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第八章 ゴーレムライダー誕生

アルティの覚悟

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 アルティはしゃくり上げ、立ち上がり、よろめきながら工房に入った。
 アルタスは鋼板を切る作業を続けている。
「父さん……せめて見送ってあげてよ」
「そんな暇など無い」
 娘に見向きもしない。
「冷たいよ」
「西の二十を片付けたら、次は北の本隊に向かうぞ、あいつは。それまでに鎧を一式仕上げにゃならん」
 アルティは雷に打たれたような衝撃を受けた。
 ルークスが勝つ、その可能性を考えもしなかった。
(そうだ。ルークスが勝てるかも……)
 アルティの心に希望が芽生えた。
 動く事もできない手の平サイズのゴーレムで、等身大ゴーレム二基を相手に決闘したとき、どうなった?
 今までルークスは何度も不可能を可能にしてきたではないか。常識を覆して。
「ルークスは、勝てるんだ」
 声に出すと、まるでそれが実現できるかのように思えた。
「勝つんだ。勝って帰ってくるんだ」
 胸が温まったのはしかし、ほんの一瞬だった。
 帰ってきても、またすぐ次の戦場へ行ってしまう。一桁も多い敵と戦う為に。

 約束を果たす為に。

 ルークス一人に戦わせて、自分が逃げるなどできない。
 大切な約束さえ覚えていない自分に、逃げ延びる資格などあるだろうか?
(でも、私が残った所で何ができる?)
 級長のフォルティスは「各々ができる事を考えろ」と言った。
 アルティは考えた。ルークスを助ける為に自分は何ができるか。
 一人では何もできないアルティは、どう考えても父親の手助けをするのが一番だ。彼を守る鎧、それこそ今一番必要な物のはず。
 だがしかし、サラマンダーと契約しただけのアルティは工房では戦力外だった。ゴーレムが使えないでは炉の番もできない。鋼板を均一に加熱するため、炉の奥まで薪を突っ込む鉄の棒は重すぎて人間の、ましてや少女の手に余るのだ。
 せめて作業ゴーレムが使えれば――
 アルティは自分の両頬をはたいた。
「何をためらっている!? 本気になれ!!」
 ルークスはいつだって本気だったじゃないか。本気を出さない人間が、その隣に並んで良いわけがない。
 アルティは工房の隅にあるゴーレム補修用の泥溜に駆け寄った。両手をぎゅっと握って呼びかける。
「土の精霊ノームよ。私の声に応えて。友達を助けたいの。力を貸して、お願い!」
 赤いとんがり帽子を被った小柄な精霊が三体、ぬぼぬぼっと泥から顔を出した。
「おや、いつもと様子が違うな」
「そうそう。いつもはもっと火だもんな」
「友達って誰の事だ?」
 どうやら常駐しているらしく、アルティを知っていた。ならば当然ルークスも知っていよう。
「あなたたちが嫌うルークスは大切な友達なの。今、とても危険な事をしようとしているわ。だから助けたい。お願い、力を貸して」
「風の坊やか。あいつは苦手だ」
「そうそう。いつも一緒のグラン・シルフが厄介だ」
「でもアルタスが可愛がっているからなあ」
「それと下位の土精、オムのノンノンも友達なの。彼女もルークスと一緒に、敵と戦うの」
「戦いは嫌だな」
「そうそう。人間は戦いが好きだから始末に負えない」
「ここは戦いが無いから居心地が良い」
「いいえ、父さんは戦っているわ。敵と直接戦うだけが戦いじゃない。物を作る事も戦いなの。私も、父さんと同じ戦いをしたいの。手伝いをすることでルークスを助けたい。でもそれはルークスだけの為じゃない。父さんを含め皆を助ける為にもなるの」
 ノームたちは互いに顔を見合わせている。
「お願い。私の友達になって。私の友達を助けるために。お願いします」
 勢いよく頭を下げた。
「で、誰と友達になりたいって?」
「そうそう。そのお願いは誰にした?」
「それが分からない事には話にならないな」
 そっとアルティは顔をあげ、三人のノームをそれぞれ見た。
 そして決めた。
「三人と。皆と友達になりたいの。一人でも多くのノームと友達になりたい。もちろん虫の良いお願いだって分かっているわ。でも、私にできるのは、それだけだから……」
 勢いを失い、声がどんどん小さくなってゆく。
 それを見たノームたちは笑った。
「欲張りだな」
「そうそう。本当に人間は欲張りだ」
「でもまあ、そういう欲なら聞いてやらんでもない」
 アルティには一瞬、理解できなかった。
「友達に……なってくれるの?」
 にやりと笑ってノームたちはうなずいた。
「ありがとう。本当にありがとう」
 アルティは一人一人と固く握手をした。
 こうしてアルティは三人のノーム、プルヴィス、サブルム、クァエストラスと友達になれたのだ。
「皆、ゴーレムは作れる?」
「昔やったな」
「そうそう。呪符さえあれば」
「お前に三基扱えるかの方が心配だ」
 棚の引き出しからアルティは予備の呪符を三枚引っ張りだした。
 工房の泥溜は補修用なので、三基も作る泥は無い。ノームたちを粘土山まで連れて行き、そこで各々等身大ゴーレムを作ってもらった。
 そしてアルティはゴーレムを三基引き連れ工房に戻った。
「さあ父さん、手伝える事は何でも言って」
 娘の申し出に唖然としたアルタスは、我に返るや怒鳴った。
「若い娘が残るなんてとんでもない!」
 しかしその程度では、覚悟を決めたアルティは引き下がらない。
「ルークスの鎧を作るんでしょ。私を説得している暇なんて無いわよ。さっさと指示を出しなさい!」
 ただでさえ年頃の娘を持てあましていたアルタスは、炉の癖を見る作業をしている職人に「教えてやれ」と投げ、説得は妻に任せる事にした。

                   א

 ノンノンとリートレの連携が進み、ルークスのゴーレムはかなり早足で歩けるようになった。
 ルークスは今、背中の内側に貼りついた水繭の中にいる。その内側に呪符を貼ったので、高価な核は不要だ。
 リートレはゴーレムの目から入った光を水繭の内側に映し、ルークスに「外が見える」ようにした。またゴーレムの耳の奥に鼓膜を模した薄い膜を作り、それで拾った音を水繭の内面を振動させて再現しルークスに聞かせる。
 これでゴーレムの中にいても外の様子が分かるようになった。
 水繭の内面振動を精霊たちとの会話に利用できないか、思いついたのはルークスである。リートレはその期待に応えた。
 水繭の内側背面は表面が泥だ。泥の壁面から出っ張った腰掛けにルークスは座り、背後から伸びた腕で体を固定している。
 さらに別の腕が二本、肘掛けとして伸びている。これは必用に応じて手を覆い、自由に動く「操作腕」となって腕や指の動きをノンノンに伝えるのだ。
 土精と水精との協同でこのゴーレムは自律行動するだけでなく、ルークスが直接操れるようになっていた。
 今のルークスはゴーレムに乗っているだけのマスターではない。

 ゴーレムを思いのままに操る、ゴーレムライダーとなったのだ。

 こうして出陣の目処が立ったとき、ちょうどアルティが見送りに来た。
 ゴーレム実用化を成し遂げた喜びをルークスは語って伝えたのだが、何故か悲しい別れ方となってしまった。
「どうしてアルティは、心配すると怒るのかな?」
 ルークスがぼやくと、水繭の内面が振動してリートレの声を伝えた。
「ルークスちゃんが自分を大切にしないからよ」
 インスピラティオーネも同調する。
「このゴーレムに乗っておられるのがその証左ですぞ」
「仕方ないじゃないか。僕はドゥークスの息子なんだし、ゴーレムで戦わなきゃならないんだし」
「その『仕方ない』で割り切れないのが人間、特に女の子なのよ」
「あーもう、面倒臭い」
「主様、それは――」
「絶対にアルティちゃんに言っちゃダメよ」
「どうしてさ?」
「人間の男性は相手の行為に怒るけど、女性は言葉に怒るのよ」
「そうなのかな? まあ、そうなんだろうな」
 自分より遥かに長い時間、人間を見ていた精霊が言うのだ。一般論にせよアルティ個人にせよ、その判断は正しいとルークスには思われた。

 早足でゴーレムを進めながら、時折ルークスは自分で操った。
 リートレとの連携には及ばないが、ノンノンは頑張ってルークスの意図をくみ取ってくれる。
 大まかな指示は声で良いが、武器を振るのはルークスが手を動かした方が確実だ。
 リートレは芸が細かく、武器と同じ手応えを手を包む操作腕に再現してくれる。本当に武器を持っているかのように両手の相対位置が決まるし、戦槌を地面に突き立てたときはしっかりと止まった。
 何度か武器を振って分かったことは、自分の肉体より遥かに正確にゴーレムが動ける事だ。
 ルークスは武器なんか振ったらすぐへばってしまうが、ゴーレムは疲れない。手を滑らすこともない。そもそも構えた武器がブレない。
「でも、操作腕を動かすだけで僕の筋肉が限界になるな」
 練習はほどほどにして前進を続けた。

 昼頃、偵察のシルフから報告が来た。
「主様、敵が進路を変えました。山地を避けて南の平地を迂回する模様です」
「あー、谷間に誘い込まれて地形ごと破壊されるのを避けたか」
 王宮精霊士室長はグラン・ウンディーネと契約しているから、山地で待ち構えていればゴーレム部隊に大打撃を与えられる。それを予期しての転進だろう。
「午後には会敵すると思ったけど、夕方になりそうだな」
 そろそろ腹ごしらえしようと思ったが、午後まで延ばす事にした。
「主様、敵がシルフを飛ばしてきています。排除しますか?」
「こちらにグラン・シルフがいる事を知られたくないな。近づかれたら気付かれる?」
「その心配は無いでしょう。ゴーレムの中にいるなど思いもしません」
「なら放っておこう。こちらが一基なのは知られても困らない。むしろ油断してくれるんじゃないかな?」
「分かりました」
「敵とぶつかったらシルフを封じてくれ。連携を邪魔すると同時に、本国に連絡をさせないように。砂煙を上げて敵の視界を邪魔してくれると、不利が相当減るけどできる?」
「現地のシルフだけでは不足しましょう。今のうちに旧友たちを集めます」
「そうしてくれ。君が外で活躍してくれると簡単なんだけど、さすがにゴーレムは他に任せられないよね?」
「閉鎖空間でこの圧力を維持するには、シルフでは力が足りませぬ」
「それ以上に、閉じ込められるのは嫌がるよね。ごめんね、嫌な事をさせて」
「何をおっしゃる。主様の夢を叶えられる喜びに比べたら、苦などむしろご褒美です」
「私たち、ルークスちゃんの役に立てるのが嬉しいの」
「ノンノンも、ルールーの役に立てているです」
 三人の献身に感謝し、ルークスは戦場へと向かった。
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