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第十章 決戦

無限の焔

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 先程を上回る轟音が夜の渓谷を揺るがした。
「一度は分かるが二度目は何だ?」
 パトリア騎士団のプレイクラウス卿がつぶやくと、駒を並べる従者が答える。
「一度目の崩落では土砂が足りず、追加したのではないでしょうか?」
「ええい、最悪ではないか」
 彼ら下流に向かった部隊は、四十二騎が残っている。
 上流側の逆で槍を持つ右手を谷側に向けられたので、優勢に戦えた。負傷者こそ多いがまだ戦闘力は有している。
 敵騎兵が逃げだしたので上流へと戻っているところに、二度目の轟音が起きた。
 先頭の騎士が松明を掲げる山道を騎士たちは馬で駆ける。
 時折斜面側にうずくまる者がいるが、部隊を指揮するビゴット卿は無視を決めていた。敵なら捨て置くし、味方なら撤退時に回収すれば良い。
 上の獣道から駆け下りた場所、言わばスタート地点でビゴット卿は部隊を止めた。
「オルナーテ卿はシルフを飛ばし、上に残った精霊士を下ろす様に。プレイクラウス卿の班は上流へ向かい状況を把握せよ!」
「承知!」
 プライクラウス卿は自らの従者と、同僚騎士ら十騎を引き連れ馬を走らせた。
 程なく大きな崩落に出くわした。上の斜面から崩れ、山道は寸断されている。
 火矢を谷底に射る。渓流は完全に堰き止められていた。
 巨大な岩が填まっているようで、上流の水かさが増している。
「味方か?」
 暗がりから声がした。
「パトリア騎士団、プレイクラウス卿だ!」
「おう、相変わらず元気そうで何よりだ」
 父の声に安堵しなかったと言えば嘘になる。だが私情は置かねばならない。
 崩落の向こうに火矢を放ち、距離を確認。騎士団長ら十数名は皆負傷しているようだ。崩落斜面を渡るのは危険に思えた。
「団長以下上流部隊の生存確認をビゴット卿に伝えろ」
 プレイクラウス卿の指示で従者の一人が馬を駆る。
「崩落の向こうへ綱を渡す。矢に紐を結べ」
 従者に用意させていると、騎士団長が指示する。
「獣道に残した精霊士を下ろせ。ノームで、堰き止めた土砂に穴を空ける作業が最優先だ」
「既にビゴット卿が差配しています」
 その間に斜面で生存者が発見された。
 茂みに隠れていたリスティア兵だ。騎兵ではないので精霊士らしい。肩を痛めて蒼白になっている。
「貴様は土精使いか? 協力するなら命は保証しよう」
 騎士が尋ねると、敵兵は首を横に振る。
「火精使いです」
「では気の毒だな」
 騎士が留めを差そうとするのを、プレイクラウス卿は制した。
「岩を炙る事はできるな?」
 精霊士は何度もうなずいた。
「ならば手を貸せ。もちろん助けてやるとも」
 土ならともかく、岩となるとノームでも穴を空けるのは苦労する。
 ならば、と彼は考えたのだ。
 精霊士を連れ後続が合流した。四大精霊が揃っている。
 まず土精使いがノームを放って土砂に穴を掘らせる。
 騎士団長らの救出をする者以外は、斜面に落ちている枝葉を谷に投げ入れる。岩を可燃物で覆ったところでサラマンダーに燃え上がらせた。
 燃料を追加して岩が焼けた頃合いを見て、ウンディーネが水をかけた。大きな音を立てて岩にヒビが入った。
「良くこんな事を思いついたな」
 感心するビゴット卿に、プレイクラウス卿は笑った。
「こうした武芸以外の知識を持つ弟がいるもので、思わぬ所で役立ちました」
 岩のヒビに上流から水が入る。下流側からノームが空けた穴に繋がり、水が激しく流れ出す。
 次第に周囲を削り、広げてゆく。
「弟はこうも言っていました。蟻の穴から堤が崩れる事もある、と」
 崩落から最後に綱を伝って渡った騎士団長に、ビゴット卿らは作業完了の報告をした。
 その足下で、巨岩が割れて水量が一気に増えた。轟音を立てて激流が渓流を流れ落ちる。
「ヴェトス元帥にシルフを飛ばせ。障害物は除去した、と。ここも崩れる危険がある。総員、下流へ撤退せよ。上流に残した馬は、水源地の部隊に回収させる」
 団長の指揮で騎士団は撤退を始めた。

                   א

 通常型ボアヘッドの頭と両腕が吹き飛び、空になった鎧が倒れた下半身の上に転がった。
 イノリが握る火炎槍の穂先では、黄色い炎が燃えさかっている。
 ルークスは自分の目が信じられない。
 可燃物が無いのに、サラマンダーが燃え続けているのだ。
 生きている。カリディータが生きている!
 しかも目映い炎を上げ、火の粉をまき散らし今までにないほど熱く。
 カリディータは自身の内から溢れる力に押され雄叫びをあげた。
「おおおおあああっ!! 次だ、ルークス! 次の奴を吹き飛ばせ!!」
 火炎は周囲の空気を巻き上げて焔を踊らせる。
 ルークスは状況に圧倒されていた。
「な、何が起きているんだ?」
「主様、サラマンダーに魂が宿ったようです」
「魂が?」
 指摘されてカリディータは我が身を振り返る。
「これが、魂って奴か?」
 胸の中に、力が湧きでる核のような真っ白い部位が生まれていた。
「みなぎる。力がみなぎってきやがる!!」
「ルークスちゃん、カリディータちゃんはもう心配ないわ。魂を得た精霊は不滅、何があっても消えたりしないから」
「主様、精霊は存分に力を振るう事こそ喜びです。サラマンダーに祝福を」
 絶望から喜びへと、感情の乱高下でルークスは半ば混乱状態になっていた。
 落ち着く為に息を整える。肺の空気を全て吐き出し、大きく吸い込んだ。もう一度繰り返す。
 考えるのは後で良い。今は、やらねばならぬ事をしなければ。
「敵のゴーレムを全てやっつけるぞ、カリディータ!!」
「おうよっ!!」
 イノリは駆けた。
 敵の攻撃を火炎槍の柄で逸らし、右に回り込んで右脇を突き刺す。
 ボアヘッドの頭と両腕が吹き飛び、鎧の中身が全て噴きだす。
 火炎槍の破壊力が増していた。
 抜いても冷めぬ穂先で、直ぐさま隣のボアヘッドを突き崩す。
 土塊と化したゴーレムを踏み越え、その後ろのボアヘッドを撃破する。
 ボアヘッドを操るノームは、直前の味方が破壊されたと認識したと同時に現れた敵に、戦槌を振り上げた時は既に右脇を突き刺されていた。
 攻撃された、と認識したときにはもうゴーレムは破壊されていた。
 支援型ボアヘッドは突き攻撃を避けられ、右脇から突き刺されて破裂する。鎧が割れて胴体が二つに折れた。
 ルークスは数えるのも止めていた。
 今は少しでも早く敵を倒す事に集中する。
「右から一基、後方から二基接近します」
 インスピラティオーネからの警告で右に向かい、突きかかる支援型の槍を柄で払って右脇に横から突き。一撃で破壊し、後方の二基に向かう。
 重装甲型の攻撃を柄で逸らし、右に回り込んで右脇を突き、鎧の中身を全て噴きださせる。
 通常型ボアヘッドの戦槌を柄で逸らし、右に回り込んで右脇を横から突き、撃砕。
 堤防上で、河川敷で、パトリアの将兵たちは奇蹟に見入っていた。
 先程までの断続的な撃破でさえ、十分に伝説的な活躍だった。
 連続して敵ゴーレムを撃破する今の戦いぶりは、神がかりとしか言えない域である。
 白銀の鎧が黄炎を照り返し金色に煌めくイノリは、まさに地上に降臨した軍神であった。
「左から三基、その後方に二基。それで終わりです」
 イノリは炎の軌跡を夜空に描いて火炎槍を振る。
 そしてルークスは残りを片付けにかかった。

 次に月が雲から出たとき、下流を渡ったボアヘッドは一基も残っていなかった。
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