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第七章 侵略

開戦前夜

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 王宮精霊士室では昨日遅くに学園から送られてきた報告書に、室長以下全員がかかりきりになっていた。

 ノーム無しで等身大ゴーレムに成功した。

 その第一報はあまりに衝撃的だった。
 報告書の乱れた筆跡からも、教師たちの興奮ぶりが見て取れる。
 手分けして持ち帰り、自宅で読み込んで早朝から検証をしていた。
 土の下位精霊とウンディーネとの協同で成功した、までは分かった。だがどうやって協同したかが不明である。
 そこで泥水を部屋に持ち込み、実際にウンディーネに人型を作らせた。人型を作り、泥を表面に押しやるまでは順調に進んだ。しかしその先でつまずいた。
 ウンディーネが外にいると人型の操作ができないし、中に入れると外の様子が分からない。
「どうも、外部の感知や判断はオムがやっているようです」
 そう言う部下に室長のインヴィディア卿は言った。
「ではオムにやらせましょう」
「契約精霊にオムはいません」
 三人いる土精使いにオムと契約している者はいなかった。何の役にも立たない下位精霊と契約する精霊使いなどいないのだ。
 ノームにやらせようとしたら、ウンディーネと反発しあってしまった。各々なだめるも埒が明かない。
「同じ契約者の精霊同士でないと、協同は無理でしょう」
 と部下たちは進言した。
 ところがインヴィディア卿が水精以外で契約しているのはシルフである。部下にも二属性契約者はいたが、土と水の組み合わせはいなかった。
「これは、現物を確認するしかありませんね」
 北の動静が不穏な状況で、未成年者とはいえ余計な人間を王城に呼び寄せるのはためらわれた。
 かと言って、今の時勢に自分が王城を空ける訳にも行かない。
「仕方ありません。ルークス・レークタを招聘しょうへいしなさい」
 城の連絡所に部下が向かおうとしたそのとき、そちらから伝令兵がやってきた。
 学園からシルフがもたらされたのだ。
 その報に、またもやインヴィディア卿は耳を疑い、聞き直した。

「ルークス・レークタがノームを使わず七倍級ゴーレムに成功、との事です」

 驚きが過ぎて十一人全員が声を失ってしまった。
「詳細を、至急送るよう返答なさい」
 そう指示するのがやっとだった。
 七倍級ともなれば万一があれば被害が出る。王城どころか王都で実証させる事などできない。
 フェルームの町は馬で半日だが、老いた肉体では日帰りは無理だ。どうしても一泊は王都を空けてしまう。
 かと言って部下に任せるには不安がある。
 理解できるか大いに疑問だから。
 何しろ送られた中で、一番分量があるのが非精霊使いの教師の報告書なのだ。
 王室工房の元研究員だそうで、他とは比べものにならないくらい詳しく、かつ冷静に書かれてある。だが精霊以外の事ばかりで理解が難しい。
 筋肉や骨くらいは、治療を担う水精使いの自分にも分かるが、神経伝達だの感覚器官だのは手に余る。
 精霊は専門外なので能力については何も無かったが、専門家が触れていない「オムとウンディーネとの信頼関係があったから成功した」と断言している点が目を惹いた。
 持ち帰って読み込んだ部下が「最後の一文に泣いた」とページを見せてきた。
「ゴーレムマスター、ルークス・レークタは、この報告書の内容程度は全て理解できたが故に、今回の新技術を開発できたのだと明言できます」
 他の報告書が推測やら推論で埋められているのに対し、この報告書だけは断定している。特に、ルークスについて。
 恐らく学園でも「ルークスが何をしたか」を理解できているのは、この元研究員くらいだろうと、インヴィディア卿は推測した。
 要は精霊以外の知識が鍵なのだ。
 だから尚更、精霊しか知らないような部下には任せられない。
(いっそ王宮工房に問い合わせて……)
 一瞬浮かんだ考えをインヴィディア卿はすぐ断念した。
 あそこのゴーレム責任者は、とても話が通じる相手ではない。
 結局自分で行くしかないのだ。
 そして、向かうのは七倍級の報告書を読んでからと決定した。

 まだ隣国が挙兵したことは王城には伝わっていなかった。

                   א

「今日は講義どころじゃなかったわ」
 とアルティが報告する。
 フェクス家の食卓は昨日に続いてお祝いだ。
 ルークスが昨夜定めた目標を、翌朝に達成してしまったのだ。
 その成果は町中から見えた。町外れにゴーレム大隊の駐屯地があるので七倍級ゴーレムには慣れている住民たちも、巨大な女性型ゴーレムには目を奪われた。
 もちろんフェクス家の全員もそれを見た。特にアルティは学園の真ん前で立ち上がるのを目撃して、幼なじみが異常に早く通園した理由を知ったのだ。

 今日は特に祝いの席は設けられなかった。
 さすがに連日は家計に厳しいし「グラン・シルフまでテーブルに付かせたらサラマンダーの娘がふて腐れる」とのテネルの判断だ。
 食事が始まっても、ルークスはにやけたまま心ここにあらずだ。
「ルークス、帰ってきなさい」
 アルティが揺さぶって現実に引き戻す。
「ごめん。改善点が沢山あって」
 昨日は成果だけで満足したし、次の目標も決まっていた。だが今日は、七倍級を実際に運用するにあたっての技術的課題が大量に出たのだ。
 まずは最適な空気、水、土の比率を出す事だ。武装の重量、それを使う腕力も計算しないと。
 技術的思考の迷路をさまよっているルークスを見るアルタスも、にやけが止まらない。技術屋としてどれだけ楽しいのか知っているのだ。
 男二人がにやけているので、パッセルが気味悪がった。
「ルー坊、今考えている問題点は何だ?」
「こちらの指示が聞こえない事。あの高さじゃ人の声は届きにくい」
「地面を通して念を送れないのか?」
「ノンノンはそこまでできないんだ」
「うう、ごめんなさいです」
 肩でしょげるオムを、ルークスは片手で押さえて頬ずりする。
「何を言っているんだ。君は立派に役割を果たしているよ。それ以上の仕事をさせたら本業がおろそかになってしまう。この問題の解決は僕の役割だ。役割分担するのが僕らだろ?」
 それでノンノンは元気を取り戻した。
「シルフは使えるだろ?」
「うん。伝言を伝えてくれるけど、時間差が出てしまう。どこかに触れればノンノンに伝わるから、今日は足下にいたけど」
「それは危ない」
「うん。ましてや戦闘時は絶対に無理」
「戦闘はゴーレムに任せられないか?」
「敵味方の区別は僕がやらないと。鎧や盾の紋章は泥を被れば見えなくなるし、甲冑の様式で区別するなんて素人には無理だ」
「かかりそうだな」
「それに……」
 急にルークスが表情を曇らせた。
「それに?」
「三人に戦わせるのが、嫌なんだ」
 アルタスは黙った。何がそう言わせたのか、ここは重要だ。
「なら戦わなきゃ良いじゃない」
 とアルティが簡単に言ってアルタスの思考を止めてしまった。娘の躾けも問題だ。
 するとテネルがたしなめてくれた。
「あら、なら決闘は受けない方が良かったのかしら?」
 途端に長女は息を飲んだ。
「ごめん」
 アルティは恥ずかしさのあまり「穴があったら入りたい」と真剣に思った。
 ルークスが望まなくても、戦いを挑まれる事はあるではないか。なにしろ英雄ドゥークスの息子がゴーレムマスターになったのだ。降りかかる火の粉を払うには、戦いに備えねばならない。
「焦る事はない。技術的課題は必ず克服できるものだ」
 そうアルタスは元気づけるのだった。

 まだフェクス家の誰も、北の隣国が侵略の軍を送った事を知らなかった。
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