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第五章 精霊が去った学園
精霊の反抗
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アルタスの工房では、炉の耐熱レンガを入れ替えねばならなくなったので、鋼板部を撤去した。
職人のゴーレムが解体して搬出する。鋼板は後で鉄くず屋が回収する事になる。
アルタスのゴーレムはゲート扉を取り外し、地面に寝かせ叩いて歪みを直した。
扉を付け直すと工房の片付けも一段落だ。
アルタスは三人の職人を集め、ルークスを呼ぶ。
「けじめを着けなきゃならんぞ」
「うん」
ルークスは前に出ると、アルタスと職人たちに頭を下げた。
「僕のせいで仕事ができなくなってしまい、申し訳ありませんでした」
精霊たちも彼の肩と背後で頭を下げる。
謝罪が済むとアルタスは罰を与えた。
「けじめとして、工房への出入りは禁止だ」
「はい、わかりました」
アルタスは期限を切らなかった。単に忘れただけだが、ルークスは「永久」と捉えた。言葉を額面どおりに受け取る「思考の癖」が出たのだ。しかし本人は「そのくらいの事はしたのだ」と思って受け入れた。
א
アルティは泥沼を歩く思いで帰宅した。
新校則はルークスと結びつき、一部男子が制裁を叫ぶシーンがあったのだ。
中等部はフォルティスが諫めてくれたが、高等部はどうにもならない。
さらに新校則を各自の契約精霊に守らせる事が宿題として出されたので、アルティは足だけでなく気まで重かった。
近所の工房ではまだゴーレムがハンマーを打ち鳴らしているのに、フェクス家の工房は静かなので違和感がある。
家に入ってすぐの台所、父は既に食卓にいて、小難しい顔で書類を見ている。
「ルークスは?」
アルティが尋ねると、竈で鍋をかき混ぜながら母のテネルが答えた。
「寝ているわ。本当は丸一日は寝なきゃいけない火傷だっだそうよ。だのに事情聴取とかで午前中ずっと立たされて」
さらに神殿へ行き司教と話してきたそうだ。
「まだ司教様は知らなかったみたいで、力になってくれるそうよ」
それは数少ない朗報だった。
「父さんは何を見ているの?」
「新しい炉を発注する」
見ているのは見積もりか。
アルティはアルタスに重要な質問をした。
「ねえ父さん、精霊って道具なの?」
「ああ、そうだ」
父親の返答に娘は失望した。否定して欲しかったのだ。あの神学教師が正しいとは認めたくないから。
これではもう、宿題をやるしかないではないか。
部屋ではルークスがベッドに寝ていて、窓辺でパッセルが糸車を回していた。
家には台所の他は寝室二つと物置しかなく、子供たちは全員この部屋だ。
年頃の男女が同じ部屋で寝るのは問題だと思うが、ルークスを追い出す以外に解決策が無いのでアルティは黙っていた。
「お帰り、お姉ちゃん」
ルークスの顔色を覗いてアルティはつぶやいた。
「朝より痩せてない?」
「リートレちゃんが言っていたよ。火傷を治すのに体の力をたくさん使ったって」
精霊も無から有を生む事はできない。体の治療には体の中の物を使うのだろう。
目が覚めたとき、新しい校則をどう説明したものかアルティには分からなかった。
とりあえず宿題を済ませる事にした。
新しい校則に則り契約精霊に「指示した時以外力を使わない」よう伝えて従わせるまでが宿題だ。
台所の竈は今料理で使われているし、工房は炉が無くなったので、ランプの火しかない。
火が活力源のサラマンダーは、小さな火で呼ばれるのを好まない。だが贅沢も言っていられず、アルティはランプを床に置いた。ランプを中心にチョークで縁を描き、サラマンダーの紋章と精霊の名前などを円に沿って書き込む。
準備を終えるとランプに火を着けた。
「我精霊に呼びかけん。契約に基づきアルティ・フェクスの名に於いて呼び求む。我が前に来たれ、火の精霊サラマンダーのシンティラムよ」
ランプの炎が大きくなり、ホヤから火の粉が飛びだす。そして炎を纏った青年サラマンダーが現れた。
「随分とちっぽけな火で呼びやがったな」
既にサラマンダーは不機嫌だ。さらに機嫌を損ねるだろう事を言うので、アルティの気がさらに重くなった。
「ごめんね。ちょっと事情があって」
「やれやれ、面倒事の様だな」
「実は、学園で新しい校則が決まったの。契約精霊は指示された時しか力を使っちゃいけないって。だから、今後はそうして欲しいわけ」
「ふざけるな! そんな事は認めないぞ!」
シンティラムは火の粉を散らして怒った。
「ごめん」
アルティはルークスのように契約精霊に謝った。
「でも校則で決まったから従わなきゃならないの。だから学園だけ。学園ではそうして」
「嫌だね」
「どうしても?」
「どうしてもそうさせるのか?」
「校則には逆らえないから」
「そうか。ならお前は校則と契約するんだな」
そう言うやシンティラムはランプの火に帰ってしまった。
「シンティラム、ちょっと待って。ねえ、話を聞いて」
しかしその後何度呼びかけても、彼女の契約精霊は応えなかった。
「お姉ちゃん、シンティラム君と喧嘩したの?」
精霊使いではない妹の言は、あながち的外れではなかった。
夕食にルークスは起き出した。
アルタスは炉を新しくする事と、ルークスを工房出禁にした事を朴訥なしゃべりで説明した。
ルークスは疲れ切った顔をして目が死んでおり、アルティが新しい校則を説明しても頭に入らない様子だ。
「明日は休みなさいね」
体調もさることながら、新校則で学園と衝突するのが目に見えているから。
アルティの勧めに、ルークスは心ここにあらずのままうなずいた。
א
翌朝、寝坊したルークスは慌てて着替え、朝食をろくに噛まずに飲み込んで家を飛びでた。
まだ体力が戻っていないので、走ってもすぐ足が止まってしまう。
休みつつ急いで、先に出ていたアルティに追いついたのは学園のすぐ前だった。
「休むんじゃなかったの!?」
アルティの驚きはルークスが戸惑うほど大きかった。
「もうスッキリしたから」
「そうじゃなくて」
学園の敷地に入るや、むっとした空気に包まれルークスは違和感を抱いた。
一昨日と空気が違っている。
髪が黒く色黒で小柄なルークスは、グラン・シルフさえ頭上に戴いていなければ目立たない生徒だ。しかしこの日は他の生徒たちから注目を集めていた。
訝るルークスの前に、眼鏡の少女が飛びだしてきた。
「大変っすよ!?」
「またヒーラリの大変が出た」
ルークスがつぶやくと、ヒーラリは向きになって言う。
「本当に大変っす! 精霊がいなくなったんすから!」
「ええと、契約精霊がいなくなったの?」
「それもあるっすが、それだけじゃないっす。学園全体から精霊がいなくなったんすよ!!」
ルークスは周囲を見渡した。
空気の違和感は、風が無い事だ。シルフは学園の敷地に入ろうとせず、外周を迂回している。
噴水は上がっておらず、学内で運搬作業をするゴーレムも見当たらない。
王立精霊士学園から精霊がいなくなっていた。
職人のゴーレムが解体して搬出する。鋼板は後で鉄くず屋が回収する事になる。
アルタスのゴーレムはゲート扉を取り外し、地面に寝かせ叩いて歪みを直した。
扉を付け直すと工房の片付けも一段落だ。
アルタスは三人の職人を集め、ルークスを呼ぶ。
「けじめを着けなきゃならんぞ」
「うん」
ルークスは前に出ると、アルタスと職人たちに頭を下げた。
「僕のせいで仕事ができなくなってしまい、申し訳ありませんでした」
精霊たちも彼の肩と背後で頭を下げる。
謝罪が済むとアルタスは罰を与えた。
「けじめとして、工房への出入りは禁止だ」
「はい、わかりました」
アルタスは期限を切らなかった。単に忘れただけだが、ルークスは「永久」と捉えた。言葉を額面どおりに受け取る「思考の癖」が出たのだ。しかし本人は「そのくらいの事はしたのだ」と思って受け入れた。
א
アルティは泥沼を歩く思いで帰宅した。
新校則はルークスと結びつき、一部男子が制裁を叫ぶシーンがあったのだ。
中等部はフォルティスが諫めてくれたが、高等部はどうにもならない。
さらに新校則を各自の契約精霊に守らせる事が宿題として出されたので、アルティは足だけでなく気まで重かった。
近所の工房ではまだゴーレムがハンマーを打ち鳴らしているのに、フェクス家の工房は静かなので違和感がある。
家に入ってすぐの台所、父は既に食卓にいて、小難しい顔で書類を見ている。
「ルークスは?」
アルティが尋ねると、竈で鍋をかき混ぜながら母のテネルが答えた。
「寝ているわ。本当は丸一日は寝なきゃいけない火傷だっだそうよ。だのに事情聴取とかで午前中ずっと立たされて」
さらに神殿へ行き司教と話してきたそうだ。
「まだ司教様は知らなかったみたいで、力になってくれるそうよ」
それは数少ない朗報だった。
「父さんは何を見ているの?」
「新しい炉を発注する」
見ているのは見積もりか。
アルティはアルタスに重要な質問をした。
「ねえ父さん、精霊って道具なの?」
「ああ、そうだ」
父親の返答に娘は失望した。否定して欲しかったのだ。あの神学教師が正しいとは認めたくないから。
これではもう、宿題をやるしかないではないか。
部屋ではルークスがベッドに寝ていて、窓辺でパッセルが糸車を回していた。
家には台所の他は寝室二つと物置しかなく、子供たちは全員この部屋だ。
年頃の男女が同じ部屋で寝るのは問題だと思うが、ルークスを追い出す以外に解決策が無いのでアルティは黙っていた。
「お帰り、お姉ちゃん」
ルークスの顔色を覗いてアルティはつぶやいた。
「朝より痩せてない?」
「リートレちゃんが言っていたよ。火傷を治すのに体の力をたくさん使ったって」
精霊も無から有を生む事はできない。体の治療には体の中の物を使うのだろう。
目が覚めたとき、新しい校則をどう説明したものかアルティには分からなかった。
とりあえず宿題を済ませる事にした。
新しい校則に則り契約精霊に「指示した時以外力を使わない」よう伝えて従わせるまでが宿題だ。
台所の竈は今料理で使われているし、工房は炉が無くなったので、ランプの火しかない。
火が活力源のサラマンダーは、小さな火で呼ばれるのを好まない。だが贅沢も言っていられず、アルティはランプを床に置いた。ランプを中心にチョークで縁を描き、サラマンダーの紋章と精霊の名前などを円に沿って書き込む。
準備を終えるとランプに火を着けた。
「我精霊に呼びかけん。契約に基づきアルティ・フェクスの名に於いて呼び求む。我が前に来たれ、火の精霊サラマンダーのシンティラムよ」
ランプの炎が大きくなり、ホヤから火の粉が飛びだす。そして炎を纏った青年サラマンダーが現れた。
「随分とちっぽけな火で呼びやがったな」
既にサラマンダーは不機嫌だ。さらに機嫌を損ねるだろう事を言うので、アルティの気がさらに重くなった。
「ごめんね。ちょっと事情があって」
「やれやれ、面倒事の様だな」
「実は、学園で新しい校則が決まったの。契約精霊は指示された時しか力を使っちゃいけないって。だから、今後はそうして欲しいわけ」
「ふざけるな! そんな事は認めないぞ!」
シンティラムは火の粉を散らして怒った。
「ごめん」
アルティはルークスのように契約精霊に謝った。
「でも校則で決まったから従わなきゃならないの。だから学園だけ。学園ではそうして」
「嫌だね」
「どうしても?」
「どうしてもそうさせるのか?」
「校則には逆らえないから」
「そうか。ならお前は校則と契約するんだな」
そう言うやシンティラムはランプの火に帰ってしまった。
「シンティラム、ちょっと待って。ねえ、話を聞いて」
しかしその後何度呼びかけても、彼女の契約精霊は応えなかった。
「お姉ちゃん、シンティラム君と喧嘩したの?」
精霊使いではない妹の言は、あながち的外れではなかった。
夕食にルークスは起き出した。
アルタスは炉を新しくする事と、ルークスを工房出禁にした事を朴訥なしゃべりで説明した。
ルークスは疲れ切った顔をして目が死んでおり、アルティが新しい校則を説明しても頭に入らない様子だ。
「明日は休みなさいね」
体調もさることながら、新校則で学園と衝突するのが目に見えているから。
アルティの勧めに、ルークスは心ここにあらずのままうなずいた。
א
翌朝、寝坊したルークスは慌てて着替え、朝食をろくに噛まずに飲み込んで家を飛びでた。
まだ体力が戻っていないので、走ってもすぐ足が止まってしまう。
休みつつ急いで、先に出ていたアルティに追いついたのは学園のすぐ前だった。
「休むんじゃなかったの!?」
アルティの驚きはルークスが戸惑うほど大きかった。
「もうスッキリしたから」
「そうじゃなくて」
学園の敷地に入るや、むっとした空気に包まれルークスは違和感を抱いた。
一昨日と空気が違っている。
髪が黒く色黒で小柄なルークスは、グラン・シルフさえ頭上に戴いていなければ目立たない生徒だ。しかしこの日は他の生徒たちから注目を集めていた。
訝るルークスの前に、眼鏡の少女が飛びだしてきた。
「大変っすよ!?」
「またヒーラリの大変が出た」
ルークスがつぶやくと、ヒーラリは向きになって言う。
「本当に大変っす! 精霊がいなくなったんすから!」
「ええと、契約精霊がいなくなったの?」
「それもあるっすが、それだけじゃないっす。学園全体から精霊がいなくなったんすよ!!」
ルークスは周囲を見渡した。
空気の違和感は、風が無い事だ。シルフは学園の敷地に入ろうとせず、外周を迂回している。
噴水は上がっておらず、学内で運搬作業をするゴーレムも見当たらない。
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