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第二章 人と精霊と
家族
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巨大ゴーレムが戦場の主役になるに伴い、生まれた職業がある。
巨大ゴーレムの武具は人力では作れないので、作るにもゴーレムが必要だ。ゴーレムによってゴーレムの武具を作る職業、それがゴーレムスミスである。
そしてルークスが居候しているアルティの家、フェクス家の家業でもあった。
学園からの帰り道、ルークスとアルティがまだ隣のブロックを歩いていてもハンマーの音が聞こえてくる。
ゴーレムが振るうハンマーの音と振動は相当なので、ゴーレムスミスの工房は町外れに建てられた。他にもゴーレムの素材となる土の山や停止状態のゴーレム保管庫など、巨大ゴーレム関連の施設がフェルームの町の北側に集められていた。
アルティは工房の裏にある自宅に帰ったが、ルークスは工房に寄った。
工房の屋根は高く、七倍級ゴーレムも出入りできる正面ゲートの左右引き扉は屋根まである。これほど大きな内部空間も巨大ゴーレムがあればこそである。柱の芯となる鋼材も、ゴーレムを使う鍛冶屋によって鍛えられたものだ。
正面ゲートは普段閉じられており、人の出入りは脇の通用口を使う。
ゲート脇に七倍級ゴーレムの木製模型が立っていた。作られた鎧を付けて、不具合が無いか確認するのだ。
鋼板を熱する炉があるので工房内は冬でも暑く、春になった今は入っただけで汗ばむくらいだ。ルークスが入るとさっそくシルフが換気を始めた。
ハンマーを振っているゴーレムは三倍級。これより小さいと厚い鋼板を加工する力が足りないし、大きいと屋内での取り扱いが難しくなる。
ハンマーが振り下ろされる度に耳をつんざく騒音と振動が起きる。
グラン・シルフが空気の膜を張って余分な音を制限してくれるので、ルークスは耳栓だけで工房内を歩き回れた。
親方や職人らは耳栓に耳当てをしているが、それでも難聴になってしまう。
アルティの父親ゴーレムスミスのアルタス・フェクスは、柄の長いハンマーで叩く場所を指示している。叩く強さや回数で、ゴーレムの力加減や向きを調整しているのだ。
今叩いているのは脛当てで、形はできているので強度を上げる為に鍛えているのだとルークスには分かった。
やっとこで部材を固定しているのは徒弟職人のゴーレムだ。親方のゴーレムより二回り小さいが、それでも二倍級である。
ルークスはゴーレムの足の位置、振り上げる角度など、子細漏らさず目に焼き付け、ハンマーの音を耳と骨と臓物とに刻み込む。
飽きること無く見ていると、親方のハンマーが止まった。ゴーレムも叩くのを止め、ハンマーを所定の場所の置きに移動する。
徒弟職人のゴーレムが脛当てを金属型から外し、砂のベッドに置く。後は留め具を付け研磨、革職人の元へ運んでベルトを付ければ完成だ。
形状からして脛当てはマルヴァドへの輸出品であるとルークスは見て取った。
良質な鉄鉱山のおかげで、パトリア王国はゴーレムの武具を輸出できる。ゴーレムスミスは言わば基幹産業なのだ。
「帰っていたのか、ルー坊」
汗を拭きつつ親方がぶっきら棒に言う。作業中は他に目がいかないから、今気付いたのだ。
「ただいま」
ゴーレムの作業が終わったのでルークスは工房を後にする。
その姿を見てアルタスはつぶやいた。
「もったいねえなあ」
「ですね。風の大精霊が使えるのに、ゴーレムに取り憑かれていますもんね」
若い職人の返事に、親方は答えなかった。
的外れだし、自分の不甲斐なさを自覚できない奴には言っても無駄だから。
職人はルークスのゴーレム熱が無駄になると思っている。
だがアルタスはルークスはいずれ、ゴーレムを使えるようになると信じていた。
ゴーレムを使えるようになれば、彼は迷う事無くルークスを跡継ぎにする。
通いの職人が三人いるが、最年長でさえルークスに及ばない。それはゴーレムを操るよりも大事な、職人としての目においてだ。
指導の為に徒弟たちに叩かせる事があるが、ゴーレムがハンマーを振り上げた時点でルークスは失敗に気付くのだ。徒弟たちの誰もが叩いて音を出さないと気付かないミスを、ゴーレムの事前の動きで分かるくらい、彼は良く見ている。
アルタスには娘が二人いるが、下の子は精霊使いになれそうにないし、上の子は汗臭さを嫌って工房に入りたがらないので話にならない。
となるとどちらかの娘婿に継がせるのが一番安心で、その意味でもルークスが最適だ。
どちらの娘とも上手くやっているし、妻も可愛がっている。そして何よりアルタス自身が気に入っていた。
本人はゴーレムマスターになる事を望んでいるが、父親の後を継いでゴーレムコマンダーになる気は無い。父親に似ず大人しい性格だから軍人には不向きである。
それに扱えてもせいぜい一基なのだから、ゴーレムスミスの方が良かろう。
十四才という若さで職人の目を持った逸材に、親方は切に願う。
早くゴーレムを使える様になれ、と。
ただそうなると、風の大精霊を使える才能が丸々無駄になってしまう。
だからつくづく思うのだ。
実にもったいない、と。
א
フェクス家のダイニングに集まった家族はテーブルで祈りを捧げる。
「天の神と地の精霊よ、今日の糧を得た事を感謝します」
家長のアルタスが言い終わると夕食の開始である。
魚と野菜のシチューと黒パンにチーズという質素だが暖かい食事だ。
ルークスは美味しく食べていたのに、アルティが学園の事を話し出したので幸せ気分が消えてしまった。
ルークスが騎士団からの誘いを断ったと聞いた途端、最年少者が大声をあげる。
「えええええええ!? もったいなーい!!」
普通校の初等部に通う次女のパッセルである。母親のテネルがたしなめるも「もったいない」を繰り返す。
もったいないとアルティも思うが、ルークスのゴーレムマスターへの夢が並々ならぬものだと知っているので、口には出せない。
テネルは「なりたくないなら騎士にならなくて良い」と理解を示し、アルタスは黙って食事をするだけ――黙認した。
両親は共に「ルークスは卒業までにゴーレムを使えるようになる」と思っているのだとアルティは推測した。
性格は違えど両親共に楽観的すぎるから。
それが歯がゆくて「ルークスの将来をもっと考えて欲しい」アルティはちょっと言い過ぎてしまう。
「でも、皆怒っているの。特に男子は騎士になりたがる奴多いから。今日もゴーレムの模擬戦で反則やられたし」
「それをお前は、黙って見ていたのか?」
重々しい声で父が言う。
「だって……それは……」
口ごもる少女に母親も言う。
「アルティ、あなたが苛められたときルークスは助けてくれたでしょ?」
「ルークスはシルフが使えたから。私はサラマンダーだから使い勝手が悪いのよ。呼ぶのが大変だし、力使わせたら火傷とか大事になるし」
「精霊じゃなくて、あなたが何をしていたかよ?」
精霊使いでない母に理解されずアルティは苛ついた。
一方で母親のテネルは「精霊を使う」事しか頭にない娘が心配になる。声を上げるだけで十分なのに。大切な事をいつも言わないでいるから、ルークスに気持ちが伝わらないのだとテネルは見ている。
アルタスが言う。
「アルティ、ルー坊は家族なんだぞ。家族は助け合うものだ」
アルティは怒りを押し殺して頷いた。
何も悪い事はしていない自分が責められた事に納得いかない。
当の本人が会話に参加せず、終始無言でいるのがなおさら腹立たしかった。
ルークスは不快な記憶を頭から押し流すので手一杯だった。感情に流されるとゴーレムマスターへの夢が霞んでしまう。
両親を殺した敵への憎悪を抑圧しなければ、ルークスは前に進めない。
そして何より「家庭の事に居候が口を出す資格は無い」と思っていた。
その日の夕食は全員が後味悪い思いをしてしまった。
夕食後、食器を片付けたテーブルでルークスは考えていた。
ノンノンは小さければゴーレムを作れるまでにはなった。動かそうとして腕がもげたのは、人型の維持と動作を同時に行えないからだ。
(どうしたら維持したまま動かせるかな?)
ノンノンはテーブルを拭き終えた雑巾を持ち上げたり下ろしたり、固体を動かす練習をしている。
それを見ていたルークスは不意に思いついた。
(動かすだけならできるかな?)
人型の維持は何か別の方法でやれば良い。泥人形でなく、既に形になっている物ではどうか?
テーブルではパッセルが石板で単語練習をしているので、ルークスは頼んだ。
「パッセル、お人形さんを貸してくれないか?」
「えー? ルークス兄ちゃん十四才にもなってお人形遊び?」
「そうじゃないんだ。ノンノンが動かせないかなって」
「ゴーレムじゃなくて人形を動かすの?」
「その練習だ。ノンノンも良いかな?」
小さな土精は片手を挙げた。
「はーい、頑張るです」
「じゃあ取ってくるね」
パッセルは寝室から木製の人形を取ってきた。アルティのお下がりで、ルークスも初等部に入った頃くらいまではお人形遊びに付き合わされた覚えがある。
「それじゃあノンノン、これをゴーレムだと思って動かして」
ノンノンは後ろから人形を抱きかかえた。背丈が自分の倍ほどあるので扱いに困っているらしく、ゆらゆらと揺り動かしているだけだ。
「あれ、同化できない?」
「うー、無理ですー」
「そうか。オムは木だと同化できないのか」
ノームなら素材を問わず固体と同化できる。ゴーレムが泥なのは関節に一番自由度があるからだ。その辺はルークスも考えている事である。
「またダメでした……」
人形を置いたノンノンが瞳を潤ませている。それを見てルークスは慌てた。
「ノンノンは悪くないよ。悪いのは僕だ。人型であれば何でも良いなんて、素材に頭が回らなかった僕の失敗だ」
平謝りをするルークスの姿に、洗い物を終えたアルティが言う。
「あんたって、精霊使いとしての自覚が無いの?」
「何の事?」
アルティからしたら、使役する精霊に頭を下げるのが変なのだが、変人でもある天才にはそれが分からない。
「それがルークス兄ちゃんじゃない」
精霊士学園の教えを知らないパッセルがルークスを庇う。彼女が日常目にする精霊のほとんどがルークスの契約精霊なので、むしろ彼が精霊使いの基準になっている。
それで何かにつけルークスを庇うのだが、その事が姉の神経を逆なでている事までは、十才の妹は気づけなかった。
巨大ゴーレムの武具は人力では作れないので、作るにもゴーレムが必要だ。ゴーレムによってゴーレムの武具を作る職業、それがゴーレムスミスである。
そしてルークスが居候しているアルティの家、フェクス家の家業でもあった。
学園からの帰り道、ルークスとアルティがまだ隣のブロックを歩いていてもハンマーの音が聞こえてくる。
ゴーレムが振るうハンマーの音と振動は相当なので、ゴーレムスミスの工房は町外れに建てられた。他にもゴーレムの素材となる土の山や停止状態のゴーレム保管庫など、巨大ゴーレム関連の施設がフェルームの町の北側に集められていた。
アルティは工房の裏にある自宅に帰ったが、ルークスは工房に寄った。
工房の屋根は高く、七倍級ゴーレムも出入りできる正面ゲートの左右引き扉は屋根まである。これほど大きな内部空間も巨大ゴーレムがあればこそである。柱の芯となる鋼材も、ゴーレムを使う鍛冶屋によって鍛えられたものだ。
正面ゲートは普段閉じられており、人の出入りは脇の通用口を使う。
ゲート脇に七倍級ゴーレムの木製模型が立っていた。作られた鎧を付けて、不具合が無いか確認するのだ。
鋼板を熱する炉があるので工房内は冬でも暑く、春になった今は入っただけで汗ばむくらいだ。ルークスが入るとさっそくシルフが換気を始めた。
ハンマーを振っているゴーレムは三倍級。これより小さいと厚い鋼板を加工する力が足りないし、大きいと屋内での取り扱いが難しくなる。
ハンマーが振り下ろされる度に耳をつんざく騒音と振動が起きる。
グラン・シルフが空気の膜を張って余分な音を制限してくれるので、ルークスは耳栓だけで工房内を歩き回れた。
親方や職人らは耳栓に耳当てをしているが、それでも難聴になってしまう。
アルティの父親ゴーレムスミスのアルタス・フェクスは、柄の長いハンマーで叩く場所を指示している。叩く強さや回数で、ゴーレムの力加減や向きを調整しているのだ。
今叩いているのは脛当てで、形はできているので強度を上げる為に鍛えているのだとルークスには分かった。
やっとこで部材を固定しているのは徒弟職人のゴーレムだ。親方のゴーレムより二回り小さいが、それでも二倍級である。
ルークスはゴーレムの足の位置、振り上げる角度など、子細漏らさず目に焼き付け、ハンマーの音を耳と骨と臓物とに刻み込む。
飽きること無く見ていると、親方のハンマーが止まった。ゴーレムも叩くのを止め、ハンマーを所定の場所の置きに移動する。
徒弟職人のゴーレムが脛当てを金属型から外し、砂のベッドに置く。後は留め具を付け研磨、革職人の元へ運んでベルトを付ければ完成だ。
形状からして脛当てはマルヴァドへの輸出品であるとルークスは見て取った。
良質な鉄鉱山のおかげで、パトリア王国はゴーレムの武具を輸出できる。ゴーレムスミスは言わば基幹産業なのだ。
「帰っていたのか、ルー坊」
汗を拭きつつ親方がぶっきら棒に言う。作業中は他に目がいかないから、今気付いたのだ。
「ただいま」
ゴーレムの作業が終わったのでルークスは工房を後にする。
その姿を見てアルタスはつぶやいた。
「もったいねえなあ」
「ですね。風の大精霊が使えるのに、ゴーレムに取り憑かれていますもんね」
若い職人の返事に、親方は答えなかった。
的外れだし、自分の不甲斐なさを自覚できない奴には言っても無駄だから。
職人はルークスのゴーレム熱が無駄になると思っている。
だがアルタスはルークスはいずれ、ゴーレムを使えるようになると信じていた。
ゴーレムを使えるようになれば、彼は迷う事無くルークスを跡継ぎにする。
通いの職人が三人いるが、最年長でさえルークスに及ばない。それはゴーレムを操るよりも大事な、職人としての目においてだ。
指導の為に徒弟たちに叩かせる事があるが、ゴーレムがハンマーを振り上げた時点でルークスは失敗に気付くのだ。徒弟たちの誰もが叩いて音を出さないと気付かないミスを、ゴーレムの事前の動きで分かるくらい、彼は良く見ている。
アルタスには娘が二人いるが、下の子は精霊使いになれそうにないし、上の子は汗臭さを嫌って工房に入りたがらないので話にならない。
となるとどちらかの娘婿に継がせるのが一番安心で、その意味でもルークスが最適だ。
どちらの娘とも上手くやっているし、妻も可愛がっている。そして何よりアルタス自身が気に入っていた。
本人はゴーレムマスターになる事を望んでいるが、父親の後を継いでゴーレムコマンダーになる気は無い。父親に似ず大人しい性格だから軍人には不向きである。
それに扱えてもせいぜい一基なのだから、ゴーレムスミスの方が良かろう。
十四才という若さで職人の目を持った逸材に、親方は切に願う。
早くゴーレムを使える様になれ、と。
ただそうなると、風の大精霊を使える才能が丸々無駄になってしまう。
だからつくづく思うのだ。
実にもったいない、と。
א
フェクス家のダイニングに集まった家族はテーブルで祈りを捧げる。
「天の神と地の精霊よ、今日の糧を得た事を感謝します」
家長のアルタスが言い終わると夕食の開始である。
魚と野菜のシチューと黒パンにチーズという質素だが暖かい食事だ。
ルークスは美味しく食べていたのに、アルティが学園の事を話し出したので幸せ気分が消えてしまった。
ルークスが騎士団からの誘いを断ったと聞いた途端、最年少者が大声をあげる。
「えええええええ!? もったいなーい!!」
普通校の初等部に通う次女のパッセルである。母親のテネルがたしなめるも「もったいない」を繰り返す。
もったいないとアルティも思うが、ルークスのゴーレムマスターへの夢が並々ならぬものだと知っているので、口には出せない。
テネルは「なりたくないなら騎士にならなくて良い」と理解を示し、アルタスは黙って食事をするだけ――黙認した。
両親は共に「ルークスは卒業までにゴーレムを使えるようになる」と思っているのだとアルティは推測した。
性格は違えど両親共に楽観的すぎるから。
それが歯がゆくて「ルークスの将来をもっと考えて欲しい」アルティはちょっと言い過ぎてしまう。
「でも、皆怒っているの。特に男子は騎士になりたがる奴多いから。今日もゴーレムの模擬戦で反則やられたし」
「それをお前は、黙って見ていたのか?」
重々しい声で父が言う。
「だって……それは……」
口ごもる少女に母親も言う。
「アルティ、あなたが苛められたときルークスは助けてくれたでしょ?」
「ルークスはシルフが使えたから。私はサラマンダーだから使い勝手が悪いのよ。呼ぶのが大変だし、力使わせたら火傷とか大事になるし」
「精霊じゃなくて、あなたが何をしていたかよ?」
精霊使いでない母に理解されずアルティは苛ついた。
一方で母親のテネルは「精霊を使う」事しか頭にない娘が心配になる。声を上げるだけで十分なのに。大切な事をいつも言わないでいるから、ルークスに気持ちが伝わらないのだとテネルは見ている。
アルタスが言う。
「アルティ、ルー坊は家族なんだぞ。家族は助け合うものだ」
アルティは怒りを押し殺して頷いた。
何も悪い事はしていない自分が責められた事に納得いかない。
当の本人が会話に参加せず、終始無言でいるのがなおさら腹立たしかった。
ルークスは不快な記憶を頭から押し流すので手一杯だった。感情に流されるとゴーレムマスターへの夢が霞んでしまう。
両親を殺した敵への憎悪を抑圧しなければ、ルークスは前に進めない。
そして何より「家庭の事に居候が口を出す資格は無い」と思っていた。
その日の夕食は全員が後味悪い思いをしてしまった。
夕食後、食器を片付けたテーブルでルークスは考えていた。
ノンノンは小さければゴーレムを作れるまでにはなった。動かそうとして腕がもげたのは、人型の維持と動作を同時に行えないからだ。
(どうしたら維持したまま動かせるかな?)
ノンノンはテーブルを拭き終えた雑巾を持ち上げたり下ろしたり、固体を動かす練習をしている。
それを見ていたルークスは不意に思いついた。
(動かすだけならできるかな?)
人型の維持は何か別の方法でやれば良い。泥人形でなく、既に形になっている物ではどうか?
テーブルではパッセルが石板で単語練習をしているので、ルークスは頼んだ。
「パッセル、お人形さんを貸してくれないか?」
「えー? ルークス兄ちゃん十四才にもなってお人形遊び?」
「そうじゃないんだ。ノンノンが動かせないかなって」
「ゴーレムじゃなくて人形を動かすの?」
「その練習だ。ノンノンも良いかな?」
小さな土精は片手を挙げた。
「はーい、頑張るです」
「じゃあ取ってくるね」
パッセルは寝室から木製の人形を取ってきた。アルティのお下がりで、ルークスも初等部に入った頃くらいまではお人形遊びに付き合わされた覚えがある。
「それじゃあノンノン、これをゴーレムだと思って動かして」
ノンノンは後ろから人形を抱きかかえた。背丈が自分の倍ほどあるので扱いに困っているらしく、ゆらゆらと揺り動かしているだけだ。
「あれ、同化できない?」
「うー、無理ですー」
「そうか。オムは木だと同化できないのか」
ノームなら素材を問わず固体と同化できる。ゴーレムが泥なのは関節に一番自由度があるからだ。その辺はルークスも考えている事である。
「またダメでした……」
人形を置いたノンノンが瞳を潤ませている。それを見てルークスは慌てた。
「ノンノンは悪くないよ。悪いのは僕だ。人型であれば何でも良いなんて、素材に頭が回らなかった僕の失敗だ」
平謝りをするルークスの姿に、洗い物を終えたアルティが言う。
「あんたって、精霊使いとしての自覚が無いの?」
「何の事?」
アルティからしたら、使役する精霊に頭を下げるのが変なのだが、変人でもある天才にはそれが分からない。
「それがルークス兄ちゃんじゃない」
精霊士学園の教えを知らないパッセルがルークスを庇う。彼女が日常目にする精霊のほとんどがルークスの契約精霊なので、むしろ彼が精霊使いの基準になっている。
それで何かにつけルークスを庇うのだが、その事が姉の神経を逆なでている事までは、十才の妹は気づけなかった。
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