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ついうっかり、集中しすぎたのかな
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阿部君パパと警備の警察官は、家の裏手をダラダラのんびり歩いている頃だ。なので私も、ダラダラのんびり堂々と歩いて正門から出るとするか。それでも門を出る時は身構えてしまった。警察はもちろんだけど、一般の通行人にだって見られるわけにはいかないからな。だって私も怪盗の衣装を身に着けているのだから。
説明しないといけないようだ。私は服に無頓着なこともあり、阿部君にすべてを丸投げした。その時は、まだ阿部君の性格を完全には把握していなかったからな。この物言いからも、私の好みとかけ離れているだけでなく、不本意な衣装となってしまったと理解してくれるだろう。具体的に言った方がいいのだろうか。
教えてもいいのだけれど、私をバカにしないと約束できる人にだけしておこう。同情もいらない。お世辞もいらない。しいてフォローの言葉として納得できるものは、「大怪盗はどのような衣装でも様になる」くらいだろうか。
衣装の説明の前に、説明しておかないといけない事がある。それは、コードネームだ。コードネームも阿部君がみんなの分を考えたが、その経緯は想像してくれるかい。ヒントを一つあげるとするなら、コードネームなるものに憧れていたのは阿部君だけだった。私は、はっきり言ってコードネームなんて発想もなかった。しかし大事な名前なのだから、自分で考えておけば良かったと思っても、後の祭りだな。
流れ上、みんなのコードネームを発表しておくか。興味がないとか言わないでくれるかい。そんな事を言ったなら、阿部君が本気で嫌がらせをやるからな。なぜか、私に。では聞いておくれ。まずは阿部君が『レッド』で、明智君が『イエロー』で、そして私が『ブルー』だ。決まった課程は、またの機会に怪盗日記を発表するので、そこで確認して欲しい。
どんどん進めよう。なぜコードネームを発表したかというと、衣装がコードネームに関するものだからだ。阿部君がそうしようと言い出した、というより決めていたのだ。なので私の衣装は、上がデニム風のワイシャツで下が伸縮性のデニムだ。大怪盗にしては地味だ。まあミッション中は目立たないに越したことはないので、許容範囲にしておいた。問題なのは、覆面の方だ。
阿部君と明智君は、最初はライオンの覆面で、次からはトラに変わった。ライオンと言えば、たてがみがなので、市販の覆面にもたてがみがあったからだ。たてがみがあるのは、オスだけだと、ふと気づいたらしい。それにトラの覆面の種類が豊富だったのもある。タイガーマスクのおかげなのだけれど、もちろん阿部君がタイガーマスクを知っているわけがない。なのでトラの覆面だけが多いことに、随分不思議がっていた。ちなみにライオンもトラも、阿部君の覆面の色は赤だ。ヒョウ柄のワンピースも赤地だ。阿部君の事は今はどうでもいい。
私もコードネームにちなんだ青のライオンや青のトラだったのかと言えば、全く違う。こんなくだらない事を長々と話していられないので、簡潔に話そう。縁日とかで売っているロボットアニメのバッタもんのお面を、阿部君がふざけて私に渡したのだ。ふざけたと言っても、他に青のライオンとかを用意しているのなら笑えたのだろう。しかし私だけが笑うことはなかったのだ。だけどおまかせした手前、文句も言えず素直に従うしかなかった。
私は、視界が十分に確保できない呼吸さえも満足にできないお面を付けて、怪盗のミッションに臨んだのだ。二回目までは。だけど想像を絶する大騒動でいつの間にか失くしてしまう。本当にわざとではない。阿部君に怒られる危険を冒してまで、そんな事はしない。失くした事を後悔していると言えば、嘘になるのは認めるが。
ただ、安心して欲しい。私は、阿部君に怒られなかった。それどころか、私の働きを評価してくれた阿部君は、みんなとおそろいのトラの覆面を用意してくれたのだ。だけど残念なことに、それを私が被ることはなかった。阿部君が私に渡すまで自宅に保管しておいたら、阿部君パパに持っていかれてしまったのだ。阿部君パパが子供の頃に憧れたタイガーマスクが被っていたマスクの完全レプリカだったのが、災いしたとしか言いようがない。
平和を愛する我々怪盗団が、力づくで阿部君パパから奪い返すようなことはできなかった。阿部君パパの気持ちは、同世代の私には理解できるものだし。それに無理やり取り返しても後味が悪いだけだ。だけどその時には悪徳政治家を標的にしたミッションが決まっていた。素顔で望むのは捕まえてくださいと言っているようなものなので、苦肉の策として、私だけが顔にマジックでトラの模様を描かれてしまう。
日本では、それ以来のミッションなので、今日の私のお面は初お披露目ということだな。意味ありげに日本ではと言ったのは、そういうことだ。しかし何度も言うが、時間がないので、フランスはパリでのドタバタはいずれまたの機会に話そう。あっ、ついついフランスのパリと言ったが、決して自慢ではない。私が費用をすべて出して、フランスに慰安旅行に連れていってあげた事なんて、大した事ではないからな。明智君があそこで我を忘れなければ、楽しい思い出だけができていただろう。
新しいお面の説明がまだだった。なんと、初心に返ってロボットアニメのバッタもんのお面だ……ということはない。バッタもんではないのだ。驚くべきことに、公式のお面だ。価格は10倍だったらしい。公式なだけあって、付けても視界は完璧に確保されているし、息苦しさも感じない。さらにLEDランプで装飾されているのでキラッキラしている。なのに軽量ときている。公式は本当によくできている。しいて文句を言うなら、どうして私だけがのけものなんだ。私だって、二人と同じトラの覆面が欲しい。価格だってさほどかわらないはずだ。理由は分かっている。阿部君と明智君は、ただ単にお面を付けた私を見て笑いたいからだ。なので私の衣装の話は、これくらいにしよう。ちょうど阿部君パパの車にたどり着いたし。
あとは阿部君パパが戻ってくるのを待つだけだな。警備の警察官をうまく連れ回せているようだな。何を話しながら歩いているのか少し気になる。私の悪口なら、冗談の域を出ないようにしてくれよ。その警察官とはこれからも度々顔を合わせるのだから、私への印象が悪くなると気まずくなるじゃないか。後で確認だけはしておかないと。阿部君パパは悪気なく悪口を言うやつだからな。
うーん、何か他に大事な事を忘れているような気がする。落ち着いて考えよう。今回のミッションの一番重要な標的であるボールは……ある。夫人のかわいいチワワは……部屋でくつろいでいる。戸締まりもあの賢いチワワがしてくれただろう。ドッグフードは……全部あげたんだったな。パトカーのサイレンも聞こえてこない。私は誰に見られることもなく、ミッションを完璧にやり遂げた。当然だけど。考えすぎだったようだ。天才にはよくあることなのだ。天才論を聞きたいかい? あっ、阿部君パパが戻ってきたから、またいつか聞かせてあげよう。
「おっ、阿部君パパ、ごくろうさん。警備の警察官は何も怪しんでいなかったかい?」
「はい。お互いに愚痴を言い合って意気投合して、いろいろ本気で話せましたよ。それで、ひまわりと明智君はどこにいるんですか?」
「えっ! ええー? わ、忘れてた。その辺にいないか? 車の下は? もしくは、上か? ボンネットの中とか? 歩いて帰っ……そんな疲れることはしない。ということは、まだあの家の中だ。迎えに行かないと。しかしどうしてだ? ささやかないたずらがどんどんエスカレートしているのだろうか。それでも遅すぎるじゃないか。私を探しているとか……残念ながら絶対にないな。理由なんてどうでもいい。阿部君パパ、すまないが、もう一周警察官を連れて歩けそうか?」
「はい。次は逆に泥棒が入りそうな場所がないかを一緒に探してみます」
この余裕はなんだ? やけに落ち着いているし。リーダーの私がこんなに取り乱しているっていうのに。それに何が逆なんだ? ああ、そう言えば、さっきはダミーもどきの監視カメラの位置を確認するのを口実に連れ回したんだったな。私の悪口を言うためではなかった……でも愚痴をなんたらとか言ってたぞ。そんな事はどうでもいい。阿部君と明智君を早く探しに行かないと。
落ち着け、私。やみくもに探し回っても行き違いになるだけだ。あの二人の行動パターンを考えるんだ。難問だけど。まずは阿部君パパが警備の警察官を連れ出すのを待とう。そして待ちながら考える。私に解けない謎はない。
思い出した。チワワの部屋で私は推理していた。その通りだとすると、あいつらはキッチンにいる。ということは、未だに虎視眈々と料理ができるのを待っているのだろうか。戦利品として盗るために。いたずらも兼ねているのだろう。いや、いたずらがメインか。
本来なら金目の物を盗みたいところだ。だけど下手したら、今回の傷害事件と同一犯だとされてしまい、今度こそ正式な犯人と認定されかねない。料理を盗られても、とてつもない恐怖を感じるだけだ。だけど警察はこの豪邸の庭に棲みついた謎の雑食の新種の生物が興味本位で食べたと決めつけて相手にもしてくれないと、夫人は考える。悪知恵の働く阿部君と明智君も、夫人がそう考えると、考える。
夫人が料理を完成させて、あのかわいいチワワを呼びに行ったところで、二人がかりでチワワの部屋から出られなくしたな。あのチワワの部屋は、部屋から見て外に開くタイプのドアだったし、廊下はそんなに広くなかった。しんばり棒一本で、ドアは開けられなくできる。でも、外は? あのチワワが簡単に出られるくらいだけど。まずは雨戸を閉めたか。そして雨戸がスライドしないように、うまくしんばり棒だ。
見えた。今、あの二人は夫人が作った料理をゆっくり味わっている。アジトでマリ先生が作っている料理の事は頭の中から消滅したのだろう。それとも食いしん坊の二人なら、それも美味しく完食できるのかもしれない。一つ言えるのは、後先考えないで行動している。
まさかそれが、ささやかないたずらなのだろうか。『ささやか』の意味を明日からは『とてつもない』に変えてもらうように、国語辞典の作成者に頼むしかないようだ。聞いてくれるだろうか。賄賂を渡せば一人くらいは聞いてくれるかもしれないな。はっきり言って『ささやか』をわざわざ国語辞典で調べるような暇人はいないのだから。これで万事解決だ。私の名推理の答え合わせをしようじゃないか。急げば、私もご相伴にあずかれるぞ。
あっ、いや、参考のためだからな。本物のセレブが作る料理がどんなものか知っておいたら、今後の私の料理に幅ができるだろ。なにせ私の料理はほぼ我流だから。阿部君が背後で睨んでいるから、命がけで料理をしたために、美味しいものを作られるようになっただけだ。ああー、言い訳している時間が惜しい。早く美味しい料理……じゃなくて、チワワと夫人を救出……でもなくて、阿部君と明智君を急いで連れ戻さないといけない。
私が勢いよく車のドアを開けると、唐草模様の大きな風呂敷を抱えた昭和風の泥棒二人組と目が合った。何から触れたらいいのだろうか。風呂敷の中身は後回しにしよう。私の推理が外れた事は、言い訳をするつもりはない。この二人の事を読み解くのは、おそらくホームズでさえ不可能なのだ。だけど白シカ組組長暴行事件の方は解決するから安心しておくれ。夫人とチワワに危害を加えていないか、まず確認するか。
と思ったのに、先に話しかけられてしまった。仕方がない。考えてから行動する私と、まず行動するこいつらとの差が出ただけだ。私が勝手に持ち場を離れたと勘違いしていないだけで十分だ。
「あれ? リーダー、こんなところで何をしてるんですか?」
「いや……ちょっと……」
こいつらは一体どこら辺りから脱線したのだろうか。それが分からないから、私は口ごもるしかない。でも何か具体的な事を言わないと、真面目にミッションをこなした私の方が責められるぞ。考えるな。私の口、行動だ。
説明しないといけないようだ。私は服に無頓着なこともあり、阿部君にすべてを丸投げした。その時は、まだ阿部君の性格を完全には把握していなかったからな。この物言いからも、私の好みとかけ離れているだけでなく、不本意な衣装となってしまったと理解してくれるだろう。具体的に言った方がいいのだろうか。
教えてもいいのだけれど、私をバカにしないと約束できる人にだけしておこう。同情もいらない。お世辞もいらない。しいてフォローの言葉として納得できるものは、「大怪盗はどのような衣装でも様になる」くらいだろうか。
衣装の説明の前に、説明しておかないといけない事がある。それは、コードネームだ。コードネームも阿部君がみんなの分を考えたが、その経緯は想像してくれるかい。ヒントを一つあげるとするなら、コードネームなるものに憧れていたのは阿部君だけだった。私は、はっきり言ってコードネームなんて発想もなかった。しかし大事な名前なのだから、自分で考えておけば良かったと思っても、後の祭りだな。
流れ上、みんなのコードネームを発表しておくか。興味がないとか言わないでくれるかい。そんな事を言ったなら、阿部君が本気で嫌がらせをやるからな。なぜか、私に。では聞いておくれ。まずは阿部君が『レッド』で、明智君が『イエロー』で、そして私が『ブルー』だ。決まった課程は、またの機会に怪盗日記を発表するので、そこで確認して欲しい。
どんどん進めよう。なぜコードネームを発表したかというと、衣装がコードネームに関するものだからだ。阿部君がそうしようと言い出した、というより決めていたのだ。なので私の衣装は、上がデニム風のワイシャツで下が伸縮性のデニムだ。大怪盗にしては地味だ。まあミッション中は目立たないに越したことはないので、許容範囲にしておいた。問題なのは、覆面の方だ。
阿部君と明智君は、最初はライオンの覆面で、次からはトラに変わった。ライオンと言えば、たてがみがなので、市販の覆面にもたてがみがあったからだ。たてがみがあるのは、オスだけだと、ふと気づいたらしい。それにトラの覆面の種類が豊富だったのもある。タイガーマスクのおかげなのだけれど、もちろん阿部君がタイガーマスクを知っているわけがない。なのでトラの覆面だけが多いことに、随分不思議がっていた。ちなみにライオンもトラも、阿部君の覆面の色は赤だ。ヒョウ柄のワンピースも赤地だ。阿部君の事は今はどうでもいい。
私もコードネームにちなんだ青のライオンや青のトラだったのかと言えば、全く違う。こんなくだらない事を長々と話していられないので、簡潔に話そう。縁日とかで売っているロボットアニメのバッタもんのお面を、阿部君がふざけて私に渡したのだ。ふざけたと言っても、他に青のライオンとかを用意しているのなら笑えたのだろう。しかし私だけが笑うことはなかったのだ。だけどおまかせした手前、文句も言えず素直に従うしかなかった。
私は、視界が十分に確保できない呼吸さえも満足にできないお面を付けて、怪盗のミッションに臨んだのだ。二回目までは。だけど想像を絶する大騒動でいつの間にか失くしてしまう。本当にわざとではない。阿部君に怒られる危険を冒してまで、そんな事はしない。失くした事を後悔していると言えば、嘘になるのは認めるが。
ただ、安心して欲しい。私は、阿部君に怒られなかった。それどころか、私の働きを評価してくれた阿部君は、みんなとおそろいのトラの覆面を用意してくれたのだ。だけど残念なことに、それを私が被ることはなかった。阿部君が私に渡すまで自宅に保管しておいたら、阿部君パパに持っていかれてしまったのだ。阿部君パパが子供の頃に憧れたタイガーマスクが被っていたマスクの完全レプリカだったのが、災いしたとしか言いようがない。
平和を愛する我々怪盗団が、力づくで阿部君パパから奪い返すようなことはできなかった。阿部君パパの気持ちは、同世代の私には理解できるものだし。それに無理やり取り返しても後味が悪いだけだ。だけどその時には悪徳政治家を標的にしたミッションが決まっていた。素顔で望むのは捕まえてくださいと言っているようなものなので、苦肉の策として、私だけが顔にマジックでトラの模様を描かれてしまう。
日本では、それ以来のミッションなので、今日の私のお面は初お披露目ということだな。意味ありげに日本ではと言ったのは、そういうことだ。しかし何度も言うが、時間がないので、フランスはパリでのドタバタはいずれまたの機会に話そう。あっ、ついついフランスのパリと言ったが、決して自慢ではない。私が費用をすべて出して、フランスに慰安旅行に連れていってあげた事なんて、大した事ではないからな。明智君があそこで我を忘れなければ、楽しい思い出だけができていただろう。
新しいお面の説明がまだだった。なんと、初心に返ってロボットアニメのバッタもんのお面だ……ということはない。バッタもんではないのだ。驚くべきことに、公式のお面だ。価格は10倍だったらしい。公式なだけあって、付けても視界は完璧に確保されているし、息苦しさも感じない。さらにLEDランプで装飾されているのでキラッキラしている。なのに軽量ときている。公式は本当によくできている。しいて文句を言うなら、どうして私だけがのけものなんだ。私だって、二人と同じトラの覆面が欲しい。価格だってさほどかわらないはずだ。理由は分かっている。阿部君と明智君は、ただ単にお面を付けた私を見て笑いたいからだ。なので私の衣装の話は、これくらいにしよう。ちょうど阿部君パパの車にたどり着いたし。
あとは阿部君パパが戻ってくるのを待つだけだな。警備の警察官をうまく連れ回せているようだな。何を話しながら歩いているのか少し気になる。私の悪口なら、冗談の域を出ないようにしてくれよ。その警察官とはこれからも度々顔を合わせるのだから、私への印象が悪くなると気まずくなるじゃないか。後で確認だけはしておかないと。阿部君パパは悪気なく悪口を言うやつだからな。
うーん、何か他に大事な事を忘れているような気がする。落ち着いて考えよう。今回のミッションの一番重要な標的であるボールは……ある。夫人のかわいいチワワは……部屋でくつろいでいる。戸締まりもあの賢いチワワがしてくれただろう。ドッグフードは……全部あげたんだったな。パトカーのサイレンも聞こえてこない。私は誰に見られることもなく、ミッションを完璧にやり遂げた。当然だけど。考えすぎだったようだ。天才にはよくあることなのだ。天才論を聞きたいかい? あっ、阿部君パパが戻ってきたから、またいつか聞かせてあげよう。
「おっ、阿部君パパ、ごくろうさん。警備の警察官は何も怪しんでいなかったかい?」
「はい。お互いに愚痴を言い合って意気投合して、いろいろ本気で話せましたよ。それで、ひまわりと明智君はどこにいるんですか?」
「えっ! ええー? わ、忘れてた。その辺にいないか? 車の下は? もしくは、上か? ボンネットの中とか? 歩いて帰っ……そんな疲れることはしない。ということは、まだあの家の中だ。迎えに行かないと。しかしどうしてだ? ささやかないたずらがどんどんエスカレートしているのだろうか。それでも遅すぎるじゃないか。私を探しているとか……残念ながら絶対にないな。理由なんてどうでもいい。阿部君パパ、すまないが、もう一周警察官を連れて歩けそうか?」
「はい。次は逆に泥棒が入りそうな場所がないかを一緒に探してみます」
この余裕はなんだ? やけに落ち着いているし。リーダーの私がこんなに取り乱しているっていうのに。それに何が逆なんだ? ああ、そう言えば、さっきはダミーもどきの監視カメラの位置を確認するのを口実に連れ回したんだったな。私の悪口を言うためではなかった……でも愚痴をなんたらとか言ってたぞ。そんな事はどうでもいい。阿部君と明智君を早く探しに行かないと。
落ち着け、私。やみくもに探し回っても行き違いになるだけだ。あの二人の行動パターンを考えるんだ。難問だけど。まずは阿部君パパが警備の警察官を連れ出すのを待とう。そして待ちながら考える。私に解けない謎はない。
思い出した。チワワの部屋で私は推理していた。その通りだとすると、あいつらはキッチンにいる。ということは、未だに虎視眈々と料理ができるのを待っているのだろうか。戦利品として盗るために。いたずらも兼ねているのだろう。いや、いたずらがメインか。
本来なら金目の物を盗みたいところだ。だけど下手したら、今回の傷害事件と同一犯だとされてしまい、今度こそ正式な犯人と認定されかねない。料理を盗られても、とてつもない恐怖を感じるだけだ。だけど警察はこの豪邸の庭に棲みついた謎の雑食の新種の生物が興味本位で食べたと決めつけて相手にもしてくれないと、夫人は考える。悪知恵の働く阿部君と明智君も、夫人がそう考えると、考える。
夫人が料理を完成させて、あのかわいいチワワを呼びに行ったところで、二人がかりでチワワの部屋から出られなくしたな。あのチワワの部屋は、部屋から見て外に開くタイプのドアだったし、廊下はそんなに広くなかった。しんばり棒一本で、ドアは開けられなくできる。でも、外は? あのチワワが簡単に出られるくらいだけど。まずは雨戸を閉めたか。そして雨戸がスライドしないように、うまくしんばり棒だ。
見えた。今、あの二人は夫人が作った料理をゆっくり味わっている。アジトでマリ先生が作っている料理の事は頭の中から消滅したのだろう。それとも食いしん坊の二人なら、それも美味しく完食できるのかもしれない。一つ言えるのは、後先考えないで行動している。
まさかそれが、ささやかないたずらなのだろうか。『ささやか』の意味を明日からは『とてつもない』に変えてもらうように、国語辞典の作成者に頼むしかないようだ。聞いてくれるだろうか。賄賂を渡せば一人くらいは聞いてくれるかもしれないな。はっきり言って『ささやか』をわざわざ国語辞典で調べるような暇人はいないのだから。これで万事解決だ。私の名推理の答え合わせをしようじゃないか。急げば、私もご相伴にあずかれるぞ。
あっ、いや、参考のためだからな。本物のセレブが作る料理がどんなものか知っておいたら、今後の私の料理に幅ができるだろ。なにせ私の料理はほぼ我流だから。阿部君が背後で睨んでいるから、命がけで料理をしたために、美味しいものを作られるようになっただけだ。ああー、言い訳している時間が惜しい。早く美味しい料理……じゃなくて、チワワと夫人を救出……でもなくて、阿部君と明智君を急いで連れ戻さないといけない。
私が勢いよく車のドアを開けると、唐草模様の大きな風呂敷を抱えた昭和風の泥棒二人組と目が合った。何から触れたらいいのだろうか。風呂敷の中身は後回しにしよう。私の推理が外れた事は、言い訳をするつもりはない。この二人の事を読み解くのは、おそらくホームズでさえ不可能なのだ。だけど白シカ組組長暴行事件の方は解決するから安心しておくれ。夫人とチワワに危害を加えていないか、まず確認するか。
と思ったのに、先に話しかけられてしまった。仕方がない。考えてから行動する私と、まず行動するこいつらとの差が出ただけだ。私が勝手に持ち場を離れたと勘違いしていないだけで十分だ。
「あれ? リーダー、こんなところで何をしてるんですか?」
「いや……ちょっと……」
こいつらは一体どこら辺りから脱線したのだろうか。それが分からないから、私は口ごもるしかない。でも何か具体的な事を言わないと、真面目にミッションをこなした私の方が責められるぞ。考えるな。私の口、行動だ。
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