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第七章 激突
新型ゴーレム見ゆ
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のろのろと征北軍本隊は北上していた。
前例のない陣形で。
騎兵が先頭、歩兵が広く散開して進む――それだけならあり得る陣形だ。
異例はゴーレムの位置である。
中央の道路をバーサーカーが一列縦隊で歩き、その両側を軽量型のレンジャーが二列ずつ進んでいた。
歩兵はゴーレムを十重二十重に囲んでいるのだ。
人間がゴーレムを守るという、前代未聞な真似をしていた。
道路を外れた荒れ地や木立を歩かなければならないので、進軍は極めて遅い。
もはや行軍ではなかった。
それほど征北軍首脳はパトリアの新型ゴーレムを恐れていた。
半日たらずで百基ものゴーレムを失った衝撃は絶大だった。
征北軍司令官のホウト元帥は文字通り震えあがった。
新型ゴーレムにではなく、皇帝陛下の怒りに。
最低でも新型ゴーレムを撃破できなければ命はない。
逆に新型ゴーレムさえ仕留められれば、部隊を全滅させても命は繋がるはず。
その為に「ゴーレムの安全第一」な陣形にしたのだ。
師団長が戦死した第七師団の幕僚ら、馬で逃げた者たちは早々に帰着していた。
彼らが持ち帰った情報、特に全ゴーレムを失ったゴーレム連隊長の報告は、元帥を絶望させるに十分だった。
新型ゴーレムは信じられないほど細身で、女神像のようだった。
新型ゴーレムは信じられないほど軽量で、足音が聞こえなかった。
新型ゴーレムは信じられないほど高速で、こちらの攻撃は当たらない。
新型ゴーレムは信じられないほど敏捷で、その攻撃は必中だ。
新型ゴーレムは信じられないほど強力で、槍の一突きでゴーレムを撃破した。
しかも事前情報と異なり、連続してゴーレムを撃破できる。
リスティア戦で攻撃が散発的だったのは、武器の実用化が遅れた為と思われた。
その上さらに、敵には新型ゴーレム以上の戦力があった。
グラン・シルフである。
向かい風を起こし砂塵によって目潰しをかけたのだ。
自軍ゴーレムコマンダーは自基を見失い、連携が封じられた。
対して新型ゴーレムは追い風に加え、連携無用の単基である。
視界を失ったのは兵も同様で、目隠し状態でバーサーカーが撃破される音と振動を延々と聞かされたので、恐慌状態に陥った。
これが全軍敗走を招いた理由で、敵が本隊にも仕掛けてくるのは間違いない。
これを受けてホウト元帥は、旗下のグラン・シルフ使いに相殺を命じた。
だが当のグラン・シルフに拒否されてしまった。
「インスピラティオーネに吹き返せる者などいやしない。現時点で最強のグラン・シルフだ」と。
事実、グラン・シルフがいながら帝国軍の偵察や連絡シルフは封じられていた。
それだけ動員力に差があるのだ。
「この役立たずめ!」
元帥が怒鳴れば「貴様と契約した訳ではない」と大精霊は冷たく突き放す。
それどころかグラン・シルフのトービヨンは人間に「ルークスの友達が大勢協力している」ことも教えなかった。
聞かれれば答えるが、自分から教えてやる義理はない。
結果、たった一人の精霊使いに及ばない征北軍は、敵コマンダーの視程範囲を兵で埋め尽くすしかなかった。
ゴーレムを取り囲む兵たちは路外を行かねばならいので、その歩みは遅々として進まない。
特に先頭は藪を切り払い、麦を押し倒さねばならないので、すぐ体力が尽きる。
分隊中で交代し、全員が先頭を務めたら分隊ごと交代を繰り返した。
しかも自分らの盾になるはずのゴーレムを守るために、自分らが盾にされている。
新型ゴーレムの脅威を聞かされていない兵が納得できるはずがない。
大衆階級の兵たちにとりゴーレムは、もはや守護神ではなくお荷物だった。
ただでさえ不満が高まっている兵たちに、追い打ちで雨が降ってきた。
初夏の暑さは洗い流してくれたが、身体が濡れる不快さは汗以上で、兵たちはさらに消耗した。
日没までかかっても、征北軍は往路の半分も戻れなかった。
見通しの良い畑地で野営に入る。
兵たちはゴーレムを守るため広く散らばったまま、小隊単位で野宿である。
幸い雨は止んでいたが、兵たちは湿った土に転がるしかなかった。
初夏なので寒くはない。
だが焚き火に虫が集まり、天幕が無い兵たちは蚊や蚋に悩まされた。
翌朝も早くから、非効率な移動が始まった。
第三ゴーレム師団「蹂躙」の師団本部はゴーレム車で進んでいる。
車列は征北軍司令部と共に陣形の中央、バーサーカー縦列の間に固まっていた。
前日の雨でぬかるんだ道にバーサーカーが足跡という穴を掘るので、ゴーレム車隊の前でノームが整地しながら進んでいた。
道を外れた歩兵たちは悲惨で、ぬかるみや泥沼に悪戦苦闘している。
刻々と兵たちに疲労と不満が高まり、体力と士気が低下する様を、ゴーレム車からシノシュは冷ややかに観察していた。
ただ疲れるだけではなく、将の怯えが兵に伝染しているようだ。
元帥らが敵の能力も目的も掴めていないのは間違いない。
能力はともかく目的は、シノシュには推察できていた。
一昨日にゴーレム一個連隊を壊滅させながら、敗走する将兵を追撃しなかった――この意味は大きい。
補給部隊を叩いて兵を生かしたのは、食料不足にする為であろう。
町々を襲って食料を奪うことはできる――ゴーレムがあれば。
古来より投石器や塔など、城壁都市攻撃には攻城兵器が使われてきた。
現代の攻城兵器はゴーレムである。
そのゴーレムを失えば、侵攻時の七万の兵があっても町一つ落とせるか分からない。
ましてや兵が半減して疲労していては。
征北軍は餓えにより、戦わずして敗北する。
(新型ゴーレムの目的は、征北軍からゴーレムを奪うことだな)
それだけの性能があるのは明らかだ。
(ならばゴーレムを囮にする手もあるのに。せっかくの射程武器が遊んでいるぞ)
新型ゴーレムは速度と攻撃力が突出しているが、防御力は弱いはず。
射程武器の欠点である攻撃力の弱さも問題ではなかろう。
などと考えたところで、献策は不可能だしその意思もなかった。
大衆風情の意見など求められていないし、素人師団長ではゴーレムを指揮できようもない。
無意味な思考で精神を消耗するのは愚かだ、とシノシュは止めた。
新型ゴーレムが兵を殺さなかった重みは、時を経るにつれ積み上がってゆく。
敗走した第七師団の兵が次々と合流してくるのだ。
混乱による四散なら原隊に復帰すればまだ助かる。
逆に逃亡したと見なされれば死刑、さらに罪は家族に及ぶ。
その為死に物狂いで戻ってくる。
騎兵が先行しているのは、いち早く兵を見つけ、口止めするためだった。
とは言え、怯えきった様子は百言より多くを同輩に伝えてしまう。
何よりゴーレムが一基も戻って来ないのだから、いくら箝口令を敷いても無駄である。
恐怖は伝播し、全軍の士気は下り坂を転げるようだ。
征北軍は進むにつれ兵数は回復してゆくが、戦力は落ちていった。
(たった一基に負けるのだな、この戦争は)
などと考えていることはおくびにも出さず、シノシュは黙したままゴーレム車に揺られていた。
ふと、少女の顔が頭をよぎる。
(そう言えば、同郷のあいつはどうしただろう?)
元気に挨拶していったセリューが、原隊復帰したなら大休止の際にでも来るはず。
まだ合流していないのか、それとも――
我に返り、シノシュは意識を現実に引き戻した。
(他人を気にかけている場合ではないぞ!!)
ただでさえ敗戦の責任を負わされる身である。
自分の一挙手一投足に、家族の命が懸かっていた。
ましてや、正面で政治将校のファナチが目を光らせているのだ。
一瞬たりとも気が抜けない。
彼女に失態を見られたら、命を失う家族が増えてしまう。
小雨が降り出した午後、前方より騎馬の伝令が司令部に駆けつけた。
その声はゴーレムの足音にかき消されたが、すぐに知れた。
車列が止まり、ゴーレムが立てる足音と振動が止んだ。
「全軍停止!」の声が波紋のように広がってゆく。
不意に辺りは静まった。
アロガン師団長がゴーレム車の扉を開け、四角い身体を乗り出す。
「新型ゴーレムか!?」
「肯定です! 前方より接近しています!」
師団長のだみ声と返答が聞こえた。
シノシュは反対側の扉を開け、政治将校に場所を譲る。
ところが彼女は席を立たない。
「土に愛された少年、あなたこそ見るべきです」
そう言われては仕方ない、シノシュも上体を乗り出した。
下りた方が早いが、上官の許可無くゴーレム車を下りるなど論外である。
小雨で霞む前方、緩やかにカーブした道の先に巨大な影が見えた。
かなりの速度で近づいてくる。
見慣れた七倍級ゴーレムの大きさではあったが、横幅が半分もない。
前方から兵たちの悲鳴が聞こえてくる。
「ゴーレムが走っている!?」
シノシュは初めて、パトリア王国の新型ゴーレムを目撃したのだった。
前例のない陣形で。
騎兵が先頭、歩兵が広く散開して進む――それだけならあり得る陣形だ。
異例はゴーレムの位置である。
中央の道路をバーサーカーが一列縦隊で歩き、その両側を軽量型のレンジャーが二列ずつ進んでいた。
歩兵はゴーレムを十重二十重に囲んでいるのだ。
人間がゴーレムを守るという、前代未聞な真似をしていた。
道路を外れた荒れ地や木立を歩かなければならないので、進軍は極めて遅い。
もはや行軍ではなかった。
それほど征北軍首脳はパトリアの新型ゴーレムを恐れていた。
半日たらずで百基ものゴーレムを失った衝撃は絶大だった。
征北軍司令官のホウト元帥は文字通り震えあがった。
新型ゴーレムにではなく、皇帝陛下の怒りに。
最低でも新型ゴーレムを撃破できなければ命はない。
逆に新型ゴーレムさえ仕留められれば、部隊を全滅させても命は繋がるはず。
その為に「ゴーレムの安全第一」な陣形にしたのだ。
師団長が戦死した第七師団の幕僚ら、馬で逃げた者たちは早々に帰着していた。
彼らが持ち帰った情報、特に全ゴーレムを失ったゴーレム連隊長の報告は、元帥を絶望させるに十分だった。
新型ゴーレムは信じられないほど細身で、女神像のようだった。
新型ゴーレムは信じられないほど軽量で、足音が聞こえなかった。
新型ゴーレムは信じられないほど高速で、こちらの攻撃は当たらない。
新型ゴーレムは信じられないほど敏捷で、その攻撃は必中だ。
新型ゴーレムは信じられないほど強力で、槍の一突きでゴーレムを撃破した。
しかも事前情報と異なり、連続してゴーレムを撃破できる。
リスティア戦で攻撃が散発的だったのは、武器の実用化が遅れた為と思われた。
その上さらに、敵には新型ゴーレム以上の戦力があった。
グラン・シルフである。
向かい風を起こし砂塵によって目潰しをかけたのだ。
自軍ゴーレムコマンダーは自基を見失い、連携が封じられた。
対して新型ゴーレムは追い風に加え、連携無用の単基である。
視界を失ったのは兵も同様で、目隠し状態でバーサーカーが撃破される音と振動を延々と聞かされたので、恐慌状態に陥った。
これが全軍敗走を招いた理由で、敵が本隊にも仕掛けてくるのは間違いない。
これを受けてホウト元帥は、旗下のグラン・シルフ使いに相殺を命じた。
だが当のグラン・シルフに拒否されてしまった。
「インスピラティオーネに吹き返せる者などいやしない。現時点で最強のグラン・シルフだ」と。
事実、グラン・シルフがいながら帝国軍の偵察や連絡シルフは封じられていた。
それだけ動員力に差があるのだ。
「この役立たずめ!」
元帥が怒鳴れば「貴様と契約した訳ではない」と大精霊は冷たく突き放す。
それどころかグラン・シルフのトービヨンは人間に「ルークスの友達が大勢協力している」ことも教えなかった。
聞かれれば答えるが、自分から教えてやる義理はない。
結果、たった一人の精霊使いに及ばない征北軍は、敵コマンダーの視程範囲を兵で埋め尽くすしかなかった。
ゴーレムを取り囲む兵たちは路外を行かねばならいので、その歩みは遅々として進まない。
特に先頭は藪を切り払い、麦を押し倒さねばならないので、すぐ体力が尽きる。
分隊中で交代し、全員が先頭を務めたら分隊ごと交代を繰り返した。
しかも自分らの盾になるはずのゴーレムを守るために、自分らが盾にされている。
新型ゴーレムの脅威を聞かされていない兵が納得できるはずがない。
大衆階級の兵たちにとりゴーレムは、もはや守護神ではなくお荷物だった。
ただでさえ不満が高まっている兵たちに、追い打ちで雨が降ってきた。
初夏の暑さは洗い流してくれたが、身体が濡れる不快さは汗以上で、兵たちはさらに消耗した。
日没までかかっても、征北軍は往路の半分も戻れなかった。
見通しの良い畑地で野営に入る。
兵たちはゴーレムを守るため広く散らばったまま、小隊単位で野宿である。
幸い雨は止んでいたが、兵たちは湿った土に転がるしかなかった。
初夏なので寒くはない。
だが焚き火に虫が集まり、天幕が無い兵たちは蚊や蚋に悩まされた。
翌朝も早くから、非効率な移動が始まった。
第三ゴーレム師団「蹂躙」の師団本部はゴーレム車で進んでいる。
車列は征北軍司令部と共に陣形の中央、バーサーカー縦列の間に固まっていた。
前日の雨でぬかるんだ道にバーサーカーが足跡という穴を掘るので、ゴーレム車隊の前でノームが整地しながら進んでいた。
道を外れた歩兵たちは悲惨で、ぬかるみや泥沼に悪戦苦闘している。
刻々と兵たちに疲労と不満が高まり、体力と士気が低下する様を、ゴーレム車からシノシュは冷ややかに観察していた。
ただ疲れるだけではなく、将の怯えが兵に伝染しているようだ。
元帥らが敵の能力も目的も掴めていないのは間違いない。
能力はともかく目的は、シノシュには推察できていた。
一昨日にゴーレム一個連隊を壊滅させながら、敗走する将兵を追撃しなかった――この意味は大きい。
補給部隊を叩いて兵を生かしたのは、食料不足にする為であろう。
町々を襲って食料を奪うことはできる――ゴーレムがあれば。
古来より投石器や塔など、城壁都市攻撃には攻城兵器が使われてきた。
現代の攻城兵器はゴーレムである。
そのゴーレムを失えば、侵攻時の七万の兵があっても町一つ落とせるか分からない。
ましてや兵が半減して疲労していては。
征北軍は餓えにより、戦わずして敗北する。
(新型ゴーレムの目的は、征北軍からゴーレムを奪うことだな)
それだけの性能があるのは明らかだ。
(ならばゴーレムを囮にする手もあるのに。せっかくの射程武器が遊んでいるぞ)
新型ゴーレムは速度と攻撃力が突出しているが、防御力は弱いはず。
射程武器の欠点である攻撃力の弱さも問題ではなかろう。
などと考えたところで、献策は不可能だしその意思もなかった。
大衆風情の意見など求められていないし、素人師団長ではゴーレムを指揮できようもない。
無意味な思考で精神を消耗するのは愚かだ、とシノシュは止めた。
新型ゴーレムが兵を殺さなかった重みは、時を経るにつれ積み上がってゆく。
敗走した第七師団の兵が次々と合流してくるのだ。
混乱による四散なら原隊に復帰すればまだ助かる。
逆に逃亡したと見なされれば死刑、さらに罪は家族に及ぶ。
その為死に物狂いで戻ってくる。
騎兵が先行しているのは、いち早く兵を見つけ、口止めするためだった。
とは言え、怯えきった様子は百言より多くを同輩に伝えてしまう。
何よりゴーレムが一基も戻って来ないのだから、いくら箝口令を敷いても無駄である。
恐怖は伝播し、全軍の士気は下り坂を転げるようだ。
征北軍は進むにつれ兵数は回復してゆくが、戦力は落ちていった。
(たった一基に負けるのだな、この戦争は)
などと考えていることはおくびにも出さず、シノシュは黙したままゴーレム車に揺られていた。
ふと、少女の顔が頭をよぎる。
(そう言えば、同郷のあいつはどうしただろう?)
元気に挨拶していったセリューが、原隊復帰したなら大休止の際にでも来るはず。
まだ合流していないのか、それとも――
我に返り、シノシュは意識を現実に引き戻した。
(他人を気にかけている場合ではないぞ!!)
ただでさえ敗戦の責任を負わされる身である。
自分の一挙手一投足に、家族の命が懸かっていた。
ましてや、正面で政治将校のファナチが目を光らせているのだ。
一瞬たりとも気が抜けない。
彼女に失態を見られたら、命を失う家族が増えてしまう。
小雨が降り出した午後、前方より騎馬の伝令が司令部に駆けつけた。
その声はゴーレムの足音にかき消されたが、すぐに知れた。
車列が止まり、ゴーレムが立てる足音と振動が止んだ。
「全軍停止!」の声が波紋のように広がってゆく。
不意に辺りは静まった。
アロガン師団長がゴーレム車の扉を開け、四角い身体を乗り出す。
「新型ゴーレムか!?」
「肯定です! 前方より接近しています!」
師団長のだみ声と返答が聞こえた。
シノシュは反対側の扉を開け、政治将校に場所を譲る。
ところが彼女は席を立たない。
「土に愛された少年、あなたこそ見るべきです」
そう言われては仕方ない、シノシュも上体を乗り出した。
下りた方が早いが、上官の許可無くゴーレム車を下りるなど論外である。
小雨で霞む前方、緩やかにカーブした道の先に巨大な影が見えた。
かなりの速度で近づいてくる。
見慣れた七倍級ゴーレムの大きさではあったが、横幅が半分もない。
前方から兵たちの悲鳴が聞こえてくる。
「ゴーレムが走っている!?」
シノシュは初めて、パトリア王国の新型ゴーレムを目撃したのだった。
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