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第二章 学園の軋み

編入生vs.在校生

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 園庭の一角を占める泥溜まり、通称泥沼の前に中等部五年生の約半数が集合した。
 土精科の選択科目、ゴーレム実習の始まりである。
 担当教諭である中年男性のローレムが編入生向けに説明した。
「この実習では等身大ゴーレムを作り、指示どおり動かしてもらう」
 すると九人いる編入生の一人が手を挙げた。
「そんな初歩をやる意味はありません」
 伯爵家のラウスが余裕たっぷりに言う。
「七倍級で訓練をしてきた我々が、今さら初歩をやる理由がどこに?」
 他の編入生も伯爵の孫に同調して「パトリアは遅れていますね」などとケチをつけるので、ローレムは舌打ちしたい気分になった。
「基本ができない人間が使う七倍級なんて、敵より危険だよ」
 調子に乗る編入生たちに水を差したのはルークスだった。
「よろけるだけで被害を出す七倍級は、完璧に制御できなければ危なくて仕方ない。パトリア軍では訓練の七割を『味方に被害を出さない』ために行う。戦場でやることなんて、安全に行軍することに比べたら遥かに簡単だから」
 またしてもメンツを潰されラウスは憤った。
「戦場で働くのが戦闘ゴーレムであろうが!」
「その程度の認識だから、リスティア軍ゴーレム部隊は行軍するだけで道路を崩し、挙げ句に堤防を壊して自軍兵士を濁流に飲ませたんだ。リスティア兵の大半を殺したのは、パトリア軍ではなく味方のゴーレムだった。そんなリスティアで訓練した人たちでは、危なっかしくて七倍級なんて扱わせられないよ。パトリアの基準ではね」
「リ、リスティア大王国が後進国だと言うのか!?」
「他は知らないけど、ゴーレムに関してはそうでしょ。土は含水率が高いし、鋼板の鍛造加工ができないから通常型はパトリアのウルフファングの敵じゃないし、防御力で互角な重装甲型なんて鎧が重くて動きが鈍い。今時盾が平面なんて、完全に時代遅れだ」
 凄まじい形相でルークスを睨むラウスに、教師のローレムは危険を感じた。
「ルークス、君のゴーレムを見せてやってくれ」
「等身大ですよね?」
「中等部では等身大のみだからな。君が以前の講義で作った、あれだ」
「作ったのは僕じゃなくて――」
「分かっているからやってくれ。編入生も、現物を見れば納得できるだろう」
 ルークスは井戸に振り返った。
 井戸縁に透き通った肌のウンディーネが腰掛けている。
「リートレ、等身大を頼む」
 待っていました、とウンディーネは水を操り井戸から溢れさせた。地面の上を泥沼へと一直線に水を流す。
 リートレは泥沼まで歩いてゆき、注いだ水で泥を捏ねると泥水に同化する。
 泥水が立ち上がると、リートレそっくりの泥水人形となった。水中の泥が分離され表面に浮かび上がる。水人形が土で覆われる状態になって完成だ。
 ゴーレムに必要な呪文が書かれた羊皮紙を、ルークスは人形の額に貼る。
 彼の肩にいたオムのノンノンがルークスの腕を人形まで歩いて、土に同化した。
 水精は液体と、土精は固体と同化できる。
 だが土の下位精霊であるオムは、土など粒子状の固体としか同化できない。
 そして操作できる固体の絶対量が少ないためノンノンは判断と制御だけを担当し、作成と維持、筋肉をリートレが担当している。
 ほぼ液体のゴーレムが動きだすと、編入生たちは目を見張った。
 水ゴーレムはルークスの手を取り、優雅に歩く。
 ゴーレムとは思えぬほど滑らかな動きで、ある意味人間以上であった。
 そして編入生一人一人と握手する。
「こ……これがゴーレムだと?」
 ラウスも度肝を抜かれ、手を握り返すのがやっとだった。その手応えが、人間そのものでまた驚かされる。
「こんなのゴーレムじゃない!」
 痩身の平民少女デルディは握手を拒否した。
「ゴーレムはノームが作るものだ!」
「え? 君は金属製ゴーレムを知らないの?」
 ルークスは驚いた。
「あれは人間が、ゴーレムメーカーが作るから、ノームは動かすだけだよ」
 彼は教えてあげたつもりだが、デルディは「揚げ足を取られた」と思い歯ぎしりする。
「知っているって! ノームが動かすのがゴーレムだ!」
「同じ土精のオムが動かしているんだから、ゴーレムだよね?」
「動かしているのはウンディーネだろ!?」
「ウンディーネは作成と維持、骨と筋肉が担当だ。金属製ゴーレムも作成と維持、骨に該当する外殻と筋肉に該当するバネは人間が作るから、原理は同じだよ」
「え? え?」
 金属製ゴーレムどころか人体の構造も知らないデルディには、ルークスの説明がまったく理解できない。
「理屈なんてどうでもいい! 水のゴーレムじゃ戦闘に耐えられないだろ!?」
 これにルークスはぽかんと口を開けてしまった。
「今はゴーレム実習の時間だよ? 戦闘なんてどこでやるの?」
「そうじゃなくて! 水で作ったゴーレムなんか、実戦じゃ役に立たないと言っているのだ!」
「その実戦でリスティアのゴーレム、一個大隊分を僕の一基で片付けたんだけど?」
「信じられるか! 戦争じゃ戦果を水増しするからな」
 するとルークスの頭上にグラン・シルフが表れた。
「主様のゴーレムは初戦でゴーレム五基を撃破して十五基を鹵獲ろかくし、次の戦場で三十七基を撃破したぞ。このインスピラティオーネが確認したゆえ、水増しの余地はない」
 一瞬ひるむも、デルディは怒鳴り返す。
「ほら! 六十基は水増しじゃないか!」
「僕は一度も『六十基』なんて言ってないけど?」
「い、一個大隊とは言ったぞ!」
「パトリアの一個大隊は五十基だよ。リスティアも同程度。帝国に至っては四十以下の場合もあるから、一個大隊って控えめな表現なんだけど」
「うち十五基は鹵獲だ! 撃破じゃない!」
「核を砕かないと動きを止めないゴーレムは、撃破より鹵獲の方が難しいんだよ? それに回収したゴーレムは自軍で使えるから、鹵獲は撃破より評価が高い。実際パトリア軍はアグルム会戦で失った分を、僕が鹵獲したゴーレムで埋め合わせたし」
 どれだけ難癖を付けようと、圧倒的な知識と実績にデルディは跳ね返されてしまう。
 それが悔しくて「口の上手さで負けた」と彼女は脳内で書き換えた。
「私だって実戦に参加できれば、そのくらいできたんだ!」
「君がリスティアのゴーレムコマンダー以上とは思えないね。それに余程装備に差がない限り、ゴーレムは一対一の潰し合いなんだ。だから『ゴーレム戦で勝敗を決めるのは数だ』って言われるんじゃないか」
「そうとばかりは言えないはずだ!」
「そうだね。例外が起きたのは過去に三回。一回目はフィンドラ軍の武装ゴーレムが帝国軍の非武装ゴーレムに圧勝したとき。二回目は父さんがグラン・ノームによる集団運用で二倍の敵に完勝したとき。三回目が僕だけど」
「歴史に残る事例に自分の功績を入れるな! 恥知らず!」
「単基で二十に勝利や三七基撃破が歴史に残らないとでも? 過去に類例がないほどの大戦果なんだけど」
 ルークスは単独でパトリア王国が保有する総数以上のゴーレムを撃破鹵獲しているのだ。
 実績を語らせたら負ける、とデルディは必死に打開策を考えた。

 やり取りを聞いていた編入生たちは、クラス一小柄な少年がとてつもない戦果を挙げたと、認めざるを得なかった。
 それが騎士になりたての元平民であるという事実が、伯爵家に生まれたラウスには我慢ならない。
 なんとか奴を負かせることはできないか、思案した。
「そうだ、模擬戦だ!」
 ラウスはルークスとデルディの間に割って入った。
「我々編入生と在校生とで模擬戦をやったらどうだ? 基本しかやっていない貴様らでは、戦闘訓練を受けた我々の敵ではあるまい」
 ラウスには勝算があった。
「新型ゴーレムは新兵器で戦果を挙げた」と聞いている。
 武器を持たない模擬戦なら、土ゴーレムが水ゴーレムに負けるはずがない。
 だがルークスはノンノンとリートレを戦わせる気などなかった。
「お断り。基本をおろそかにする人の我が儘なんて――」
 その横にフォルティスが並んだ。
「その申し出を受けましょう」
「君が煽るの!?」
 驚くルークスに級長は微笑みかける。
「いいえ。編入生たちに基本の重要性を教えるには、一度痛い目を見せるのが最も効果があるかと」
「ほざいたな、騎士風情の息子が!」
 怒鳴るラウスをフォルティスは軽くいなした。
「ゴーレムの実戦に一番近いのは集団戦です。個々のゴーレムの戦力以上に、指揮官の采配が物を言います。それでよろしいですか?」
「身の程知らずめ。指揮官としての格の違いを、貴様に教えてやる!」
 ラウスはフォルティスに指を突きつけた。
 訓練で中隊長を務めた経験があるラウスは指揮能力に自信がある。
 するとフォルティスは優美に首を振った。
「在校生の指揮官は、ルークスが務めます」
「僕が?」
「ゴーレム中隊、指揮したくありませんか?」
「そりゃ――したい」
 正直、もの凄くやりたい。
 一方で親友たちを戦わせるのは気が進まず、ルークスにしては歯切れが悪くなった。
「戦闘ゴーレムの運用に関して、あなたほど知識がある生徒はいません」
「それと指揮能力は別だけど」
「先日、シルフを見事に指揮しましたね?」
「あれは、段取り通り動いてもらっただけだから」
「それをまたやってもらえれば勝てますよ」
「前提条件が違う。シルフたちは友達だから、僕の指示通りに動いてくれたんだ」
「その心配はありません。皆さん、ルークスの指揮の下で、編入生たちに勝利したくはありませんか?」
 編入生のわがままにうんざりしていた在校生たちは手に手を挙げて志願した。
「対立を煽っているじゃないか」
 水を差す発言はやはりルークスである。
「騎士団が他の騎士団と協同して戦う前に、交流試合をする例があります。互いの力量を知るには、実際に手合わせするのが一番だからです」
「ああ、なるほど」
 単なる学友なら無駄な波風だが、戦闘集団同士が合流すると考えれば理解できる。
 それに――とルークスは考え直した。
 一基ぐらい戦闘に参加しなくとも、勝てるではないか。
「人数は同じにして、ルークスの指揮下で戦う意思がある者を選べば良いでしょう」
「分かった。その辺は級長に任せるよ」
 ルークスが同意したので、在校生対編入生の集団戦模擬戦を学園に求めることが決まった。

 在校生がフォルティスを中心に結束する一方、編入生はラウスが音頭を取った。
 編入生で貴族はラウスの他一人、残る七人が平民だ。
「貴様ら、この私に恥をかかせるなよ」
 他が大人しく従うなか、デルディだけが猛烈に反発した。
「貴族なんかに従うもんか!」
「貴様、逆らうか!?」
「当然だ!!」
「平民が上級貴族に逆らえばどうなるか、分かっているのか!? 貴様の家族も無事ではすまぬぞ!」
「構うもんか! 家族なんてとうの昔に捨てているさ!」
 いきり立つラウスが、女子の平民寮で起きた事件を聞いたときは既に遅かった。
 在校生は「ルークスの指揮で戦う者」九人を選び終えている。
 今さら後に退けないラウスは、革新主義者の少女を睨みつけるしかなかった。

                  א

 王立精霊士学園から町の北、ゴーレム関連施設がある街区へ帰る生徒は少ない。
 ゴーレムがハンマーで鋼板を叩く騒音と振動が嫌われ、関係者しか住まないからだ。
 道を歩いているのは三人。
 ルークスとアルティ、そしてフォルティスである。
 フォルティスは寮住まいだが、ルークスの屋敷選びに同行しているのだ。
 ルークスは道々、集団戦で指揮下に入る生徒について二人から教わっていた。
 アルティとフォルティスは当然入っていて、一番信頼できる。
 シータス・デ・ラ・スーイはペルデッテ伯の娘でルークスを毛嫌いしているが、フォルティスの信頼には応えてくれるので心配ない。
 デクストラ・エクス・オブセキュームはシータスの取り巻きで、契約精霊はウンディーネだがノームの召喚は出来るので参加する。
 シニストリ・エクス・イリゾーリも同じくシータスの取り巻きで、こちらはノームと契約している。
 取り巻き二人はシータスがルークスに従う限りは問題ない。
 クラーエ・フーガクスはアルティの友人で、先ほどルークスと握手した。
 カルミナ・テローレも同様だが、暴走ポニーの悪名を轟かせているので心配だ。
 ワーレンス・マリシオスはクラス一の巨漢で、何かとルークスに突っかかる問題児である。
「最後の二人、僕の指揮に従うかなあ。男女平民寮の班長の方が良くない? 今日初めて知ったけど、二人共土精使いだったんだね」
 ルークスが感心するのを、二人は複雑な表情で見ていた。
 ノームと契約できた者がカースト上位になるという、学園の基本的人間関係を、卒業間近になってもルークスは知らなかったのだ。
 その癖、学園の木々に宿るドリュアスたちの「どの枝が病気になって困っているか」は知っている。
 如何にルークスが人間を見ないで精霊ばかり見てきたか、改めて二人は思い知らされた。
 だからこそ模擬戦が「ルークスがクラスに打ち解ける好機だ」とフォルティスは見ている。
 フォルティスは人選の理由を説明した。
「確かに二人は素行に難がありますが、それこそが理由です。いずれ編入生と衝突した際に『全力で戦った』相手になら、それなりに敬意が生まれるものです」
「なるほど、そういうわけか」
「それで勝てるの?」
 とアルティが尋ねる。
「負ける要素が無いよ。だってアルティは三人ものノームと友達じゃないか。それなら――」
「それは困ります。正攻法で戦ってください」
 フォルティスが制限をかけた。
「正攻法じゃ勝てるとは限らないよ。だって二人も不確定要素がいるんだよ?」
「必ずしも勝つ必要はありません。たとえ負けても、互角に戦えただけで向こうを納得させられます。対して妙手を使った場合、負けを認めずこじれる恐れがあります」
「なるほど。格上だと思い上がっている人たちに『同格だ』と分からせるのが目的か」
「いかがです?」
「でも勝ちたい。せっかくゴーレム部隊を指揮するんだから、勝ちに行くよ。もちろん正攻法で」
 一瞬心配になったフォルティスも、最後の台詞で安堵した。
 ルークスが次の言葉を口にするには。
「で、正攻法の範囲はどこまで?」
「……実戦で用いられた戦術に限定しましょう。もちろん、ゴーレム以外の精霊は使わずに」
 フォルティスとしてはそれが精いっぱいであった。

 物件を見に行くルークスらにアルティも付いていく。
 ルークスがどんな屋敷を選ぶのか興味津々なのだ。
「ルークス卿の希望は『実家の近く』と『小川か井戸などの水源』でしたね」
 最初の物件は工房街近くの、古ぼけた屋敷だった。
 庭は荒れ果て、レンガの壁はつたに覆われ窓が見えず、屋根に穴が空いている。
 町の子供たちに「お化け屋敷」と呼ばれている廃屋であった。
「騎士相当の役人が建てたとのことです。ゴーレムスミスの工房が建てられて以来、空き家だそうで」
「つまり二十年ほっぽらかしにされていたのね」
 あまりの荒れ様に、アルティは一目で「ここには住めない」と見切りをつけた。
 雑草が生い茂る庭に三人は踏み込む。
 石積みの井戸があり、ルークスが蓋を外そうと手をかけると、腐った板は崩れて井戸に落ちた。
 水音とともにむっとした苔の臭いが上がってくる。
「リートレ、水はどう?」
 精霊界からウンディーネがやってきた。
「水源は無事ね。使っていなかったから水面がゴミでいっぱい」
 返事が反響する。
「今ゴミが追加されたところだよ」
 ルークスが井戸をチェックしている間に、フォルティスは屋敷を観察していた。
「母屋だけでは手狭ですね。増築――いや離れが必要か?」
 独り言にアルティが反応する。
「え? ここって騎士階級の役人が使っていたんでしょ?」
「名ばかり騎士と違って、ルークス卿には馬が必要です。馬丁も欠かせません。従者も私一人では済まないでしょうし、人が増えれば食べる量も増えます。将来の増員を見越せば、馬屋を兼ねた離れを建てるべきですね。幸い敷地は十分あります」
「ならここにしよう」
 ルークスが即決したので二人は驚いた。
「こんなにボロいのに?」
「他は見ないのですか?」
「ここより遠くなるなら意味ないよ」
 ルークスにとっては家族の安全が最優先である。
 いざという時にフェクス家に駆けつける時間は短いほど良い。
「では修繕の手配をします」
「できるの?」
「さすがに私の手に余ります。エクエス家から人を寄越し、作業を監督させます。その者の働きぶりを見て、執事に相応しいかルークス卿が判断してください」
「執事の選定基準なんて知らないよ」
「屋敷にまつわる諸々を任せられる人物です」
「屋敷に何が必要かが分からない。君なら分かるだろ?」
「私は実家より寮生活の方が長いので、良く知りません。屋敷に必要な諸々は、ルークス卿と一緒にその人物に教えてもらう必要があります。ですので、最優先される要素はルークス卿との相性です」
「君との相性は?」
「エクエス家に仕える人間なら問題ありません。これは臣下の選び方を学ぶ良い機会だと思ってください」
「なんでも勉強なんだね」
「はい。何ごとも勉強です」
 フォルティスにとっては、ルークスと意思疎通をするのがまず勉強だった。
 幸い、アルティという先輩がいるので大いに参考にしていた。
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