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しおりを挟む鈍い頭痛が響く頭で私は彼を見た。
息も絶え絶えで、熱っぽい全身の節々が痛む。
そんな私の状況を後目に、婚約者はいつものように嘲るような笑みを浮かべ、その手で見知らぬ女を抱き寄せる。
「アルミア、婚約破棄だ――俺はこのエルフィナと結婚する。俺の前から消えてくれ」
私の婚約者、ガルド・ダウナードはそう一方的に告げた。
「はい構いません」
私はそれに対して疲れたように返答した。
全身を襲うズキズキとした痛みで立っているのも億劫だった。
婚約破棄が辛いとか悲しいとかもはやそんな状況を感じられないほど、身体が辛い。
この関係が終わることに安堵さえ感じていた。
「今までそんな身体をアザだらけにして、ご苦労だったわねアルミアさん」
そんな私の返答をせせら笑うように、ガルドの隣に座る女性が返答してきた。
エルフィナと呼ばれていた女性だ。
見覚えがない顔だったが、どこかで見たような気もした。
ガルドは日替わりで連れている女を変えていた。
その横に立つ女性を覚えるのも馬鹿馬鹿しくなったというのもある。
「確かに、能力の副作用とはいえ、あの身体は全くそそらないな」
ガルドの失笑で私は思わず自分の体を省みた。
軽い頭痛が取れない身体は痩せこけていて。
肌はガサガサで、いたるところに鈍く痛むアザがある。
これ私の『能力』の副作用だった。
「……ふん。ガルドへの『呪い受け』は私が継ぎます……! 大丈夫、貴女よりずっと上手くやれるもの」
エルフィナがガルドに視線を向け、それが剣呑な熱を帯びた。
その瞬間だった。私の右腕がずきりと傷んだ。
(痛っ、腕に呪いが……この女(ひと)……私に嫉妬してる)
腕に突き刺さるような痛みが発生し、私は奥歯を噛み締めた。
エルフィナがガルドに向けた嫉妬心を私が受けたのだ。
これみよがしに告げた私の身体への評に苛立ったらしい。
(ガルドとは一度も夜を共にしたことはないというのに……)
別に彼とベッドをともにしたことはないというのにご苦労なことだ。
――この痛みが私の能力である『呪い受け』だ。
タリスマン家が代々持つ能力で、誓約をした人間に降り注ぐ負の感情を全て代わりに受けることができる。
この能力を欲した伯爵家によって私は婚約者という体で買われたのだ。
私の異常に気づいたエルフィナは歪んだ笑みを浮かべて私を見た。
「アルミアさんは今にも死にそうな顔をして可哀想。でも安心して。聖女である私は呪いなんて――ほら」
エルフィナが手を伸ばしたその瞬間だった。白い光が私の腕を包み、腕の異常が少しだけ楽になった。
(呪いが消える……? これが聖女の力)
腕を取り巻く呪詛の一部が消滅していた。それに私は驚いた。
天より授かりし力の中で聖女は特に強い力だ。
人の悪意や呪詛をたちどころに消し去ることが出来ると伝えられている。
私はせいぜいその流れを変える程度。しかし聖女の力はそれを完全に消してしまえるようだった。
「そうだねエルフィナは美しい。こんなアザだらけの女とは偉い違いだ」
エルフィナの嫉妬に気づいたのだろう。ガルドは私を蔑むような形でフォローを入れた。
実際にエルフィナは美しかった。ウェーブのかかった金の髪は手入れが届く。そして真っ白でシミひとつのない肌。
私のあざだらけの全身と対照的な姿だった。
長い間、ガルドに向けられた強い呪いを受けた私の身体はボロボロだ。
その結果として軽い嫉妬を肩代わりしただけで変調を来すような状態になっている。エルフィナの健康さは羨ましかった。
(こっちは立ってるのがやっとだっていうのに……)
ため息を付きながら私は作業を終わらせた。
立っているのも億劫な体調でずいぶんと長引いた。
――ガルドの呪いを代わりに受けるように結びつけた契約の絡(パス)を解除する。
その作業のためにこんな茶番に付き合っていたのだ。
「……『呪い受け』の契約解除は終わりました。これで貴方と私は無関係です。お世話になりました」
作業が終わった以上、未練はない。長話を聞いていたのもそれだけが理由だ。
緊張が途切れ嘔吐感がこみ上げる。今にも崩れ落ちそうな体調の体を引きずり私は家を出た。
こうして私は――3年も住んでおいてまるで愛着のないダウナード家を後にした。
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