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第十一章 戦争終結

不信の種

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 難題を片付けたフローレンティーナ女王は臣下を引き連れ執務室に戻った。
 椅子に座ったとき思わず頭を抑える。
 頭痛が酷い。
 だが早急に指示せねばならない事がある。
 女王は机の前にヴェトス元帥を呼んだ。
「リスティアに奪われた民は一日千秋の思いで祖国への復帰を夢見ています。将兵の疲労は理解しますが、急いでください」
「ご心配には及びません。リスティア軍より離反したパトリア人義勇兵が意気軒昂です。彼らを組み入れ部隊を編成中です。速やかに進駐、いえ解放に向かいます」
 最優先課題は済み、女王は一息ついた。
 アラゾニキ四世は予想より簡単だった。自由でいる間は恐ろしい敵だったが、捕らえてしまえば吠えるだけ。
「まるで野獣でしたね」
 彼女に頭痛を起こさせたのは、アラゾニキ本人ではなく彼が捕まった経緯である。
「一国の君主を、首都の王城に乗り込んで捕らえたとは、想像もしませんでした」
 フローレンティーナが感想を述べると、臣下たちも頷く。
「まったく、かの少年の活躍は目を見張るものがありますな」
 と宰相までもがルークスを褒める。
 騎士団長フィデリタス卿が臣下を代表して言う。
「陛下も、あそこで善くぞ堪えましたな。ご立派になられた」
 ヴェトス元帥が笑いだした。
「あの大言壮語の暴君が、歯の根も合わぬほど震えていたのは、ゴーレムに掴まれて国土を縦断したからでしたか。ゴーレムに宙吊りにされた上に半日も走られては、生きた心地がしなかったでしょう。親の仇に十分な報いを与えましたな、彼は」
 フローレンティーナは経験深い元帥に尋ねる。
「リスティアの大王都まで往復、一日で可能なものですか?」
「シルフ以外で可能としたら、伝書鳩くらいでしょう。馬を乗り継いでも、乗り手が潰れます。いや、ルークス少年が疲労困憊で帰宅したのも無理からぬこと。大の大人でも倒れてしまいます」
 上機嫌な元帥に、騎士団長は思案げに言った。
「敵国深く侵入して首都の城から君主を捕まえてくる。これを帝国相手にやったなら歴史が変わったでしょう。そう思うと、いささか惜しくはありますな」
「お陰で我が国が救われたのですぞ。帝国を相手にするときは、また別の手を考えれば良いだけのこと。あの機動力があれば、いかほどの事ができるか」
「確かに。この度の戦役に於いて、ルークス・レークタの功績が群を抜いていることは間違いありませんな」
「騎士団の働きも素晴らしかったが、さすがに相手が良すぎますな」
 元帥が書類に目を落とす。
「ヴィラム村近郊で第二軍団を単独で撃退、ゴーレム五基撃破、十五基鹵獲、ポニロス将軍を始め司令部要員百名弱を捕虜にする。ソロス川にて暴風により敵三千の渡河を阻止、ゴーレム三十七基撃破、将兵約一万を捕虜にする。さらにリスティア大王アラゾニキ四世を捕虜にする。大王都ケファレイオに乗り込んで、と加える必要がありますな。個人の戦果としては我が国の建国以来はもちろん、恐らく人類史上でも最大でしょうな」
「そこまでとは思いませんでした」
 フローレンティーナは感嘆した。
「現時点で彼のゴーレムは最強兵器です。性能を極秘にすると同時に、彼の身は何を置いても守らねばなりません」
 ヴェトス元帥はほくほく顔である。
 彼は戦後処理が終わったら引退すると決めていた。敵の足止めの為に将兵の命を捨てた責任は取らねばならない。
 その際の最大の懸念が、士気低下による戦力減であった。
 その士気を、ルークスのゴーレムは天井知らずに上げてくれるのだ。新兵器の優位が崩れるまでそれは続くだろう。
 自分が退いた後も心配ない、それが嬉しかった。
 この度の戦争だけでなく、将来に於いても恩があるルークスの安全確保の為、王都警備軍の精鋭一個小隊にプルデンス参謀長を付けてフェルームの町に送っている。
 参謀長には現地の検分と共に、ルークスから事情を聞き取る役も命じてある。普段は武官らしからぬほど物腰が柔らかいので、未成年を相手するのに適任との判断だ。
 念の為に学園の教師一名の同席を許しているので、ルークスの方が適任者を選ぶだろう。

 一方のフローレンティーナの心は、今一つ晴れなかった。
 確かにルークスの功績は目覚ましい。開戦以来、彼ほどフローレンティーナを喜ばせた者はいない。
 しかし同時に、彼は激しく女王を苛立たせもした。
 騎士団への誘いを断った件、西からの侵攻阻止に感謝する遣いを無視した件、特にリスティア王を捕らえた功績を褒めようとしたのに帰ってしまった件だ。
 元帥が言うとおり、疲労困憊していたのだから仕方なかったのだろう。
 それでも思ってしまう。
(九年ぶりに会える機会だったのに)
 ルークスにとってフローレンティーナとは「疲れたから帰りたい」という気持ち以下の存在なのか。
 冷静さを失うほどフローレンティーナは会いたがっているのに。

 執務室に王宮精霊士室長インヴィディア卿が久しぶりに現れた。
「陛下、インヴィディアただいま帰城してございます」
 フローレンティーナは素早く自己制御して笑顔を作る。
「ご苦労でした。老いた身に前線勤め、さぞ辛かったことでしょう」
「いいえ。陛下の重責に比べましたらこの程度。肩書きに見合う働きをせねば申し訳が立ちませぬ」
 老女は室内を見回した。誰かを探しているかのように。
「ときに、陛下にはお詫びせねばなりませぬ」
「敵ゴーレムの件なら無用です。山岳地を迂回されてはグラン・ウンディーネの力も活かせません。幸い、学園の生徒が見事に敵に勝利しました」
「そちらの件にございます。ルークス・レークタのゴーレム、学園より報告が上がっておりましたのに、自ら確認してからと、陛下のお耳に入れませんでした」
「前代未聞の事ですから、慎重になったのは理解します」
 ヴェトス元帥が咳払いした。
「失礼。陛下への奏上を躊躇われたのは理解しますが、軍に知らせずにいた事には抗議させていただきますぞ。かねてよりゴーレムの改良について、王宮工房および王宮精霊士室へ幾度となく依頼しておりました。判断は別に、情報の共有はしていただきたかった」
「元帥殿のご立腹も道理。ですが確認もせずに伝え万一間違いだった場合、ご迷惑をおかけするのは心苦しい」
「フェルーム駐屯地から人を送るだけの事でいかなる迷惑と? 軍がその程度で立腹する狭量な組織と思われていたなら、そちらの方こそ迷惑と言うもの。もし事前に知っていたなら、彼のゴーレムが装備を調えるのに軍も協力でき、ソロス川到着が早まったやも知れぬのですぞ。さすればどれだけの将兵が――」
 元帥の声が高まったので、騎士団長がそっと無事な方の腕を彼の腕に添えた。
「これは、陛下の御前でご無礼いたしました」
 元帥は深々と頭を垂れた。
 半日、いや一刻でも早くルークスのゴーレムが到着していたなら、どれだけの将兵が死傷を免れたか。
 戦争では時間こそが最大の敵である。それを知らぬ者は時間を浪費して、多くの将兵を死なせてしまうのだ。
 未だに責められたことに怪訝な顔をしている老女に、ヴェトス元帥は強い憤りを覚えた。
 そしてそれ以上に、強い不信を抱いていた。
 九年前の戦争で負傷兵の治療にグラン・ウンディーネを酷使したが為に怒りを買った、とインヴィディア卿は言っている。
 だが当時は元帥付だったヴェトス副官は、グラン・ウンディーネが治療した事例を僅かしか知らない。
 大精霊に治療されたなら、本人が喜んで周囲に話すだろう。
 その数はせいぜい数人、見落としがあっても二桁には届かないはず。
 重傷者なので大変だったにせよ、その程度の数でグラン・ウンディーネがその後の召喚に応じなくなるなどあるだろうか?
 しかも「負傷兵治療で酷使されたから怒った」と言ったのはインヴィディア卿なのだ。
 グラン・ウンディーネがそう発言したのは誰も聞いていないのだ。
 精霊は嘘をつかないが、精霊士はそうではない。
 だから嘘をつく精霊士は「精霊にしゃべらせない」ものだ。
 それだけでも怪しいのに、さらに決定的な時もやはり彼女は「精霊に喋らせなかった」のだ。
 故にヴェトス元帥はインヴィディア卿を疑っていた。
 彼女の忠義が誰に、あるいはどこに向けられているのかを。
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