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第六章 ゴーレムマスター
神殿の秩序
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パトリア王国の首都アクセムの中央に、荘厳な大聖堂がそびえ立っている。正面の左右に尖塔を聳えさせた、サン・ヴィルマンニ大聖堂である。二百年かけて石を積んで築きあげた大聖堂はパトリア国民の誇りであった。
外側や礼拝堂内部は緻密に彫刻や装飾がなされているが、司祭らが使う部屋は簡素である。そんな一室に、王立精霊士学園から呼び戻されたアドヴェーナ司教がいた。
一緒にいるのは大司教ではなく先任の司教である。大司教は多忙なため、予め「情報の整理」をするため話を聞いている。
相手は机の向こうで、アドヴェーナが提出した報告書などを目にしながら問いかけ、それに答える形でやり取りが続いていた。
「あの生徒は不遜にも、司教に逆らったのです。ゆえに破門を言い渡しました」
アドヴェーナが熱を込めて語るも、細い目をした中年の司教は冷たく言い返す。
「貴殿はいつフェルーム司教区の司教に任じられました? 勝手に破門するなど、神殿の秩序に対する挑戦ですぞ」
「では、あのような不埒な者を野放しにせよと?」
「不埒か否か、判断するのは当該司教区の司教です。貴殿はその旨を通知するに留めておくべきでしたな」
「しかし、奴は精霊に嘘をつかせて聖典を否定したのですぞ」
「貴殿は先年出された法王庁の通達をご存じありませんか? 『精霊が嘘をつくとの、確たる証拠は過去の事例から見いだされなかった』との。神殿は過去に一度も『精霊が嘘をついた』と認めていません」
「しかし、現に嘘をついたのです!」
「過去に『精霊が嘘をついた』と言った者は、無知か、裁判で精霊に不利な証言をされた者に限られます」
アドヴェーナは歯がみしながら睨みつけた。
この男は間違いなく世俗派だ。神の教えをないがしろにして、俗人に迎合する輩に違いない。でなければ信仰心が厚い自分を責めたりするはずがない。
先任司教はさらに言う。
「貴殿が王立精霊士学園に強制した校則ですが、王宮精霊士室に問い合わせたところ『論外』との回答を得ています。貴殿は知識を欠いたまま、精霊に対して重大な結果を招く校則を――」
「精霊を管理する事の何が問題なのですか!? 聖典にありました。人は精霊を管理すると。確かに記述があります! ならば、その管理を徹底するのは当然ではありませんか!」
「それで貴殿は『この世の全ての精霊を人間が管理する』などと言い出したのですか?」
「当然です。それが神の御意志だからです」
いきなり相手が机を叩いた。その音に驚きアドヴェーナは口を閉ざした。
「軽々しく神の御意志を持ち出すとは、貴殿には謙譲の美徳が欠けていますな」
それは「傲慢の罪を犯している」との意である。
この侮辱にアドヴェーナは激高した。
「それが神の御意志なのは確実です! だから聖典に記載されているのではありませんか!」
「聖典のどこに『全ての精霊を』などと書かれているのです?」
「――なんですって?」
「貴殿が引用した一節は『人間が精霊と契約し、その力を利用できる』との意味です。神は世界を維持する為に作られた精霊を、人間にも使わせてくださったのです。だのに貴殿は『全ての精霊を人間が管理する』などと言う。これは明らかに神から人間に与えられた使命、聖典の範囲から逸脱しています」
それはあまりに痛烈な、アドヴェーナの信仰への挑戦だった。彼は怒りを押し殺して問いかける。
「貴殿に、私の信仰を云々する資格があるとでも?」
「資格を問われたならば答えるしかありますまい。私はこの大司教区の異端審問官に任じられています」
アドヴェーナは絶句した。
異端審問官は、神殿の教えの基準である。その意見と違う事は、神殿の教えに反している事を意味する。
(まさか、これは大司教面会前の情報整理ではない?)
アドヴェーナには認められなかった。自分が異端審問の取り調べを受けるなどあり得るはずがない。
何故なら自分は敬虔な信者であり、信仰心厚い聖職者であり、修道院で優秀な英才なのだから。
だのに異端審問官は言い募る。
「貴殿はその逸脱した考えを、教職員はおろか全校生徒の前で宣言した。これはあまりの暴挙でした。事は重大で貴殿を任じた大司教の責任問題に発展しております。何しろこの件は王宮精霊士室に留まらず、女王陛下にも伝わっているほどです。法王庁にも報告するので覚悟しておかれよ」
女王陛下の言葉にアドヴェーナは食いついた。
「世俗の権力に媚びるなど、世俗派のする事です! 貴殿は人間が、精霊を管理する事を、認めぬとおっしゃるのか?」
「何を聞いていたのです? 契約精霊を管理するのは当然のこと」
「ならば全ての精霊と契約すれば、私の言ったとおりになるではありませんか!」
「貴殿は精霊の総数をご存じなのか? 法王庁でも総数は把握しきれない程膨大です。全てを人間が管理するなどおよそ非現実的。ましてや、貴殿の『指示したとき以外力を行使してはならない』などとなったら、神が与えし世界維持の使命を、精霊が果たせなくなるは必定。先程神の御意志だと貴殿は申したが、その御意志に真っ向逆らう事を、貴殿は口走っておられるのだと自覚していただきたい」
アドヴェーナの、最後の一線が踏み越えられた。
「あの不信心者の生徒と、同じ事を言いますか!?」
「ほう、その生徒は世界の理を理解している様子ですな。少なくとも貴殿よりは」
アドヴェーナの怒りはさらに煽られた。
「あの、不信心者が!? あの不遜な生徒が!? あの平民が、世界の理を、私より理解しているなどと、あり得ない! 私は優秀で、二十三才で司教に抜擢された英才なんですぞ!!」
異端審問官は冷笑を浮かべた。
「先程私を世俗派などと誹謗しましたが、貴殿こそ『平民』という世俗の階級を神殿に持ち込んだではないですか。それこそ貴殿の言う世俗派のすることでは?」
「!?」
自分が世俗派であるという指摘に、アドヴェーナは耐えられなかった。
(私は敬虔な信者だ。だから正しいんだ。私は敬虔な信者だ。だから正しいんだ。私は――)
ショックで自尊心は砕け散り、あとは問いかけに「あー」「うー」と反応するだけだった。
取り調べを切り上げた異端審問官は、部屋の隅で記録をしている助祭に合図した。彼は音を立てずに部屋を出た。
ほどなく助祭に連れられ、豪華でゆったりとした法衣のマーニャ大司教がやってきた。
「いかがでしたか?」
初老の女性大司教に異端審問官は答える。
「発言は神殿の教えを逸脱しておりましたが、邪な企ては無く、修道院という閉鎖環境しか知らぬ故の、無知が原因かと――」
大司教に気付いたアドヴェーナは立ち上がった。涙を流しながら近づいてくる。
止めようとする部下を制し、大司教はアドヴェーナ司教を迎えて頭を抱いた。
「私は……私は……」
うわごとの様に繰り返す男の頭を大司教はさする。
「大丈夫ですよ、大丈夫。外の世界はさぞ苦しかったでしょう。刺激が強すぎたために、あなたは病んでしまったのですね。一度修道院に戻って治療しましょう。そうすれば元のあなたに戻れますよ」
落ち着いたアドヴェーナは助祭に導かれ退出した。
扉が閉まるや、マーニャ大司教は異端審問官に鋭い目を向けた。
「移送にはあなたが立ち会い、ヴィネリウム院長に直接申しつけなさい。『彼を二度と外に出してはいけません』『彼を外界の人間と接触させてはいけません』そして『二度と、彼の様な無知蒙昧を育ててはいけません』と」
「かしこまりました」
「それと、修道院への援助は打ちきります」
異端審問官は一瞬考えた。
「いつまででしょうか?」
「こう伝えなさい。『私かあなたの、どちらかが死ぬまで』と」
院長の「優秀な人材」との触れ込みを信じたが為に、経歴に傷が付いたマーニャ大司教の怒りは激しかった。
国土が半分になった為に大司教区も半減し、ただでさえ財政的に苦しいのだ。
世間の矢面に立って神殿を守っている自分たちが、修道院という穴蔵で冬眠している世間知らずを養ってやるにも限度がある。
信頼を損ねる真似をしてくれたのだから、援助を切るのは当然であった。
外側や礼拝堂内部は緻密に彫刻や装飾がなされているが、司祭らが使う部屋は簡素である。そんな一室に、王立精霊士学園から呼び戻されたアドヴェーナ司教がいた。
一緒にいるのは大司教ではなく先任の司教である。大司教は多忙なため、予め「情報の整理」をするため話を聞いている。
相手は机の向こうで、アドヴェーナが提出した報告書などを目にしながら問いかけ、それに答える形でやり取りが続いていた。
「あの生徒は不遜にも、司教に逆らったのです。ゆえに破門を言い渡しました」
アドヴェーナが熱を込めて語るも、細い目をした中年の司教は冷たく言い返す。
「貴殿はいつフェルーム司教区の司教に任じられました? 勝手に破門するなど、神殿の秩序に対する挑戦ですぞ」
「では、あのような不埒な者を野放しにせよと?」
「不埒か否か、判断するのは当該司教区の司教です。貴殿はその旨を通知するに留めておくべきでしたな」
「しかし、奴は精霊に嘘をつかせて聖典を否定したのですぞ」
「貴殿は先年出された法王庁の通達をご存じありませんか? 『精霊が嘘をつくとの、確たる証拠は過去の事例から見いだされなかった』との。神殿は過去に一度も『精霊が嘘をついた』と認めていません」
「しかし、現に嘘をついたのです!」
「過去に『精霊が嘘をついた』と言った者は、無知か、裁判で精霊に不利な証言をされた者に限られます」
アドヴェーナは歯がみしながら睨みつけた。
この男は間違いなく世俗派だ。神の教えをないがしろにして、俗人に迎合する輩に違いない。でなければ信仰心が厚い自分を責めたりするはずがない。
先任司教はさらに言う。
「貴殿が王立精霊士学園に強制した校則ですが、王宮精霊士室に問い合わせたところ『論外』との回答を得ています。貴殿は知識を欠いたまま、精霊に対して重大な結果を招く校則を――」
「精霊を管理する事の何が問題なのですか!? 聖典にありました。人は精霊を管理すると。確かに記述があります! ならば、その管理を徹底するのは当然ではありませんか!」
「それで貴殿は『この世の全ての精霊を人間が管理する』などと言い出したのですか?」
「当然です。それが神の御意志だからです」
いきなり相手が机を叩いた。その音に驚きアドヴェーナは口を閉ざした。
「軽々しく神の御意志を持ち出すとは、貴殿には謙譲の美徳が欠けていますな」
それは「傲慢の罪を犯している」との意である。
この侮辱にアドヴェーナは激高した。
「それが神の御意志なのは確実です! だから聖典に記載されているのではありませんか!」
「聖典のどこに『全ての精霊を』などと書かれているのです?」
「――なんですって?」
「貴殿が引用した一節は『人間が精霊と契約し、その力を利用できる』との意味です。神は世界を維持する為に作られた精霊を、人間にも使わせてくださったのです。だのに貴殿は『全ての精霊を人間が管理する』などと言う。これは明らかに神から人間に与えられた使命、聖典の範囲から逸脱しています」
それはあまりに痛烈な、アドヴェーナの信仰への挑戦だった。彼は怒りを押し殺して問いかける。
「貴殿に、私の信仰を云々する資格があるとでも?」
「資格を問われたならば答えるしかありますまい。私はこの大司教区の異端審問官に任じられています」
アドヴェーナは絶句した。
異端審問官は、神殿の教えの基準である。その意見と違う事は、神殿の教えに反している事を意味する。
(まさか、これは大司教面会前の情報整理ではない?)
アドヴェーナには認められなかった。自分が異端審問の取り調べを受けるなどあり得るはずがない。
何故なら自分は敬虔な信者であり、信仰心厚い聖職者であり、修道院で優秀な英才なのだから。
だのに異端審問官は言い募る。
「貴殿はその逸脱した考えを、教職員はおろか全校生徒の前で宣言した。これはあまりの暴挙でした。事は重大で貴殿を任じた大司教の責任問題に発展しております。何しろこの件は王宮精霊士室に留まらず、女王陛下にも伝わっているほどです。法王庁にも報告するので覚悟しておかれよ」
女王陛下の言葉にアドヴェーナは食いついた。
「世俗の権力に媚びるなど、世俗派のする事です! 貴殿は人間が、精霊を管理する事を、認めぬとおっしゃるのか?」
「何を聞いていたのです? 契約精霊を管理するのは当然のこと」
「ならば全ての精霊と契約すれば、私の言ったとおりになるではありませんか!」
「貴殿は精霊の総数をご存じなのか? 法王庁でも総数は把握しきれない程膨大です。全てを人間が管理するなどおよそ非現実的。ましてや、貴殿の『指示したとき以外力を行使してはならない』などとなったら、神が与えし世界維持の使命を、精霊が果たせなくなるは必定。先程神の御意志だと貴殿は申したが、その御意志に真っ向逆らう事を、貴殿は口走っておられるのだと自覚していただきたい」
アドヴェーナの、最後の一線が踏み越えられた。
「あの不信心者の生徒と、同じ事を言いますか!?」
「ほう、その生徒は世界の理を理解している様子ですな。少なくとも貴殿よりは」
アドヴェーナの怒りはさらに煽られた。
「あの、不信心者が!? あの不遜な生徒が!? あの平民が、世界の理を、私より理解しているなどと、あり得ない! 私は優秀で、二十三才で司教に抜擢された英才なんですぞ!!」
異端審問官は冷笑を浮かべた。
「先程私を世俗派などと誹謗しましたが、貴殿こそ『平民』という世俗の階級を神殿に持ち込んだではないですか。それこそ貴殿の言う世俗派のすることでは?」
「!?」
自分が世俗派であるという指摘に、アドヴェーナは耐えられなかった。
(私は敬虔な信者だ。だから正しいんだ。私は敬虔な信者だ。だから正しいんだ。私は――)
ショックで自尊心は砕け散り、あとは問いかけに「あー」「うー」と反応するだけだった。
取り調べを切り上げた異端審問官は、部屋の隅で記録をしている助祭に合図した。彼は音を立てずに部屋を出た。
ほどなく助祭に連れられ、豪華でゆったりとした法衣のマーニャ大司教がやってきた。
「いかがでしたか?」
初老の女性大司教に異端審問官は答える。
「発言は神殿の教えを逸脱しておりましたが、邪な企ては無く、修道院という閉鎖環境しか知らぬ故の、無知が原因かと――」
大司教に気付いたアドヴェーナは立ち上がった。涙を流しながら近づいてくる。
止めようとする部下を制し、大司教はアドヴェーナ司教を迎えて頭を抱いた。
「私は……私は……」
うわごとの様に繰り返す男の頭を大司教はさする。
「大丈夫ですよ、大丈夫。外の世界はさぞ苦しかったでしょう。刺激が強すぎたために、あなたは病んでしまったのですね。一度修道院に戻って治療しましょう。そうすれば元のあなたに戻れますよ」
落ち着いたアドヴェーナは助祭に導かれ退出した。
扉が閉まるや、マーニャ大司教は異端審問官に鋭い目を向けた。
「移送にはあなたが立ち会い、ヴィネリウム院長に直接申しつけなさい。『彼を二度と外に出してはいけません』『彼を外界の人間と接触させてはいけません』そして『二度と、彼の様な無知蒙昧を育ててはいけません』と」
「かしこまりました」
「それと、修道院への援助は打ちきります」
異端審問官は一瞬考えた。
「いつまででしょうか?」
「こう伝えなさい。『私かあなたの、どちらかが死ぬまで』と」
院長の「優秀な人材」との触れ込みを信じたが為に、経歴に傷が付いたマーニャ大司教の怒りは激しかった。
国土が半分になった為に大司教区も半減し、ただでさえ財政的に苦しいのだ。
世間の矢面に立って神殿を守っている自分たちが、修道院という穴蔵で冬眠している世間知らずを養ってやるにも限度がある。
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