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勝負

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「……マジでいた」
「あ?」
次の日、荒垣がもう一度昼休憩時に図書室準備室を訪れると、そこには椅子に腰掛けて項垂れている寺崎がいた。
荒垣もまさか昨日の今日で寺崎が同じ場所にいるとは思わなかったし、寺崎も2日連続で荒垣がここを訪ねてくるとは予想していなかったのだろう。
驚く荒垣の声に、項垂れていた寺崎が顔を上げる。いつものスカした態度とは違い、今までにない苛立ちが滲んでいる。
しかし、そんなことは荒垣には関係ない。不機嫌そうな寺崎の顔を覗き込み、言い放ってやった。
「オラ、今日こそ決着つけんぞ」
「……はぁ」
荒垣はまだ寺崎に勝つことを諦めてなかった。このまま負けっぱなしでは荒垣のプライドが許さなかった。
だが、ここにいる限り寺崎は喧嘩をしようとしない。だから、まずはこの部屋から寺崎を引っ張り出す事にした。我ながら完璧な作戦である、と内心荒垣は鼻の下を擦った。
「さっさと表出ろや」
「……喧嘩をする趣味は俺にはない。大体、昨日の時点で俺の勝ちだったろ」
「アァん!?」
しかし、意外にも寺崎はその場から動こうとしなかった。
「それじゃあ勝負に出なかったお前の負けって事になるぞ?いいんだな!?」
「好きにすればいい。俺は元々喧嘩の勝敗なんてどうでもいい」
負けを煽ろうとも寺崎は立とうともしない。それどころか、負けでもいいと言う。それでは荒垣が困る。
このままでは、試合に勝って勝負に負けた状態だ。

そこから、喧嘩でハッキリ決着を付けたい荒垣と、心底どうでもいいと考えてる寺崎の攻防が始まった。

ずっと隣でガンをつけたり、煽ればすぐに立ち上がるだろうとタカを括っていた荒垣だったが、予想に反して寺崎のスルースキルは高かった。
やっと寺崎立ち上がったと思ったら、昼休憩が終わる時間になっていた。寺崎は隣でギャンギャンと吠える荒垣をスルーして、教室へと戻っていった。初日は惨敗である。
だが、荒垣もこのままで諦めるほど安い男ではない。
寺崎が教室へ戻っていく時に奴のクラスは把握した。図書室から引っ張り出すことが出来ないのであれば、クラスの前で待ち伏せすればいい。
しかし、昼休みになった瞬間寺崎は購買部の人混みに紛れてしまい、あっという間に他の生徒と見分けがつかなくなってしまった。
髪も染めて身長も高いので目立つ荒垣と違い、寺崎は身長こそ高いが、容姿は優等生のそれだ。運動部などの他の高身長な生徒に紛れてしまえばもう見つけることは困難である。
結局諦めてまた図書準備室に向かえば、当然のように先日と同じく寺崎は部屋の掃除を行なっていた。購買部の人波に揉まれて疲れ切っていた荒垣は、その日はもう外に連れ出す気力は無くなっていた。
しかし、まだまだ完全に諦めた訳ではない。
教室で待ち伏せする作戦はやめて、次の日も、その次の日も図書準備室でどうにか寺崎を表に引っ張り出そうと試行錯誤をした。
そうやって奮闘している間に、荒垣でも気づいたことがある。
寺崎は週に3回、図書準備室を掃除する。
「なんで寺崎が掃除してんの?」
尋ねてみたら、室内が沈黙した。
ハイハイ、いつもみたいにシカトかよ。
諦めてまた表に連れ出す為の脅し文句を口にしようとした時、意外にも寺崎が口を開いた。
「誰かが掃除しないといけないだろ」
まさか返事が返ってくるとは予想しておらず、荒垣も一瞬反応に困った。
「……そ、掃除当番とかがやるもんなんじゃねーの?寺崎1人だけなんておかしくねぇ?」
「その掃除当番が俺なんだよ。そもそも、ここ教員と図書委員以外立ち入り禁止だからな」
「でも俺が入る事許してるよな」
「追い出すのが面倒くさいんだよ」
「アァん?」
結局この時はいつものように寺崎の言葉に煽られて荒垣が喧嘩腰になってしまったが、寺崎は普通に会話を持ち掛ければ意外とアッサリ返事をした。
何もしてないのに下手に怯えられたり警戒されるより、よっぽど気が楽だ。元々、認めたくはないが寺崎は荒垣より強いので、怯える必要も警戒する必要もないのだから当然だ。
そうやって会話を重ねていくと、自然と寺崎が案外口が悪いことが分かった。
いかにも優等生みたいな見た目をして、顔も整ってて、黙っていれば荒垣が認める程度にはカッコいい。教師に対する態度も礼儀正しい真面目クンだ。
しかし、ひとたび荒垣に向かって口を開けば合間合間に煽られる。煽っているのは荒垣の方からなので特に思い詰めたりなどはしていないが、ちょっと面白おかしくはある。
「寺崎って口悪いよな」
「お前にだけだ」
「なんで?」
「……ストレス発散」
「俺に暴言吐いてストレス発散すんなし!」
ムキー!と怒りつつ、荒垣はちょっとした優越感を感じていた。この見るからに優等生である男が、ストレス発散と言いつつ荒垣にだけ口が悪くなる。まるで自分にだけ気を許しているようで、くすぐったい気持ちになる。
そしてこの頃には荒垣自身にも変化が起きていた。
散々煽り倒して寺崎を準備室から引っ張り出そうとしていたのに、最近では寺崎と普通に会話だけして教室に戻っていく日もある。
何より、ただそれだけのやり取りに満足している自分がいた。
このままじゃダメだ。近隣一の不良と恐れられていた荒垣自身の名が泣く。
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