変態ストーカーの専属BGにはなりません！

Going out with you ⑲

「だけど、お前、なんでいつも途中で邪魔してきたんだよ？　毎回毎回、付き合い始めのいい時期にどん底に突き落とされて、俺になんか問題あるのかって悩んでたんだぞ。この前の消防士みたいに、阻止するなら最初から阻止すれば良かっただろうが」
「いや、そりゃ、できたらいつもアキちゃんの貞操を守りたかったけどさ。距離があり過ぎて、単純に気づくの遅くなったり、すぐに来られなかったりしたんだって。アキちゃん、すぐ襲われるから」
「襲われてねーよっ。合意の上だっつーのっ」
「まあ、１回でもアキちゃんの貞操奪った奴はまあまあの礼はさせてもらってるけど」

　そう言って、黒埼が悪魔のような顔で笑った。さっきの逃げるように去っていった元彼を思い出す。きっと晃良の知らないところで、元彼たちは散々な目に遭ってきたのだろう。

　晃良の中に沸々と怒りの感情が込み上げてきた。せっかく今日はまあまあ楽しかったのに。ほんのちょっとだけれど、黒埼を見直したところもあったのに。残念ながら記憶に繋つながるような感覚はなかったけれど。それでも、まあ、いいか、と思えるくらいには良い１日だったのに。

　これで、全部台無しだな。

「あ、アキちゃん、そろそろ行く時間だわ」

　黒埼が電光掲示板を見て立ち上がった。

「……そうだな。じゃ、さよなら」

　黒埼に続いて立ち上がると、冷たく言い放ちさっさと帰ろうと歩き出した。が、素早く腕を掴つかまえられて引き戻される。

「なんだよ」

　キッと振り返って黒埼を睨にらむ。

「どうしたの？　アキちゃん。なんで怒ってんの？」
「なんでって……お前のせいで、俺の一番、楽しいときが台無しにされてたんだぞ。腹立つの当たり前だろっ」
「でも、今、楽しいからいいじゃん」
「……そういうことじゃねぇだろ。俺の時間は戻んねーの！」
「アキちゃん。どうしたって、アキちゃんが関係を持った男たちとはうまくいかなかったって」
「なんでわかんだよっ」
「だって」

　黒埼が何言ってんの、という顔をして晃良を見て、当たり前のように言った。

「アキちゃんは俺のもんだから」
「…………」

　この男と常識的な話をしようとしたのが間違いだった。どうせ怒って訴えたところで、理解してもらえるわけがない。基本、自分の都合でしか生きていないのだから。暖簾のれんに腕押し、馬の耳に念仏状態だ。

　それに気づくと、自分が１人でぶりぶり怒っているのが馬鹿らしくなってきた。晃良は、はぁっ、と大きく溜息(ためいき)を吐いた。

「もういい……」
「いいの？」

　きょとんとした顔で見る黒埼を見返した。これ以上、何を言っても響かないのなら、諦めてとっとと帰りたい。黒崎の問いかけには答えず、別れの挨拶をさっさと言葉にして、その場を去ろうとした。

「じゃ、気をつけて帰れよ」
「ちょっと、アキちゃん。バイバイのチューは？」
「……は？」

　予想外の黒崎の返しに眉を顰ひそめる。黒崎はさも当たり前のことのように主張した。

「だってデートじゃん。デートの締めはチューでしょ？」
「いや、しないし。約束はデートだけだろ」
「デートにチューはセットじゃん」
「セットじゃない」
「えー、いいじゃん。締めのチューしないと、今日落ち着いて寝れないし」
「寝れない夜が続いてくれ」

　じゃ。と言って、再び去ろうと歩き出したが。

「アキちゃん。忘れもの」

　そう言われて、訝いぶかしげに振り返ると。黒埼が、晃良の車のキーを手で持ち上げて、こちらに見せながら笑っていた。

　いつの間に。

「ちょ、返せっ」

　怒りながら、黒埼の手の中にあるキーを奪おうと手を伸ばすが、すんでのところでかわされる。晃良が黒埼に近づいたその隙を突いて。

　は？？

　素早く唇を奪われた。ほんの一瞬だけ。黒埼の柔らかい唇の感触がした。

　今、起きたことが信じられず、その場に固まって立ち尽くす。そんな晃良を黒埼は微笑みながら見つめて、そっと車のキーを晃良のパーカーのポケットへ滑り込ませた。それから、じゃあ、またね、アキちゃん。と笑顔で挨拶をして、颯爽さっそうと出発ゲートへ向かっていった。

　周囲の何とも言えない視線を浴びながら、赤い顔をして立ち続ける晃良を残して。