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第三章 決闘

ゴーレム構造学

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 始業前の教室はルークスの決闘で持ちきりだった。
 端の席で沈黙する当人を遠巻きにして、生徒たちはグループごとに話している。
 アルティは友人の席で相談していた。
「ルークスは既に動いているっすね。今日はシルフの出入りがとても多いっすよ」
 シルフと契約しているヒーラリは眼鏡を光らせた。
「シルフでどうするのだ?」
 問いかけるのは暴走ポニーの異名を持つカルミナである。中等部の女子用制服でなければ初等部男子に間違われる外見と言動の持ち主だ。
「さあ。情報収集とか色々あるんじゃないっすか。ルークスも健気っすよね」
「な、何がよ?」
 ヒーラリに見つめられ、アルティは気圧される。
「そりゃあ」
 と眼鏡少女は言葉を濁したのに、暴走ポニーが後を継いだ。
「ルークスはアルティを守る為に決闘を受けたのだ!」
 その後頭部を男子並みの身長の少女が叩く。
「落ち着きなさい」
 カルミナの手綱を握るクラーエである。そばかすがチャームポイントで、普段はおっとりしているがカルミナへの突っ込みは欠かさない。
「私たちは見守るしかありません。それに、これでルークスへの風当たりが減ると良いのですが」
 それは希望的観測だった。
 アルティの友人達はともかく、男子はルークスが負ける事を願い、信じている。中には賭けをしている者もいるが、圧倒的に負けが強いようだ。
「あたしはルークスに賭けたからな!」
 いつの間にかカルミナが参加していた。
 そして始業の鐘が尖塔で鳴る。

                   א

 二限目は選択科目、土精科はゴーレム構造学である。
 担当教師コンパージは今年二十九才になる独身女性だ。
 数少ない平民教師の一人で、貴族の生徒たちからは軽く見られていた。その上精霊使いではないので、平民の生徒からさえも軽侮を招いている。
 ただでさえ不人気な科目が、昨年度から非精霊使いの平民教師が教えるので、生徒は授業に気が入っていない。
 ただ一人の例外を除いて。
 不人気な最大の理由は「必要性を感じない」からだ。
 教師でさえ「ゴーレムは扱えれば良い」と考える者ばかりで、単位を落としても進級に影響が無いのだ。
 それは騎士が馬の扱いこそ学べど、馬の筋肉や内臓などを扱う解剖学を学ばないようなものである。
 やる気が無い生徒たちに向き合うだけで、コンパージの気力がゴリゴリ削られる。
 自分が学び、研究してきた学問を否定されているのだから。
 だが、たとえ一人でも、やる気がある生徒がいるなら全力で講義しなければ申し訳が無い。
 その一人は、中等部の最終学年にあってはルークス・レークタであった。
 一番前の席で目を輝かせて講義に聴き入っている。
 彼にまつわる大変な噂はコンパージも聞き及んでいるが、どんな時でもゴーレムにのめり込む姿勢は変わらなかった。
 他の生徒たちは真面目に受ける「振り」はしていたが、心ここにあらずに見える。
「ゴーレムを人間に喩えると、土はどの組織に対応するかな? シータス・デ・ラ・スーイ嬢」
 一際目立つ少女が縦巻きロールの金髪を揺らして立ち上がる。
「どの部分の土ですか?」
「君が答えられる部分で良いとも」
「では腕で。筋肉と骨です」
 すらすら答える少女に、左右の少女が拍手する。
「まあ、半分正解だな」
 コンパージは苦笑してシータスを座らせた。その僅かな時間でシータスの表情は険しく変わる。
 上級貴族の生徒は少しでも気に入らないとすぐ不機嫌になるので面倒だ。
「ゴーレムを操るノームは土を媒介として力を発揮する。その為にゴーレムを形づくるのにも、動かすのにも土は必須となる。土が骨であり、筋肉となる。土の絶対量がゴーレムの筋力だと思って良い。
「さて、残り半分の答えを、言える者がいたら手を挙げてくれたまえ」
 一番前の席で勢いよく手が挙がった。ルークスである。
「まあ、君が答えられるのは分かっているが、それでは他の生徒の勉強にはならないのだよ。誰か他に?」
 一周見回したが、答えられそうな者は皆視線を落としている。
(上級貴族のメンツを潰したくないのだね)
 嘆息してコンパージは答えを言う。
「答えは皮膚だ。ノームは土を介して、ゴーレムが握った物を感じる。足の裏から地面の状況を把握する。この事を忘れないように」
 なおも最前列で小柄な少年が手を挙げている。
「まだ何か言いたいならどうぞ」
 戒めから解き放たれたルークスが意気揚々を発言した。
「運動神経です。感覚神経とは別に、動きの指示を末端に伝える神経の役割を土が担っています」
「結構。だがそれは高等部で教える内容だ。テストで書いても得点はやれないな。減点はしないが」
 呆れた風を装うも、内心でコンパージは喜んでいる。
 ゴーレム構造学が不人気な理由のもう一つが、ゴーレムと対比する為に生物学や解剖学の知識が必要な事である。これに力学が加わるなど、理系の素養が無い人間にはかなり難易度が高い。
 ルークスは初等部から「ゴーレムに関連する」脇の勉強を実に熱心にやってきた。熱心すぎて図書室にあるゴーレムの本を全て読破し「本筋」の勉強を終えてしまった為でもあるが。
 教師の中にはそれを信じない者がいるが、コンパージからしたら専門家にひけをとらない熱意のルークスが「あの程度の量」を読み終えない方が信じられない。
 第一ゴーレムの本を読み終えていないのに、脇の解剖学の本を読むなどあるだろうか?
 結局、中等部でコンパージの講義にまともに付いてこられるのはルークスだけだった。
 他はどれだけ優秀でも教えた事しか覚えない。
 何故そうなのか、自分で調べないから理解せず暗記に頼り、結局忘れてしまう。
 周辺知識という裾野無しに高い山は聳えられない。その周辺知識こそ教養と呼ぶべきものなのだ。
 それができるのも、ルークスがゴーレムだけにしか脳を使っていないからだ。
 他の生徒は脳を勉強以外の、特に異性を引きつける方面により使っている。
 さすがにそれを推奨できないが、ルークスのような極端な事例も褒められない。
 むしろ気の毒にさえ思う。彼は他の生徒から「末はコンパージの後釜だ」と言われているのだから。

 終業の鐘が鳴ると、ルークスが紙の束を持ってやってきた。
「進級休み中の自由研究です」
 特別に紙を配給してやらせてみたのだが、どうやら渡した三十枚全てに書き込んだようだ。
 タイトルは「ゴーレムの部位ごとの適性素材」とある。
 ゴーレムの素材は砂と粘土との混合物に水を混ぜたものだが、その比率でゴーレムの動きや強度が変わるのだ。
 最適な比率は、強度重視か関節の柔軟性重視かで変わってくる。また膨大な土を均等にするのは困難なので、各国が試行錯誤しているのが現状である。
「胴体と四肢、さらに関節と部位ごとに素材を変えてしまうというものです」
「これは興味深い。読ませてもらうよ」
 コンパージは平静を装うのでやっとだった。
 まさか王宮工房で極秘に研究しているテーマの一つを、中等部の生徒が発案するとは思わなかった。
「ところで、何やら大変そうだね」
「ええ。でも僕には頼れる友達がいますから」
 一瞬コンパージは怪訝に思った。だがすぐに「ルークスはそう言う生徒だ」と思い至る。
 ならば自分が心配するのは、卒業後の進路だろう。
「君はゴーレムマスターになれなくても、優秀なゴーレム研究者にはなれる。それは保証しよう。王宮工房への推薦状は書いてやるとも」
「ありがとうございます。でも僕はゴーレムマスターになりますから」
 そう言って去るルークスに、彼女は思った。
(王宮工房の中を見せてやりたい)
 ただ国家機密の巣窟に入るには学園の生徒では無理である。研究員になるしかない。
 あと一年、ノームと契約できないルークスは中等部で卒業となるはず。
 そうしたら研究員に推薦してやろう。
(ゴーレム班長の女伯爵も喜ぶだろうな)
 あれほどのゴーレム狂に匹敵する人材が、まさか赴任先であっさり見つかるとは思わなかった。
 二人がぶつかったときの化学反応が今から楽しみだった。
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