33 / 58
クローバー
エピローグ
しおりを挟む
電話を切った後からドキドキが止まらない。とうとう言ってしまった。ずっと言いたくて。ずっと言えなくて。今まで一度も、自分から要求したことなどなかった。
でも、最後のチャンスだと思った。ここで自分の気持ちを伝えなかったら。洋介は遠くへ行ってしまう。
昔からずっと好きだった。洋介が男だろうと、自分が男だろうと関係なかった。だけど。洋介にはいつも可愛らしい女の子が傍にいて。
幼馴染みで家が隣同士なのに。洋介の隣に立っていつも笑いかけていたのに。洋介との間にどうしようもならない距離があって。物理的には隣にいられても。自分が望む意味での洋介の隣はずっと空かなかった。
そっと、自分の唇に触れる。
文化祭の時、洋介にキスされたことを思い出す。洋介とのファーストキスだった。目が覚めたら唇を塞がれている感触がして、目を開けなくてもそれが洋介だと分かった。あの時。このままどうなってもいいと思った。それくらい、嬉しくて。
あの後、由美と別れたことを聞いた時。自分のせいで洋介が由美に愛想を尽かされたのかと、洋介にも由美にも罪悪感があったのは確かだけれど。でもその一方で、少しだけ期待した自分もいたのだ。もしかすると、洋介の気持ちは自分の気持ちと一緒なのかもしれないと。
なのに、突然洋介に突き放されて、わけが分からなかった。本当に辛かった。『幼馴染み』としても洋介の傍にいられなくなるなんて思ってもいなかった。でもあんな風に言われたら、もう傍にいることはできなかった。洋介の嫌がることはしたくなかったから。
『お前が困るから』
洋介の言葉が蘇る。
本当に、洋介は自分勝手だ。自分の基準で全てを決めてしまう。そうだと思ったらそれが正解なのだ。洋介にとって。
「困るわけないのに」
そのくせ、自分が知りたい答えは求めようとするのだから、やっぱり自分勝手だ。
『お前に聞け言われた』
洋介が付き合ってきた彼女の中で、由美だけは印象が違った。静かで冷静。それ故に冷たい印象を与えてしまうが、本当は優しさを秘めていて。洋介と似たもの同士の彼女。その彼女が自分に興味があったなんて、不思議な感じだった。
『お前は分かってるはずやって』
きっと由美は気づいていたのだろう。洋介の隣でいつも洋介を友情なんていう視線でなどこれっぽっちも見ていなかった自分の気持ちを。
そういう意味では、自分も嘘つきだ。『兄弟みたいに』なんて洋介に訴えたりして。
握り締めたままだった携帯にふと目が留まる。
これは賭けだ。洋介が、あの言葉の意味を調べるのか、理解するのか、それは分からない。このまま何も起こらず、あっさりと洋介は家を出てしまうのかもしれない。
ふと、思い付いて本棚へと近付いた。1冊の本を取り出す。母親が昔プレゼントしてくれた花言葉の辞典。何度も開きすぎてクセが付いてしまっているページを開いた。
『亜貴。クローバーの花言葉って知ってる?』
『知らへん』
『クローバーにはね、「幸運」とか「約束」とか色々な意味があるんよ』
『こううん? やくそく?』
『おん。でね、クローバーの中でも四つ葉のクローバーにはもう1つ意味があんねん』
『何?』
母親がニコリと笑って内緒話をするように耳元でその言葉を囁いた。
『ビー? なにそれ? にほんご?』
『ふふ。英語。亜貴にはまだ意味は分からへんかもしれへんね』
『おん。よう分からへん』
『いつか。亜貴がずーっと一緒におりたい、大事な人が見つかったら、四つ葉のクローバーをあげてもええかもしれへんね』
『そんなんもうおるよ』
『もうおるん?』
『おん』
ヨウちゃん。満面の笑みで母親に伝えると、母親は優しく笑い返して、そうか、ええ人見つけたね。と言った。
四つ葉のクローバー、と記載されている箇所へと視線を移す。
気づいてくれるだろうか。応えてくれるだろうか。怖いけれど。もう、自分の気持ちを隠すのは嫌だったから。たとえ、この最後の賭けに勝っても負けても。
ずっと見つめていたその言葉を、わざと声に出して読んだ。
「Be Mine」
洋介。俺のもんになって。洋介がおってくれたら、傍におってくれたら。
もう他にはなんにも要らない。
玄関のチャイムが聞こえた。母親の対応する声がする。目を閉じて耳を澄ませる。靴を乱暴に脱ぎ捨てる音。少し床をこするように廊下を歩く音。一歩一歩踏みしめるように階段を上がる音。何年も聞いてきたこの音を聞き間違えるわけもない。
そして。亜貴だけが分かる、甘い花の匂い。
コンコン、とノックの音が後ろから聞こえた。泣きそうになる気持ちに必死で堪える。自分にできる精一杯の笑顔で、ゆっくりと振り返った。
【完】
※本編はここで終了です。続けて続編を上げる予定です。
でも、最後のチャンスだと思った。ここで自分の気持ちを伝えなかったら。洋介は遠くへ行ってしまう。
昔からずっと好きだった。洋介が男だろうと、自分が男だろうと関係なかった。だけど。洋介にはいつも可愛らしい女の子が傍にいて。
幼馴染みで家が隣同士なのに。洋介の隣に立っていつも笑いかけていたのに。洋介との間にどうしようもならない距離があって。物理的には隣にいられても。自分が望む意味での洋介の隣はずっと空かなかった。
そっと、自分の唇に触れる。
文化祭の時、洋介にキスされたことを思い出す。洋介とのファーストキスだった。目が覚めたら唇を塞がれている感触がして、目を開けなくてもそれが洋介だと分かった。あの時。このままどうなってもいいと思った。それくらい、嬉しくて。
あの後、由美と別れたことを聞いた時。自分のせいで洋介が由美に愛想を尽かされたのかと、洋介にも由美にも罪悪感があったのは確かだけれど。でもその一方で、少しだけ期待した自分もいたのだ。もしかすると、洋介の気持ちは自分の気持ちと一緒なのかもしれないと。
なのに、突然洋介に突き放されて、わけが分からなかった。本当に辛かった。『幼馴染み』としても洋介の傍にいられなくなるなんて思ってもいなかった。でもあんな風に言われたら、もう傍にいることはできなかった。洋介の嫌がることはしたくなかったから。
『お前が困るから』
洋介の言葉が蘇る。
本当に、洋介は自分勝手だ。自分の基準で全てを決めてしまう。そうだと思ったらそれが正解なのだ。洋介にとって。
「困るわけないのに」
そのくせ、自分が知りたい答えは求めようとするのだから、やっぱり自分勝手だ。
『お前に聞け言われた』
洋介が付き合ってきた彼女の中で、由美だけは印象が違った。静かで冷静。それ故に冷たい印象を与えてしまうが、本当は優しさを秘めていて。洋介と似たもの同士の彼女。その彼女が自分に興味があったなんて、不思議な感じだった。
『お前は分かってるはずやって』
きっと由美は気づいていたのだろう。洋介の隣でいつも洋介を友情なんていう視線でなどこれっぽっちも見ていなかった自分の気持ちを。
そういう意味では、自分も嘘つきだ。『兄弟みたいに』なんて洋介に訴えたりして。
握り締めたままだった携帯にふと目が留まる。
これは賭けだ。洋介が、あの言葉の意味を調べるのか、理解するのか、それは分からない。このまま何も起こらず、あっさりと洋介は家を出てしまうのかもしれない。
ふと、思い付いて本棚へと近付いた。1冊の本を取り出す。母親が昔プレゼントしてくれた花言葉の辞典。何度も開きすぎてクセが付いてしまっているページを開いた。
『亜貴。クローバーの花言葉って知ってる?』
『知らへん』
『クローバーにはね、「幸運」とか「約束」とか色々な意味があるんよ』
『こううん? やくそく?』
『おん。でね、クローバーの中でも四つ葉のクローバーにはもう1つ意味があんねん』
『何?』
母親がニコリと笑って内緒話をするように耳元でその言葉を囁いた。
『ビー? なにそれ? にほんご?』
『ふふ。英語。亜貴にはまだ意味は分からへんかもしれへんね』
『おん。よう分からへん』
『いつか。亜貴がずーっと一緒におりたい、大事な人が見つかったら、四つ葉のクローバーをあげてもええかもしれへんね』
『そんなんもうおるよ』
『もうおるん?』
『おん』
ヨウちゃん。満面の笑みで母親に伝えると、母親は優しく笑い返して、そうか、ええ人見つけたね。と言った。
四つ葉のクローバー、と記載されている箇所へと視線を移す。
気づいてくれるだろうか。応えてくれるだろうか。怖いけれど。もう、自分の気持ちを隠すのは嫌だったから。たとえ、この最後の賭けに勝っても負けても。
ずっと見つめていたその言葉を、わざと声に出して読んだ。
「Be Mine」
洋介。俺のもんになって。洋介がおってくれたら、傍におってくれたら。
もう他にはなんにも要らない。
玄関のチャイムが聞こえた。母親の対応する声がする。目を閉じて耳を澄ませる。靴を乱暴に脱ぎ捨てる音。少し床をこするように廊下を歩く音。一歩一歩踏みしめるように階段を上がる音。何年も聞いてきたこの音を聞き間違えるわけもない。
そして。亜貴だけが分かる、甘い花の匂い。
コンコン、とノックの音が後ろから聞こえた。泣きそうになる気持ちに必死で堪える。自分にできる精一杯の笑顔で、ゆっくりと振り返った。
【完】
※本編はここで終了です。続けて続編を上げる予定です。
1
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
新緑の少年
東城
BL
大雨の中、車で帰宅中の主人公は道に倒れている少年を発見する。
家に連れて帰り事情を聞くと、少年は母親を刺したと言う。
警察に連絡し同伴で県警に行くが、少年の身の上話に同情し主人公は少年を一時的に引き取ることに。
悪い子ではなく複雑な家庭環境で追い詰められての犯行だった。
日々の生活の中で交流を深める二人だが、ちょっとしたトラブルに見舞われてしまう。
少年と関わるうちに恋心のような慈愛のような不思議な感情に戸惑う主人公。
少年は主人公に対して、保護者のような気持ちを抱いていた。
ハッピーエンドの物語。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
恋した貴方はαなロミオ
須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。
Ω性に引け目を感じている凛太。
凛太を運命の番だと信じているα性の結城。
すれ違う二人を引き寄せたヒート。
ほんわか現代BLオメガバース♡
※二人それぞれの視点が交互に展開します
※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m
※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
「短冊に秘めた願い事」
悠里
BL
何年も片思いしてきた幼馴染が、昨日可愛い女の子に告白されて、七夕の今日、多分、初デート中。
落ち込みながら空を見上げて、彦星と織姫をちょっと想像。
……いいなあ、一年に一日でも、好きな人と、恋人になれるなら。
残りの日はずっと、その一日を楽しみに生きるのに。
なんて思っていたら、片思いの相手が突然訪ねてきた。
あれ? デート中じゃないの?
高校生同士の可愛い七夕🎋話です(*'ω'*)♡
本編は4ページで完結。
その後、おまけの番外編があります♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる