上 下
187 / 187
終章

火種は撒かれる

しおりを挟む
 その日、フェルームの町の警護中隊・・本部に、王立精霊士学園の生徒二名が呼び出された。

 一人は「軍学校への推薦状」に舞い上がっている、風精使いの眼鏡少女ヒーラリ・ルーモルである。
 中等部最後の夏休み、高等部へ行ける成績ではないし、就職の伝手つてもない。
 故郷で通信士の仕事にありつければ御の字と思っていた彼女に、その吉報はもたらされた。
 軍学校を出れば将校の椅子が待っているので、天にも昇る心地になる。
 下級貴族と同等の待遇となり、精霊士たちの指揮官になれるのだ。
 軍学校行きを喜ばない平民など、ルークスが最初で最後であろう。

 もう一人は「奉仕活動の変更」を通達された、デルディ・コリドンである。
 事故の罰としてゴーレム大隊の駐屯地で雑用を命じられていたのだが、町の警護中隊に出頭と聞いてすくみ上がった。
 これまでルークスの警護には一個小隊が充てられていたが、サントル帝国皇帝が名指しをしたことで警戒レベルが上げられ、中隊に拡充されたのだ。
 増員によって小隊詰め所は手狭となり、空いていた屋敷に中隊本部が置かれた。
 警護中隊の任務は敵国の間諜からルークスを守ることである。
 デルディは自分が要監視対象であることを自覚していた。
 そこに呼び出されたので、普段以上に挙動不審になってしまった。

                   א

 ヒーラリが通された部屋には、中隊長どころか将軍クラスの高官が一人で待っていた。
 痩せた将官には見覚えがある。
 お偉いさんはセンティアム・ラ・プルデンスと名乗った。
「プルデンス参謀長閣下ですか!?」
 ヒーラリは声を裏返すほど仰天したので、眼鏡がずり落ちた。
 町に来たとき遠目で見ただけだったので、やっと顔と名前が一致した。
 しかも推薦状はその参謀長名義なのだから、驚きはなおさらだ。
「軍は常に人手不足で、人事も参謀部がこなさねばならないのですよ」
 などとにこやかに言うが、少女は額面通りに受け取れない。
「なにも参謀長ほどの方が来られることでは……」
 恐る恐るうかがう生徒に、軍の高官は苦笑した。
「それは私が、一番ルークス卿に苦労させられているからです」
「ああ」
 とヒーラリはうなずいた。
 重度なゴーレムオタクのルークスは、ゴーレム以外になると意思疎通からして困難なのだ。
 ゴーレム以外の務めを割り振る役割だとしたら、その苦労は推して知るべし。
 少女の反応を見て、参謀長は微笑む。
「これだけで納得いただける。それこそ参謀部が必要とする人材なのですよ、切実に」
「参謀部ですか!?」
 またしてもヒーラリは眼鏡をずり下げた。
 ひら将校でさえ平民にとっては一生の夢なのに、軍の中枢に入れるとなれば夢のまた夢である。
 王都勤めは確実、ひょっとしたら王城に出入りできるかも。
「あ、あまりに光栄過ぎて……だって、私の成績はせいぜい……」
 カルミナほど壊滅的ではないが、編入生が来てやっと平均値に浮上できた程度だ。
 しかし参謀長閣下は笑い飛ばす。
「あなたはルークス卿がどれだけ特別か、理解しています。ルークス卿の家庭事情を知っているだけでなく、アルティ・フェクスの友人でもありますし、契約シルフはルークス卿の友達でもある。これだけ条件が揃っていれば、参謀部としては是が非でも欲しい人材ですとも」
 その言葉を額面通りに受け取れないくらい、風精使いの少女は世間にもまれて苦労していた。
「それだけでしたら、私なんかよりもクラーエの方が成績は優秀ですし、周囲の信頼もあるし、貴族に仕える家なので礼儀作法も完璧ですよ」
 するとプルデンス参謀長の表情が、急に引き締まった。
「そのクラーエ・フーガクス嬢に危険が迫っています。彼女を救えるのは、親友であるあなただけ・・・・・なのです」
 ヒーラリは二度の戦争をも上回る、人生最大の衝撃に見舞われた。

                  א

 痩せこけたデルディ・コリドンが通された部屋には、中年の将校がいた。
 警護中隊の所属ではなく、憲兵隊だと言う。
「君に課せられた一年間の奉仕活動は、所管がゴーレム大隊から憲兵隊に移された。以後は我々の指示に従ってもらう」
 憲兵の将校が合図をすると、デルディのあとから痩せた少女が入ってきた。
 年は同じくらいか、頭に包帯が巻かれ、右手で杖を付き、危なっかしい足取りでよろよろと歩く。
 連れてきた憲兵の手を借り、部屋の隅にある椅子に座った。右膝を伸ばしたままなので、足が不自由なのだと分かった。
 憲兵将校が説明する。
「彼女はサントル軍の精霊士、名前はセリュー、現時点では捕虜だ」
 デルディの心臓が跳ね上がった。
 理想国家から来た人間と初めて会えたのだ。
 こんな機会は二度と無いだろう。
 さらに将校は「彼女が精霊士学園に聴講生として通う」こと「寮を含む日常の世話をデルディが行う」ことなどを言い渡す。
 デルディにとっては願ったり叶ったりで、細かい諸注意など聞こえなかった。
「学園は軍の出入りが制限されている。くれぐれも彼女が問題を起こさないよう、厳重に注意してくれたまえ」
「了解であります!」
 パトリア王国に来て初めて、デルディは喜んで指示に従った。
 再び同志に巡り会えた喜びで頭が一杯なのだ。
(また世界を革新する作戦を語り合える!)
 あまりに嬉しくて、捕虜が王立学園で学ぶことがことに気付かなかった。

 家族も親戚もいない天涯孤独な大衆少女を、帝国に送還したところで不幸になるのは明白だった。
 そんな未成年捕虜の扱いに困った軍に「学園に入れるよう」助言したのはルークスである。
 少年は「想像上の存在ではないサントル人を、生徒たちに知ってもらいたい」程度の考えだったが、軍にとっては渡りに船となった。
 どんな書物や講義よりも「いかにサントル帝国が悪辣で道を違えているか」の教材として活用できるうえに、諸外国に「いかにパトリア王国が人道的であるか」アピールもできるのだから。

                  א

 サントル帝国の南部の平地、広大な演習場には砂埃が舞っている。
 ときおり雲の隙間から日が差し込む、どんよりとした天候であった。
 シノシュ・ステランの前には二十名のゴーレムコマンダー候補生が一列横隊で並んでいる。
 七倍級が使えるノームと一体しか契約出来ず、コマンダーとしては「先が見えた」未成年者たちだ。
 有人型ゴーレムの開発にあたってシノシュに与えられたのは、十基の通常型ゴーレムと、二十名の候補生からなる試験中隊だけである。
 さすがに軍も開発には、正規のコマンダーを割かなかった。
 あとは開発局が施設を使わせてくれるだけだ。
 シノシュは手探りで有人型ゴーレムを作り上げ、部隊を編制しなければならない。
 もっとも彼自身「実現できるとは思っていない」わけだが。
 苦し紛れにひねり出しただけで、家族が安全に人生をまっとうする時間を稼げれば良いのだ。

 シノシュの横では、政治将校のディーニェ・ファナチが満面の笑みでいた。
「必ず成果を出せると信じていますとも」
 少年は笑みを作り、歯の浮く台詞で彼女に感謝を述べる。
 第三ゴーレム師団「蹂躙じゅうりん」が解体され、行き場を無くしたファナチはシノシュの市民教育担当を買って出たらしい。
 あるいは本当にシノシュに期待していたのかも知れないが、そんなあるかないかの可能性を信じるほど、元大衆の少年は脳天気ではない。
 彼女は今までどおり、最大限に警戒しながら丁重に接するだけだ。
 なにしろシノシュの目の前には、政治将校より危険な存在がいるのだから。
 二十名の候補生の後ろに、朱色の軍服で揃えた一団が二列横隊で並んでいた。

 朱衛兵である。

 皇族や党中枢など、サントル帝国の要人警護を専門とする精鋭中の精鋭だ。
 あくまでも警護対象は本人で、その子供に二個小隊も朱衛兵が付くはずがない。
 それがためにシノシュの背筋は凍り付いていた。
(二十人の中に皇族がいる!)
 候補生のうちは平等で、市民の子でも姓は伏せられている。
 その立て前が指揮官であるシノシュにも適用されるとは思ってもみなかった。
 名簿にさえ姓が記載されていない、それだけなら大した問題にはならない。
 問題なのは、誰が皇族か分からない点だ。
 朱衛兵にしても「反革新分子に標的を教える」真似はせず、警護対象を二十人全員としていた。
 シノシュには、候補生の立ち居振る舞いで市民か大衆か判別するのがやっとだ。
 見たところ二十名中四名は意識が緩く、大衆らしき緊張感が感じられない。
(皇族は四人の中の誰か、か)
 皇族を怪我でもさせたら、たとえ市民であっても不問では済むまい。
 ましてやゴーレムから墜落死させようものなら、死刑は確定。家族の連座も免れないだろう。

 シノシュの言動に、再び家族の命がのし掛かってきた。
(大衆に生まれが者の宿命かよ……)
 市民となり、家族の安全を確保できたと思ったのは、つかの間の夢だった。

                  א

 パトリア王国の首都アクセムの、騎士街にある一軒の屋敷では、そこの主人が固く閉ざしていたまぶたをかすかに開いた。
 長きに渡って昏睡こんすいし続け、ウンディーネによって流動食を与えられ命脈を保っていた老女が、意識を取り戻したのだ。
 前王宮精霊士室長のインヴィディア卿その人である。

                  第二話 完
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

スパークノークス

おもしろい!
お気に入りに登録しました~

葵東
2021.08.20 葵東

SparkNorkxさん、ありがとうございます。
楽しんでいただけて嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。

解除

あなたにおすすめの小説

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。