ」
そっと自分の右手を伸ばして掌を上に向けた。ゆっくりと口を開く。
「なあ」
「何?」
きょとんとした顔でこちらを見る、幼い頃の自分に伝える。
「ありがとう」
そして。
「またな」
晃良とそっくりな笑顔を小さな晃良が向けた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「ヒョウちゃんをよろしく」
「……うん」
ころん、と少年の両手から晃良の掌の上に玉が落ちてきた。その瞬間。まばゆい光が玉から放たれた。そのまぶしさに晃良は両目をきつく瞑った。温かい光に自分の体全体が包まれるような感覚がした。とても心地よい、優しい光。
それを感じた途端。
うわっ。
記憶が洪水のように晃良になだれ込んできた。とても奇妙な感覚だった。晃良が黒崎と初めて言葉を交わす場面。幼い黒崎と笑顔で笑い合う場面。2人で手を繋いで施設を走り回る場面。向かい合って黒崎に勉強を教えてもらっている場面。真剣な顔で見つめ合う場面。黒崎とのファーストキス。初めて裸になって抱き合ったとき。心から、黒崎と一緒にいたいと実感した瞬間。あの、写真で見たクリスマス会での黒崎の笑顔。走馬灯のように駆け巡る。
俺、やっぱり死ぬんじゃないの?
よく、死ぬ前に走馬灯のように過去の出来事が頭の中を駆け巡るなどと言うが、まさにこんな感じなのではと次々と記憶がなだれ込んでくる片隅でぼやっと考える。いや、でも、あの子が死んでいないって言ってたしな、と冷静に思い直す。
そして。記憶が増えれば増えるほど、幼い晃良がじんわりと自分の中に溶け込んでくるのを感じた。
そう。今。この瞬間。
完全に1つになった。そう実感した。
『ヒョウちゃんをよろしく』
そう笑顔で言った幼い晃良の姿が頭の中に浮かぶ。その姿は、やがて霧のようにゆらりと薄れ、音もなく、静かに消えた。
「それでね、僕が昔のことを思い出すと、お兄ちゃんが一緒に見てるみたいな感覚がしたの。そのときにわかったよ。僕は、お兄ちゃんの一部なんだって。だから、ここにいて寂しいなんて思わなくていいし、お兄ちゃんだったら、ヒョウちゃんのこと幸せにしてくれるって思った」
僕にはもうできないから。
そう言って、少しだけ寂しそうに笑う自分を見つめる。なんだか、この目の前の自分がとても愛おしく思えた。こんな小さな体で、精一杯寂しい気持ちを抑えている自分が。もしも。晃良が記憶をなくしていなくて。この歳で黒崎と離ればなれになったとしたら。同じように寂しい気持ちを抱えながら黒崎のことを想ったのだろうか。
晃良は早足に幼い自分へと近づいた。
「お兄ちゃん?」
不思議そうに見上げる少年を力一杯抱き締める。
「いたたっ。お兄ちゃんっ、苦しいっ」
「……そんな寂しい顔しなくてもいいよ」
「……お兄ちゃん?」
「だって。俺らだってずっと一緒なんだから」
「……うん」
幼い手が晃良の背中に回ってきた。ぎゅううっ、と晃良に負けないくらいの力で抱き締め返される。
「お兄ちゃん」
「ん?」
少年の晃良がそっと力を緩めて離れた。そして両手を胸の前に出して、何かを包むような仕草をした。何をしてるんだろう? と見ていると。
「おおっ」
両手の中に突如丸い玉が現れた。明るくて温かいオレンジ色の光に包まれている。
「これなに?? お前、凄いな」
「これ、あげる」
「え?? くれるの??」
「うん。ていうか、これ、お兄ちゃんのだから」
「俺の?」
「そう。お兄ちゃんが忘れてったの」
「……それって……」
「うん。昔のこと」
「…………」
数秒、お互い見つめ合う。
「……どうしたらいいの?」
「僕から受け取るだけでいいよ」
「そうなの?」
「うん。そしたら、もうお兄ちゃんと僕、一緒になれるから」
「そうか……」
晃良はふっと笑って目の前にいる、もう1人の自分を見た。
「楽しみだな」
少年の晃良が、満面の笑みで答えた。
「うんっ」
そっと自分の右手を伸ばして掌を上に向けた。ゆっくりと口を開く。
「なあ」
「何?」
きょとんとした顔でこちらを見る、幼い頃の自分に伝える。
「ありがとう」
そして。
「またな」
晃良とそっくりな笑顔を小さな晃良が向けた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「ヒョウちゃんをよろしく」
「……うん」
ころん、と少年の両手から晃良の掌の上に玉が落ちてきた。その瞬間。まばゆい光が玉から放たれた。そのまぶしさに晃良は両目をきつく瞑った。温かい光に自分の体全体が包まれるような感覚がした。とても心地よい、優しい光。
それを感じた途端。
うわっ。
記憶が洪水のように晃良になだれ込んできた。とても奇妙な感覚だった。晃良が黒崎と初めて言葉を交わす場面。幼い黒崎と笑顔で笑い合う場面。2人で手を繋いで施設を走り回る場面。向かい合って黒崎に勉強を教えてもらっている場面。真剣な顔で見つめ合う場面。黒崎とのファーストキス。初めて裸になって抱き合ったとき。心から、黒崎と一緒にいたいと実感した瞬間。あの、写真で見たクリスマス会での黒崎の笑顔。走馬灯のように駆け巡る。
俺、やっぱり死ぬんじゃないの?
よく、死ぬ前に走馬灯のように過去の出来事が頭の中を駆け巡るなどと言うが、まさにこんな感じなのではと次々と記憶がなだれ込んでくる片隅でぼやっと考える。いや、でも、あの子が死んでいないって言ってたしな、と冷静に思い直す。
そして。記憶が増えれば増えるほど、幼い晃良がじんわりと自分の中に溶け込んでくるのを感じた。
そう。今。この瞬間。
完全に1つになった。そう実感した。
『ヒョウちゃんをよろしく』
そう笑顔で言った幼い晃良の姿が頭の中に浮かぶ。その姿は、やがて霧のようにゆらりと薄れ、音もなく、静かに消えた。
5
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる