上 下
117 / 239

Just the way it is ㉑

しおりを挟む
 黒埼がかばんの中から、今度は四角形の箱を取り出した。そちらには包装はされていなかったが、大切に保管されていたような様子がうかがえた。

「何?」
「まあ、開けてみて」

 なんだろうと思いながら箱を開ける。

「あ……」

 それは、帽子だった。もちろん、晃良も覚えている。何度も何度も夢の中で見た、あの事故のきっかけにもなった帽子。子供用の小さな野球帽。

「これ……」
「アキちゃんは覚えてないかもしれないけど、アキの大事なものだったから。ずっと持ってた」
「……これって……」
「アキの両親からのプレゼントだったって。大きくなったらプレゼントしようと思ってあらかじめ買っておいたんじゃないかって言ってた。遺品の中から見つかって、施設に届けられたみたいだけど。それが被れるようになってから、アキはほとんどそれ被ってたから」
「俺の両親からの……」

 箱からそっと帽子を取り出す。奇妙な感じだった。自分には全く両親の記憶がない。施設に預けられたのは2歳ぐらいの時だったのだから、事故で記憶を失っていなくても、両親の記憶などほぼなかっただろう。だから突然、親の存在を示すようなモノが目の前に現れて、不思議な気分なのだ。実感が沸かないというか。

 でも、きっとこの帽子だけが晃良の両親が確かに存在して、晃良を大切に思ってくれた証拠なのだ。幼い頃の自分にとっても大事なものだったからこそ、黒埼はあの時、自分の身の危険も顧みず川に飛び込んで、この帽子を取り戻そうとしてくれたのだ。

 黒埼の顔を再び見る。優しい顔でこちらを見ている黒埼と目が合う。その瞬間、何か熱くて、激しい、泣きたくなるような感情が晃良の中からぐわっと駆け巡った。

 帰りのタクシーの中、ぼんやりと黒埼のことを考えていたことを思い出した。

 自分は、黒埼のことなどなんとも思っていない。

 そう頑なに暗示をかけていた自分が揺らいでいったあの瞬間。はっきりと自覚した。いや、もうとっくに分かっていたことを、認めざるを得なかった。

 どれだけ抵抗したところで。どれだけ不本意だと思ったところで。どれだけ嫌だと否定したところで。きっと避けようがなかったのだ。黒埼とのことで落ち込んだり、傷ついたり。そんな自分を自覚してしまったら。抵抗しようもない。もう、最初からこうなることは決まりきっていたのだ。しょうがないことだったのだ。きっと再会したあの時から。そう。自分はもう。

 こいつにれてた。

 それでも。それが例え分かったとしても。今、この気持ちを黒埼に素直に話す気にはまだなれなかった。自分の中に引っかかることがある。それはきっと黒埼自身も気づいていない。そして、晃良もその引っかかりをどう扱っていいのかまだよく分からなかった。そのことが自分を苦しめると分かっていたからこそ、必死で自分の気持ちを認めようとしなかったのもある。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

一度くらい、君に愛されてみたかった

和泉奏
BL
昔ある出来事があって捨てられた自分を拾ってくれた家族で、ずっと優しくしてくれた男に追いつくために頑張った結果、結局愛を感じられなかった男の話

処理中です...