30 / 38
逃げよう
しおりを挟む
シャワーの栓を開いて湯を出した。温かくて心地いい。瑛斗はシャワーを浴びながら、昨晩のことをぼんやりと回想していた。
『ほんと、瑛斗は可愛いいな』
優しく笑う相良の顔が浮かぶ。
『離したくなくなる』
朝日が浴室の天窓から差し込んで、その相良の笑顔を掻き消していく。光が眩しすぎて、瑛斗の記憶にある昨夜の出来事を全て浄化してしまうような錯覚を覚えた。それと同時に、瑛斗の体に絶え間なく降り注ぐシャワーが、瑛斗が忘れないようにと体に刻んだ相良の跡をも流してしまう気がして、とっさに栓を止めた。
「あれ? 瑛斗、もう終わり?」
その声に、ビクッと体が僅かに震えた。振り返ると、裸の相良が浴室に入ってきたところだった。
「一緒にシャワーしようと思ったのに」
「……俺、ちょっと寝不足で頭フラフラだわ。もう出るな」
「大丈夫か?」
「ん……」
「そしたら、寝室で待ってて。瑛斗の服、もう用意してあるから」
「うん……あ、そう言えば、俺の荷物って……」
「ああ、スーツケースは昨日の内にホテルからこっちに運んでおいた。多分もう、玄関前に置いてあると思う」
「そうか……ありがとう」
相良が入って来たのが、栓を止めたあとで良かったと思った。もし今、相良の体に触れたら、これ以上相良の傍にいたら、離れられる自信がなかった。
逃げよう。
寝室へと戻り、ソファの上に置いてある洗濯してくれたらしい自分の服を急いで着た。バックパックを持つと、足早に寝室を出た。だだっ広い家ではあったが、なんとか昨日の相良が通った道順を思い出しながら、玄関に辿り着くことができた。
相良の言ったとおり、瑛斗のスーツケースが玄関脇に置いてあった。その近くで待機していた何人かの使用人が一斉にこちらを向く。
「中嶋様、おはようございます」
「お食事は?」
「あ、あの、すみません。急いでいるので、このまま出ます。あの、本当に色々とお世話になりました。親切にしていただいてありがとうございます」
「あ、でも、葵様からご朝食を用意するようにと……」
「すみません。本当に急いでるんで。相良……あ、葵さんにも宜しくお伝えください」
一気に話してスーツケースを掴み、使用人たちが口を挟む暇も与えず逃げるように屋敷を出た。そのまま、後ろを振り向かずにどんどんと道を進む。
これしか方法がなかった。これ以上は一緒にいられなかった。朝を一緒に迎えることがこんなに苦しいなんて思わなかった。
朝の光が強すぎた。夜の闇であんなに濃い時間を過ごしても、闇は光にほんの一瞬で負けてしまう。消されてしまう。現実に戻されてしまう。
あの甘い時間は幻だったと、嘘だったと現実を突き付けられているようで、耐えられなかった。
忘れたくない。一晩の出来事だったけれど、一晩だけだったけれど、自分が好きだと思えた相手なのだから。記憶に留めておきたい。綺麗な甘い思い出として。
あのまま一緒にいたら、自分はどんどん醜くなってなにをするかわからなかった。我が儘を言って、相良を困らせたくもないし、幻滅もされたくもなかった。
一晩の情事なのだから。そのルールどおり、後腐れなく離れなければならない。
『ほんと、瑛斗は可愛いいな』
優しく笑う相良の顔が浮かぶ。
『離したくなくなる』
朝日が浴室の天窓から差し込んで、その相良の笑顔を掻き消していく。光が眩しすぎて、瑛斗の記憶にある昨夜の出来事を全て浄化してしまうような錯覚を覚えた。それと同時に、瑛斗の体に絶え間なく降り注ぐシャワーが、瑛斗が忘れないようにと体に刻んだ相良の跡をも流してしまう気がして、とっさに栓を止めた。
「あれ? 瑛斗、もう終わり?」
その声に、ビクッと体が僅かに震えた。振り返ると、裸の相良が浴室に入ってきたところだった。
「一緒にシャワーしようと思ったのに」
「……俺、ちょっと寝不足で頭フラフラだわ。もう出るな」
「大丈夫か?」
「ん……」
「そしたら、寝室で待ってて。瑛斗の服、もう用意してあるから」
「うん……あ、そう言えば、俺の荷物って……」
「ああ、スーツケースは昨日の内にホテルからこっちに運んでおいた。多分もう、玄関前に置いてあると思う」
「そうか……ありがとう」
相良が入って来たのが、栓を止めたあとで良かったと思った。もし今、相良の体に触れたら、これ以上相良の傍にいたら、離れられる自信がなかった。
逃げよう。
寝室へと戻り、ソファの上に置いてある洗濯してくれたらしい自分の服を急いで着た。バックパックを持つと、足早に寝室を出た。だだっ広い家ではあったが、なんとか昨日の相良が通った道順を思い出しながら、玄関に辿り着くことができた。
相良の言ったとおり、瑛斗のスーツケースが玄関脇に置いてあった。その近くで待機していた何人かの使用人が一斉にこちらを向く。
「中嶋様、おはようございます」
「お食事は?」
「あ、あの、すみません。急いでいるので、このまま出ます。あの、本当に色々とお世話になりました。親切にしていただいてありがとうございます」
「あ、でも、葵様からご朝食を用意するようにと……」
「すみません。本当に急いでるんで。相良……あ、葵さんにも宜しくお伝えください」
一気に話してスーツケースを掴み、使用人たちが口を挟む暇も与えず逃げるように屋敷を出た。そのまま、後ろを振り向かずにどんどんと道を進む。
これしか方法がなかった。これ以上は一緒にいられなかった。朝を一緒に迎えることがこんなに苦しいなんて思わなかった。
朝の光が強すぎた。夜の闇であんなに濃い時間を過ごしても、闇は光にほんの一瞬で負けてしまう。消されてしまう。現実に戻されてしまう。
あの甘い時間は幻だったと、嘘だったと現実を突き付けられているようで、耐えられなかった。
忘れたくない。一晩の出来事だったけれど、一晩だけだったけれど、自分が好きだと思えた相手なのだから。記憶に留めておきたい。綺麗な甘い思い出として。
あのまま一緒にいたら、自分はどんどん醜くなってなにをするかわからなかった。我が儘を言って、相良を困らせたくもないし、幻滅もされたくもなかった。
一晩の情事なのだから。そのルールどおり、後腐れなく離れなければならない。
0
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説
この恋は運命
大波小波
BL
飛鳥 響也(あすか きょうや)は、大富豪の御曹司だ。
申し分のない家柄と財力に加え、頭脳明晰、華やかなルックスと、非の打ち所がない。
第二性はアルファということも手伝って、彼は30歳になるまで恋人に不自由したことがなかった。
しかし、あまたの令嬢と関係を持っても、世継ぎには恵まれない。
合理的な響也は、一年たっても相手が懐妊しなければ、婚約は破棄するのだ。
そんな非情な彼は、社交界で『青髭公』とささやかれていた。
海外の昔話にある、娶る妻を次々に殺害する『青髭公』になぞらえているのだ。
ある日、新しいパートナーを探そうと、響也はマッチング・パーティーを開く。
そこへ天使が舞い降りるように現れたのは、早乙女 麻衣(さおとめ まい)と名乗る18歳の少年だ。
麻衣は父に連れられて、経営難の早乙女家を救うべく、資産家とお近づきになろうとパーティーに参加していた。
響也は麻衣に、一目で惹かれてしまう。
明るく素直な性格も気に入り、プライベートルームに彼を誘ってみた。
第二性がオメガならば、男性でも出産が可能だ。
しかし麻衣は、恋愛経験のないウブな少年だった。
そして、その初めてを捧げる代わりに、響也と正式に婚約したいと望む。
彼は、早乙女家のもとで働く人々を救いたい一心なのだ。
そんな麻衣の熱意に打たれ、響也は自分の屋敷へ彼を婚約者として迎えることに決めた。
喜び勇んで響也の屋敷へと入った麻衣だったが、厳しい現実が待っていた。
一つ屋根の下に住んでいながら、響也に会うことすらままならないのだ。
ワーカホリックの響也は、これまで婚約した令嬢たちとは、妊娠しやすいタイミングでしか会わないような男だった。
子どもを授からなかったら、別れる運命にある響也と麻衣に、波乱万丈な一年間の幕が上がる。
二人の間に果たして、赤ちゃんはやって来るのか……。
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話
タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。
「優成、お前明樹のこと好きだろ」
高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。
メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
しのぶ想いは夏夜にさざめく
叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。
玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。
世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう?
その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。
『……一回しか言わないから、よく聞けよ』
世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。
目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件
水野七緒
BL
一見チャラそうだけど、根はマジメな男子高校生・星井夏樹。
そんな彼が、ある日、現代とよく似た「別の世界(パラレルワールド)」の夏樹と入れ替わることに。
この世界の夏樹は、浮気性な上に「妹の彼氏」とお付き合いしているようで…?
※終わり方が2種類あります。9話目から分岐します。※続編「目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件」連載中です(2022.8.14)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる