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第二章 学園の軋み
集団戦・決着
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編入生軍はゴーレムを一基作らずにおき、呪符を練り込んだ泥玉を投げることで「任意の場所で新たにゴーレムを作る」という秘策を決行した。
敵味方が争う戦線の後方、リートレとノンノンの水ゴーレムの近くで編入生軍のゴーレムが人間の大きさと形を取る。
ラウスは命じた。
「あの水ゴーレムを叩き潰せ!」
どうせ勝てないなら、せめて敵の指揮官基を潰してしまおうとの腹だ。
邪魔者がいない泥沼をゴーレムが前進した。
この反則に非難の声が、在校生はおろか編入生からも飛んでくる。
在校生軍の怒りは当然大きく、全員がルークスに視線を向け、判断を待った。
ルークスは大きく、ため息をついた。
「やれやれ、呆れたもんだ」
傍目にはそれが諦めに見え、シータスが「なんとかなさい!」といきり立った。
「あっちが反則するなら、こっちは正攻法をやめるまでだ。リートレ、やってしまってくれ」
ルークスは水ゴーレムに指示を送った。
リートレは足の裏には土を押しつけていない。泥沼の水を操作できるよう、水を露出させていた。
ウンディーネは足の裏から水を吸い上げる一方で、右手の平から泥を排す。
前に差し伸べた右の上腕が、吸い上げた水でメロンのように膨らむ。
そして水圧を高め、右手の先へと水を押し出した。
水は太い部分から細い部分へ流れ速度を速め、手の平から放たれた。
高圧で射出された水は、狙いがやや逸れゴーレムの左腕に当たる。その勢いを失うことなく腕を貫通、半ばから千切り取った。
片腕が落ちるのを見た編入生はもちろん、在校生も教職員までもが声を失った。
「――なんだ、と?」
ラウスは声を震わせた。
自分の目が信じられない。
今、ウンディーネが水を放った、までは理解できた。
だがなぜ水が当たっただけで、腕が分断されるのだ?
再び二の腕を膨らませた水ゴーレムは、第二射を放った。
今度は胴体中央に命中、あっさり貫通、大穴を空ける。
「ばかな……」
ラウスは我知らず首を振っていた。
「あり得ない。ウンディーネの放水程度で、なぜゴーレムが貫通されるのだ!?」
「僕らは今夢を見ているのか?」とソドミチも譫言のように言う。「それともルークス卿は、水の大精霊とも契約しているのか?」
「二属性の大精霊と契約などあり得ない!」
「でも僕らは今、あり得ない光景を目にしているんだよ」
驚愕に見舞われたのは編入生だけではない。
在校生軍も絶句していた。
アルティは、あの悪夢の夜をそこに見た。
「あのウンディーネ、三倍級ゴーレムじゃないと開けられない工房の正面ゲートを、放水圧でひしゃげさせて開けちゃったのよね」
話に聞いていたクラーエも、目を疑うほどの威力である。
「考えてみれば、ウンディーネが七倍級の大きさを動かせるってことが、そもそも不可能事じゃないかしら?」
シータスの取り巻き少女で、ウンディーネと契約しているデクストラが悲鳴に近い声をあげる。
「ありえませんわ。あれは……ウンディーネの限界を超えています」
「すげえな、魂持ちは」
とカルミナがつぶやいた。
水精科の教師たちも度肝を抜かれていた。
自分たちはウンディーネの全てを知っているのではない、と思い知らされたのだ。
大穴を空けられ、倒れないようバランスを取るのがやっとのゴーレムに、リートレは止めの一射を放った。
水撃は頭部に命中、呪符ごと粉砕してしまう。
ゴーレムは崩れて泥に戻った。
秘策があっさり潰され、意気消沈する編入生軍のゴーレムを、在校生軍は容赦なく攻めたてた。
予備のゴーレムが粉砕され、残るは足が填まった四基と倒れた一基だ。
動けないゴーレムを後ろから破壊するのは作業でしかない。
次々と撃破されてゆく。
最後に、味方に倒されたままのゴーレムが残された。
ラウスは自分のゴーレムを立たせぬまま、審判に詰めより抗議していた。
「あんな攻撃は反則だ!」
「ルールには反していない。それ以前に、試合開始後の追加こそ反則だ」
マルティアルはきっぱり言う。
「実戦であんな水は役に立たない!」
「同じく実戦では、急ごしらえのゴーレムは役に立たないな」
「う……」
「奇策に走った時点で、君たち編入生は『普通に戦っては在校生に勝てない』と認めたことになる」
「だ、だが――罠を張るなんて卑怯だ!」
食い下がるラウスに横合いから声がした。
「地形の利用は戦術の基本だけど?」
ルークスである。
「ゴーレム戦が一対一の潰し合いである以上、勝敗を決めるのは数か、ゴーレム以外の要素の利用だ。地形の利用は、巨大ゴーレムが戦場に現れた当時から使われてきた戦術じゃないか。ゴーレムの最大の強みである巨体は、大質量という欠点を持つ。その欠点をどうするか、指揮官なら当然頭に入れておくべきことだよ」
「貴様、あれをどうやって? そうか、ウンディーネだな!」
「違うよ。後列のゴーレムに足踏みさせたんだ」
「え? なんだと?」
「足踏みで振動を与えて、土中の水分を表面に押し上げたんだ。うちのゴーレムは小股での移動に徹しさせたから、足がめり込むことはない。でも突撃で全重量が片足にかかれば、深くめり込む」
「――卑怯な」
「泥沼にゴーレムを填めるのは、落とし穴と並んで実戦で最も使われる戦術じゃないか。僕も仕掛けられたし、パトリア軍もリスティア軍に使ったよ。実戦で使われる戦術を『卑怯だ』なんて言う指揮官がどこにいる?」
「く……」
「ところで、なぜノームに『前後逆になれ』って指示しなかったの?」
「なん――だと?」
「泥人形に前も後ろもないでしょ。足が填まっても、敵を正面で受ければまだ持ちこたえられたのに」
「そんなことが……可能、なのか?」
「疑うなら精霊に聞きなよ。それに、せっかく倒れたゴーレムがあったんだ。それを踏み越えれば他のゴーレムは罠から脱出できたんじゃないの?」
「私のゴーレムを踏みつけにしろと言うのか!?」
「メンツで勝利を逃すなんて」
ため息交じりにルークスは首を振った。
「リスティア軍はそうやって泥沼から脱出したのに。ついこの前の戦争で実際に使われた戦法も知らないなんて、ゴーレムへの愛が足りないね」
その台詞はラウスの理解を超越していた。
(愛? ゴーレムに愛だと? こいつは正気じゃないのか?)
物体に愛を向けるなど、彼の知る世界にはない。
蒼白になるラウスを見かねて、マルティアルが止めた。
「その辺にしておけ」
ルークスを離してラウスに言う。
「聞いてのとおり、ルークスは古今のゴーレム戦についてほぼ全て頭に入れ込んでいる。いつ、どこで、どことどことが、どれだけの数を投入したか、勝敗、戦術などなどな」
「とても信じられない」
「確認するなら休み時間にしてくれ。昨日の朝礼で見たとおり、ゴーレムについて話し出すと止まらないからな、こいつは」
ラウスはようやく、ルークスがただ者ではないことを理解した。
「では、勝負の決着を認めるな?」
ラウスは泥溜まりに残る在校生軍のゴーレムを見た。
損傷したフォルティスのゴーレムも立ち上がっており、デルディを仕留めた最初の一基以外の十基も残っていた。
編入生軍は当然残基ゼロである。
歯を食いしばってラウスは頷いた。
「敗北を、認めよう」
「よし、在校生軍の勝利だ!」
マルティアルは高々と宣言した。
在校生たちは飛び上がって喜び、編入生たちは肩を落とす。
在校生軍はルークスを取り囲み、勝鬨をあげる。
もみくちゃにされたルークスは、初めて自分がクラスに受け入れられたように思えた。
それを見やるラウスの肩が叩かれた。
共に戦い、負けたソドミチである。
「今回は僕らの負けだね」
「だが!」
「悔しい気持ちは分かるけど、感情的になるのは禁物だよ。でないと、彼女と同列に見られてしまう」
ソドミチが顎で示した先では、痩せた平民少女が地面を蹴りつけ口汚くののしっている。
「見苦しい」
並べられるのは我慢ならず、ラウスは自己制御に努めた。
「忠告を感謝しよう」
ソドミチを伴い自軍生徒の元へと歩むラウスは、敗因を「デルディの独断専行」だと思い始めた。
そして解散を告げたときには、彼の中で確定事項となっていた。
ルークスは、クラスメイトのみならず在校生に取り囲まれていた。
それを一歩離れて見守るアルティの肩が叩かれた。
「いやあ、さすがはルークスっすね。終わってみれば圧勝っすよ」
眼鏡少女のヒーラリである。彼女は風精科なので模擬戦には参加していない。
「その割に、アルティの喜びが薄いっすけど」
「ああ、うん。ちょっと気になってね」
「ルークスっすよね?」
アルティの視線を読んでヒーラリは察した。
「せっかく皆が喜んでいるのに、あまり嬉しそうじゃないから」
「そうすか。ときにルークスが嬉しがるって、どんな時っすか?」
「そりゃあゴーレムに関することよ。新しい何かを知ったときとか……」
図書室から満面の笑みで戻ってきたとき、講義が終わってもにやつきが止まらないとき、など次々と脳裏に浮かんでくる。
「あれ?」
アルティは気付いた。
図書室なんてカビ臭い場所へアルティは行かないし、講義中に脇見はできない。
「私、ルークスが喜んだ瞬間、あまり見ていない……」
否、あるではないか。
アルティの顔が熱くなった。
アルティが火炎槍を作ったとき、アルティに「家族だ」と言われたとき、アルティが自ら飛ぶ矢の概要を言ったときだ。
自分は、ゴーレムよりルークスを喜ばせているのではないか?
そう思うとアルティの心臓が強く早く鼓動する。
「でも、やっぱり顔は見ていない」
直後に抱きつかれて、顔を見るどころではなくなってばかりだ。
「あれあれ、やたら顔が赤いっすね。何を思い出したんすか?」
にやけるヒーラリから逃げ、アルティは考えを巡らそうとした。
勝利したのに嬉しくない理由。
どうにも思いつかず、誰かに聞こうと教師たちを見回した。
一番適任そうな教師にアルティは歩み寄った。
「ちょっとお時間よろしいですか?」
話しかけたのはゴーレム構造学担当の女性教師コンパージである。王宮工房ではかなり話せたルークスの理解者だ。
コンパージは快く頷く。愛弟子の圧勝に本人以上に喜んでいるようだ。
「ルークス、あんまり嬉しそうじゃないんですが、気になりませんか?」
「ああ、君の目からもそう見えるか。ならばあれこそ彼の言う『ゴーレム愛』のなせる業だろう。彼はゴーレムが壊れるのを見て、心を痛めたのだね」
「自分で壊しておいて?」
「そう、自分で壊しておいて。覚えているかな? 彼が決闘をしたときのことを。初めてゴーレムを壊したとき、とても辛そうだったよ」
「――後ろ姿しか見ていません」
「そうか。ところで彼は駐屯地に出入りして、ゴーレムコマンダーと戦術論を交しているそうだね」
「ああ、はい。安息日にちょくちょく行っています」
「ゴーレムの改良案を何度も提案して、この春に報告書でまとめさせたが、大作を持ってきたよ」
「春休みに夢中になっていた奴ですね」
「ゴーレムの構造や運用を、本職に負けない熱意で改良しようとする彼だが、武器についての提案は一度もない。君の父親にはそれをやっているのかな?」
「ええと――」
アルティは記憶を探る。
「もしあったら、ルークスがそのことをしゃべるでしょう。でも、鎧については覚えていますが、武器は……」
「やはりそうか」
とコンパージは何度もうなずく。
「恐らくゴーレムを破壊する事を、考えないようにしているのだろうね。無意識のうちに」
「でも、王宮工房ではゴーレム班長と激論していましたよね? 私が思いついた新兵器について」
「彼は基本的にデリカータ女伯爵の着想にダメ出しをしていたね。提案の方は、推進力と命中精度の向上という『破壊以外の要素』だったよ」
「そう――でしたっけ?」
正直、内容に付いていけなかったのであまり覚えていない。
「あれだけ熱を込めた議論の中で、武器の命である破壊力に触れないなんて、よほどの事だと思う。意識しているならまだしも、無意識とあってはね」
アルティは不安になった。
「それって、ゴーレム愛だからですか?」
「そうなんだろうけど」
コンパージは考え込む。
「ところで君は、ルークスの父親を覚えているか?」
急な話題転換にアルティは戸惑った。
「ええ、五才まで家族ぐるみの付き合いでしたから」
「彼はルークスのように小柄だった?」
「いいえ。父より背は高かったですね。お母さんも小柄じゃなかったはずです」
「なるほど、やはりこの推測は正しいようだ」
「何ですか?」
「男の子にとって大きすぎる父親は、とんでもない壁になるのだよ」
唐突に言われてアルティは面食らった。
「ああ、はい。英雄でしたから。でもルークスは、それ以上の事をやりましたよね?」
「客観的な評価は意味をなさない。本人が『どう受け取っているか』なのだから」
コンパージの物言いがアルティの不安をかき立てる。
「ルークスは事あるごとに『僕は何もやっていません。やったのは友達です』と言っているな? だが父親と違い、彼は自ら戦っているではないか」
「ええ、まあ。でもあいつの言う事が変なのは昔からですし」
「これは私の推測なのだが、ルークスはゴーレムに父親の背中を重ねているのではなかろうか?」
それはあまりに突飛すぎて、アルティには理解できなかった。
「ゴーレムこそ偉大な父の力なのだよ。それに父親を重ねるから、本体や防具の改良、運用改善など『父親を守る』方向には色々考える。反対に父親を『破壊する』ことは無意識に避ける。そう考えると、ルークスの偏りに説明がつく、と私は思うのだよ」
「だとして、何が問題なのですか?」
「男の子は父親の背中を見て育つものだ。そして一人前になるには、その背中を越さないとならないのだよ。越せないままだと燻ってしまうこともある」
「そうなんですか?」
「子育ての経験はないが、兄弟がいてな。兄は父を越せずに腐り、上の弟は別の道を進み、下の弟は家業を継いだ。子供の頃は兄が一番しっかりしていたが、今では唯一父親を越せた下の弟が一番のしっかり者だ」
「でもルークスの場合、お父さんはとうに死んでいますよ?」
「そこなのだよ。死者は美化され、伝説になっている。それにルークスは理解しているだろうが、父親の功績は戦場での手柄より、ゴーレム部隊を育てた方が大だ。パトリア軍のゴーレム部隊はドゥークス・レークタが作ったと言っても過言ではないほどだ。
いくらルークスが戦場で手柄を立てても、それでは父親の背中を越すことにはならないだろう。君の言うとおり、単純な戦果なら既にルークスの方が上はなず。だのにまだ届いていないのだ。
ではどうしたら彼は父親の背中を越せるか――正直どうすれば良いか私には分からない。私はゴーレム本体についてはある程度の知識があるが、運用に関しては素人だからね」
アルティの頭の中でコンパージの言葉が繰り返される。
――男の子にとって大きすぎる父親は、とんでもない壁になる――
ルークスが父という壁を越すために、自分は何ができるだろう?
もしできるとしたら、それは彼が考えたがらない武器を考え、イノリの戦果を高めることではないか?
強力な武器はルークスを守る力にもなる。
戦場での功績を積み上げたところで父親を越えられないにせよ、今のアルティには他にできることが見つからなかった。
敵味方が争う戦線の後方、リートレとノンノンの水ゴーレムの近くで編入生軍のゴーレムが人間の大きさと形を取る。
ラウスは命じた。
「あの水ゴーレムを叩き潰せ!」
どうせ勝てないなら、せめて敵の指揮官基を潰してしまおうとの腹だ。
邪魔者がいない泥沼をゴーレムが前進した。
この反則に非難の声が、在校生はおろか編入生からも飛んでくる。
在校生軍の怒りは当然大きく、全員がルークスに視線を向け、判断を待った。
ルークスは大きく、ため息をついた。
「やれやれ、呆れたもんだ」
傍目にはそれが諦めに見え、シータスが「なんとかなさい!」といきり立った。
「あっちが反則するなら、こっちは正攻法をやめるまでだ。リートレ、やってしまってくれ」
ルークスは水ゴーレムに指示を送った。
リートレは足の裏には土を押しつけていない。泥沼の水を操作できるよう、水を露出させていた。
ウンディーネは足の裏から水を吸い上げる一方で、右手の平から泥を排す。
前に差し伸べた右の上腕が、吸い上げた水でメロンのように膨らむ。
そして水圧を高め、右手の先へと水を押し出した。
水は太い部分から細い部分へ流れ速度を速め、手の平から放たれた。
高圧で射出された水は、狙いがやや逸れゴーレムの左腕に当たる。その勢いを失うことなく腕を貫通、半ばから千切り取った。
片腕が落ちるのを見た編入生はもちろん、在校生も教職員までもが声を失った。
「――なんだ、と?」
ラウスは声を震わせた。
自分の目が信じられない。
今、ウンディーネが水を放った、までは理解できた。
だがなぜ水が当たっただけで、腕が分断されるのだ?
再び二の腕を膨らませた水ゴーレムは、第二射を放った。
今度は胴体中央に命中、あっさり貫通、大穴を空ける。
「ばかな……」
ラウスは我知らず首を振っていた。
「あり得ない。ウンディーネの放水程度で、なぜゴーレムが貫通されるのだ!?」
「僕らは今夢を見ているのか?」とソドミチも譫言のように言う。「それともルークス卿は、水の大精霊とも契約しているのか?」
「二属性の大精霊と契約などあり得ない!」
「でも僕らは今、あり得ない光景を目にしているんだよ」
驚愕に見舞われたのは編入生だけではない。
在校生軍も絶句していた。
アルティは、あの悪夢の夜をそこに見た。
「あのウンディーネ、三倍級ゴーレムじゃないと開けられない工房の正面ゲートを、放水圧でひしゃげさせて開けちゃったのよね」
話に聞いていたクラーエも、目を疑うほどの威力である。
「考えてみれば、ウンディーネが七倍級の大きさを動かせるってことが、そもそも不可能事じゃないかしら?」
シータスの取り巻き少女で、ウンディーネと契約しているデクストラが悲鳴に近い声をあげる。
「ありえませんわ。あれは……ウンディーネの限界を超えています」
「すげえな、魂持ちは」
とカルミナがつぶやいた。
水精科の教師たちも度肝を抜かれていた。
自分たちはウンディーネの全てを知っているのではない、と思い知らされたのだ。
大穴を空けられ、倒れないようバランスを取るのがやっとのゴーレムに、リートレは止めの一射を放った。
水撃は頭部に命中、呪符ごと粉砕してしまう。
ゴーレムは崩れて泥に戻った。
秘策があっさり潰され、意気消沈する編入生軍のゴーレムを、在校生軍は容赦なく攻めたてた。
予備のゴーレムが粉砕され、残るは足が填まった四基と倒れた一基だ。
動けないゴーレムを後ろから破壊するのは作業でしかない。
次々と撃破されてゆく。
最後に、味方に倒されたままのゴーレムが残された。
ラウスは自分のゴーレムを立たせぬまま、審判に詰めより抗議していた。
「あんな攻撃は反則だ!」
「ルールには反していない。それ以前に、試合開始後の追加こそ反則だ」
マルティアルはきっぱり言う。
「実戦であんな水は役に立たない!」
「同じく実戦では、急ごしらえのゴーレムは役に立たないな」
「う……」
「奇策に走った時点で、君たち編入生は『普通に戦っては在校生に勝てない』と認めたことになる」
「だ、だが――罠を張るなんて卑怯だ!」
食い下がるラウスに横合いから声がした。
「地形の利用は戦術の基本だけど?」
ルークスである。
「ゴーレム戦が一対一の潰し合いである以上、勝敗を決めるのは数か、ゴーレム以外の要素の利用だ。地形の利用は、巨大ゴーレムが戦場に現れた当時から使われてきた戦術じゃないか。ゴーレムの最大の強みである巨体は、大質量という欠点を持つ。その欠点をどうするか、指揮官なら当然頭に入れておくべきことだよ」
「貴様、あれをどうやって? そうか、ウンディーネだな!」
「違うよ。後列のゴーレムに足踏みさせたんだ」
「え? なんだと?」
「足踏みで振動を与えて、土中の水分を表面に押し上げたんだ。うちのゴーレムは小股での移動に徹しさせたから、足がめり込むことはない。でも突撃で全重量が片足にかかれば、深くめり込む」
「――卑怯な」
「泥沼にゴーレムを填めるのは、落とし穴と並んで実戦で最も使われる戦術じゃないか。僕も仕掛けられたし、パトリア軍もリスティア軍に使ったよ。実戦で使われる戦術を『卑怯だ』なんて言う指揮官がどこにいる?」
「く……」
「ところで、なぜノームに『前後逆になれ』って指示しなかったの?」
「なん――だと?」
「泥人形に前も後ろもないでしょ。足が填まっても、敵を正面で受ければまだ持ちこたえられたのに」
「そんなことが……可能、なのか?」
「疑うなら精霊に聞きなよ。それに、せっかく倒れたゴーレムがあったんだ。それを踏み越えれば他のゴーレムは罠から脱出できたんじゃないの?」
「私のゴーレムを踏みつけにしろと言うのか!?」
「メンツで勝利を逃すなんて」
ため息交じりにルークスは首を振った。
「リスティア軍はそうやって泥沼から脱出したのに。ついこの前の戦争で実際に使われた戦法も知らないなんて、ゴーレムへの愛が足りないね」
その台詞はラウスの理解を超越していた。
(愛? ゴーレムに愛だと? こいつは正気じゃないのか?)
物体に愛を向けるなど、彼の知る世界にはない。
蒼白になるラウスを見かねて、マルティアルが止めた。
「その辺にしておけ」
ルークスを離してラウスに言う。
「聞いてのとおり、ルークスは古今のゴーレム戦についてほぼ全て頭に入れ込んでいる。いつ、どこで、どことどことが、どれだけの数を投入したか、勝敗、戦術などなどな」
「とても信じられない」
「確認するなら休み時間にしてくれ。昨日の朝礼で見たとおり、ゴーレムについて話し出すと止まらないからな、こいつは」
ラウスはようやく、ルークスがただ者ではないことを理解した。
「では、勝負の決着を認めるな?」
ラウスは泥溜まりに残る在校生軍のゴーレムを見た。
損傷したフォルティスのゴーレムも立ち上がっており、デルディを仕留めた最初の一基以外の十基も残っていた。
編入生軍は当然残基ゼロである。
歯を食いしばってラウスは頷いた。
「敗北を、認めよう」
「よし、在校生軍の勝利だ!」
マルティアルは高々と宣言した。
在校生たちは飛び上がって喜び、編入生たちは肩を落とす。
在校生軍はルークスを取り囲み、勝鬨をあげる。
もみくちゃにされたルークスは、初めて自分がクラスに受け入れられたように思えた。
それを見やるラウスの肩が叩かれた。
共に戦い、負けたソドミチである。
「今回は僕らの負けだね」
「だが!」
「悔しい気持ちは分かるけど、感情的になるのは禁物だよ。でないと、彼女と同列に見られてしまう」
ソドミチが顎で示した先では、痩せた平民少女が地面を蹴りつけ口汚くののしっている。
「見苦しい」
並べられるのは我慢ならず、ラウスは自己制御に努めた。
「忠告を感謝しよう」
ソドミチを伴い自軍生徒の元へと歩むラウスは、敗因を「デルディの独断専行」だと思い始めた。
そして解散を告げたときには、彼の中で確定事項となっていた。
ルークスは、クラスメイトのみならず在校生に取り囲まれていた。
それを一歩離れて見守るアルティの肩が叩かれた。
「いやあ、さすがはルークスっすね。終わってみれば圧勝っすよ」
眼鏡少女のヒーラリである。彼女は風精科なので模擬戦には参加していない。
「その割に、アルティの喜びが薄いっすけど」
「ああ、うん。ちょっと気になってね」
「ルークスっすよね?」
アルティの視線を読んでヒーラリは察した。
「せっかく皆が喜んでいるのに、あまり嬉しそうじゃないから」
「そうすか。ときにルークスが嬉しがるって、どんな時っすか?」
「そりゃあゴーレムに関することよ。新しい何かを知ったときとか……」
図書室から満面の笑みで戻ってきたとき、講義が終わってもにやつきが止まらないとき、など次々と脳裏に浮かんでくる。
「あれ?」
アルティは気付いた。
図書室なんてカビ臭い場所へアルティは行かないし、講義中に脇見はできない。
「私、ルークスが喜んだ瞬間、あまり見ていない……」
否、あるではないか。
アルティの顔が熱くなった。
アルティが火炎槍を作ったとき、アルティに「家族だ」と言われたとき、アルティが自ら飛ぶ矢の概要を言ったときだ。
自分は、ゴーレムよりルークスを喜ばせているのではないか?
そう思うとアルティの心臓が強く早く鼓動する。
「でも、やっぱり顔は見ていない」
直後に抱きつかれて、顔を見るどころではなくなってばかりだ。
「あれあれ、やたら顔が赤いっすね。何を思い出したんすか?」
にやけるヒーラリから逃げ、アルティは考えを巡らそうとした。
勝利したのに嬉しくない理由。
どうにも思いつかず、誰かに聞こうと教師たちを見回した。
一番適任そうな教師にアルティは歩み寄った。
「ちょっとお時間よろしいですか?」
話しかけたのはゴーレム構造学担当の女性教師コンパージである。王宮工房ではかなり話せたルークスの理解者だ。
コンパージは快く頷く。愛弟子の圧勝に本人以上に喜んでいるようだ。
「ルークス、あんまり嬉しそうじゃないんですが、気になりませんか?」
「ああ、君の目からもそう見えるか。ならばあれこそ彼の言う『ゴーレム愛』のなせる業だろう。彼はゴーレムが壊れるのを見て、心を痛めたのだね」
「自分で壊しておいて?」
「そう、自分で壊しておいて。覚えているかな? 彼が決闘をしたときのことを。初めてゴーレムを壊したとき、とても辛そうだったよ」
「――後ろ姿しか見ていません」
「そうか。ところで彼は駐屯地に出入りして、ゴーレムコマンダーと戦術論を交しているそうだね」
「ああ、はい。安息日にちょくちょく行っています」
「ゴーレムの改良案を何度も提案して、この春に報告書でまとめさせたが、大作を持ってきたよ」
「春休みに夢中になっていた奴ですね」
「ゴーレムの構造や運用を、本職に負けない熱意で改良しようとする彼だが、武器についての提案は一度もない。君の父親にはそれをやっているのかな?」
「ええと――」
アルティは記憶を探る。
「もしあったら、ルークスがそのことをしゃべるでしょう。でも、鎧については覚えていますが、武器は……」
「やはりそうか」
とコンパージは何度もうなずく。
「恐らくゴーレムを破壊する事を、考えないようにしているのだろうね。無意識のうちに」
「でも、王宮工房ではゴーレム班長と激論していましたよね? 私が思いついた新兵器について」
「彼は基本的にデリカータ女伯爵の着想にダメ出しをしていたね。提案の方は、推進力と命中精度の向上という『破壊以外の要素』だったよ」
「そう――でしたっけ?」
正直、内容に付いていけなかったのであまり覚えていない。
「あれだけ熱を込めた議論の中で、武器の命である破壊力に触れないなんて、よほどの事だと思う。意識しているならまだしも、無意識とあってはね」
アルティは不安になった。
「それって、ゴーレム愛だからですか?」
「そうなんだろうけど」
コンパージは考え込む。
「ところで君は、ルークスの父親を覚えているか?」
急な話題転換にアルティは戸惑った。
「ええ、五才まで家族ぐるみの付き合いでしたから」
「彼はルークスのように小柄だった?」
「いいえ。父より背は高かったですね。お母さんも小柄じゃなかったはずです」
「なるほど、やはりこの推測は正しいようだ」
「何ですか?」
「男の子にとって大きすぎる父親は、とんでもない壁になるのだよ」
唐突に言われてアルティは面食らった。
「ああ、はい。英雄でしたから。でもルークスは、それ以上の事をやりましたよね?」
「客観的な評価は意味をなさない。本人が『どう受け取っているか』なのだから」
コンパージの物言いがアルティの不安をかき立てる。
「ルークスは事あるごとに『僕は何もやっていません。やったのは友達です』と言っているな? だが父親と違い、彼は自ら戦っているではないか」
「ええ、まあ。でもあいつの言う事が変なのは昔からですし」
「これは私の推測なのだが、ルークスはゴーレムに父親の背中を重ねているのではなかろうか?」
それはあまりに突飛すぎて、アルティには理解できなかった。
「ゴーレムこそ偉大な父の力なのだよ。それに父親を重ねるから、本体や防具の改良、運用改善など『父親を守る』方向には色々考える。反対に父親を『破壊する』ことは無意識に避ける。そう考えると、ルークスの偏りに説明がつく、と私は思うのだよ」
「だとして、何が問題なのですか?」
「男の子は父親の背中を見て育つものだ。そして一人前になるには、その背中を越さないとならないのだよ。越せないままだと燻ってしまうこともある」
「そうなんですか?」
「子育ての経験はないが、兄弟がいてな。兄は父を越せずに腐り、上の弟は別の道を進み、下の弟は家業を継いだ。子供の頃は兄が一番しっかりしていたが、今では唯一父親を越せた下の弟が一番のしっかり者だ」
「でもルークスの場合、お父さんはとうに死んでいますよ?」
「そこなのだよ。死者は美化され、伝説になっている。それにルークスは理解しているだろうが、父親の功績は戦場での手柄より、ゴーレム部隊を育てた方が大だ。パトリア軍のゴーレム部隊はドゥークス・レークタが作ったと言っても過言ではないほどだ。
いくらルークスが戦場で手柄を立てても、それでは父親の背中を越すことにはならないだろう。君の言うとおり、単純な戦果なら既にルークスの方が上はなず。だのにまだ届いていないのだ。
ではどうしたら彼は父親の背中を越せるか――正直どうすれば良いか私には分からない。私はゴーレム本体についてはある程度の知識があるが、運用に関しては素人だからね」
アルティの頭の中でコンパージの言葉が繰り返される。
――男の子にとって大きすぎる父親は、とんでもない壁になる――
ルークスが父という壁を越すために、自分は何ができるだろう?
もしできるとしたら、それは彼が考えたがらない武器を考え、イノリの戦果を高めることではないか?
強力な武器はルークスを守る力にもなる。
戦場での功績を積み上げたところで父親を越えられないにせよ、今のアルティには他にできることが見つからなかった。
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