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第十一章 戦争終結

敵国の事情

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 リスティア征南軍総司令パナッシュ将軍ら主だった者たちは、かろうじてソロス川を決壊させた濁流と洪水から逃れていた。
 装備を失い身一つで逃げるのがやっとである。十名の幹部を守る護衛は僅か五人の精霊士と作業ゴーレム一基だけ。
 夜闇の中を北へと落ち延びていた。
 歩くのも難儀する肥満体のパナッシュ将軍はゴーレムに運ばれている。
「あれは何だったのだ?」
 将軍は脇を歩く眼鏡のキニロギキ参謀補佐に問いかける。
 荒れ狂う濁流を苦もなく渡った女神像が、目に焼き付いているのだ。
「あれがパトリアの新型ゴーレムです。これまでの常識が通じません。動きも、攻撃力も」
「パトリアの犬どもめ!」
 と、目を落ち込ませる程やつれた元第一軍団指揮官アニポノス将軍が怒鳴った。
「帝国に対する切り札を一人占めにしていたとは卑怯な!」
「あちらも想定外でしたでしょうな。その切り札を同盟国相手に使う事になろうとは」
「だからパトリア人は信用ならぬのだ!」
 自分らが裏切った事など頭に無いアニポノスには、キニロギキの皮肉は通じなかった。
 先頭を行く精霊士は、ゴーレムの足音で馬蹄に気付くのが遅れた。警戒の声を上げたときは既に、騎馬部隊四十騎に包囲されていた。
「何故シルフが警告しなかった?」
 パナッシュ将軍が狼狽える。精霊士長が投げやりに言った。
「ここも敵グラン・シルフの支配下だからです。我々の居場所など、とうに知られていたのですよ」
 彼我の戦力差は歴然であった。戦えぬ指揮官と僅かな精霊士に対し、四十の騎兵。勝負にならない。
 そしてその騎馬部隊は最精鋭、パトリア騎士団の残存戦力であった。上流から馬を乗り継ぎ、敵の退路を断つ為に駆けつけたのだ。
「騎士団だ! 戦え!!」
 悲鳴を上げたのはアニポノス将軍だ。副官を前に押しやって嫌がられている。
「パトリア騎士団である!! リスティア軍の将官とお見受けいたす! 無駄な抵抗はやめて名誉ある投降をされたし!」
 包囲網から前に出て声を張りあげたのは、まだ若いプレイクラウス卿であった。
 パナッシュ将軍はゴーレムマスターに、下ろさせるよう命じた。
 そして自分の足で立つ。
「リスティア大王国征南軍総司令パナッシュ将軍である。全軍を代表して投降――」
「許さんぞ! 敗北主義者め! 大王陛下への忠誠を見せて戦え!!」
 アニポノス将軍が唾を飛ばして罵る。副官と参謀とが抑えるも、暴れて聞かない。半ば錯乱状態である。
「戦いたいならご自由に」
 とパナッシュ将軍は悠然と言った。
「貴様にその勇気があるならば」
 図星を突かれ、アニポノス将軍は硬直した。
「自分では何もできぬ無能者が、他者をけしかける口だけは達者だわい」
 敵の前で、しかも憎んで憎んでなお余りある騎士団の前で侮辱され、アニポノス将軍の中で何かが切れた。
 突然暴れて副官らを振り払い、腰の剣を抜いてパナッシュ将軍に突進する。
 アニポノスが剣を振り上げ切りかかる直前で、割り込んだキニロギキ参謀補佐の剣が閃いた。
「将官が持つ細身の剣では、切りつけても致命傷は与えられませんよ、将軍」
 彼の細身の剣は、アニポノス将軍の心臓を貫いていた。
 自分の胸に剣が生えているのを、信じられぬ目でアニポノスは見つめている。視線を、自分を殺した男に向けている間に膝が崩れ、次に見たのは星の無い夜空。
 真っ暗で、どこまでが現実でどこからが死後の世界か、その判別もつかなかった。
 後ろに倒れるアニポノスを足蹴にして、キニロギキ参謀補佐は突き刺さった剣を抜いた。
「見事な手並みだ、参謀補佐」
 このような状況でもパナッシュ将軍は部下への賛辞を惜しまない。
「柄にも無いことをしました。どうせなら、開戦初日にやっておくべき事でした」
 既に事切れている元上官を冷ややかな目で見下ろす。
 そうしていれば多くの将兵が死なずに済んだろう。
 降伏を巡る内輪もめが終わったのを見て、プレイクラウス卿は従者に言う。
「死者は丁重に葬ってやれ」
 ちらりと仲間を殺した男に目をやる。
「この者は投降を拒否し、騎士団に立ち向かい戦死した。それでよろしいですかな?」
「ご配慮感謝しますが」
 と言葉を濁し、キニロギキは横目でパナッシュ将軍を見やる。
「儂は既に投降を宣言しておるぞ」
「ではそのように。散々騎士団に痛い目に遭った第一軍団の指揮官としては、その末路には満足したでしょう」
「この男が!?」
 プレイクラウス卿は死体を見直す。
 派手な装いの男が敵先鋒部隊の指揮官だったのだ。
 できれば本当に自分の手で討ち取りたかった、と若き騎士は思った。
 だが、敵の総司令ら幹部を捕らえたのだ。戦果としては十分であり、父へ胸を張って報告できる。

                   א

 贅を尽くした応接室で、異様に腹が突き出た壮年男が痩せた同年配の男を怒鳴りつけていた。
「いつになったら貴様のシルフは勝報をもたらすのだ!?」
 脂ぎった顔を怒らせる肥満男の叱責に、痩身男は青白い顔を左右に振る。
「遺憾ながら、敵のグラン・シルフが戦場を支配しているが為に、我が方のシルフは状況を把握できません」
「聞き飽きたわ!」
 太った男は金糸銀糸で飾り付けられた臙脂色のマントを身につけており、頭には王冠を戴いていた。リスティア大王国の大王にして大将軍であるアラゾニキ四世である。ビロード張りのソファに反り返っていた。
 対して細身の男は暗い灰色マントと地味な装いである。飲み物が置かれたテーブルを挟んだ向かいに立っていた。
 大王城では、パトリア王国との決戦の勝利を多くの臣下たちが待ちかねている。他ならぬアラゾニキ四世も特に。
 だが「優勢」の報告を最後にシルフが来なくなった。こちらから送った者は敵のシルフに追い返されてくる。
 夜半を過ぎ未明に至るも、未だ戦闘結果が首都に届かないのだ。
「シルフが妨げられたなら、伝書鳩を送るのが原則。それを待つのがよろしいかと」
 痩せた男が抜け抜けと言うので、アラゾニキ四世は睨みつけた。
 今、この応接室には大王と男の二人しかいない。
 別段この男を信用しているからではない。この男の存在を臣下に知られると困るからだ。
 この国にはいないはずの、グラン・シルフ使いの存在は極秘なのだ。
「大王陛下が選ばれた臣下の方々ではありませんか。決して恥ずべき失態などなさりますまい。ましてや数で圧倒、戦況も優勢とあらば、勝利は疑うまでもありません。敵が最後の足掻きで連絡を阻害したところで、結果が覆りはしませぬ。ここは予定通り明朝、占領軍出立式を行われるがよろしいかと」
 アラゾニキ四世は唸った。
 偉大な支配者として、優柔不断だけは避けねばならない。
「良し、ここは貴様の口車に乗ってやるわ。だが貴様の失態が知れたときは覚悟しておけ!」
「重々承知しております」
 男は体を折って深々と礼をする。
 その内心は分からないが、アラゾニキ四世は決して油断しなかった。
 この男もまた敵なのだから。
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