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成就編

対話

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「もう一度言え。お前は荒垣の何なんだ」
「痛い!怖い!」
ふたたび真島の胸倉を掴むと、先ほどとは打って変わって喚きながら抗議をする。
寺崎が訝しむと、真島は寺崎の腕を振り払って立ち上がった。
「ただのダチだよ!大体、お前こそ荒垣をフッといて押しかけるとか何様なんだよ!!」
「それは……」
調子が乱されたことで、寺崎は完全に言葉を詰まらせた。
当然だ。寺崎は返す言葉を持ってないのだから、捲し立てていた勢いさえ失ってしまえば返事はできない。
すっかり黙りこくった寺崎に、真島は大きなため息を吐いて立ち上がった。
「人の恋愛に一々口出すほど野暮なつもりはねぇけどさ。実質フッた相手にそこまで執着する意図は自分でちゃんと考えた方がいいだろ」
いてて、と呻きながら真島が玄関の扉を開ける。すると、ドアにもたれ掛かって座っていた荒垣がゴロンと仰向けで外に転がり出てきた。
ちょうど、寺崎がしゃがみ込んでいる目の前だった。
「ぅえ」
「お前はお前で何やってんの」
外の廊下に転がり出た荒垣に、自称友人は手も貸さずに家の中に入り込む。
そして足の砂を払ってから、裸足で靴を履き始めた。
「頭冷やしたところで、お前ら一度腹割って話し合え。俺は今日はもうここに帰らん。じゃ」
矢継ぎ早に言いたいことを告げて、真島は退散するようにその場を後にした。
仰向けのまま取り残された荒垣は、暫くボーッとしていたが、ようやく状況を掴み始めたのか次第に顔色を悪くさせる。
同じく取り残された寺崎は荒垣に触れようとして、一瞬躊躇った。そして仕方なく、廊下に寝転んだままの荒垣を起こしながら声をかけた。
「中、入っていいか?」

久しぶりの荒垣の家は何も変わっていなかった。
男が2人入るには少々狭いと感じるワンルームの隅に、使用した跡が残るベッドが鎮座している。
「えと……飲み物、今出す」
「俺が出す。具合悪いんだろ」
先程から足元もおぼつかない様子の荒垣をベッドへ促す。荒垣はやはりしんどかったのか、渋々といった様子でベッドに座り込んだ。
既に何度もお邪魔しており、荒垣宅のキッチンは勝手知ったる状態だ。
寺崎は食器棚から見覚えのあるグラスを2つ取り出す。そして冷蔵庫を開き、常備されてる烏龍茶を取り出したグラスに注ぐ。
烏龍茶の入ったグラスを持って戻ると、荒垣は座った体勢から横に寝転んでいた。半分閉じた瞼は、眠そうというより疲労が垣間見える。
寺崎はグラスを机の上に置き、荒垣の元に近寄った。
「大丈夫か」
「…………なんで優しくすんの?」
「病人がしんどそうにしてたら心配するだろ」
「でも、最悪なんだろ。俺のこと」
最悪の一言に、寺崎は目を見開いた。
「……言い過ぎた。ごめん」
脳内イメージすらしていなかった謝罪の言葉は、案外するりと口から出てきた。
寺崎の謝罪の言葉に、閉じかけていた荒垣の瞼が完全に持ち上がった。
信じられないものを見る目で寺崎を見つめる荒垣は、じわじわと泣きそうに顔を歪める。泣くところを見られたくないのか、重たそうな腕を持ち上げて顔を隠した。
「何で今言うかなァ……」
「今じゃない方が良かったか?」
「もうちょっと体調が良い時に聞きたかったかも」
少しだけ震え声の荒垣だが、会話はしっかりとできている。
だが、荒垣の言う通り今は体調回復を優先してもらった方がいいだろう。幸いにも連休中なので、仕事もなくゆっくり休めば少なくとも体調は元の荒垣に戻る筈だ。
「真島は話し合えって言っていたが、今の状態じゃ無理だろう。いきなり押しかけて悪かった。また日を改める」
せめて注いだグラスの烏龍茶だけ飲んで帰ろうと立ち上がった寺崎だったが、クイ、と羽織ったジャケットの裾を引っ張られる感覚に足を止めた。
振り返れば、横になったままジャケットの裾を掴む荒垣がいた。顕になった顔は、寂しそうに口を引き結んでいる。
その顔を見た瞬間、寺崎には帰る意思がなくなってしまった。
「大丈夫だから。今でいいから……帰んな」
「分かった。とりあえずお茶を入れたグラスを取るから離してくれ」
「……ん」
荒垣に裾から手を離してもらってから、机に置いたグラスをサイドテーブルに移動させる。その間に荒垣は起き上がり、枕の脇に置いてあったティッシュで鼻をかんだ。

「荒垣、お前いつから俺のこと好きなんだ」
「……いきなり直球で聞くじゃん」
荒垣は気まずそうにチビチビと烏龍茶を飲む。しかし、寺崎としてはそこはしっかりと明らかにしておきたい部分だった。
荒垣の想いがどんなものかを理解しないと、荒垣と、自分の本当の気持ちと向き合えない気がしたから。
「……最初に好きになったのは高校の頃」
「だいぶ前だな。というか好きになるタイミングあったか?」
「あの頃はヤンチャが酷かったからさ。まともに会話してくれる人間なんて大人含めてもかなり限られてて……たぶん、同年代の不良を除けばそれこそお前だけってくらい」
「……まさかそれだけで?」
「いや、他にも色々要素はあったけど……まあ、キッカケはそんなところ」
再開した荒垣との会話なんて、膝を詰めた冷え冷えとしたものになると思っていた。
しかし、実際には過去を振り返りながら語り合う、穏やかなものだった。自分の苦手な男からの好意を寄せられているエピソードなのに、寺崎は嫌悪感を抱くことなく聞くことができた。
照れくさそうに笑う荒垣に、自然と緊張していた寺崎もリラックスしてくる。
「そこからずっと俺のことを?」
「いいや?まあ物理的にでっかい距離空いたから、一度はそういう感情はなくなった。あ、お前を好きになってから、ノンケからゲイになったんだよな」
「は?」
「俺、もう女相手に勃たねーの。ウケるだろ」
意外な事実に言葉が出なかった。
初めて出会った時、荒垣は女を抱こうとしていたために、荒垣はバイだと思っていた。
女相手に勃たない。寺崎にとっては死活問題の言葉にも、荒垣はなんてことないように笑って告げる。
まるで自分が荒垣の人生を歪めたような気がして、寺崎は今になって逆に申し訳なくなった。
その顔がよっぽど酷かったのだろう。寺崎の表情を見た瞬間、荒垣が吹き出した。
「そんな悲惨な顔すんなよ。俺だってもう気にしてないからさ」
「もうってことは気にしてた時期はあるのか」
「……女相手に勃たなくなって最初の頃は、ちょっとだけ恨んだ」
ちょっとだけな?と荒垣は数ミリの空気を摘んでみせた。
 
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