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第八章 大精霊契約者vs.大精霊の親友

死の使い来たる

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 ルークスは困惑した。

 帝国軍本隊が北上するのは予想どおり。
 武装流民の発生を防ぐため「速やかに帰国させる」ようリスティア王国から要望され、随伴ずいはんのゴーレムも見逃すことになっている。
 だのにゴーレムの大半が本隊と別れて南下しはじめてしまった。

 本隊を逃がすおとりになったことは分かる――余計なことだが。
 表向きの命令が「パトリア攻略」なのは、確実にイノリを引き寄せるためだろうと理解もできる。
 あえてシルフに情報を聞かせるあたりは、誉めてやりたい。
 彼が困惑したのは「作戦は師団長とグラン・ノーム使いの二人で行う」点だ。
 確かに二人なら、ゴーレム車一台分の食料で王都アクセムまで保つだろう。
 だが――
「ゴーレム車さえ押えてしまえば、即勝利じゃないか」
 ゴーレムを一基ずつ破壊する手間が省けるどころか、丸々いただけるのだ。

 あまりに好都合なので気味が悪い。

「まあいいや。早く片付けて帰ろう」
 昨夜のトラブルが尾を引いて、ルークスの思考力は低下していた。
 精霊たちも疲れた主に「接敵まで水繭内で眠る」よう勧め、イノリが出発してほどなくルークスは眠りについた。
 極力水繭が揺れないよう、イノリは小走りで南へ向かう。
 その速度は、土中を進むノームより遅かった。
 それが極めて重大な意味を持つことを、その時点では帝国軍のグラン・ノーム使いでさえ気付かなかった。
 
 ゴーレム師団を事実上率いている少年シノシュは、自ゴーレムを失ったノーム多数を道中の土中に配置しながら進む。
 敵新型ゴーレムが伴うゴーレム車なり騎馬なりを捕らえるために。
 敵コマンダーの捕捉、それがシノシュが考えた作戦であった。
 これまで戦場は敵が選んできた。
 機動力で遥かに勝る新型ゴーレムには、軽量型ゴーレムでさえ追いつけない。
 砂塵で視界を閉ざされた戦場で、敵は縦横無尽に暴れ回った。
 そうできたのは帝国軍が「敵が待ち構えている場所に攻め入った」からである。
 敵コマンダーは身を隠して指示できたのだ。

 だがケンタウロスが倒されたとき、シノシュは気付いた。
 あのときは強風が吹き荒れ砂塵が視界を妨げていた。
 コマンダーが陣地あるいはその近辺にいたら、四足型との戦闘は見えなかったはず。
 だのに敵はケンタウロスの背中に飛び乗ったり飛び降りたり、唯一鎧がない腹部を突き上げるなど、ノームの自律行動ではありえない動きをした。
 コマンダーが逐一指示をしなければ不可能な、想定外の動きを。
 となれば「近くまで来ていた」以外に考えられない。
 防衛時は隠れていても、攻勢時は近くまで移動せざるを得ないのだ。
 だから少年は南進する。
 敵が待ち構えていない場所を戦場にするために。

 新型ゴーレムと一緒に移動しなければならないコマンダーを捕まえるために。

 だがもし敵がこちらの狙いに気付いて、本隊を攻撃されたら非常に困る。
 本隊が降伏したら当然、こちらにも戦闘中止命令が出されてしまう。
 ゆえに人員を「二人」にした。
 命令を受ける通信員がいなければ、本隊からの命令は届かない。
 たとえシルフを寄越そうと「パトリアだと思った」で済む。
「巻き添えを最小限にする」は建前で「司令部からの命令を無視する」ための二人行である。
 少年は知謀の限りを尽くして、家族を守る策を講じたのだ。
 ついでに師団長の戦死策も。

 待ちかねたノームがシノシュの元に戻ったのは、昼近くだった。
「敵新型ゴーレムが、こっちに向かってくる」
 時間的に本隊へ寄り道はせず、まっすぐこちらに向かってきたようだ。
 ノームが先に来たのは予想外だった。新型ゴーレムは移動時はそれほど速度を出さないらしい。
(とにかく、これで名誉の戦死ができる)
 家族を守るという目的を果たしてくれる死の使いを、少年は歓迎した。
 向かいでアロガン師団長がむくれていても気にならない。
 だが喜んでばかりはいられなかった。
 道中に配置したノームが順々に戻ってくるのだが、誰もゴーレム車や馬を見ていないのだ。
(ノームの自律行動に任せたのか?)
 真相は不明だが決断せねばならない。
 シノシュはコマンダーの捕捉を諦め、新型ゴーレム撃破へと作戦の主軸を移す。
 同じ戦死でも、功績をあげるほど遺族が優遇されるので、彼は手を抜かなかった。

「この先の荒れ地で敵が待ち構えている」
 とシルフが報告したので、グラン・シルフは主を起こした。
「やれやれ、今回は敵が待ち伏せる番か」
 だがルークスは心配しなかった。
 シルフが「誰もゴーレム車から降りていない」のを確認しているからだ。
「これでゴーレム車を押えれば勝てるね」
 ゴーレムを破壊せずに勝てるなら、これほど嬉しいことはない。
 敵にしても、シルフに害されずに囮でい続けるには車内に立てこもるしかろう。
 ルークスはイノリの速度を上げさせた。
「主様、敵はゴーレム車を二重に囲んでいる模様です」
「指揮官とグラン・ノーム使いを餌にして、イノリを罠にかける気だね。周囲に落とし穴くらいあるだろうさ」
 だが敵はイノリのジャンプ力を知るまい。
「インスピラティオーネ、シルフたちに追い風を吹かさせて。思い切り」
 敵の視界を奪うと同時に、イノリの速度と飛距離を上げるのが狙いだ。
 加速して到達した荒れ地、敵ゴーレムは二重の円陣になっているようだ。中心部が小高い丘で、頂上にゴーレム車があった。
 見つけてくれと言わんばかりに。
「奥のゴーレムが遊軍になっているじゃないか」
 回りこまれることを警戒したのだろう。
 罠だと承知のうえで、イノリは敵陣に切りこんだ。
 敵ゴーレムが反応したときすでに外側のゴーレム間をすり抜けていた。
 戦槌を振り上げたときは、内側の陣を突破するところだ。

 そして跳躍。

 追い風が飛距離を伸ばし、イノリはゴーレム車直近に着地。
 しゃがみこんで勢いを殺し、右手で屋根を押える。
「勝った!」
 その瞬間までルークスは失念していた。
 亡き父ドゥークスがゴーレムの集団運用を披露するまで、対ゴーレム戦でグラン・ノームが果たしていた役割を。
 イノリがバランスを崩した。
 浮遊感がルークスを襲う。
「ルールー、地面の下は空っぽです!」
 ノンノンが悲鳴をあげる。
 地面が細切れとなって暗闇に落ちてゆく。
 丘に見えたのは、地下に大空間を確保した分押し上げられた表土だったのだ。

 十年前までのグラン・ノームによるゴーレム対抗策は、地形変更である。

 ゴーレム車もろともイノリは大穴に飲み込まれた。
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