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第七章 激突

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 決戦に臨む前から既に負けているので、ゴーレム車内の少年はため息をつきかけた。
 慌てて息を飲みシノシュは平静を装う。
 師団長こそ不在だが、副官と政治将校は同乗しているのだ。
 致命的な失態に気付かれなかったのは奇蹟に近い。
 アロガン師団長は、ホウト元帥のゴーレム車に行ったきりだ。
 移動中は車内で軍議をするので、各師団からは師団長しか出てない。
 そのため第三ゴーレム師団蹂躙は現在、副官のジュンマン陸尉が指揮している。
 とは言え、敵と遭遇するまでは現状維持で移動が続くだけだが。

 シノシュが「負けと思った」のは、兵の士気が崩壊しているからだ。
 第七師団の敗走時、多くの将兵が死傷した。
 敵新型ゴーレムによる人的損害は皆無だったのに、味方ゴーレムが自軍将兵を踏み潰したのだ。
 その命令を出した第七師団長当人も踏まれてしまった。
 今や兵たちにとって自軍ゴーレムは、敵より恐ろしい存在となっているのは間違いない。
 そのうえ本隊が進むにつれ、より重傷な兵たちが合流してくる。
 彼らは手当を受けていた。
 驚いたことに敵軍は帝国軍将兵を捕虜にせず、ウンディーネにより手当をしてから解放したのだ。
 最初聞いたときは耳を疑ったが、今は策だと認識している。
 負傷で動けない帝国軍将兵を敵新型ゴーレムは「避けて歩いた」のだ。
 いくら箝口令を敷こうが「またがれた当人」が多すぎる。
 これで決戦となれば、自らを傷つけて敵軍による保護を待つ者が続出するだろう。
 そこまで考えて、シノシュは愕然とした。
(俺は、負けるのが嫌なのか?)
 敵の勝ち方が奇抜なほど、シノシュに負わされる責任が軽くなるのに。
(まさか勝ちたいとでも?)
 だとしたら、その相手は間違いなく「風に愛された少年」だ。
 そのルークスを擁するパトリア軍は何を企てているやら。

 新型ゴーレムと遭遇した翌日と翌々日は、敵が吹かせた猛烈な向かい風に悩まされた。
 だがその後敵シルフは鳴りを潜め、こちらのシルフを妨害するくらいだ。
 まるで帝国軍の前進を歓迎しているみたいなのが不気味である。
(この期に及んで、何故不利を嫌う?)
 その答えは分かっていた。
 死ぬまでに一度で良いから、シノシュは全力で戦いたい。
 せっかく契約できた大精霊の能力を、全て出し切りたいのだ。
 だが本当に戦いたい相手は、顔も知らない異国の少年などではない。
 家族を危険に晒している、彼の祖国であった。

 そんな少年の葛藤も知らず、若い副官は無遠慮に話しかけてくる。
 厄介なことに。
 答えないと罰せられるし、間違った答えも減点だ。
 かと言って、予想を越える正解でも以後目を付けられる。
 家族に累を及ぼさないために、シノシュは当たり障りのない正解を答えねばならない。
 それも政治将校の目の前で。
「敵新型ゴーレムはどこから仕掛けてくるだろうか?」
 とジュンマン陸尉が尋ねてくれば
「はい。機動性に勝るので、どの方角からも攻撃が可能でしょう」 
 と一般論で答える。
「どの方角でも?」
「はい。大迂回して背後からの攻撃も、あり得ると考えられます」
「だとしたら、敵コマンダーはどうやって指示をするのだ?」
「はい。ゴーレムが見えない場合は、ノームによる自律行動となります。それを避けるには、見える範囲にいるしかありません」
 また一般論に戻す。
「敵コマンダーは馬にでも乗らないと、新型ゴーレムに付いていけないだろうな」
「はい、同意見であります」
 副官はシノシュの顔を見た。
「君は、敵コマンダーをどう思う?」
「申し訳ありません。言及するだけの知識がありません」
「有名だと聞いたが?」
「はい。十才という史上最年少で大精霊と契約した、とは耳にしております」
「勝ちたくはないか?」
「肯定であります。革新を阻む敵全てに勝ちたいと思っております」
「立派な心がけだ」
 年長者は満足げにうなずいた。

 この副官は部下を虐めているのではなかろう、とシノシュは見て取った。
 ひょっとしたら良い人かもしれない。
(だからと油断はできないが)
 警戒はいくらしても、万全にはならない。
 失言一つが命取りになるのが大衆なのだ。
 他人は全て敵と思い、あらゆる表現は自制の上で間違いなく発しなければ、生きてゆけない。
(もし俺が、セリューのような身寄りが無い人間だったら)
 話は簡単、とうの昔に他国に亡命しただろう。
 大精霊契約者は、どの国だろうと歓迎されるはず。
 縁もゆかりもない他地域出身者の集団である軍には、帰属意識などない。
 特にシノシュのような旧小国出身者は、同郷者と会うことさえまれだ。
 だから幼年戦士として配属された少女は、彼に懐いたのだろう。
 そのセリューも行方不明のまま。
 混乱の中で負傷したか、ゴーレムに踏まれたか――
 シノシュは自分が思っている以上に、心が乱れていることに気付いた。
(しっかりしろ! 家族以外は全て切り捨てると決めたはずだ!)

 騎兵がシノシュらのゴーレム車に横付けし、全軍停止の命令を伝えた。
「て、停止だ! 全ゴーレムを止めろ!」
 狼狽えるジュンマン副官に、シノシュは淡々と応じてグラン・ノームを呼んだ。
 ゴーレム車の横を歩いていた土の大精霊が、顔だけ扉を通り抜けさせる。
「オブスタンティア、全ゴーレム停止だ」
「了解した」
 ゴーレムの足音が消えると、車内を静寂が包む。
 伝令の「前方の平地にリスティア・パトリア両国の混成小部隊が布陣!」との声が風に流れてきた。
「新型ゴーレムは視認できず!」
 との報告にシノシュは耳をそばだてる。
「野戦に出たのか。バカ者どもめ」
 と毒づく副官の声にかき消されそうになったのだ。
 元帥が方針を出すまで間がある、とシノシュは見た。

 しばらくして後方より早馬の馬蹄が横を通り過ぎる。
 別方向より訪れた伝令の声が聞こえた。
「南南東の方角よりパトリア・マルヴァドの混成ゴーレム部隊が接近中! 約四十!!」
(パトリア軍が国境の河を越えた!?)
 シノシュは総毛立った。
 弱小国がなけなしのゴーレムで攻勢に出るなど、完全に自殺行為だ。
(いくら我が軍が引き返したからって、無謀すぎる)
 正面の敵に続いて、征北軍が各個撃破するのは容易い――敵に新型ゴーレムがなければ。
 だがいかに新型ゴーレムだろうと無敵ではない。
 取り囲んでしまえば討ち取れるはず。
(何か策でもあるのか?)
 シノシュはリスティア大王国の地図を脳裏に描いた。
 大王都は北東、そこから出た小部隊が北で待ち構え、南南東から四十基。
 その双方を平らげ、大王都を再占領すれば補給できる――新型ゴーレムが出てこなければ。
 たとえ敵に新型ゴーレムがあろうと、最善策は大王都での籠城だ。
 パトリア王国に至っては、国境の河向こうにさえいれば国土は守れる。
 自殺行為が南北で同時に行われた――となれば何か策があると考えるべきだ。
(小部隊では時間稼ぎにしかならない。ならシルフで向かい風を送れば済む。違うな。行軍から野戦陣形に変えさせるのが狙いか?)
 一度野戦隊形になったら、再び行軍できるまで相当時間がかかる。
 そこを襲われたら?
(二部隊は足止め――本命が南西から来る!)
 パトリアみたいな小国でさえ攻勢に出られたのだ。東方の雄と言われたマルヴァド軍が出られないはずがない。
 リスティア占領部隊の多くを失ったマルヴァド王国が、報復に出るのは自然の流れではないか。
 パトリアのゴーレム部隊と連合しているのがその傍証だ。
(我が軍は包囲されつつあるのか)
 この状況から勝利するには、主力である南西のマルヴァド軍を叩くしかない。
 だがその規模も位置も分からない。
 そして征北軍の目的はパトリアの新型ゴーレムの拿捕、もしくは破壊である。
(北へ行くだろうな)
 小部隊は恐らくコマンダーを守るのが役割。
 コマンダーさえ抑えてしまえば、新型ゴーレムを倒せなくても目的を達成できる。
(そう思わせるのが、敵の狙いだ。北の小部隊はおとりだな)
 少年精霊士は確信した。
 敵の選択肢を奪うのが、戦術の基本である。
 そして自軍が「罠に陥る」のは確実に思えた。
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