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明智君、死す?
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「何言ってるんですか。そんなの無理に決まってるでしょ。あんな相撲取りのようなバカ力の持ち主なんて、簡単に見つかるわけないですよ。元プロのピッチャーだって奇跡的になんとか見つかったというのに。野球人口と相撲人口の差を舐めないでください。ちなみに相撲取りと言っても、横綱級ですからね。学生横綱とかではなく、本物の。あなたも見れば分かりますよ。ただのデブ……まあ、その、ではないですからね。どういうツテでスカウトしたのか謎ですけど、羨ましい……。えっ? もしかしたら、あなたにもそういうツテが? あるわけないですよね」
「確かにツテはない。しかし、私なら打てる。例え相手が元プロのピッチャーだろうとも」
「それでは失礼しますね。そろそろ相手も来る頃だし」
「おいっ! 待て。じゃあ、こういうのはどうだ? もし私があそこまで飛ばせなかったなら、この河川敷の使用料1年分をくれてやろう」
「おーい、そこのベンチをこの方のためにあけろー。それと、お茶とお茶菓子も用意だ。さ、さ、すぐに相手チームも来ると思いますけど、しばしくつろいで待っていてくださいね、ホームラン王さん。なんて言ったりしてね。へへ」
こ、こいつ……。なんて変わり身の早い。こういうのも、ある意味才能なのかもな。もしかしたら怪盗のミッションで役に立つかも。『忍法変わり身の術』っていうのだろうか。『忍法』ではなくて、『怪盗術』と言わないといけないか。いや、どうでもいい。とりあえず、こいつが私の話を真に受けただけで喜んでおこう。大抵の奴は、私がお金もちには見えないようだからな。今の私には警察官のバックがあるからかもしれないが。いわゆる日本国が。
「ちょっと待ってくれ。一緒に来ている仲間に、少し時間がかかると言ってくる。あと……うちで飼っているワンちゃんにも見せたいから、連れてきてもいいか?」
「もちろんでございますですよ。ゆっくり慌てずにどうぞ。相手チームが来ても、待たせておきます。一年間無料で使えるのだから、喜んで待ちますよ」
こいつのゴマすりは全く使えないな。参考にはしないでおこう。私が打てないと、言っていることに自分で気づかないのだろうか。そう思っていても、「頑張ってくださいね」と言うところだけどな。それにしてもやけに自信があるんだな。本当にあそこまで飛ばすのは、横綱にしかできないのだろうか。ちょっと不安になってきた。
いや、だめだ。自信を持つんだ。私なら、できる。数々の修羅場をくぐり抜けてきた、私なら。それになにより、近くでトラゾウが応援しているのだから、絶対にホームランを見せてやる。あっ、こいつにはワンちゃんと言ったが、連れてくるのはトラゾウだ。明智君にも見せてあげたいが、明智君はいつでもチャンスがあるから、今回は球拾いに甘んじてもらおう。トラゾウはインドネシアにいつ帰るか分からないからな。それに大型犬を2頭も連れていくと、私がわがままに見えるかもしれない。
そして私はすぐに戻ってくる旨を低姿勢で声高らかに宣告してから、ムキになって私より低くなっている代表者に見送られて、一旦阿部君パパの車に戻った。待たせておいたので怒ってるかもしれない。それでも私は勇気を出して、車のドアを開けた。いつの間に積んだのだろうか。昨日の戦利品である美味しいお菓子をみんなで食べて楽しそうだ。しばらくして私に気づくと、いたずらが見つかった子供のような目が誰が一番上手に作れるかを競争しているのが丸わかりで謝ってきた。それでも誰一人、私にお菓子を渡してくれない。こんなに目で訴えているんだぞ。……。
「ウォッフォン……これから実証実験をやるぞ。阿部君パパは車で待機でいい。阿部君と明智君は事件現場に行って、ボールが飛んでくるのを確認してくれ。トラゾウは私と一緒に行くぞ。ホームランを見せてやるからな」
「はい」「はいっ」「ワンッ」「ガッオーン!」
「トラゾウ、分かっているだろうけど、向こうにいったら、決して声を出すんじゃないぞ。昨日ニュースになっての今日だから、臆病で敏感なやつが怪しむからな。それでも誰かが悲鳴を上げたら、阿部君パパの車まで一目散だぞ。後は私が何とかごまかすから安心しろ」
「ガオ」
私がトラゾウを連れて戻ってくると、相手チームは既にそろっていた。みんな、やけに嬉しそうだ。私を見て、野球場の一年間の使用料がただになったのを確信したのだ。いいさ。バカにされるのには慣れている。それに最後に笑うのは私だ。
あれ? よく見ると、一人だけ薄ら笑いで私をバカにしている。そう、通称、横綱くんだ。私が大口を叩いていたのを聞かされていたのだろう。そこから自分と同じくらいの大きな人間を想像していたら、現れたのがひょろっとした私だ。相撲をするならデブ……じゃなくて、大きい方が有利なのかもしれない。しかしこれは野球だ。いや待てよ。相撲でも勝てるような気がする。私がホームランを打った後に、相撲対決だな。トラゾウが喜ぶぞー。
プレイボールがかかるとすぐにチャンスがやって来た。こんな早くから代打を使うなんて、こいつら少しでも早く、私がホームランを打てないのを見たいんだな。あさましいな。私にとっては好都合なので、文句を言うつもりはないが。私の出番が遅いと、阿部君と明智君が待ちくたびれるからな。さらに飽きてしまい、再び悪徳政治家宅に何かを盗りに行きかねない。なにせ悪徳政治家宅は宝の山だからな。
私は携帯電話を取り出し、阿部君にかけた。喜ぶのが目に見える。時間を無駄にしなくて済んだのと、私の声を聞けたので。余計な事は言わないでおくれ。
「阿部君、もう出番が回ってきた。準備はいいか?」
「えっ! あっ、はい。いつでもいいですよ。明智君、急ぐよ。リーダーにしてはなかなか良い仕事をしてるみたい。ほんと、ほんと。まあ私も半信半疑だけど、万が一があるから、リーダーは。後で嫌味を言われたら、この次は手が出るかもしれないでしょ? 私は我慢するけど、明智君は我慢できないでしょ。分かったのなら、急いで。もおー、そんなの後で食べればいいじゃない。誰も取らないから。パパ、明智君のお菓子を食べたら絶縁するからね」
……。少し時間を稼ぐか。阿部君と明智君がのんびりお菓子を食べていたのは分かる。私ですら、しばらく見学だと思っていたし。いくらなんでも出番が早すぎるもんな。
私は携帯電話をトラゾウに預け、バッターボックスまで大物演歌歌手のようにゆっくり歩いた。相手チームばかりか味方チームまでもが焦れているのが分かる。しかし誰も私に「急げ」となんて言えるはずもない。1年間の使用料を受け取るまでは、私を怒らせるようなことはしたくないからな。ほんの2、3分我慢すれば、1年間の幸せを得られるのだ。
私はトラゾウを見た。阿部君から準備OKの電話があったようで、私にだけ分かるようにサインを出してくれている。何気にトラゾウは役に立つのだ。トラゾウを連れてきて正解だった。
バッターボックスに入り、ピッチャーに一瞥をくれてやると、どこかで見たやつが立っていた。私が助っ人で入ったチームに加わったはずの元プロのピッチャーだ。ユニホームだってそのままだから、間違いようがない。そこまでするか。あからさま過ぎるだろ。せめて相手チームのユニホームを着るくらいの手間をかければいいものを。ホームランを打って私が勝ったとしても、事件解決に協力してくれたということで、1年分の使用料くらいお礼のつもりで払ってやってもいいと思っていたのに。
欲深い奴は最終的には不幸になると、昔の話とか格言とかで言われてきただろ。どうやらこいつらは学習してこなかったようだな。おおいに反省してもらうとするか。こいつらが犯した数々の失敗を。
元プロの最初に投げたボールは、私の度肝を抜くためと観衆の注目を浴びたいのが重なり、なかなかのスピードがあった。さすが元プロと言うだけのことはある。はなから1球目は振らないで見ていこうと思っていたので、私はピクリともしなかった。それを見たみんなは、私が手も足も出なかったと錯覚していることだろう。ここで私の陰険さが顔を出す。喧嘩両成敗だからな。どうせなら持ち上げるだけ上げて、ドスンと落としてやろう。
2球目は振ろうと思っていたが、1球目と同様に手が出ないように見せることにした。こいつらは勝負あったかのように乱痴気騒ぎするかもな。あまり私を笑わせるんじゃないぞ。手が震えて3級目は打ち損じてしまいかねないからな。負の要素をプラスに変えられる私なら少々打ち損じても問題はないがな。さあ、来い、元プロのピッチャー。と余裕を持ってピッチャーを睨んだのが失敗だった。元プロというのが災いしたのだ。やはり実力者は私の能力を見抜いたのか、オーラを感じたのか、勝手に萎縮してしまった。
投げたボールはスピードは打ちごろのうえに、大きくストライクから外れていた。
「ストライーク!」と審判は声高らかに宣言する。
え? 聞き間違いか? 際どいとかのレベルではないぞ。キャッチャーが飛び上がって手を伸ばしなんとか取ったんだぞ。……。なるほどなるほど。どうやら来たボールはどんなに外れていようとも、打たないといけないようだな。だけど今のようなボールはどんなに頑張ってもバットを当てるのが精一杯でホームランなんてとてもじゃない。スピードがあろうが変化がすごかろうが本当のストライクなら、打てる自信はある。しかしバットが届かないような所に投げられては無理だ。いくらなんでも私は超能力がない。ピンチだ。
元プロのピッチャーよ、落ち着いてくれ。少しくらいプライドが残っているんじゃないのか。深呼吸でもしてみろ。あっ、またもや睨んでしまった。だめだ。さらに萎縮してしまったぞ。こんな独裁国家主催のサッカーでも引くほどのアウェーの洗礼を受けて、私は負けるのか。この大怪盗で名探偵の私が。……。トラゾウと目が合った。フフッ。悪あがきの天才が諦めるわけにはいかない。本当にトラゾウがいてくれて良かった。
私はバッターボックスから少し出て素振りをした。と同時に派手に転んであげた。大爆笑だ。想像以上の。くそー。わざととはいえ、恥ずかしいじゃないか。それもこれも元プロのピッチャーのくせに、こんな草野球くらいで緊張するからだぞ。だから若くしてプロをクビになったのだろうな。昔の事はどうでもいいか。それよりも落ち着いてくれたのだろうか。おおー、見るからにリラックスしている。なんて分かりやすい。だから若くして……何度も言う必要はないな。後で、メンタルトレーナーを雇うように助言してあげよう。再びプロのマウンドに立てるはずだ。
だけど今は対戦相手である私がなんとか手助けをしてあげないといけない。ノミの心臓のあいつのためにしてあげられる事は、とにかくオーラを消すだな。それしかない。ただそれだと、私は三振してしまう。なので、あいつがボールを投げて、そのボールがホームベースを通過するまでの僅かな時間で、オーラの再点灯だ。リスクは高いが、それしかない。間抜けのふりをしつつも、集中力だけは高めておこう。
私の視界にトラゾウが入った。うん、大丈夫だ。私は打てる。トラゾウ、見てておくれ。メジャーリーガーも真っ青のどでかいホームランを打ってあげるからな。
完全に自信を取り戻した元プロのピッチャーはものすごいボールを投げた。1球目を遥かに凌駕している。体感で言うと200キロくらいは出ているだろうか。しかし200キロだろうが上下左右に大きく変化しようが、数々の修羅場をくぐり抜けてきた私には、ただの軟球だ。
「ドッカーン!」
爆音だけを残し、ボールは悪徳政治家の家に吸い込まれていった。あまりの衝撃に誰もいないのかと思われるくらいに静まり返っている。私とトラゾウだけは笑顔で。ゆっくりダイヤモンドを一周しようとしたその時、携帯電話の呼び出し音が褒め称えるように鳴り響いた。私の電話で間違いない。まったく阿部君ときたら。少しくらい余韻に浸らせてくれてもいいじゃないか。ああそうか。一緒になって喜びたかったのだな。少しだけ待っておくれ。ダイヤモンドを一周しないといけない。目立ちたいからではないぞ。ホームランといえども必要以上にコースから離れるとアウトにされるからな。あっけにとられているこいつらに、それを指摘する余裕があるとは思えないが、油断大敵だ。
それにしてもうるさいな。静まり返ったままで、よく耳に届くからか。トラゾウ、出てくれるかい? 目で合図すると、待ってましたとばかりにトラゾウは出てくれた。そんな大声で対応しなければ、誰もトラだとは気づかない。それにみんなはまだ、ボールが飛んで行った方を口をぽかんと開けて見ている。相手チームのベンチでふんぞり返っていた横綱くんですら、あごが外れるぞと言いたくなるほどだ。素人相手なら、横綱くんでも飛ばせた。だけど元プロの投げた今のボールは、ホームランどころかかすりもしないと自分自身がよく理解しているのだろう。横綱くん、世界は広いだろ?
横綱くんに構っている場合ではない。笑顔だったはずのトラゾウが電話に出た途端に表情が曇っている。私の推理が当たっただけでなく有言実行でホームランを打ったものだから、てっきり居ても立っても居られなくて私を称賛していると思ったのだけれど。すぐに出なかったから、怒られているのか。阿部君、悪いのはトラゾウではないのだから、怒るなら私にしてくれないだろうか。それとも間近で見られたトラゾウにヤキモチを? 分からなくもないが。仕方がない、1年分の使用料を払う代わりに、永世名誉助っ人にしてもらおう。それなら大勢で来ても歓迎こそされても邪魔者扱いはない。
「リーダー!」
トラゾウのやつ、うっかりスピーカーをマックスにしてしまったな。まあ、いい。褒められて嫌な気はしないからな。さあ、いいぞ。遠慮なく褒めておくれ。照れないように頑張ってみせるぞ。
「明智君が大変なんです!」
「確かにツテはない。しかし、私なら打てる。例え相手が元プロのピッチャーだろうとも」
「それでは失礼しますね。そろそろ相手も来る頃だし」
「おいっ! 待て。じゃあ、こういうのはどうだ? もし私があそこまで飛ばせなかったなら、この河川敷の使用料1年分をくれてやろう」
「おーい、そこのベンチをこの方のためにあけろー。それと、お茶とお茶菓子も用意だ。さ、さ、すぐに相手チームも来ると思いますけど、しばしくつろいで待っていてくださいね、ホームラン王さん。なんて言ったりしてね。へへ」
こ、こいつ……。なんて変わり身の早い。こういうのも、ある意味才能なのかもな。もしかしたら怪盗のミッションで役に立つかも。『忍法変わり身の術』っていうのだろうか。『忍法』ではなくて、『怪盗術』と言わないといけないか。いや、どうでもいい。とりあえず、こいつが私の話を真に受けただけで喜んでおこう。大抵の奴は、私がお金もちには見えないようだからな。今の私には警察官のバックがあるからかもしれないが。いわゆる日本国が。
「ちょっと待ってくれ。一緒に来ている仲間に、少し時間がかかると言ってくる。あと……うちで飼っているワンちゃんにも見せたいから、連れてきてもいいか?」
「もちろんでございますですよ。ゆっくり慌てずにどうぞ。相手チームが来ても、待たせておきます。一年間無料で使えるのだから、喜んで待ちますよ」
こいつのゴマすりは全く使えないな。参考にはしないでおこう。私が打てないと、言っていることに自分で気づかないのだろうか。そう思っていても、「頑張ってくださいね」と言うところだけどな。それにしてもやけに自信があるんだな。本当にあそこまで飛ばすのは、横綱にしかできないのだろうか。ちょっと不安になってきた。
いや、だめだ。自信を持つんだ。私なら、できる。数々の修羅場をくぐり抜けてきた、私なら。それになにより、近くでトラゾウが応援しているのだから、絶対にホームランを見せてやる。あっ、こいつにはワンちゃんと言ったが、連れてくるのはトラゾウだ。明智君にも見せてあげたいが、明智君はいつでもチャンスがあるから、今回は球拾いに甘んじてもらおう。トラゾウはインドネシアにいつ帰るか分からないからな。それに大型犬を2頭も連れていくと、私がわがままに見えるかもしれない。
そして私はすぐに戻ってくる旨を低姿勢で声高らかに宣告してから、ムキになって私より低くなっている代表者に見送られて、一旦阿部君パパの車に戻った。待たせておいたので怒ってるかもしれない。それでも私は勇気を出して、車のドアを開けた。いつの間に積んだのだろうか。昨日の戦利品である美味しいお菓子をみんなで食べて楽しそうだ。しばらくして私に気づくと、いたずらが見つかった子供のような目が誰が一番上手に作れるかを競争しているのが丸わかりで謝ってきた。それでも誰一人、私にお菓子を渡してくれない。こんなに目で訴えているんだぞ。……。
「ウォッフォン……これから実証実験をやるぞ。阿部君パパは車で待機でいい。阿部君と明智君は事件現場に行って、ボールが飛んでくるのを確認してくれ。トラゾウは私と一緒に行くぞ。ホームランを見せてやるからな」
「はい」「はいっ」「ワンッ」「ガッオーン!」
「トラゾウ、分かっているだろうけど、向こうにいったら、決して声を出すんじゃないぞ。昨日ニュースになっての今日だから、臆病で敏感なやつが怪しむからな。それでも誰かが悲鳴を上げたら、阿部君パパの車まで一目散だぞ。後は私が何とかごまかすから安心しろ」
「ガオ」
私がトラゾウを連れて戻ってくると、相手チームは既にそろっていた。みんな、やけに嬉しそうだ。私を見て、野球場の一年間の使用料がただになったのを確信したのだ。いいさ。バカにされるのには慣れている。それに最後に笑うのは私だ。
あれ? よく見ると、一人だけ薄ら笑いで私をバカにしている。そう、通称、横綱くんだ。私が大口を叩いていたのを聞かされていたのだろう。そこから自分と同じくらいの大きな人間を想像していたら、現れたのがひょろっとした私だ。相撲をするならデブ……じゃなくて、大きい方が有利なのかもしれない。しかしこれは野球だ。いや待てよ。相撲でも勝てるような気がする。私がホームランを打った後に、相撲対決だな。トラゾウが喜ぶぞー。
プレイボールがかかるとすぐにチャンスがやって来た。こんな早くから代打を使うなんて、こいつら少しでも早く、私がホームランを打てないのを見たいんだな。あさましいな。私にとっては好都合なので、文句を言うつもりはないが。私の出番が遅いと、阿部君と明智君が待ちくたびれるからな。さらに飽きてしまい、再び悪徳政治家宅に何かを盗りに行きかねない。なにせ悪徳政治家宅は宝の山だからな。
私は携帯電話を取り出し、阿部君にかけた。喜ぶのが目に見える。時間を無駄にしなくて済んだのと、私の声を聞けたので。余計な事は言わないでおくれ。
「阿部君、もう出番が回ってきた。準備はいいか?」
「えっ! あっ、はい。いつでもいいですよ。明智君、急ぐよ。リーダーにしてはなかなか良い仕事をしてるみたい。ほんと、ほんと。まあ私も半信半疑だけど、万が一があるから、リーダーは。後で嫌味を言われたら、この次は手が出るかもしれないでしょ? 私は我慢するけど、明智君は我慢できないでしょ。分かったのなら、急いで。もおー、そんなの後で食べればいいじゃない。誰も取らないから。パパ、明智君のお菓子を食べたら絶縁するからね」
……。少し時間を稼ぐか。阿部君と明智君がのんびりお菓子を食べていたのは分かる。私ですら、しばらく見学だと思っていたし。いくらなんでも出番が早すぎるもんな。
私は携帯電話をトラゾウに預け、バッターボックスまで大物演歌歌手のようにゆっくり歩いた。相手チームばかりか味方チームまでもが焦れているのが分かる。しかし誰も私に「急げ」となんて言えるはずもない。1年間の使用料を受け取るまでは、私を怒らせるようなことはしたくないからな。ほんの2、3分我慢すれば、1年間の幸せを得られるのだ。
私はトラゾウを見た。阿部君から準備OKの電話があったようで、私にだけ分かるようにサインを出してくれている。何気にトラゾウは役に立つのだ。トラゾウを連れてきて正解だった。
バッターボックスに入り、ピッチャーに一瞥をくれてやると、どこかで見たやつが立っていた。私が助っ人で入ったチームに加わったはずの元プロのピッチャーだ。ユニホームだってそのままだから、間違いようがない。そこまでするか。あからさま過ぎるだろ。せめて相手チームのユニホームを着るくらいの手間をかければいいものを。ホームランを打って私が勝ったとしても、事件解決に協力してくれたということで、1年分の使用料くらいお礼のつもりで払ってやってもいいと思っていたのに。
欲深い奴は最終的には不幸になると、昔の話とか格言とかで言われてきただろ。どうやらこいつらは学習してこなかったようだな。おおいに反省してもらうとするか。こいつらが犯した数々の失敗を。
元プロの最初に投げたボールは、私の度肝を抜くためと観衆の注目を浴びたいのが重なり、なかなかのスピードがあった。さすが元プロと言うだけのことはある。はなから1球目は振らないで見ていこうと思っていたので、私はピクリともしなかった。それを見たみんなは、私が手も足も出なかったと錯覚していることだろう。ここで私の陰険さが顔を出す。喧嘩両成敗だからな。どうせなら持ち上げるだけ上げて、ドスンと落としてやろう。
2球目は振ろうと思っていたが、1球目と同様に手が出ないように見せることにした。こいつらは勝負あったかのように乱痴気騒ぎするかもな。あまり私を笑わせるんじゃないぞ。手が震えて3級目は打ち損じてしまいかねないからな。負の要素をプラスに変えられる私なら少々打ち損じても問題はないがな。さあ、来い、元プロのピッチャー。と余裕を持ってピッチャーを睨んだのが失敗だった。元プロというのが災いしたのだ。やはり実力者は私の能力を見抜いたのか、オーラを感じたのか、勝手に萎縮してしまった。
投げたボールはスピードは打ちごろのうえに、大きくストライクから外れていた。
「ストライーク!」と審判は声高らかに宣言する。
え? 聞き間違いか? 際どいとかのレベルではないぞ。キャッチャーが飛び上がって手を伸ばしなんとか取ったんだぞ。……。なるほどなるほど。どうやら来たボールはどんなに外れていようとも、打たないといけないようだな。だけど今のようなボールはどんなに頑張ってもバットを当てるのが精一杯でホームランなんてとてもじゃない。スピードがあろうが変化がすごかろうが本当のストライクなら、打てる自信はある。しかしバットが届かないような所に投げられては無理だ。いくらなんでも私は超能力がない。ピンチだ。
元プロのピッチャーよ、落ち着いてくれ。少しくらいプライドが残っているんじゃないのか。深呼吸でもしてみろ。あっ、またもや睨んでしまった。だめだ。さらに萎縮してしまったぞ。こんな独裁国家主催のサッカーでも引くほどのアウェーの洗礼を受けて、私は負けるのか。この大怪盗で名探偵の私が。……。トラゾウと目が合った。フフッ。悪あがきの天才が諦めるわけにはいかない。本当にトラゾウがいてくれて良かった。
私はバッターボックスから少し出て素振りをした。と同時に派手に転んであげた。大爆笑だ。想像以上の。くそー。わざととはいえ、恥ずかしいじゃないか。それもこれも元プロのピッチャーのくせに、こんな草野球くらいで緊張するからだぞ。だから若くしてプロをクビになったのだろうな。昔の事はどうでもいいか。それよりも落ち着いてくれたのだろうか。おおー、見るからにリラックスしている。なんて分かりやすい。だから若くして……何度も言う必要はないな。後で、メンタルトレーナーを雇うように助言してあげよう。再びプロのマウンドに立てるはずだ。
だけど今は対戦相手である私がなんとか手助けをしてあげないといけない。ノミの心臓のあいつのためにしてあげられる事は、とにかくオーラを消すだな。それしかない。ただそれだと、私は三振してしまう。なので、あいつがボールを投げて、そのボールがホームベースを通過するまでの僅かな時間で、オーラの再点灯だ。リスクは高いが、それしかない。間抜けのふりをしつつも、集中力だけは高めておこう。
私の視界にトラゾウが入った。うん、大丈夫だ。私は打てる。トラゾウ、見てておくれ。メジャーリーガーも真っ青のどでかいホームランを打ってあげるからな。
完全に自信を取り戻した元プロのピッチャーはものすごいボールを投げた。1球目を遥かに凌駕している。体感で言うと200キロくらいは出ているだろうか。しかし200キロだろうが上下左右に大きく変化しようが、数々の修羅場をくぐり抜けてきた私には、ただの軟球だ。
「ドッカーン!」
爆音だけを残し、ボールは悪徳政治家の家に吸い込まれていった。あまりの衝撃に誰もいないのかと思われるくらいに静まり返っている。私とトラゾウだけは笑顔で。ゆっくりダイヤモンドを一周しようとしたその時、携帯電話の呼び出し音が褒め称えるように鳴り響いた。私の電話で間違いない。まったく阿部君ときたら。少しくらい余韻に浸らせてくれてもいいじゃないか。ああそうか。一緒になって喜びたかったのだな。少しだけ待っておくれ。ダイヤモンドを一周しないといけない。目立ちたいからではないぞ。ホームランといえども必要以上にコースから離れるとアウトにされるからな。あっけにとられているこいつらに、それを指摘する余裕があるとは思えないが、油断大敵だ。
それにしてもうるさいな。静まり返ったままで、よく耳に届くからか。トラゾウ、出てくれるかい? 目で合図すると、待ってましたとばかりにトラゾウは出てくれた。そんな大声で対応しなければ、誰もトラだとは気づかない。それにみんなはまだ、ボールが飛んで行った方を口をぽかんと開けて見ている。相手チームのベンチでふんぞり返っていた横綱くんですら、あごが外れるぞと言いたくなるほどだ。素人相手なら、横綱くんでも飛ばせた。だけど元プロの投げた今のボールは、ホームランどころかかすりもしないと自分自身がよく理解しているのだろう。横綱くん、世界は広いだろ?
横綱くんに構っている場合ではない。笑顔だったはずのトラゾウが電話に出た途端に表情が曇っている。私の推理が当たっただけでなく有言実行でホームランを打ったものだから、てっきり居ても立っても居られなくて私を称賛していると思ったのだけれど。すぐに出なかったから、怒られているのか。阿部君、悪いのはトラゾウではないのだから、怒るなら私にしてくれないだろうか。それとも間近で見られたトラゾウにヤキモチを? 分からなくもないが。仕方がない、1年分の使用料を払う代わりに、永世名誉助っ人にしてもらおう。それなら大勢で来ても歓迎こそされても邪魔者扱いはない。
「リーダー!」
トラゾウのやつ、うっかりスピーカーをマックスにしてしまったな。まあ、いい。褒められて嫌な気はしないからな。さあ、いいぞ。遠慮なく褒めておくれ。照れないように頑張ってみせるぞ。
「明智君が大変なんです!」
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