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第八章 大精霊契約者vs.大精霊の親友

虚言男

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 南へ向かうサントル帝国の騎兵小隊は、前方から来るゴーレム車を怪しんだ。
 リスティアの大王都の南、本隊との間に敵が防御陣を敷いている道である。
 味方であるはずがないが、一台しかいないので敵とも思えない。
 御者台の男はやたら図体がでかく、黒地に黄色い縁取りの派手な服。間違っても帝国軍人ではないし、リスティアやマルヴァドの軍装とも違う。
 しかもゴーレムや車はサントル製に見える。
 怪しいことこの上ない。

 小隊長は二騎を先行させ、ゴーレム車を止めた。
「パトリア軍に雇われた傭兵だ、と言っています!」
「違いますって! 雇われていた、って過去形なんですって!!」
 部下の声をかき消し、御者台の巨漢が銅鑼声をあげる。
 遠いと意思疎通が面倒なので、小隊長はゴーレム車に隊を寄せた。
 脇道ごとに少数を割いてきたが、まだ三十以上の部下がいるので心配ない。
 その間に部下は車内をあらため、無人であると報告した。サントル帝国の国章が車体から削り取られていたことと合わせて。
「過去形なのはパトリア軍から逃げだしたから」と言う傭兵を、小隊長は嘲笑した。
「これだから、金で動く人間は信じるに値せぬのだ」
 傲然と言い放つ指揮官に、傭兵はへつらい顔を見せる。
「そりゃ見解の相違って奴ですぜ。皆さんが革新の理念で動いているように、俺たちゃ経済の理念で動いているんでさ」
「逃げだしたら金にならないだろうが?」
「死んだらそこで経済活動は終了ですぜ。たとえ一時いっとき損をしても、生きてさえいれば挽回できますから」
「貴様は武功ではなく弁舌の方が稼げそうだな」
 これには巨漢も困り顔となり、部下たちがどっと笑った。
「それで、貴様は今までどこにいたのだ?」
「ええ、この道の南にある、リスティア軍との協同陣地でさ」
 傭兵の答えに騎兵たちは興奮した。
「ならば知っているはずだ! その陣地に、新型ゴーレムはあったのか!?」
「新型? ああ、あの普通より細身のゴーレムですか? あんなの見るの、俺も初めてでして。いやあ、どんどん進歩しますねえ」
「貴様の感想なんか聞いておらん! 陣地に新型ゴーレムがあったのだな!?」
「ええ、ありましたよ。何体も」
 小隊長は息を飲んだ。
「――パトリア軍は、あれを量産していたのか……」
 すると傭兵は首を振った。
「そいつは違いますぜ、旦那」
「だが、何体もあったのだろう?」
「連中は帝国軍のゴーレムをいただいただけですよ。国章は消しても、赤土のゴーレムがサントル製だってことは常識でさ」
「それは我が軍の軽量型だ!!」
「ええ。帝国の新型ゴーレムですよね? パトリア軍は便利に使ってましたぜ」
「それではない! パトリア軍の新型だっ! 何でも、女の形だそうだが」
「ああ、そっちですかい? パトリア軍は別の呼び方してたんで、誤解しやした」
「それで、陣地にあったのか、なかったのか?」
「あのー確認ですが、万一ご期待に反する答えだったとしても、恨まないでくださいますか?」
「さっさと答えんか!!」
 傭兵は天を仰いで、大きく息を吸った。
「ええ、ありました」
 隊長は破顔し、後方に控える部下に命令した。
「司令部に伝書鳩を飛ばせ!」
 連絡兵は鞍に下げた箱から鳩を取りだす。

 騎兵たちの視線が鳩に注がれた一瞬の隙――

 ――傭兵は客室に突っ込んでいた大剣の柄を握った。
 ゴーレム車の御者台に立ち剣を引き抜きざま右から振り上げ、左に切り下ろす。
 斬撃音に小隊長が振り向くと、ゴーレム車の左右にいた騎兵が二名、血飛沫を上げていた。
 下手人は部下を鞍から蹴り落とし、まんまと馬を奪う。
「貴様!!」
 こめかみに血管を浮かせる小隊長に、傭兵はうそぶいた。
「重要情報の値段は高いぜ。てめえらの命で払いやがれ!」
 巨漢は馬の横腹を鐙で蹴りつけた。
 いななき駆けだす馬上で傭兵が大剣を一閃、部下の首が高々と飛んだ。

 小隊長はその場で馬の首を巡らせ一目散に逃げる。
 後ろで部下たちの悲鳴が聞こえたが、無視を決めこんだ。

 不意打ちから立ち直った騎兵が数名、背からクロスボウを抜く。
 弩は矢を番えたまま持ち運べるので、即座に放った。
 傭兵は大剣を寝かせ、幅広の剣身を盾にして矢を弾く。
 帝国騎兵の弩は、弦を引くのに足を使わねばならない。
 二の矢を放てない騎兵とすれ違う際、傭兵は剣身で殴り落とした。

 小隊長は馬を疾走させながら、必死に頭を巡らせた。
(あの図体では、すぐに馬が疲れるだろう)
 このまま道を走っていれば振り切れるはず。
 そんな指揮官を部下が左から右から抜いてゆく。
 と、右の背中に矢が刺さった。
 声も上げられずに落ちる部下。
 続いて左の部下も射落とされた。
(馬上で矢は装填できないはず!)
 振り向いた小隊長は目を疑った。
 巨漢は剣の柄尻を弦に引っかけて引いているのだ。
 足を使って背筋で引かねばならぬ弦を、腕力だけで引ききった。
 前を行く騎兵の無防備な背中に弩を向け、引き金を引く。
 矢は無慈悲に部下に突き刺さり、鞍から落とした。
 乗り手を失った馬を傭兵は引き寄せ、巨体を宙に舞わせた。
 一瞬で馬を乗り換えたので、小隊長は目を剥きだした。
(これでは馬が疲れる前に、全員が射落とされてしまう!)
 馬と同時に矢も補充できるのだから。

 小隊長のすぐ後ろで、古株の部下が悲鳴をあげる。
「戦場の馬泥棒だ!」
 その叫びが小隊長の記憶を呼び起こした。
 
 噂を聞いたのは十年も前だ。
 ゴーレム大戦の後も、サントル帝国は周辺国と小競り合いを繰り返していた。
 そんな帝国軍の向かう先々に、巨漢の傭兵が現れる。
 その傭兵は戦場の馬泥棒と呼ばれた。

 耳にしたときは一笑に付したものだ。
 サントル帝国は傭兵など使わない。
 傭兵は常に敵である。
 つまりその傭兵は、帝国軍の馬を盗んだことになる。
 敵陣に乗り込んだのなら、馬よりも指揮官を狙うはず。
 第一、どうやって犯人を特定したのか?
 衆人環視で盗めば、即座に射殺される。
 すぐ分かるデマだ、と彼は笑ったのだ。

 だが十年越しに、その存在が証明されてしまった。
 盗みは戦闘中、追撃戦で行われるのだ。
 訓練した曲芸馬でも、乗り移りは難しい。
 ましてや敵軍の、気の荒い軍馬だ。
 
 だが巨漢に乗られた馬は、将官用の牝馬のように従っている。
 傭兵の並み外れた体重と腕力、そして殺気に「本能が従属を命じている」のだ。

 逃げ切れぬと悟った部下たちが、次々と道を外れる。
 畑地に飛び込んだ途端に落馬、あるいは馬ごと転倒した。
 路外を走れる馬術など、元より帝国軍騎兵は持ち合わせていない。
 小隊長も荒れ地では早足が限度だ。
 分かっていたが、彼は部下を止めなかった。
(部下が路上にいなくなれば、奴は乗り換える馬を失う)
 そうなれば体重差で逃げ切れるはず。
 二級市民の自分なら、逃げ帰っても処罰は免れるだろう。
(何しろ部下は全滅するのだ。不利な証言をする者はいない)

 しかし彼は大きな見落としをしていた。
 路上に他の騎兵がいなくなれば「的は自分だけになる」ということを。

 突然、小隊長の呼吸が止まった。
 全身から力が抜け、世界が傾いてゆく。
 次に彼が見たのは曇り空と、今まで乗っていた空の鞍だった。
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