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第八章 大精霊契約者vs.大精霊の親友

対グラン・ノーム戦

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 五日ほど前――
 パトリア軍の司令部からルークスにシルフが来た。
「たった半日の時間稼ぎの代償に、イノリの重さをグラン・ノームに教えるなんて気前が良すぎます」との苦言であった。
 山ごもりした際にルークスがイノリを精霊たちに任せ、帝国軍を足止めさせたと聞いたプルデンス参謀長は「両手で頭を抱えて悲鳴をあげた」らしい。

「その失敗を逆に利用しちゃうんだから、凄い人だよね」
 水繭の中でルークスは苦笑した。
 イノリは今、パトリア・リスティア連合軍陣地の背後に、十九基の鹵獲ゴーレムと並んでいる。
 帝国のグラン・ノームが路上のゴーレム車近辺にいるなら、探知範囲に入っているはずだ。
 だが恐らく敵は「この陣地に新型ゴーレムはいない」と思っているだろう。

 パトリア王国でグラン・ノームによるゴーレムの集団運用を編み出したのは、ルークスの父ドゥークス・レークタである。
 ゴーレム大隊の生みの親とも言えるドゥークスは、グラン・ノームの活用法と並行して「敵グラン・ノームの対抗策」も研究していた。
 土の大精霊ともなると、土中のかなり遠方からゴーレムなどの重量物を「地面への圧力」として認識できる。
 それどころか、それを制御するノームの識別さえ可能と判明した。
 言わばゴーレムは、足の裏に名札を付けているようなものなのだ。
 その能力を逆手に取り、ゴーレムに等しい重量物をノームに造形させるとどうなるか、実験が行われた。
 ドゥークスの契約大精霊は、まんまとダミーをゴーレムと誤認した。
 その事実を彼は、当のグラン・ノームに教えなかった。
 自分の死後「彼女が他国の精霊士と契約した際、対抗策が漏れないように」と。
 息子なら絶対にやらない「自分の精霊をあざむく」を父親は実行したわけだ。
 
 その成果が今、息子の前で繰り広げられている。
 パトリア軍は陣地正面に、十基のダミーゴーレムを置いていた。
 四つ足の土塊で核どころか呪符さえなく、ノームはいるが動かせない。
 その形も、かろうじてシルエットがゴーレムっぽい程度で、よほど遠方か夜間でなければ「一目で偽物と分かる」代物だ。
 だが土中からグラン・ノームが見ると「四つん這いになったゴーレム」となる。
 そして陣地に攻めてきた帝国軍別動隊にグラン・ノームがいることは、三十基のレンジャーが同時に攻撃したことで確認された。
 レンジャーを操るノームたちはダミーが「ゴーレムではない」と分かるはず。
 だのに攻撃を続けているのは「グラン・ノームによる敵味方識別」が優先されているからだ。
 間違いだと教えようにも、ゴーレム内は「地上」なのでノームたちは連絡できない。
 戦闘ゴーレムは、コマンダーなりグラン・ノームに指示されるだけで、返答はできないのだ。
 そのためレンジャー三十基は「崩れて土盛りと化した」ダミーを延々と叩き続ける羽目に陥った。
 ダミーにノームが残っているために。
 破壊されたゴーレムからはノームが抜ける。
 残骸に残っていても何もできないが、コマンダーの元に帰れば地形変更などで貢献できるからだ。
 だからノームが残っている限り、グラン・ノームは「敵ゴーレムは健在」と認識してしまう。
 元よりゴーレム戦などできないレンジャーなのだから、敵を撃破できなくても不思議ではない。
 せいぜい「味方の損害が少ない」のが不思議がられるくらいだろう。

 ダミーは夜間しか役に立たないし、事前に偵察されたら露見するなど制限が多すぎるので、ゴーレム大隊でも半ば忘れられていた戦術だ。
 だが当時、軍学校から派遣されていた教師は覚えていた。
 その後参謀本部に転属したセンティアム・ラ・プルデンス参謀長である。
 ゴーレム大戦時、家人出身の痩せ男は、軍制改革を聞くや大学を飛びだして志願した変わり種だ。
 当時高等数学を解する軍人などおらず、彼の初仕事は将校らに数学を教えることだった。
 そして経費節減で認められると、彼は軍学校の設立を具申した。
 人材育成が最優先課題との意見は先々代の国王に認められ、二十代で軍学校の教師に抜擢されたのだ。
 そして九年前のリスティア戦の責任で参謀長が辞任すると、後任に就いた。
 彼は制限だらけのダミーも、希代の風精使いルークスがいれば「活用できる」と過去の記憶を呼び起こしたのだ。
 さらに「ダミーに乗せればイノリを隠せる」と思いついたのも彼だった。

 ルークスはダミー自体は知っていた。
 演習で敵ゴーレム役を務める姿なら、幾度となく見ている。
 あまりに不出来なので「これで良いの?」と尋ねたこともある。
 その答えは「あれで良い、と分かれば一人前だ」だった。
 新前コマンダーと一緒に首をひねっていたが、やっと本当の役割が分かった。
 彼はずっと空から見下ろすシルフの視点しか持っていなかった。
 土中から見上げるノームの視点が必要だったのだ。

 そのルークスが駆る新型ゴーレムのイノリは、ノームが造形した台に乗っていた。
 四つ足が地面にかける合計荷重が七倍級だから、グラン・ノームにはゴーレムの一基にしか見えないらしい。

 ルークスはイノリの性能を見せつけることで、敵の将兵の戦意をくじいた。
 対してプルデンス参謀長は「所在不明にする」ことで敵を怯えさせる作戦だ。
 怯えさせるのは群れではなく、指揮官一人である。
 司令部への奇襲を恐れ、帝国軍は本陣の守りを解くことができない。
 その結果、戦力の分散という望外のを挙げたのだった。

 イノリの隣には七倍級の「作業ゴーレム」がいる。
 向こう側の台に自ら飛ぶ矢セルフボルトを並べ、サラマンダーの娘が熱したら渡す役割だ。
 イノリは右肩に据えたレールに矢を乗せ、陣地前に並ぶダミーを避けてくるレンジャーに向けて放った。
 水蒸気の尾を引いて飛ぶ矢はシルフの誘導により、軽量型ゴーレムの下腹部に深々と刺さる。
 急停止の衝撃で矢柄内のガラス瓶が割れ、閉じ込められていた水蒸気が一気に膨張、圧力で矢柄を破裂させる。
 矢柄は刻まれた溝に従い切断されると同時に放射状に裂け、土中に留まり圧抜けを防ぐ。
 行き場をなくした蒸気圧は、矢柄もろとも周囲の土を四散させるのだ。
 股関節周りの筋肉を失ったレンジャーは、体を支えられず転倒、行動不能になる。
(火炎槍でやれたことなら、自ら飛ぶ矢でも可能かも)
 ルークスの読みは的中し、新兵器は見事に敵の足を止めた。
 ダミーの左を通過しようとした二列縦隊の先頭を二基とも行動不能にすると、イノリはレールをダミーの右側へ向ける。
 同じように二矢放ち、二基を足止めした。
 誘導担当シルフが、強風担当に負けじと頑張ってくれるので一発必中である。
 擱座した僚基の左側を通ろうとするレンジャー二基を、ルークスは三本の矢で大破させた。
 一本は外れたのではなく、命中前に破裂したのだ。
「今のは加熱しすぎだ。カリディータ、加減して」
 加熱担当のサラマンダーが「応よ」と答えた。
 彼女は、台に並べた矢を一人で炙っている。
 他のサラマンダーがいると温度を一定にできないので、一人で熱管理しているのだ。
 最適な温度を模索するのも、彼女の役割だった。

 自ら飛ぶ矢はアルティと共に二十、次の船で三十本届いている。
 今あるだけで、半数のレンジャーを行動不能にできる計算だ。
 イノリと相性の悪い軽量型ゴーレムを、決戦前にまとめて始末できるので、ルークスは上機嫌である。
(あるいは、この別動隊との戦いが決戦になるかも)

 左右四基ずつレンジャーを大破させたところで、作戦の第二段階に入る。
 イノリと共に後列に並んでいた、十八基のゴーレムが左右に移動を開始した。
 鹵獲ゴーレムについて、二国は協定を定めている。
 帝国軍のバーサーカーと、マルヴァド軍のグリフォンはリスティアで、レンジャーはパトリアと。
 ゴーレム戦では戦力外のレンジャーをリスティアは欲しないので、ありがたくルークスは全部もらうことにしたのだ。
 パトリア王国が内骨格ゴーレムを作るにあたって、手本があればゴーレムスミスたちの苦労が減る。
 球体関節などの重要部品は流用する手もあるので、レンジャーはいくらあっても困らない。
 バーサーカーについては研究用に武具を回収したので十分だし、グリフォンは後日マルヴァドが返却を要求するのは確実なので、もらっても面倒が増えるだけ。
 それにグリフォンの一級品武具はパトリア製なのだから、今さら研究する必要もない。
 そのためここでパトリア軍が使っているのは、鎧を外し土を増加して従来型と同程度の腕力を持たせた改造レンジャーである。
 鎧がないので従来型との戦闘は無理だが、原型レンジャーなら圧倒できる。

 自ら飛ぶ矢が行動不能にしたレンジャーは二十を数えた。
 動けなくなった軽量型に味方ゴーレムが到達、破壊を始める。
 予定通りの展開に、ルークスだけでなく精霊たちにも楽観の空気が流れた。
 
 突然、イノリ内部に金属音が響いた。
「何か当たっ――」
 言葉を発しかけたルークスの肺から、空気が絞り出される。
 水繭に穴が空き、高圧空気が流れこんだのだ。
 リートレがすぐ穴を塞いだものの、高まった圧を抜くことはできない。
 水繭の周囲はより高い気圧なのだ。
 水繭はイノリの背中内面に密着している。
 ウンディーネが外部へ通じる穴を空けるまで、精霊たちは恐慌状態になっていた。
「主様、ご無事で!?」
「ルールー!? ルールー!!」
「どうしたんだ、ルークス!? 返事をしやがれ!!」
 気圧が戻ってやっとルークスは呼吸を取り戻した。
「何が……あったの?」
「何かが胴体を貫通したわ。それ以上はわからない」
 リートレの声が上ずるのを、ルークスは初めて聞いた。

 再び金属音がした。
 イノリの鎧兜にが当たり、火花を散らす。
「!?」
 ルークスは、が作業ゴーレムの頭部に当たるのを見た。
 剥き出しの土に突き刺さっているのは、金属片だった。
 鉄板らしいが、かなりひしゃげたらしく湾曲している。
「あるいは……元が板状ではなかったか……」
 ルークスの脳内で不吉な情報が浮かび上がる。
「金属が――破裂した!?」
 真っ先に自ら飛ぶ矢に目が行く。
 台上ではカリディータが心配そうに見上げている。
 並べられた矢はどれも無事だ。
 それに台は作業ゴーレムの右側にある。
 たとえ矢が破裂したとしても、破片が正面に刺さるわけがない。
「味方じゃなければ、敵――」
 めまぐるしく働くルークスの脳がが何か答えを出した。

「これが、大地の怒りか!?」
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