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第一章 王城の闇
新兵器の萌芽
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王宮工房の一階を見終わりルークスが静まったので、やっと昼食となった。
工房の二階にある食堂でテーブルを五人が囲む。
食事は豪華だったが、アルティはルークスが気がかりで味わうどころではない。
朝食を吐いてしまった胃腸は、機嫌とともに治ったのか普段どおりに食べていた。
だがデリカータ女伯爵が試しにかかるのでルークスは落ち着かない。
「戦闘ゴーレムの欠点が分かるかね?」
「重量です」
と即答。
「移動の際に道路を壊したり、通れる橋が制限されたりします。しかし重量は長所でもあります。重量がある、つまり筋肉と骨である土が多いから強い力が出せ、衝撃に耐えられるのです」
「ほう。メリットもあるのだな」
「僕のイノリは軽量ですので、この長所と短所が逆になります。移動の制限はほとんどありませんが、攻撃力と防御力がありません。攻撃力不足を補うのが、アルティが考えた火炎槍です」
打てば響くとはこのことだ、とゴーレム班長はルークスの評価を上げた。
「君の新型は別格として、戦闘ゴーレムを軽量化するにはどうする?」
「重量を支える機能を土以外にさせるのが主流です。現時点で二つの方法があります。外骨格と内骨格。外骨格は鎧を自立できるようにして、自重を支えるものです。ゴーレム車などに使われるスティールゴーレムを大型化したものに土を詰め込んだ感じです。でもこれは戦闘ゴーレムに不向きです」
「何故だね?」
「戦闘ゴーレムは戦槌で叩き合うんですよ? 一発関節に当たったら、軸受けが歪んだり割れたりして関節が動かなくなります。そんな弱点を各関節に抱えたら、戦闘に使えませんよ」
「軸受け?」
「膝など折り曲げる部分に回転する部分が必要ですよね? 回転部が軸で軸を支えるのが軸受けです。ここが滑らかに回転しないと曲がるとき抵抗になります。特に足は自重がかかるので摩擦が動きを妨げます。入り口脇の三倍級のスティールゴーレム、下半身の動きが悪かったり異音がしたりしますよね?」
「んあ、なぜわかる?」
「その原因が軸受けです。滑り軸受けは等身大が限度で、それ以上はコロ軸受けか玉軸受けを使わないと。外骨格で一番問題になる部品なんですが、知らないんですか?」
「それは、関節部を厳重にカバーすれば良かろう?」
「鎧を叩き割る戦槌に耐えられるカバーを、各関節に付けるんですか? それだけ重量を増やしたら、当初目的の軽量化に反します。土と違って外骨格は筋肉になりませんから」
「だから外骨格は戦闘ゴーレムには不向きなのか」
「はい」
渋い顔をするエチェントリチの隣でコンパージが口を挟む。
「ルークス、君はその結論をどこで知ったの? 私が学園に持ち込んだ書物には無いはず。私も初耳です」
「人間の鎧みたいにゴーレムの鎧にも関節を付けようと、アルタスおじさんたちと色々やったんですよ。で、結局『鎧に可動部は弱点になるだけ』との結論に至ったわけです」
「エチェン、聞いていますか?」
「鎧の改良がうまくいかなかったことは聞いている。だが外骨格については何も」
「鎧で出た結果をどうして外骨格に適用しないんです? 鎧を自立させるのが外骨格の出発点なのに」
気圧されるゴーレム班長に、ゴーレム構造学の教師が言う。
「ルークスはあらゆる知識をゴーレムに適用できます。それが彼の言うゴーレム愛のなせる技です」
「ムンディ、君はずいぶん彼を持ち上げるね」
「逸材ですから。あなたの代わりが務まるほどの」
「冗談きついぞ」
「基礎知識や応用力であなたを超えていませんか?」
「……」
そんな二人にルークスは言う。
「話を進めて良いですか?」
「んあ? 話とは?」
話が逸れたので、エチェントリチはそれまでの話題を忘れていた。
実際のところ彼女はルークスと同じ脳の特性を持っている。
上級貴族をは周囲にフォローされるので、本人が自覚する機会がなかったのだ。
「外骨格が戦闘ゴーレムには不向きだという話です。で、内骨格は――」
「ん~ああ、そうだった。質問したことを後悔してきた」
「諦めなさいエチェン。ゴーレムについて彼に語らせたあなたの責任です」
「では続けますよ。内骨格は僕ら人間のように、筋肉の内側に骨を持つので分かりやすいと思います。外骨格と違い関節は土の中なので、外部からの衝撃が緩和されます。つまり戦闘に耐えられるわけです。帝国では既に実戦配備されているそうですね。欠点は、さらに鎧が必要なこと。あと推測ですが、力が弱いはずです」
「これだな」
エチェントリチは足下のずた袋から木製の人形を取りだした。骨組みだけで、関節部は球状になっている。
「これが球体関節か!?」
ルークスは奪うように人形を手にし、関節を様々な方向に曲げる。
「なるほど、こう動くのか」
その様子は完全にオモチャを与えられた子供である。
「七倍級だとそれなりに大きくなるから、摩擦も分散するな。加工精度は必要だけど、軸受けに比べたら点数が少ないからコスト上昇も抑えられる」
「コストとか、工房では考えたこともなかったな」
「僕はゴーレムスミスの現場を知っていますから」
「んああ、アルタス・フェクスか。あのむっつり男がこんなにおしゃべりなガキを育てていたとは驚きだ」
「父をご存じなのですか?」
いきなり父親の名前が出たのでアルティは驚いた。
「そりゃ、これを」
とデリカータ女伯爵は天井を指さした。
「こさえた人間だからな。ここの技師の指導もやらせている」
「そうなんですか」
「工房には時々研修で人が来るよ」
と養子が実子に家業の説明をするので、アルティは父親に申し訳なくなった。
ルークスは骨組み人形をバランスを取ってテーブルに立たせた。
「イノリは、この骨を空気がやっています。つまり内骨格ゴーレムですね」
「んああ? 空気が骨だあ?」
「本体が液体だから高圧空気を封じ込められるんです。固体では素材の均一化がほぼ不可能だから、どうしても弱い部分から圧が抜けます。それを利用したのがアルティの火炎槍なんですが」
ゴーレム班長は素直に少女を褒める。
「君の発案は素晴らしい。ゴーレムの素材に注目して、打撃とは別次元の攻撃方法を編み出すとは大したものだ」
「い、いえ。偶然ですので」
「食後に面白い物を見せてやろう」
デリカータ女伯爵はルークスらを川原に連れだした。
その背後からスティールゴーレムが長い筒を持って付いてくる。
「帝国の新兵器『大地の怒り』を模した物だ。実物は四足型のゴーレムに持たせる巨大な代物だよ」
アルティは筒を観察した。
後端は塞がれている。中程に出っ張りがあり、押し込めるようになっていた。
「試しに放ってみよう」
ゴーレムが持つ筒の根元を研究員がランプで炙る。
筒先から石を入れ、長い棒で突き込む。
そして加熱が終わったところで、筒の出っ張りをゴーレムが押し込んだ。
金属音がして筒先から石が飛び出し、前方に落ちた。
「まあ、実物はもっと勢いよく飛ぶらしいが」
「どういった原理ですか?」
とアルティがゴーレム班長に尋ねる。
「密閉した空間で空気を加熱し、仕切りを開けると一気に膨張して石を押し出すのだよ」
「エチェン、その説明だと空気が出てしまいます」
コンパージが補足する。
「空気はシリンダー内で密閉したままで、ピストンが前後する構造です。冷却すればまた収縮し、元に戻して再利用します」
「何となく分かりました」
アルティは納得したが、ルークスは納得しなかった。
「空気の膨張だけでは大して力は出ません。ゴーレムが投げるより飛ばなければ無意味です」
工房でも困っている点を指摘され、エチェントリチは不快げに言う。
「詳細が分からないのは仕方なかろう。帝国の秘密兵器なのだから」
「射出性能から逆算すれば、どんな原理を使ったかも分かりますよ」
「んああ、からかっているのか? それとも、まさか本気で言っているのか?」
「だって加熱して、膨張させるんでしょ? 空気を」
ルークスの言い方でアルティは気付いた。
「あ、そうか!」
「今度は君か?」
「多分、密閉した中に水が含まれているんだと思います。水は蒸発すると、凄く体積が増えます。それを利用したのが火炎槍なので」
ゴーレム班長の目の色が変わった。
「水を入れてみろ」
適当な指示に研究員が困る。
「分量はどれくらいですか?」
「んなもん、やってみれば分かる!」
「そんな――」
「一滴で十分だと思いますよ」
とルークス。その口ぶりでアルティには分かった。
ルークスは最初から知っていたか、さもなくば誰より早く答えに辿りついたのだ。
きっと花を持たせてくれたのだ、と思ってアルティは喜んだ。
加熱した機材は冷えるまで分解できないので、新たな模型をゴーレムが運んで来た。
分解して分かったが、内部はかなり複雑だ。
筒はねじ込み式で前後に分かれた。
根元側がシリンダーで、ピストンの金属棒が前後する。
棒の長さは筒の半分くらいで、筒の出っ張りを押すと留め金が外れ棒が自由に動く。
可動部が筒の前半分と同じ長さだ。
根元の末端捻り取るとピストンが抜ける。
「うわあ、複雑な上に力のロスが多い」
とルークスが首を振った。
研究員はシリンダーに水を一滴加えて再度組み立て、ゴーレムに持たせる。
先ほどのように加熱してゴーレムに操作させた。
激しい金属音が響いて石が目で追いきれないほど速く飛びだした。
「素晴らしい」
デリカータ女伯爵は相好崩してアルティの肩を叩いた。
「君、うちに来たまえ。何、学園? そんなものはいらん。必要ならば教師を付けよう。君の才覚は王宮工房で花開くとも」
誘いは嬉しかったが、アルティにルークスと離れる気などない。
なんとか「卒業後」と言い逃れ、コンパージも取りなしてくれた。
引き抜き騒ぎが収まってアルティは息をつく。
そしてルークスが我関せずでいることに気付いた。
いつの間にか呼んだ火の精霊サラマンダーの娘カリディータと、川原にしゃがみ込んでいる。
「ルークス、ちょっと酷いじゃないの。私が大変なときに」
「何かあった?」
アルティの体から力が抜けた。
またこれだ。
ルークスは何かに気を取られると、周囲で何が起きても気付かないのだ。
「何をしているの?」
「面白い物を拾ったんでね。これで完成だ」
とルークスは金属製の小さな壺を見せた。
寸胴で人差し指が第一関節まで被るくらいの大きさ。
土が詰められたのか、口が土で覆われていた。
「それじゃカリディータ、やってくれ」
「おうよ」
とサラマンダーが立ち上がる。
火の粉をまき散らす娘は、申し訳程度にしか体を隠していない身なりで、アルティをも凌ぐボディラインを露出している。
「ええと」
キョロキョロ見回す。
ルークスが指で川下を差した。
「向こう! 人がいない方に向けて」
「じゃ、行くぜ」
とサラマンダーが手にした筒に何かした。
次の瞬間、黒い影が白い尾を引いて飛びだした。耳慣れない音を響かせながら。
影は石より遥かに遠くまで飛び、尾が消えてほどなく金属音がした。
「い、今何を?」
問いかけるアルティにルークスは振り向きもしない。
「後にして! 見失う!」
ルークスが走る横をフォルティスが追い越す。
「今飛んだ物体ですか?」
「うん。熱いから注意して」
「承知」
フォルティスはあっという間にルークスを抜き去り、腰の短剣を抜いて小さな何かを切っ先で引っかけた。
彼が運んで来たのは、先ほどの金属の壺である。
「何をやったんだね、君は?」
エチェントリチが不思議がる。
「内部の無駄が無ければ、小さな力でも十分飛ばせると思って」
ゴーレム班長の質問に、ルークスは説明不足の答えをした。
「無駄とはなんだ?」
「内部の摩擦、ピストンを止める力、それらが石を飛ばすエネルギーから引かれています。水一滴の膨張力を全部使えば、もっと遠くまで飛ばせますよ。今みたいに」
フォルティスがテーブルに置いた金属壺は、口に粘土が付着していた。
「水を垂らし、口を塞いだ粘土を炎で焼き固めました。で、その粘土を針で突いて穴を空ければ、中の高圧蒸気が噴きだし、その反作用で壺が飛んで行きます」
ルークスの説明がアルティには理解できなかった。
「反作用って、何?」
「何かを押すと、同じ力で自分も押されるんだよ。ちょっと立って」
アルティはルークスの前に立たされた。ルークスは両手を前に出す。
「足を固定して、手で僕の手を押して」
言われるままにアルティは両手でルークスの手を押した。ルークスが踏ん張っているので、アルティが後ろに仰け反る。
「はい、アルティが僕を押したのが作用で、僕が受け止めたのでアルティが押し返されたのが反作用。僕は押していない。アルティが押した力が、そっくりアルティに戻ってくるんだ」
「ええ、そんなの知らない」
「それが力学です」
とコンパージが言う。
「学園では高等部で教える内容だが、どこで覚えたのかな?」
「シルフがやっているのを見て」
「シルフが?」
「インスピラティオーネ」
とルークスが虚空に呼びかけると、頭上に風の大精霊が姿を現した。
「なんでしょう、主様?」
「物質化して、空気を押してみて」
「承知」
と、グラン・シルフの姿が「濃く」なった。
精霊は肉体を持たないが、物質に擬することはできる。
そうしなければ精霊は人間と触れあうこともできない。
空中でインスピラティオーネが風を前に押すと、体が後ろに下がった。
「ね。空気を押すと空中の物体は反対に動く。これが作用反作用ですよね?」
「そのとおり。しかしシルフがそんな事をするとは」
コンパージにグラン・シルフはうなずく。
「若い者は色々遊ぶこともあるゆえな」
「で、どうして何もない所で動くのかなって。図書室で力学の本読んだらそれが書いてありました」
「高等部でも教えるのは初歩だが、君はどうやら応用できるレベルにあるのだな」
「んああムンディ、なんで分かるんだ? 試験もしていないのに」
とデリカータ女伯爵が問いかける。
「先ほどルークスはエネルギーと言いました。力を加えると物体は動く、その際得るのが運動エネルギーです。そして摩擦などで運動エネルギーは損失する。それがすらすら出てくるくらい、ルークスは力学を知識に組み込んでいます」
「実践もしましたよ。イノリと名付ける前、戦槌で戦ったとき。非力な水ゴーレムで敵を倒すのに、戦槌を通常より上まで振り上げて位置エネルギーを高め、振り下ろして運動エネルギーに変えることで威力を増やしました」
コンパージは息を飲む。
「そうだった。君は知識の全てをゴーレムに当てはめられるんだったな」
「ええ。ゴーレム愛は誰にも負けませんから」
耳障りな擦過音がした。
鳥の巣頭の女性が拳を握りしめ歯ぎしりをしているのだ。
コンパージは心配半分、期待半分の気持ちになる。
エチェントリチは今まで、並ぶ者がいないゴーレムマニアだった。
ところが知識で迫り、実践で遥かに先行するゴーレムオタクが現れた。
エチェントリチは精霊使いではない。
自分ではゴーレムが使えない人間なのだ。
その分知識を詰め込んできたのだが、文章を読みたがらない彼女に対し、ルークスは貪欲に書物を読みあさる人間だ。
現時点では極秘事項などを知れる立場上の優位があるが、同じ情報に触れられるようになればルークスが知識でも圧倒するのは目に見えていた。
しかも常識を凌駕した新型ゴーレムという実績もある。
さらに今、帝国の新兵器を再現さえできずにいた彼女の前で、その新兵器の欠点を指摘し、簡単にそれ以上のアイデアを出してみせたのだ。
ルークス・レークタ。
以前から並外れた才能の持ち主と思っていたが、本当に天才なのだとコンパージはまぶしく見た。
願わくば、彼の存在が停滞したエチェントリチの心を奮い立たせんことを。
ルークスが思いついたオモチャをアルティはしげしげと見つめていた。
理屈は良く分からないが、帝国の新兵器より多分こちらの方がイノリの役に立ちそうだ。
他ならぬルークスが、帝国の新兵器の欠点を指摘したのだから。
今は壺が飛んだだけだが、矢尻と矢羽根を付ければ――否、矢のお尻に壺を付ければ済むではないか。
その瞬間、弓という嵩張る道具が不要になった。
アルティはたった今「自ら飛ぶ矢」を考案したのだ。
力が弱いイノリは槍を投げられない。
だが自ら飛ぶ矢なら、遠距離から攻撃できる。
ルークスを危険にさらさずに攻撃できるようになるではないか。
(すぐ父さんに教えて完成させなきゃ)
アルティは鞄から石板を取りだし、猛然と書き込みだした。
周囲で誰かが何かを言っているが無視。
アイデアが頭から消えてしまう前に、すべてを石板に書き記した。
できあがったのは稚拙な矢の断面図と、それを補足する細かな書き込みである。
ルークスが見せた壺を元に「自ら飛ぶ矢」を考えた、となんとか説明した。
話し終えるや、ルークスが抱きついてきた。
「凄いよアルティ! なんでこんなすぐ思いつけるんだ!?」
ルークスはほんの遊びのつもりだった。
帝国の兵器の欠点を、目で見て分かるように説明したにすぎない。
それを直ぐさま新兵器に結びつけたアルティの発想に、彼は狂喜した。
真っ赤になって自分を引き剥がす幼なじみに、ルークスは言う。
「やっぱりアルティは天才だよ。火炎槍といい、この矢といい。凄いや!」
これには大人たちが「え!?」と声を揃えてしまった。
ルークスこそが天才だとコンパージはもとより、エチェントリチも認めざるをえないところだった。
そのルークスが他人を天才呼ばわりするのである。
当のルークスは自分が天才だなどとは思っていない。
ただゴーレムが好きなだけ。
好きだから知識が頭に入るし、使い方も分かる。
破格の精霊使いであるのも「精霊が好いてくれる」からに過ぎない。
特別な才能どころか、直前のことをすぐ忘れ、好きな事に気がそれてしまう劣等生だと思っている。
何しろ成績が学年最下位なのだから。
自分に向けられる「天才」という言葉は「嫌味」と受け取っている。
自分が他人に勝るのは「ゴーレムや精霊が好きな気持ち」だけとの認識なのだ。
「天才は天才を知ると言います。ルークスだからこそ、アルティの才能を理解できるのでしょう」
とフォルティスは澄まし顔で言う。
コンパージが確認すると、級長は明言した。
「火炎槍だけならまぐれかも知れません。しかし今また、瞬時に新兵器を考えついた。二度となればもう、これは才能としか」
「よし分かった。二人共、卒業後は王宮工房に来なさい」
「エチェン、先走りすぎます。アルティはともかくルークスは――ルークス卿は既に陛下の騎士です。それに、軍は絶対に彼を手放しません」
「んああ! ナルム子爵など放っておけ!」
と、デリカータ女伯爵は、子爵位であるヴェトス元帥より爵位が上であることをひけらかした。
コンパージの取りなしで「唾を付けておく」ために、ルークスとアルティは特別研究員として仮登録することになった。
アルティにとり、王立精霊士学園の生徒という以外で初めての肩書きである。
それだけでも嬉しいのに、卒業後もルークスと一緒にいられる公算が大になった方が勝った。
「この矢の先を火炎槍の穂先にすれば、ゴーレムを簡単に撃破できるな」
ゴーレム班長はアルティの図を見ながら言う。するとルークスが異を唱えた。
「これでは栓ができません。火炎槍はイノリが押さえているから穴を塞げるんです。刺さっただけでは、圧力に負けて矢が抜けてしまいます」
「手槍のように返しを付ければ良いだろう?」
「円錐金具で止まるんですよ? その後ろに返しがあっても無意味だし、前に返しがあったら穴が広がって塞げなくなります」
「返しが小さかったら済む!」
喜びも一瞬で、アルティはゴーレムオタクの論争に巻き込まれてしまった。
オタクたちは場所を工房内の打合せ室に移し、黒板を駆使して意見を出し合う。
何度も描いて、消して、また描く。
窓からの日差しが暗くなり、ランプが灯ってようやく議論は止んだ。
結論が出たのではなく、二人して体力の限界を迎えたのだった。
クッキーをつまみつつエチェントリチは言う。
「続きは夕食の席でやろう」
「夕飯は先約があります。陛下に今日の調査報告しなけりゃいけませんので」
ルークスは「ついでに陛下に新兵器の説明をしたら?」とアルティを誘った。
「え、遠慮するわ!」
激しく頭を振って拒否する。
昨夜、戦勝祝賀会の後でアルティは女王と火花を散らしたばかりだ。
あの時は興奮していたが、今にして思えば身の毛がよだつほど危険な行為だった。
この国の最高権力者から、その騎士を奪おうとしたのだから。
もしフローレンティーナ女王が暴君だったら、その場で死刑でもおかしくない。
昨日の今日で夕食の席に乗り込んだら、さすがに心証を悪くしすぎる。
「父さんに話して、帰ったらすぐ試作に入ってもらわなきゃ」
「んあー、アルタス・フェクスの仏頂面はご免だわ。あれ見ながら食事はしたくない」
とのゴーレム班長のつぶやきにアルティは安堵した。
ルークス抜きでこの変人と食事するのはたまらない。
思わぬところで父親に感謝する親不孝娘であった。
工房の二階にある食堂でテーブルを五人が囲む。
食事は豪華だったが、アルティはルークスが気がかりで味わうどころではない。
朝食を吐いてしまった胃腸は、機嫌とともに治ったのか普段どおりに食べていた。
だがデリカータ女伯爵が試しにかかるのでルークスは落ち着かない。
「戦闘ゴーレムの欠点が分かるかね?」
「重量です」
と即答。
「移動の際に道路を壊したり、通れる橋が制限されたりします。しかし重量は長所でもあります。重量がある、つまり筋肉と骨である土が多いから強い力が出せ、衝撃に耐えられるのです」
「ほう。メリットもあるのだな」
「僕のイノリは軽量ですので、この長所と短所が逆になります。移動の制限はほとんどありませんが、攻撃力と防御力がありません。攻撃力不足を補うのが、アルティが考えた火炎槍です」
打てば響くとはこのことだ、とゴーレム班長はルークスの評価を上げた。
「君の新型は別格として、戦闘ゴーレムを軽量化するにはどうする?」
「重量を支える機能を土以外にさせるのが主流です。現時点で二つの方法があります。外骨格と内骨格。外骨格は鎧を自立できるようにして、自重を支えるものです。ゴーレム車などに使われるスティールゴーレムを大型化したものに土を詰め込んだ感じです。でもこれは戦闘ゴーレムに不向きです」
「何故だね?」
「戦闘ゴーレムは戦槌で叩き合うんですよ? 一発関節に当たったら、軸受けが歪んだり割れたりして関節が動かなくなります。そんな弱点を各関節に抱えたら、戦闘に使えませんよ」
「軸受け?」
「膝など折り曲げる部分に回転する部分が必要ですよね? 回転部が軸で軸を支えるのが軸受けです。ここが滑らかに回転しないと曲がるとき抵抗になります。特に足は自重がかかるので摩擦が動きを妨げます。入り口脇の三倍級のスティールゴーレム、下半身の動きが悪かったり異音がしたりしますよね?」
「んあ、なぜわかる?」
「その原因が軸受けです。滑り軸受けは等身大が限度で、それ以上はコロ軸受けか玉軸受けを使わないと。外骨格で一番問題になる部品なんですが、知らないんですか?」
「それは、関節部を厳重にカバーすれば良かろう?」
「鎧を叩き割る戦槌に耐えられるカバーを、各関節に付けるんですか? それだけ重量を増やしたら、当初目的の軽量化に反します。土と違って外骨格は筋肉になりませんから」
「だから外骨格は戦闘ゴーレムには不向きなのか」
「はい」
渋い顔をするエチェントリチの隣でコンパージが口を挟む。
「ルークス、君はその結論をどこで知ったの? 私が学園に持ち込んだ書物には無いはず。私も初耳です」
「人間の鎧みたいにゴーレムの鎧にも関節を付けようと、アルタスおじさんたちと色々やったんですよ。で、結局『鎧に可動部は弱点になるだけ』との結論に至ったわけです」
「エチェン、聞いていますか?」
「鎧の改良がうまくいかなかったことは聞いている。だが外骨格については何も」
「鎧で出た結果をどうして外骨格に適用しないんです? 鎧を自立させるのが外骨格の出発点なのに」
気圧されるゴーレム班長に、ゴーレム構造学の教師が言う。
「ルークスはあらゆる知識をゴーレムに適用できます。それが彼の言うゴーレム愛のなせる技です」
「ムンディ、君はずいぶん彼を持ち上げるね」
「逸材ですから。あなたの代わりが務まるほどの」
「冗談きついぞ」
「基礎知識や応用力であなたを超えていませんか?」
「……」
そんな二人にルークスは言う。
「話を進めて良いですか?」
「んあ? 話とは?」
話が逸れたので、エチェントリチはそれまでの話題を忘れていた。
実際のところ彼女はルークスと同じ脳の特性を持っている。
上級貴族をは周囲にフォローされるので、本人が自覚する機会がなかったのだ。
「外骨格が戦闘ゴーレムには不向きだという話です。で、内骨格は――」
「ん~ああ、そうだった。質問したことを後悔してきた」
「諦めなさいエチェン。ゴーレムについて彼に語らせたあなたの責任です」
「では続けますよ。内骨格は僕ら人間のように、筋肉の内側に骨を持つので分かりやすいと思います。外骨格と違い関節は土の中なので、外部からの衝撃が緩和されます。つまり戦闘に耐えられるわけです。帝国では既に実戦配備されているそうですね。欠点は、さらに鎧が必要なこと。あと推測ですが、力が弱いはずです」
「これだな」
エチェントリチは足下のずた袋から木製の人形を取りだした。骨組みだけで、関節部は球状になっている。
「これが球体関節か!?」
ルークスは奪うように人形を手にし、関節を様々な方向に曲げる。
「なるほど、こう動くのか」
その様子は完全にオモチャを与えられた子供である。
「七倍級だとそれなりに大きくなるから、摩擦も分散するな。加工精度は必要だけど、軸受けに比べたら点数が少ないからコスト上昇も抑えられる」
「コストとか、工房では考えたこともなかったな」
「僕はゴーレムスミスの現場を知っていますから」
「んああ、アルタス・フェクスか。あのむっつり男がこんなにおしゃべりなガキを育てていたとは驚きだ」
「父をご存じなのですか?」
いきなり父親の名前が出たのでアルティは驚いた。
「そりゃ、これを」
とデリカータ女伯爵は天井を指さした。
「こさえた人間だからな。ここの技師の指導もやらせている」
「そうなんですか」
「工房には時々研修で人が来るよ」
と養子が実子に家業の説明をするので、アルティは父親に申し訳なくなった。
ルークスは骨組み人形をバランスを取ってテーブルに立たせた。
「イノリは、この骨を空気がやっています。つまり内骨格ゴーレムですね」
「んああ? 空気が骨だあ?」
「本体が液体だから高圧空気を封じ込められるんです。固体では素材の均一化がほぼ不可能だから、どうしても弱い部分から圧が抜けます。それを利用したのがアルティの火炎槍なんですが」
ゴーレム班長は素直に少女を褒める。
「君の発案は素晴らしい。ゴーレムの素材に注目して、打撃とは別次元の攻撃方法を編み出すとは大したものだ」
「い、いえ。偶然ですので」
「食後に面白い物を見せてやろう」
デリカータ女伯爵はルークスらを川原に連れだした。
その背後からスティールゴーレムが長い筒を持って付いてくる。
「帝国の新兵器『大地の怒り』を模した物だ。実物は四足型のゴーレムに持たせる巨大な代物だよ」
アルティは筒を観察した。
後端は塞がれている。中程に出っ張りがあり、押し込めるようになっていた。
「試しに放ってみよう」
ゴーレムが持つ筒の根元を研究員がランプで炙る。
筒先から石を入れ、長い棒で突き込む。
そして加熱が終わったところで、筒の出っ張りをゴーレムが押し込んだ。
金属音がして筒先から石が飛び出し、前方に落ちた。
「まあ、実物はもっと勢いよく飛ぶらしいが」
「どういった原理ですか?」
とアルティがゴーレム班長に尋ねる。
「密閉した空間で空気を加熱し、仕切りを開けると一気に膨張して石を押し出すのだよ」
「エチェン、その説明だと空気が出てしまいます」
コンパージが補足する。
「空気はシリンダー内で密閉したままで、ピストンが前後する構造です。冷却すればまた収縮し、元に戻して再利用します」
「何となく分かりました」
アルティは納得したが、ルークスは納得しなかった。
「空気の膨張だけでは大して力は出ません。ゴーレムが投げるより飛ばなければ無意味です」
工房でも困っている点を指摘され、エチェントリチは不快げに言う。
「詳細が分からないのは仕方なかろう。帝国の秘密兵器なのだから」
「射出性能から逆算すれば、どんな原理を使ったかも分かりますよ」
「んああ、からかっているのか? それとも、まさか本気で言っているのか?」
「だって加熱して、膨張させるんでしょ? 空気を」
ルークスの言い方でアルティは気付いた。
「あ、そうか!」
「今度は君か?」
「多分、密閉した中に水が含まれているんだと思います。水は蒸発すると、凄く体積が増えます。それを利用したのが火炎槍なので」
ゴーレム班長の目の色が変わった。
「水を入れてみろ」
適当な指示に研究員が困る。
「分量はどれくらいですか?」
「んなもん、やってみれば分かる!」
「そんな――」
「一滴で十分だと思いますよ」
とルークス。その口ぶりでアルティには分かった。
ルークスは最初から知っていたか、さもなくば誰より早く答えに辿りついたのだ。
きっと花を持たせてくれたのだ、と思ってアルティは喜んだ。
加熱した機材は冷えるまで分解できないので、新たな模型をゴーレムが運んで来た。
分解して分かったが、内部はかなり複雑だ。
筒はねじ込み式で前後に分かれた。
根元側がシリンダーで、ピストンの金属棒が前後する。
棒の長さは筒の半分くらいで、筒の出っ張りを押すと留め金が外れ棒が自由に動く。
可動部が筒の前半分と同じ長さだ。
根元の末端捻り取るとピストンが抜ける。
「うわあ、複雑な上に力のロスが多い」
とルークスが首を振った。
研究員はシリンダーに水を一滴加えて再度組み立て、ゴーレムに持たせる。
先ほどのように加熱してゴーレムに操作させた。
激しい金属音が響いて石が目で追いきれないほど速く飛びだした。
「素晴らしい」
デリカータ女伯爵は相好崩してアルティの肩を叩いた。
「君、うちに来たまえ。何、学園? そんなものはいらん。必要ならば教師を付けよう。君の才覚は王宮工房で花開くとも」
誘いは嬉しかったが、アルティにルークスと離れる気などない。
なんとか「卒業後」と言い逃れ、コンパージも取りなしてくれた。
引き抜き騒ぎが収まってアルティは息をつく。
そしてルークスが我関せずでいることに気付いた。
いつの間にか呼んだ火の精霊サラマンダーの娘カリディータと、川原にしゃがみ込んでいる。
「ルークス、ちょっと酷いじゃないの。私が大変なときに」
「何かあった?」
アルティの体から力が抜けた。
またこれだ。
ルークスは何かに気を取られると、周囲で何が起きても気付かないのだ。
「何をしているの?」
「面白い物を拾ったんでね。これで完成だ」
とルークスは金属製の小さな壺を見せた。
寸胴で人差し指が第一関節まで被るくらいの大きさ。
土が詰められたのか、口が土で覆われていた。
「それじゃカリディータ、やってくれ」
「おうよ」
とサラマンダーが立ち上がる。
火の粉をまき散らす娘は、申し訳程度にしか体を隠していない身なりで、アルティをも凌ぐボディラインを露出している。
「ええと」
キョロキョロ見回す。
ルークスが指で川下を差した。
「向こう! 人がいない方に向けて」
「じゃ、行くぜ」
とサラマンダーが手にした筒に何かした。
次の瞬間、黒い影が白い尾を引いて飛びだした。耳慣れない音を響かせながら。
影は石より遥かに遠くまで飛び、尾が消えてほどなく金属音がした。
「い、今何を?」
問いかけるアルティにルークスは振り向きもしない。
「後にして! 見失う!」
ルークスが走る横をフォルティスが追い越す。
「今飛んだ物体ですか?」
「うん。熱いから注意して」
「承知」
フォルティスはあっという間にルークスを抜き去り、腰の短剣を抜いて小さな何かを切っ先で引っかけた。
彼が運んで来たのは、先ほどの金属の壺である。
「何をやったんだね、君は?」
エチェントリチが不思議がる。
「内部の無駄が無ければ、小さな力でも十分飛ばせると思って」
ゴーレム班長の質問に、ルークスは説明不足の答えをした。
「無駄とはなんだ?」
「内部の摩擦、ピストンを止める力、それらが石を飛ばすエネルギーから引かれています。水一滴の膨張力を全部使えば、もっと遠くまで飛ばせますよ。今みたいに」
フォルティスがテーブルに置いた金属壺は、口に粘土が付着していた。
「水を垂らし、口を塞いだ粘土を炎で焼き固めました。で、その粘土を針で突いて穴を空ければ、中の高圧蒸気が噴きだし、その反作用で壺が飛んで行きます」
ルークスの説明がアルティには理解できなかった。
「反作用って、何?」
「何かを押すと、同じ力で自分も押されるんだよ。ちょっと立って」
アルティはルークスの前に立たされた。ルークスは両手を前に出す。
「足を固定して、手で僕の手を押して」
言われるままにアルティは両手でルークスの手を押した。ルークスが踏ん張っているので、アルティが後ろに仰け反る。
「はい、アルティが僕を押したのが作用で、僕が受け止めたのでアルティが押し返されたのが反作用。僕は押していない。アルティが押した力が、そっくりアルティに戻ってくるんだ」
「ええ、そんなの知らない」
「それが力学です」
とコンパージが言う。
「学園では高等部で教える内容だが、どこで覚えたのかな?」
「シルフがやっているのを見て」
「シルフが?」
「インスピラティオーネ」
とルークスが虚空に呼びかけると、頭上に風の大精霊が姿を現した。
「なんでしょう、主様?」
「物質化して、空気を押してみて」
「承知」
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精霊は肉体を持たないが、物質に擬することはできる。
そうしなければ精霊は人間と触れあうこともできない。
空中でインスピラティオーネが風を前に押すと、体が後ろに下がった。
「ね。空気を押すと空中の物体は反対に動く。これが作用反作用ですよね?」
「そのとおり。しかしシルフがそんな事をするとは」
コンパージにグラン・シルフはうなずく。
「若い者は色々遊ぶこともあるゆえな」
「で、どうして何もない所で動くのかなって。図書室で力学の本読んだらそれが書いてありました」
「高等部でも教えるのは初歩だが、君はどうやら応用できるレベルにあるのだな」
「んああムンディ、なんで分かるんだ? 試験もしていないのに」
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「先ほどルークスはエネルギーと言いました。力を加えると物体は動く、その際得るのが運動エネルギーです。そして摩擦などで運動エネルギーは損失する。それがすらすら出てくるくらい、ルークスは力学を知識に組み込んでいます」
「実践もしましたよ。イノリと名付ける前、戦槌で戦ったとき。非力な水ゴーレムで敵を倒すのに、戦槌を通常より上まで振り上げて位置エネルギーを高め、振り下ろして運動エネルギーに変えることで威力を増やしました」
コンパージは息を飲む。
「そうだった。君は知識の全てをゴーレムに当てはめられるんだったな」
「ええ。ゴーレム愛は誰にも負けませんから」
耳障りな擦過音がした。
鳥の巣頭の女性が拳を握りしめ歯ぎしりをしているのだ。
コンパージは心配半分、期待半分の気持ちになる。
エチェントリチは今まで、並ぶ者がいないゴーレムマニアだった。
ところが知識で迫り、実践で遥かに先行するゴーレムオタクが現れた。
エチェントリチは精霊使いではない。
自分ではゴーレムが使えない人間なのだ。
その分知識を詰め込んできたのだが、文章を読みたがらない彼女に対し、ルークスは貪欲に書物を読みあさる人間だ。
現時点では極秘事項などを知れる立場上の優位があるが、同じ情報に触れられるようになればルークスが知識でも圧倒するのは目に見えていた。
しかも常識を凌駕した新型ゴーレムという実績もある。
さらに今、帝国の新兵器を再現さえできずにいた彼女の前で、その新兵器の欠点を指摘し、簡単にそれ以上のアイデアを出してみせたのだ。
ルークス・レークタ。
以前から並外れた才能の持ち主と思っていたが、本当に天才なのだとコンパージはまぶしく見た。
願わくば、彼の存在が停滞したエチェントリチの心を奮い立たせんことを。
ルークスが思いついたオモチャをアルティはしげしげと見つめていた。
理屈は良く分からないが、帝国の新兵器より多分こちらの方がイノリの役に立ちそうだ。
他ならぬルークスが、帝国の新兵器の欠点を指摘したのだから。
今は壺が飛んだだけだが、矢尻と矢羽根を付ければ――否、矢のお尻に壺を付ければ済むではないか。
その瞬間、弓という嵩張る道具が不要になった。
アルティはたった今「自ら飛ぶ矢」を考案したのだ。
力が弱いイノリは槍を投げられない。
だが自ら飛ぶ矢なら、遠距離から攻撃できる。
ルークスを危険にさらさずに攻撃できるようになるではないか。
(すぐ父さんに教えて完成させなきゃ)
アルティは鞄から石板を取りだし、猛然と書き込みだした。
周囲で誰かが何かを言っているが無視。
アイデアが頭から消えてしまう前に、すべてを石板に書き記した。
できあがったのは稚拙な矢の断面図と、それを補足する細かな書き込みである。
ルークスが見せた壺を元に「自ら飛ぶ矢」を考えた、となんとか説明した。
話し終えるや、ルークスが抱きついてきた。
「凄いよアルティ! なんでこんなすぐ思いつけるんだ!?」
ルークスはほんの遊びのつもりだった。
帝国の兵器の欠点を、目で見て分かるように説明したにすぎない。
それを直ぐさま新兵器に結びつけたアルティの発想に、彼は狂喜した。
真っ赤になって自分を引き剥がす幼なじみに、ルークスは言う。
「やっぱりアルティは天才だよ。火炎槍といい、この矢といい。凄いや!」
これには大人たちが「え!?」と声を揃えてしまった。
ルークスこそが天才だとコンパージはもとより、エチェントリチも認めざるをえないところだった。
そのルークスが他人を天才呼ばわりするのである。
当のルークスは自分が天才だなどとは思っていない。
ただゴーレムが好きなだけ。
好きだから知識が頭に入るし、使い方も分かる。
破格の精霊使いであるのも「精霊が好いてくれる」からに過ぎない。
特別な才能どころか、直前のことをすぐ忘れ、好きな事に気がそれてしまう劣等生だと思っている。
何しろ成績が学年最下位なのだから。
自分に向けられる「天才」という言葉は「嫌味」と受け取っている。
自分が他人に勝るのは「ゴーレムや精霊が好きな気持ち」だけとの認識なのだ。
「天才は天才を知ると言います。ルークスだからこそ、アルティの才能を理解できるのでしょう」
とフォルティスは澄まし顔で言う。
コンパージが確認すると、級長は明言した。
「火炎槍だけならまぐれかも知れません。しかし今また、瞬時に新兵器を考えついた。二度となればもう、これは才能としか」
「よし分かった。二人共、卒業後は王宮工房に来なさい」
「エチェン、先走りすぎます。アルティはともかくルークスは――ルークス卿は既に陛下の騎士です。それに、軍は絶対に彼を手放しません」
「んああ! ナルム子爵など放っておけ!」
と、デリカータ女伯爵は、子爵位であるヴェトス元帥より爵位が上であることをひけらかした。
コンパージの取りなしで「唾を付けておく」ために、ルークスとアルティは特別研究員として仮登録することになった。
アルティにとり、王立精霊士学園の生徒という以外で初めての肩書きである。
それだけでも嬉しいのに、卒業後もルークスと一緒にいられる公算が大になった方が勝った。
「この矢の先を火炎槍の穂先にすれば、ゴーレムを簡単に撃破できるな」
ゴーレム班長はアルティの図を見ながら言う。するとルークスが異を唱えた。
「これでは栓ができません。火炎槍はイノリが押さえているから穴を塞げるんです。刺さっただけでは、圧力に負けて矢が抜けてしまいます」
「手槍のように返しを付ければ良いだろう?」
「円錐金具で止まるんですよ? その後ろに返しがあっても無意味だし、前に返しがあったら穴が広がって塞げなくなります」
「返しが小さかったら済む!」
喜びも一瞬で、アルティはゴーレムオタクの論争に巻き込まれてしまった。
オタクたちは場所を工房内の打合せ室に移し、黒板を駆使して意見を出し合う。
何度も描いて、消して、また描く。
窓からの日差しが暗くなり、ランプが灯ってようやく議論は止んだ。
結論が出たのではなく、二人して体力の限界を迎えたのだった。
クッキーをつまみつつエチェントリチは言う。
「続きは夕食の席でやろう」
「夕飯は先約があります。陛下に今日の調査報告しなけりゃいけませんので」
ルークスは「ついでに陛下に新兵器の説明をしたら?」とアルティを誘った。
「え、遠慮するわ!」
激しく頭を振って拒否する。
昨夜、戦勝祝賀会の後でアルティは女王と火花を散らしたばかりだ。
あの時は興奮していたが、今にして思えば身の毛がよだつほど危険な行為だった。
この国の最高権力者から、その騎士を奪おうとしたのだから。
もしフローレンティーナ女王が暴君だったら、その場で死刑でもおかしくない。
昨日の今日で夕食の席に乗り込んだら、さすがに心証を悪くしすぎる。
「父さんに話して、帰ったらすぐ試作に入ってもらわなきゃ」
「んあー、アルタス・フェクスの仏頂面はご免だわ。あれ見ながら食事はしたくない」
とのゴーレム班長のつぶやきにアルティは安堵した。
ルークス抜きでこの変人と食事するのはたまらない。
思わぬところで父親に感謝する親不孝娘であった。
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