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第31話
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「ひろしさんの喜ぶ顔を見たくて、事務仕事を後回しにしてもいいように社長を頑張って説得してきたんですよ。なのに素っ気ないじゃないですか」
「ごめんごめん。一応仕事中だし、それに頑張って社長を説得するよりも、頑張って事務仕事を終わらせた方が良かったんじゃなにのかなあ?」
「そんな事を言っていいんですか? この鞄の中に、何が入ってると思ってるんですか?」
この塚谷君の笑顔から、今の僕に思い浮かぶものといったら、間違ってもドーナツではない。
「えっ! も、もしかしたら?」
塚谷君の笑顔がうつったような気がする。
「そう、そのもしかしたらが入ってるんですよ。そんな笑顔になって、仕事中じゃなかったんですか?」
「あっ。でもだって、ドラマの台本を持ってきてくれたんでしょ? もちろん美樹の顔を見れたのも嬉しいよ。だから早く見せて」
「どうせ私は台本以下ですよ。それに、ドラマの台本だけではないんですよね」
「え? まだ他に何かあるの? 教えて、美樹」
「かわいい美樹と言ってくれたら、教えてあげてもいいんですけどね」
「かわいい美樹、教えて」
「はやっ。まあ心もこもってたみたいだし教えてあげましょう。見た方が早いですね」と言って、塚谷君は『路線バスに乗って一人旅』と書かれた台本と『名バス運転士ホームズ』と書かれた台本を渡してくれた。『路線バスに乗って一人旅』の台本はドラマとは違って決められたセリフなんてないので厚みはなかったが、僕にとっては『名バス運転士ホームズ』の台本と同じ重さに感じる。
すぐにでも中身を見たかったが、折り返して駅に向けて出発するまでそれほど時間がないので、僕は泣く泣く鞄に台本をしまった。それは塚谷君が期待していたような行動ではなかったのだろう。
「あれ? 台本を見ないんですか?」
「うん、まあ。もうちょっとしたら、駅に向かわないといけないからね。どうせなら、じっくり見たいもん」
「じゃあ、私も一回外に出た方がいいですよね?」
「ああ、別にいいよ。ここでバスを回すだけだし、せっかくだからお客さんが乗ってくるまで、もう少し話してよ。この『路線バスに乗って一人旅』の仕事をよく取れたね?」
「それは、監督に協力してもらったんですよ。ドラマの宣伝にもなるからなんとか出られるようにしてもらえないですかねって言ったら、二つ返事で承諾してくれたんです。それから1時間もしないうちに、その一人旅のスタッフさんから連絡があって、あっさり契約成立ですよ。あの監督は本当に顔が広いですよ」
「確かに顔は広いけど、それでもそんなにあっさり決まるなんてすごいね」
「ただ、問題もあって」
「問題って?」
「そのおー、ドラマの撮影が来月から始まりますよね。撮影は週に2日ペースでできるとして、バスの仕事は週に2、3日のペースだけど撮影の次の日は入れないようにしてるから、3日連続で『路線バスに乗って一人旅』のロケに行くのって難しいんですよ」
「えっ、あの一人旅のロケって3日も撮るの?」
「撮るのは1日かせいぜい1泊2日ですけど、移動に時間がかかるんですよ」
「移動? どこに行くの?」
「北海道です」
「ほ、北海道! 一人旅のスタッフが決めたの?」
「いいえ。どこか行きたい所があるか聞かれたので、美味しい食べ物がいっぱいある北海道にしました。冬の北海道はきっと最高ですよ」
「そうだね。3日間必要ということは、その週はバスの仕事を入れなければいいんだよね?」
「そうですね。だけど、それだと、バス会社に迷惑をかけて、ひろしさんの立場が危うくならないですか?」
「少しは迷惑をかけるかもしれないけど、突然じゃなくて、前もって言うんだから大丈夫だよ」
「いや、でもですね、ただでさえ出られる日が少ないんだから……」
「美ぃ樹ぃ。何を企んでるの? 白状しなさい」
「白状って。そんな何もないですよ。ただ、ひろしさんは今週は今日と明日とバスの仕事に出て、4日間開けてまたバスの仕事じゃないですか。それで、明後日から3日間、北海道ロケをできるんじゃないかなあと思って、もうすでに手配してあります。私がすぐにでも北海道に行って、美味しい食べ物をたくさん食べたいとかではないんです。ひろしさんの空き時間を有効に使いたいだけなんです」
「そんな。僕に時間があっても、一人旅のスタッフの人たちは他に仕事があったりするんじゃないの?」
「それが、今回はディレクター一人とカメラマン一人以外は、監督の映画スタッフの人たちが手伝いに来てくれるんです」
「えっ! か、監督の映画スタッフ?」
「はい。映画のスタッフだけど、監督がドラマを撮る時もスタッフとして参加するんですよ。だから、ドラマの宣伝とバスの勉強になるならと、喜んで手伝ってくれるそうです」
僕は一度しまった『路線バスに乗って一人旅』の台本を鞄から出して撮影日を確認してから、塚谷君を見た。塚谷君はこの短期間に『路線バスに乗って一人旅』のスタッフや監督と交渉したり僕のスケジュールを見て考えたり、事務仕事が減らないことで社長から注意されたりしながらも、なんとか北海道でのロケをまとめたのだろう。百歩譲ってそれが冬の北海道を満喫したいというのが動機だったとしても、僕にはメリットしかない。
僕が好きなバスを運転している間、塚谷君が経験した苦労を想像すらできない。そんな僕が、訴えるような涙目をしている塚谷君にこれ以上何か疑問を提示するなんてできるはずもなかった。いや、僕は素直にお礼を言うだけだ。
「ありがとう、美樹。北海道、楽しみだね」
「はい」
「ごめんごめん。一応仕事中だし、それに頑張って社長を説得するよりも、頑張って事務仕事を終わらせた方が良かったんじゃなにのかなあ?」
「そんな事を言っていいんですか? この鞄の中に、何が入ってると思ってるんですか?」
この塚谷君の笑顔から、今の僕に思い浮かぶものといったら、間違ってもドーナツではない。
「えっ! も、もしかしたら?」
塚谷君の笑顔がうつったような気がする。
「そう、そのもしかしたらが入ってるんですよ。そんな笑顔になって、仕事中じゃなかったんですか?」
「あっ。でもだって、ドラマの台本を持ってきてくれたんでしょ? もちろん美樹の顔を見れたのも嬉しいよ。だから早く見せて」
「どうせ私は台本以下ですよ。それに、ドラマの台本だけではないんですよね」
「え? まだ他に何かあるの? 教えて、美樹」
「かわいい美樹と言ってくれたら、教えてあげてもいいんですけどね」
「かわいい美樹、教えて」
「はやっ。まあ心もこもってたみたいだし教えてあげましょう。見た方が早いですね」と言って、塚谷君は『路線バスに乗って一人旅』と書かれた台本と『名バス運転士ホームズ』と書かれた台本を渡してくれた。『路線バスに乗って一人旅』の台本はドラマとは違って決められたセリフなんてないので厚みはなかったが、僕にとっては『名バス運転士ホームズ』の台本と同じ重さに感じる。
すぐにでも中身を見たかったが、折り返して駅に向けて出発するまでそれほど時間がないので、僕は泣く泣く鞄に台本をしまった。それは塚谷君が期待していたような行動ではなかったのだろう。
「あれ? 台本を見ないんですか?」
「うん、まあ。もうちょっとしたら、駅に向かわないといけないからね。どうせなら、じっくり見たいもん」
「じゃあ、私も一回外に出た方がいいですよね?」
「ああ、別にいいよ。ここでバスを回すだけだし、せっかくだからお客さんが乗ってくるまで、もう少し話してよ。この『路線バスに乗って一人旅』の仕事をよく取れたね?」
「それは、監督に協力してもらったんですよ。ドラマの宣伝にもなるからなんとか出られるようにしてもらえないですかねって言ったら、二つ返事で承諾してくれたんです。それから1時間もしないうちに、その一人旅のスタッフさんから連絡があって、あっさり契約成立ですよ。あの監督は本当に顔が広いですよ」
「確かに顔は広いけど、それでもそんなにあっさり決まるなんてすごいね」
「ただ、問題もあって」
「問題って?」
「そのおー、ドラマの撮影が来月から始まりますよね。撮影は週に2日ペースでできるとして、バスの仕事は週に2、3日のペースだけど撮影の次の日は入れないようにしてるから、3日連続で『路線バスに乗って一人旅』のロケに行くのって難しいんですよ」
「えっ、あの一人旅のロケって3日も撮るの?」
「撮るのは1日かせいぜい1泊2日ですけど、移動に時間がかかるんですよ」
「移動? どこに行くの?」
「北海道です」
「ほ、北海道! 一人旅のスタッフが決めたの?」
「いいえ。どこか行きたい所があるか聞かれたので、美味しい食べ物がいっぱいある北海道にしました。冬の北海道はきっと最高ですよ」
「そうだね。3日間必要ということは、その週はバスの仕事を入れなければいいんだよね?」
「そうですね。だけど、それだと、バス会社に迷惑をかけて、ひろしさんの立場が危うくならないですか?」
「少しは迷惑をかけるかもしれないけど、突然じゃなくて、前もって言うんだから大丈夫だよ」
「いや、でもですね、ただでさえ出られる日が少ないんだから……」
「美ぃ樹ぃ。何を企んでるの? 白状しなさい」
「白状って。そんな何もないですよ。ただ、ひろしさんは今週は今日と明日とバスの仕事に出て、4日間開けてまたバスの仕事じゃないですか。それで、明後日から3日間、北海道ロケをできるんじゃないかなあと思って、もうすでに手配してあります。私がすぐにでも北海道に行って、美味しい食べ物をたくさん食べたいとかではないんです。ひろしさんの空き時間を有効に使いたいだけなんです」
「そんな。僕に時間があっても、一人旅のスタッフの人たちは他に仕事があったりするんじゃないの?」
「それが、今回はディレクター一人とカメラマン一人以外は、監督の映画スタッフの人たちが手伝いに来てくれるんです」
「えっ! か、監督の映画スタッフ?」
「はい。映画のスタッフだけど、監督がドラマを撮る時もスタッフとして参加するんですよ。だから、ドラマの宣伝とバスの勉強になるならと、喜んで手伝ってくれるそうです」
僕は一度しまった『路線バスに乗って一人旅』の台本を鞄から出して撮影日を確認してから、塚谷君を見た。塚谷君はこの短期間に『路線バスに乗って一人旅』のスタッフや監督と交渉したり僕のスケジュールを見て考えたり、事務仕事が減らないことで社長から注意されたりしながらも、なんとか北海道でのロケをまとめたのだろう。百歩譲ってそれが冬の北海道を満喫したいというのが動機だったとしても、僕にはメリットしかない。
僕が好きなバスを運転している間、塚谷君が経験した苦労を想像すらできない。そんな僕が、訴えるような涙目をしている塚谷君にこれ以上何か疑問を提示するなんてできるはずもなかった。いや、僕は素直にお礼を言うだけだ。
「ありがとう、美樹。北海道、楽しみだね」
「はい」
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