上 下
99 / 187
第二章 学園の軋み

集団戦・開始

しおりを挟む
 学園公認の「交流試合」は翌放課後に行われた。
 園庭の泥沼前に、在校生九人と編入生九人が立つ。
 在校生軍の指揮官はルークス、編入生軍はラウスである。

 中等部でさえ七倍級ゴーレムを扱っていた編入生は、高等部ではより深刻な対立を生んでいた。
 今後、町の北にある駐屯地で実際に七倍級を扱わせるにあたり、編入生の増長ぶりは重大事故を招く懸念がある。
 そんなおり中等部五年が模擬戦を提案してきたのは、学園首脳陣にとって渡りに船だった。
 何しろ在校生が勝つ見込みが一番高い。
 ゴーレムの知識で他の追随を許さないルークスが指揮官なのだから。
「何故その学年なのか?」
 との問いには「学園を代表する大精霊契約者がいるから」との建前もある。
 他の精霊を含めた総合戦闘力では在校生側が圧倒的に上なため「増長した編入生たちに良い薬になる」とアウクシーリム学園長は許可した。

 生徒や教職員も泥沼の前に集まり、試合について語り合う。
 編入生が自分らの勝利を信じて疑わない一方で、在校生も「ルークスがどんな勝ち方をするか」と既に勝った気でいた。
 審判を務めるマルティアル教諭が、在校生軍と編入生軍との真ん中に出てきた。
 元ゴーレムコマンダーで、ゴーレム戦の実技を担当するベテランだ。
 双方計十八人の生徒を並ばせて説明する。
「いいか、ルールは五つだ。
 一つ、使うゴーレムは等身大のみ。
 二つ、試合場は泥溜まりの内のみ。外に出たゴーレムは撃破されたとみなす。
 三つ、勝利条件は相手ゴーレムの全滅、もしくは指揮官の降参。
 四つ、ゴーレムに用いる以外の精霊の使用は禁止。
 五つ、互いに相手に敬意を払う。
 以上。質問は?」
「ゴーレムに用いる以外の精霊?」
 ラウスは首をひねった。
「その使用を禁じる意味は?」
「それを認めると試合にならん。ルークス一人の精霊で、お前さんらのゴーレムは全滅させられるからな」
「バカな! ゴーレムは地上最強の兵器なのだぞ」
「あいにく生徒のゴーレムはその域に達していない。他に何か?」
「こちらはありません」
 と言うルークスに、ラウスは勝ち誇って言う。
「ゴーレムの数に制約が無かったぞ。こちらには二体のノームと契約した奴がいるんだ! 水ゴーレムなど数にもならん。数的優位で圧倒的に我が軍の有利だ」
「うちには三基のゴーレムを使える人間がいるけど?」
「な!? 卑怯だぞ!!」
「なら一人一基に制限する?」
 まるで緊張感がないルークスに、ラウスは歯ぎしりした。
「いらぬ! 水ゴーレムを除けば数は互角だ。勝負は指揮の優劣で決まる! 覚悟しろ!」
 だがルークスは聞こえなかったかのように無反応だった。
 ラウスの「いらぬ」で頭が切り替わったために。
 いかに勝つか、戦術の検索と検討とで脳が忙殺されたため、何も見えず何も聞こえない状態になっている。
 その様子がラウスに「侮っている」と受け取られ、怒りを倍加させた。
 皮肉にも、ルークスが「敵を侮らずに」全力で戦おうとしたせいで、逆の印象を与えてしまったのだ。
 
 審判が互いに握手をするよう求めたが、ラウスは無視して編入生たちを自陣へと追いやった。
 痩身の少女デルディがルークスを睨みつつ去るのを、在校生たちは苦笑して見送った。
「では双方とも、ゴーレム製作にかかれ!」
 マルティアルの号令で、ルークスはやっと我に返った。
 泥沼の左右に分かれた両軍は、一斉にゴーレム作りに入る。
 ノームに泥人形を作らせ、呪符を貼りつけた。
 貼る場所はそれぞれの考えで、頭頂部だったり後頭部だったりする。
 場所を統一するとそこを狙われるし、体内に入れると土圧で破れる危険があるため、普通はしない。
 ウンディーネが泥水人形を作ると歓声があがった。
 編入生のほとんどが初めて見る液体ゴーレムの美しさに目を奪われている。
 ルークスは呪符をゴーレムの額に貼り、ノンノンを土に同化させた。
「それじゃ二人とも、よろしく頼むよ」
 水ゴーレムは滑らかな動きで手を振り、編入生たちを驚かせた。
 審判のマルティアルが手を挙げる。
「準備はいいな!? それでは、始め!!」
 手が振り下ろされ、交流試合が始まった。

「隊列を組め!」
 号令を発したラウスは、次の瞬間に信じられない光景を目にした。
 自軍のゴーレム一基が、いきなり前進を始めたではないか。
「誰だ!? 勝手に進むな!!」
「貴族の命令なんか聞けるか!!」
 怒鳴り返したのは、痩身の平民少女デルディだった。
「ルークス! 貴様を倒す!!」
 自分のゴーレムを敵陣へと突き進ませる。
 ラウスは舌打ちした。
 数的優位が失われた今、正攻法での勝ち目はほぼ無くなった。
 ならば、と次善の策に切り替える。
「愚か者は放っておけ。他基で陣形を組む!」

 隊列を組んでいた在校生軍は、単基で突進してくるゴーレムに気付いた。
「誰だ?」
 と首をかしげるルークスに、アルティがげんなりして言う。
「あー、何となく分かった」
「よし、私が止めてやる!」
 と暴走ポニーのカルミナが勝手に自分のゴーレムを差し向ける。
「あー」とルークスは言いかけ「ま、いいか」と見送った。
 不確定要素が遊撃基を止めてくれるならそれで良い。
 敵本隊との交戦中に勝手な行動を取られるよりマシである。
「じゃ、陣形は手直し。前列は五基。中央がフォルティス、その左右と右端がアルティ、左端はワーレンス」
 五基が横一列に並ぶ。
「後列は四基。内側左がシータス、右がデクストラ、外側左がシニストリ、右がクラーエ」
 水ゴーレムを後方に残し、残る九基が二列横隊を作る。
「前列、小股で微速前進。後列はその場で足踏み」
「は?」
 シータスはフォルティスの手前、ルークスの指揮に逆らうつもりはない。
 だが意味も分からぬ命令に従うにはプライドが邪魔した。
「理由をおっしゃい」
「まずゴーレムに指示して。ゴーレムが動きだしたら説明するから」
 仕方なくシータスは取り巻き二人にも指示し、ゴーレムに足踏みをさせた。
 前列が少しずつ前進する間に、ルークスは敵陣を観察する。
「なるほど、楔型陣形で中央突破か」
 積極的に攻めてくるとの予想は的中し、編入生は一丸となって攻める構えだ。
 先行する一基だけが想定外だった。

 突出してきたデルディのゴーレムに、カルミナのゴーレムが立ち向かう。
 リスティアの訓練所で優秀な成績だったデルディは、一対一で負けるとは思っていなかった。
 対するカルミナは、成績がブービーの劣等生である。
 ルークスが成績最下位なのは精霊学の拒否が理由だが、カルミナの場合は全教科まんべんなく成績が悪い。
 ゴーレム戦基礎も例外ではなく、ゴーレムの戦闘動作など頭に入っていない。
 一方、持ち前の負けん気で、幼い頃から男子と取っ組み合いの喧嘩をしてきた。
 だからノームへの指示もゴーレムの戦闘動作ではなく、自分が喧嘩をする時の戦法だった。
「下から突撃だ!」
 学年で一番背が低いという体格の不利を補うため、相手の転倒を狙うのがカルミナ流だ。
 本人と同様にゴーレムは深く前傾し、低い姿勢で突進した。
 これが実戦なら、鎧が薄い背中を「叩いてください」と戦槌に晒すことになる。
 わざわざ敵に弱点を向けるゴーレムコマンダーなど存在しない。
 実戦に即した訓練ばかりしていたデルディは、非常識な動きに判断が遅れた。
 拳を上から振り下ろし、背中に叩き付けたのは激突直前だった。
 だが手を振っただけの一撃では、勢いづいた重量物を止めることはできない。
 デルディの腰にカルミナが肩からぶつかってきた。
 踏みとどまろうにも泥沼では踏ん張りが利かない。
 かかとが沈んで重心が下がるや、後ろに倒された。
「そんな戦い方なんて実戦にない!!」
 いくらデルディが怒鳴っても、相手は遥か彼方。
 馬乗りになったカルミナのゴーレムは、両の拳を次々と叩き付ける。
「ギャハハハハ!! 行くぜ行くぜ行くぜ!」
 クラス一小柄なカルミナは、体格差で喧嘩に負けてばかりだった。
 だから体格が互角の喧嘩・・に舞い上がっている。
 両の拳が面白いように相手のガードを突き崩し、頭部を殴り、はたき、叩き込んだ。
 倒れたゴーレムに泥沼から水が染み、力が弱まっていることを両者は知らない。
 デルディはノームに「振り払え!」「叩き落とせ!」と念を送るも実現せず、一方的に殴られ続けた。
「やめろー!! ルークスと戦わせろ!!」
 デルディが叫ぶなか頭部が崩れ、後頭部にあった呪符と本体との接触が断たれた。
 彼女のゴーレムは、カルミナの基に押し潰されて泥沼に溶ける。
 デルディは言葉を失い呆然となってしまった。
 一対一で負けるなんて信じられない。
 訓練所では上級生にも勝ってきた自分が、一番最初に撃破されてしまうなんて。
 戻って来た契約精霊に声をかけることもなく、宙に向かって叫ぶ。
「こんな、実戦からかけ離れたデタラメで、ゴーレムの技量など分かるか!!」
 誰が聞いても負け惜しみだった。

「やったー!! 勝ったぞー!!」
 カルミナは雄叫びと共に拳を高々と挙げる。
 しかし喜びはつかの間だった。
 敵の本隊が到着し、泥沼に座り込んでいたカルミナのゴーレムを袋だたきにして破壊した。
「あー、ちきしょう! やられたぜ!」
 悪びれず言うカルミナに、ルークスは「ご苦労さん」とだけ言う。
 ねぎらうよう、フォルティスに言われたので。
 二人が戦う間に在校生軍は横二列の陣を動かしていた。
「前列停止。後列は作業を続けて」
 ルークスの指示に従い、前列五基のゴーレムは前進をやめ敵を待ち構える。
 後列のゴーレムは小刻みに横移動し、隣の基がいた場所まで行くと足の大きさ分前進、今度は反対側に足踏みしながら横移動。
 要は前列との間を隙間無く足踏みしていくのだ。
 作戦は聞かされたもののシータスには理解できず、ただ言われたまま不毛な行為をゴーレムにさせ続けた。
 デクストラは「シータス様にこのような真似をさせるなんて」と不平を言い、シニストリは「これで負けたら承知しませんわよ」と脅しつつ、主人たるシータスに従いゴーレムに作業をやらせる。
 クラーエはルークスの指示に従えば勝てると信じていた。
 信じると約束したのだから。

 編入生からは後列の動きは分からず、間隔を空けた二列横隊に見えた。
 在校生からは三角形の楔型陣形の手前の辺しか見えない。
「一基少ない」
 とルークスが言い出したので、シータスが呆れた。
「先ほどカルミナさんが倒しましたわよ」
「え? まさか、そんな話だと?」
「は?」
 ルークスが気を逸らせたのを見てアルティが注意する。
「今は敵に集中しなさい。来たわよ!」

 双方の距離が縮まる。
「じゃ、予定通りに」
 ルークスは前列担当のフォルティス、アルティ、ワーレンスに指示をした。
 ワーレンスとしては、ルークスの下に付くのは不本意である。
 彼はバカなルークスを嫌っていたし、偽善者のフォルティスをもっと嫌っていた。
 だが居丈高に振る舞うラウスを見て、理解できたことがある。
 ラウスに比べれば二人はマシだということが。
 ラウスはある意味正直で、貴族の本音を吐いて支配欲を丸出しにした。
 対してフォルティスは下心を隠して綺麗事を言うが、建前を守り平民に配慮する姿勢はある。
 ルークスはワーレンスを怒らせる言動が多いが、鈍感でバカなだけ。
 編入初日でラウスはワーレンスの中で「一番嫌な奴」の座に就いたのだ。
 あの高慢ちきな鼻っ柱をへし折れるのなら、バカの指揮にも我慢できる。
 その指揮にしても、難しいことは要求されていない。
 隊列を守って布陣し、激突したら攻め込むだけ。
 自分から攻めていかないだけで、敵の攻撃を受けたあとは好きに暴れられるという、シンプルな作戦だ。
 その時が来るのを、今か今かと待ち構えていた。

 編入生ゴーレム隊の、楔の頂点が前列中央のフォルティスと激突する。
 編入生の先頭はラウスである。
 一番手強いのがフォルティスと見て、そのゴーレムの配置を見張らせていた。
 そして前列中央にいると分かって、まっしぐらに突き進んだ。
 実戦訓練を経験した自分が一対一で遅れをとるはずがない。
 絶対の自信を持って突き進み、フォルティスのゴーレムに正面からぶつかった。
 二基のゴーレムが同時に右の拳を放つ。
 その際、フォルティスは上体を右に傾けたので、ラウスの初撃は頭部を掠めるだけに終わった。
 対してフォルティスの拳は敵の頭部中央を捉えた。
 殴られた衝撃でラウスのゴーレムは足が止まってしまう。
 ノームへの指示がただ「殴れ」と「上体を傾け敵の攻撃を回避しつつ殴れ」との差である。
 ゴーレムを動かすだけのリスティアの訓練所と違い、王立精霊士学園ではゴーレムの動きをマスターが覚える実習まである。そしてその指示どおりに動く訓練をノームもしているのだ。
 マスターの格闘能力はゴーレムの戦闘力に影響する。
 その事実はカルミナ対デルディでも証明された。
 そしてノームの練度とマスターの指示能力は、それ以上の影響を与える。
「おのれ!」
 ラウスがノームに念を送り、ゴーレムを立ち直らせている間に、今度は左の拳を食らった。
 ラウスのゴーレムは停止どころか押し返される始末。
 そこに左右のゴーレムが並んだ。
 編入生軍が密集しているのに対し、在校生軍は一基間の距離があり、フォルティスは三基のゴーレムの相手をせねばならない。
 迷わずフォルティスは一歩後退。
 楔型を維持する為にラウスだけが前進。
 そしてまた同時に攻撃。
 今度もフォルティスはゴーレムを傾け浅手で済ませたのに、ラウスの基は頭部が崩れかけた。
 三発もクリーンヒットしたダメージで、補修が必要な状態だ。
 ラウスに左右の僚基が並ぶとフォルティスが下がる。
 アグルム会戦でパトリア軍が見せた遅滞戦術を、フォルティスは実行していた。
 ラウスは左腕で頭部をガードし、補修しつつ前進。
 フォルティスの拳はガードした左腕を頭部にめり込ませた。
 勇んで先頭に立ったものの、操作能力の差を見せつけられラウスは歯ぎしりした。
「忌々しい!」
「落ち着こう、ラウス君」
 唯一の貴族仲間である男爵家の次男ソドミチがなだめる。
「所詮は兵士としての能力だ。指揮官の価値は采配で決まる。我が軍は押して、敵陣は崩れかけている」
 楔型陣形の三段目が、敵二基と激突した。
 フォルティスの左右を固めるのは、共にアルティのゴーレムである。
 互いに殴り合い、フォルティスが下がると、その二基も一歩下がった。
 そして楔型の最終段、四段目に在校生軍の前列両端が寄せてくる。
 両端は右がアルティの三基目、左がワーレンスだ。
 編入生軍の密集隊形に合わせ内側に寄り、横合いから攻撃してきた。
 楔型で来る敵に合わせ横隊の内側が下がったので、在校生軍の前列はVの字型になっている。
 編入生軍は楔型の外側七基が交戦中だが、内側の一基は戦闘に参加していない。
 先頭が倒れたときの予備であり、ラウスは一つの策略を授けていた。
 外側から攻撃されている楔型の四段目は、味方が前進したので孤立しかける。
「応戦しつつ続け!」
 ラウスの指示で二基は外にいる敵に向いたまま、横に移動した。
 そこを攻められ、押し込まれる。
 敵二基は追撃するため、楔型の後方に回りこむ。
「包囲する気か!?」
 ラウスにソドミチが同意する。
「そのようだね」
「だが甘い! 中央を突破してしまえば良いのだ」
 楔型陣形はまさに、敵陣を突破するための陣形なのだ。
 ラウスは自分のゴーレムを左右と並ばせ、三基でフォルティスに攻めかかった。

 そのときルークスが指示した。
「フォルティスはそこで止まって」
「非常識な命令ですわ!!」
 シータスは叫んだが、フォルティスは言葉を返すことなく従った。
 そしてルークスは次の指示を飛ばす。
「後列は左右に分かれて、前列の左右横へ移動」
「そんなメチャクチャな指揮がありますか!?」
 怒るシータスにフォルティスが言う。
「指揮官はルークスです。彼の指揮に従ってください」
 彼に言われては否はない。シータスは取り巻きにも命じて部隊を二分した。
 その間フォルティスのゴーレムは三基の集中攻撃を受けていた。
 奮闘虚しく左腕を折られ、よろけたところに体当たりを食らって横に倒れる。
 見ていた在校生たちから悲しげな声があがった。
「ほらごらんなさい!」
 いきり立つシータスに、ルークスは答えなかった。

 フォルティスのゴーレムが倒れた!
「止めだ!」
 逸るラウスにソドミチが言う。
「敵陣の中央が空いているよ」
 先頭三基の前方は、一基だけ残っている水ゴーレムまで何も無かった。
 後列が左右に分かれて側面に回ったため、中央はがら空きだったのだ。
 ルークスのゴーレムを撃破する絶好のチャンスであった。
 ラウスはフォルティスに止めを刺したい欲望を抑え、命じた。
「全ゴーレム突撃! 敵は無視しろ!」
 八基のゴーレムは全速で前進した。
 在校生軍は追いすがるも、距離を開けられる。
 勢い込んで進むラウスのゴーレムが、不意に止まった。
 左右の二基も、先頭に並ぶや途端に止まる。
 後方から来た予備が止まれず、ラウスにぶつかり前に倒してしまった。
「何をする!?」
「済みません! 急に止まられたので」
 平民の少年は震えあがった。
 三段目のゴーレムは停止している四基の左右を通ろうとして、また横並びで止まった。
 四段目のゴーレムは予備のゴーレムと並んだところで停止、前との衝突を避けた。
「何故止まった!?」
 こちらから念は送れるが、ノームからの応答は人間には聞こえない。
 この連絡の一方通行が、ゴーレム戦の足かせである。
「泥沼に足を取られたのでは?」
 とソドミチが推測する。
「今まで普通に歩けてきたろうが」
 だがソドミチの言ったとおり、彼らのゴーレムは片足を深々と泥沼に突っ込み、抜くに抜けない状況だった。
 停止した編入生のゴーレム隊に、後方から在校生軍が攻め寄せた。
「ラウス君、どうやら罠に陥ったらしい」
「何故分かる!?」
「敵はわざと前を開けたのだよ。きっと底なし沼のような罠を仕掛けたのだろう。それに填められたのだね」
「そんなバカな! 敵が通ってきた場所なんだぞ!」

 編入生軍が足を取られたのを見て、ルークスは総攻撃を命じた。
 ただし、敵の後方からのみ。
 絶対に前に回らないよう、念を押して。
 ルークスが後列に足踏みさせたのは、その重量と振動とで水分を地表にしみ出させるためだった。
 アグルム平原でパトリア軍がやったように、最初はアルティの余分なノームで底なし沼を作ろうとした。
 だがフォルティスが正攻法に制限したので、ゴーレムにやらせることにしたのだ。
 敵を罠にかけるためには「それまで自軍のゴーレムがいる」ことが必要だ。
 だから前列を先行させ、その後ろに作ったのである。
 小股で歩けば片足が沈む前にもう片足を付くから沈むことはなく、突進などで片足に全重量がかかればゴーレムの力でも抜けないくらい深く沈む。
 作戦は図に当たり、敵はまんまと罠にかかった。
 身動きできない敵を在校生軍のゴーレムが猛攻する。
 ワーレンスは敵の反撃を無視し、上体ごとひねって荷重をかけた拳を左右から連打、頭部を殴り飛ばして撃破した。
 アルティは二基で相手の両腕を押え、残る一基で頭部を潰して仕留める。
 そこに後列四基も合流した。
 在校生軍が数的優位を得たのに対し、編入生軍の一基は倒れ、四基が足を取られ身動きできない状態だ。
 自由に動けるゴーレムは、もはや予備の一基しかない。
 在校生軍の勝利は目前だった。

 編入生軍の勝利が失われたのを見て、ラウスは決断した。
「あれをやれ!」
 予備担当の平民少年は、ゴーレムの手にある泥の塊を、前方に投げさせた。
 放物線を描いて飛んだ泥の塊は、リートレとノンノンの水ゴーレムの斜め手前に落ちた。
 そこから泥が盛り上がっていく。
「まさか?」
 ルークスは目を見張った。
 敵ゴーレムが、前線から離れた後方で、新たに作られているではないか。
 先ほど気付いた「足りない一基」がこんな形で現れるとは、さしものルークスにも予想できなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

処理中です...