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第六章 帝国のゴーレム

帝国軍の迷走

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 リスティア王国の首都ケファレイオを脱出した帝国軍部隊から、征北軍司令部にシルフが到着したのは、その日の昼すぎだった。
 グラン・シルフによる妨害の範囲をやっと出られたのだ。
 リスティア王軍となったリスティア解放軍が、パトリア軍と協同して後方を遮断しつつあると知り、征北軍首脳陣は驚愕した。
 属国からパトリアに攻め込む作戦が一転、補給を断たれて敵国で孤立したも同然となったのだ。
 たった一日で戦況が正反対となっている。
 各師団長からは「反転攻勢すべし」との進言がホウト元帥に寄せられた。
 他はともかく、食料が尽きたら軍隊は戦うどころか存在さえできなくなる。
「で? せっかく得たリスティアを失って、手ぶらで帝都に帰れと?」
 ホウト元帥は不機嫌に顎髭をいじる。
 その後は口にしないが、軍議の場にされた食堂にいた全員が「皇帝陛下にどう申し開きするのか?」が続くことは分かっていた。
「パトリア軍の後方への上陸作戦は把握していました」
 参謀長が説明する。
「それに備え、上陸地点である北の軍港に占領部隊の主力を配置したのです。ところが敵は予定を変更、守りが固い首都直近の軍港に上陸、即座に制圧し、その日の夜に大王都を奇襲しました」
「展開が早すぎる」
 師団長の一人が言うと、参謀長はうなずいた。
「はい。何しろ大王都を脱出した部隊からの報告ですと、リスティア解放軍のケファレイオ到着は日の出後とのことです」
「陥落は夜の内だったのではなかったか?」
「夜間に起きたと判明しているのは『敵の新型ゴーレムが味方ゴーレムを全滅させたこと』のみです」
「では陥落したわけではないのでは?」
「ゴーレムを失った時点で、駐留部隊は防衛不可能と判断した模様です。何しろ、征北軍司令部どころか師団本部とも連絡が取れなかったので」
「責任論は後にしろ。その新型ゴーレムはどこから来たのだ?」
 ホウト元帥が参謀長に話を戻させる。
「軍港に配置した鹵獲ゴーレムも全滅しましたので、港からかと」
「まさか――船で運べるのか?」
 全員の視線が、ゴーレム師団を預かるアロガン将軍に向けられた。
 四角い体形の将軍は、顔をしかめて言う。
「戦闘ゴーレムは船で運ぶには重すぎますぞ。試したことはありませんが、我が軍の軽量型ゴーレムでも果たして乗るかどうか」
 ホウト元帥は尋ねる。
「海から首都まで、馬で一晩と聞いたが?」
「軽量型ゴーレムなら馬の並足に付いてゆけますゆえ、夜の間に到着するのは可能でしょうな」
「大王都には何基あった?」
「クリムゾン・バーサーカーが十六基」
 単基に壊滅させられたことに、首脳からは疑念の声があがる。
「吾輩が知る限り、パトリアの新型ゴーレムが圧倒的に強いのは間違いない」
 強弁するアロガン将軍を、参謀長が助ける。
「リスティア戦で、その新型は一夜にして四十基を撃破しました。我が軍が当初予定の北ではなく、急遽東に向けられた経緯をお忘れなきよう。それだけの性能を有していると考えませんと」
 ホウト元帥が参謀長に尋ねる。
「パトリアは、その新型をどれだけ所有しているのだ?」
「不明です。しかし一枚しかない切り札を、敵の後方に送るとは考えにくいです。もう一基温存されている可能性は考慮すべきかと」
 機動力は軽量型ゴーレム以上、戦闘力は主力ゴーレムを遥かに凌駕するのだ。
 参謀長は全軍反転を奏上した。
「作戦目標が向こうから来てくれたのですから、大王都もろとも厳重に取り囲み、確実に捕獲もしくは撃破すべきです」
「しかしパトリアは目前ではありませんか。あそこの鉄鉱山をいただけば、祖国が鉄を増産できる以上に、同盟へ流れる鉄を減らす効果がありますぞ」
 師団長の一人が、歩兵師団とゴーレム連隊を一個ずつ戻すだけにすべきと言いだした。
「北に集めた部隊と挟撃すれば、逃がす心配はあるまい」
 征北軍司令部から送ったシルフが北の軍港に到着したのは昼近く、その返答を先ほど持ち帰ったところだ。
 ルークスの友達は風に逆らって北へ向かうシルフはすぐ見つけるが、北風と共に司令部に吹き込むシルフとなると多過ぎてチェックしきれない。
 一度まとわりつかれて難儀した帝国軍のシルフは、帰路は他のシルフと並んでやり過ごしていた。
「迎撃部隊はゴーレム部隊から順次移動を開始するとのことです。大王都到着は、早くて二日後」
 参謀長の報告にホウト元帥はうなずき、決断した。
「三日だ。その間に周辺の占領部隊も合流させろ。最速かつ最大で当たる」
 先鋒部隊のゴーレムは軽量型だけなので、間に合わなくても大勢に影響しない。本隊と占領部隊を糾合し、全力を以て新型ゴーレムと首都ケファレイオを攻略するのだ、と。
 そこに横槍が来た。
 伝令兵が駆け込んできたのだ。
「報告! 啓蒙隊を率いた政治将校が、領主一族を中央広場に引き立てています!」
「まさか!?」
 首脳陣は先ほど以上の衝撃に見舞われた。
「まさか……処刑を?」
 声を震わせ、ホウト元帥が背後に振り返る。
 影の様に立っている政治将校、征北軍派遣主幹コレル政佐が当然のように言う。
「リスティア軍の背任は明白。それがどういう意味を持つか、蛮族に啓蒙する必要がございます」
 振り返れば、各師団長と同じ数いるはずの政治将校が、軍議の場に半分もいない。
 ホウト元帥は反論にならないよう注意する。
「リスティア解放軍は、パトリアの捕虜にされていた連中だ。帝国に忠誠を誓った者たちではない」
「先ほど海軍艦艇より、乗員の反乱が伝えられました。リスティア人の謀反は明白です」
 いきなり主語を大きくしてきたので、元帥は窮した。
「この領地の者たちとは無関係であろう?」
「何を言います? これら反乱が偶発的なわけがありません。大女王に据えたヴラヴィの企みであるは明白。奴への報復の為に、臣下を処刑するのは当然ではありませんか」
 なんら情報も与えなかった小娘に、隣国まで動かす謀略などできるはずもない。
 それより大女王に付けた政治将校は何をしていた?
 操り手が敵になったに過ぎない程度も思いつかない政治将校に、指揮官はほとほと困り果てた。
 だが政治将校との議論は命取りになる。
「なるほど。そこまでは見通せなんだ。さすがは世界革新党本部が推挙しただけであるな、貴殿は」
「ご理解いただけて恐縮です」
「わかった。では領主一族の処刑は貴殿らに任せよう」
 そして即座にこの町を引き上げようとした。
 だが政治将校はそれを許さない。
「この町には他にも貴族共が巣くっております。全て駆り出すのに啓蒙隊だけでは手が足りません」
「それは――皇帝陛下がお命じになった新型ゴーレム拿捕より、優先する事なのかね?」
「その皇帝陛下を裏切った連中ですぞ! まさか本陣を置いた町で取りこぼしを許すなどと、おっしゃいませんでしょうな!?」
「……無論だとも」
 ホウト元帥は参謀長に目を向ける。
 ため息をついて部下は危険な発言をした。
「兵などの大衆を町に入れたら、帝国軍の威信が傷つく恐れがあります」
 皇帝とも帝国とも言えない。彼らは軍人、軍しか代表できないのだ。
 皇帝や帝国を代表できるのは、世界革新党員だけである。
 だがこの反抗はねじ伏せられてしまった。
「ならば市民だけでやれば良いではありませんか」
 首脳陣は息を詰まらせた。
 家屋に押し入り貴族を駆り出す。
 どんな抵抗があるか分からない。
 そんな危険を市民にやらせ、上層部の子弟が死傷したら報復される。
 軍幹部の子弟は、身内がいない部隊に配属されるからだ。
 もちろん「元凶が誰か」は向こうも分かっている。
 だが世界革新党に弓を引くなど誰にもできない。
 責めを負うのは「彼らを上手く誘導できなかった」自分らとなるのだ。
「いっそゴーレムで、町を平らにしてしまいますか?」
 師団長の一人が真っ青な顔で言った。
 先ほど「一部のみの反転」を提案した人物だ。
 さっさと全軍反転を決めていたら、余計な報告が舞い込むこともなかったのだ。
 上級市民の子弟を死傷させたとき、総責任者のホウト元帥の次に自分が責任を問われる。
 身内に刺されるのを避けるためならば、他国人を殺戮するくらい問題ではない。
 それは戦略を忘れ保身に走った末の妄言だった。
 さすがに他の者たちが諫めるも、賛同した者がいた。
 政治将校の指揮官である。
「それは良い献策です。隠れるネズミを狩り出すのが骨なら、隠れ家ごと潰してしまえば良い。さすが征北軍に抜擢された将官はスケールが違いますな。小官も大変勉強になりました。最強兵器ゴーレムがあるのですから、それを使わない手はありますまいな」
 こうして征北軍本隊は、町を一つ潰さねばならなくなった。
 新型ゴーレムと大王都に向ける戦力は、最初の提言の歩兵一個師団とゴーレム一個連隊のみ。
 占領部隊と呼応しての大王都での決戦は三日後と決まった。
 軍議が終わると将官たちは、十才も老けたように悄然と各隊の本部へ戻った。
 大きな戦争が絶えたので久しく忘れていたことを、彼らは思い出していた。

 本当の敵は後ろにいる、ということと。
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