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ショッピング最高ー!
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予定通りに当たり前に名案が浮かんだところで、明智君を乗せたマリ先生のカートがやって来た。するべき事を説明しておかないと、のぼせ上がっている明智君は一歩たりとも動いてくれないだろう。
「明智君、聞いてくれ。これからこの辺りが大勢の拍手で賑やかになる。大騒動と言ってもいいくらいだ。そのどさくさに紛れて、明智君は阿部君パパの車まで逃げてくれるかい?」
「ワッオー」
さすが明智君。素直だ。なぜこんなにも素直で良い犬を演じているのかは、説明しなくても分かるだろう。ありがとう、マリ先生。何度も何度も手を貸して頂いて。
準備が整ったところで、私は阿部君と阿部君パパに向かって拍手をした。すると予想通り……いや、予想以上の拍手が阿部君と阿部君パパに浴びせるように炸裂している。しかし阿部君と阿部君パパは、まさか自分たちに拍手がされているとは想像すらしていない。むしろなんだか機嫌が悪くなっているようにさえ見える。
約束していた時間が過ぎているのに、言い出した本人の私がレジ前にいないからだな。さらにこの拍手の大騒音が、阿部君にとっては耳障りなのかもしれない。とにかくイライラしているのは確実だ。急げ、私。
私はサッカー選手顔負けの華麗なステップとフェイントを駆使して、拍手を止めるつもりのない大観衆の間を上手く縫って阿部君に近づいた。それでも大観衆の注目の的は阿部君と阿部君パパだ。私の動きがあまりに鮮やかすぎて目に入らないのだろうか。きっとそうだ。ついつい大怪盗の神業を使ってしまったからな。
仕方がない。この拍手の半分は私へ向けられていることにしよう。こういうのは気の持ちようだからな。ありがとう、レディースアンドジェントルマン。
「阿部君、おまたせー。イエーイ!さあ、レジに進もうか? アーユーレディー?」
あれ? 阿部君が睨んでいる。私は調子に乗りすぎたのかもしれない。
「リーダー、遅刻ですよ」
待たせたからご機嫌斜めだったのか。良かった。これからもたまには調子に乗ってやる。ああでも、今はとりあえず謝っておいた方がいいだろう。
「すまない。時間前には着いていたんだけど、明智君を脱出させるために少し離れていたんだ。阿部君のおかげで大成功だったよ。ありがとう」
「私が何かしましたか? ……ああ、しましたね。まあ余裕ですよ。じゃあレジに進むので、支払い係の人は向こう側で待機していてください」
「あっ、すまないついでに。私の……いや、あのマリ先生が押しているカートを先に行かせてくれないかい? あれが圧倒的に一番少ないから早く終わらせてあげたいんだ。今日の本当の支払い係である、明智君のためにも」
「えっ! あ、明智君が? あの日本一強欲の明智君が? ああ、マリ先生がいるからですね。でもどうしてマリ先生がいるんですか? いや、いいです。マリ先生にはお世話になったし、これからもなるし、何よりそれが合理的なのでいいですよ」
「ありがとう。マリ先生、こっちに来てください」
マリ先生の後に、すぐさま阿部君と阿部君パパが続くと、そのレジは封鎖されてしまった。封鎖されなくとも後ろに並ぶ奇特な人はいないだろうけど。そしてさらに、レジ係の人が呼んだ素振りはなかったのに、偉いさんらしき人がいつの間にかヘルプについている。大怪盗の私が全く気づかないほど、さり気なく現れていた。プロフェッショナルはどこの世界にも存在するのだな。
品揃えは素晴らしいし、従業員の人たちも気持ちがいい。私は気に入ったよ。これからも翻意にさせてもらうからね。ポイントカードを作ってもらわないと。今日だけで随分貯まるぞ。明智君には内緒だから、誰も言わないでおくれ。
マリ先生のカートは早々にレジを通したので、私は袋に入れるのを手伝った。なんとお店のご厚意で大きくて丈夫な袋を何枚ももらったのだ。素材は地球に優しい紙だけど、破れる恐れがないくらいに丈夫だ。このスーパーマーケットのロゴマークがでかでかと描かれているのは愛嬌だろう。宣伝のためならお客さん全員に配っているのだから。たくさん買ったとはいえ一見さんの私たちにここまでしてくれるなんて、今日だけは足を向けて寝ないからな。
「マリ先生は車で来たんですか?」
「私はバスで来たので、あなたの会社兼おウチまで乗せていってくれないかしら?」
「いいですよ。ちょうど良かったですね。それではこの袋詰めが終わったら、先に車で待っていてください。向こうの少し離れた所にぽつんと一台だけ停めてあって、明智君が近くでチョロチョロしているので、すぐに分かると思います。阿部君と阿部君パパの分がすごく時間がかかるから、何かお茶菓子でもつまみながら明智君と遊んでいてくれますか?」
「うん、分かったわ。それではこれを持って先に行ってるわね」
「助かります。持てるだけでいいですよ」
「大丈夫よ、これくらい。全部持てるわよ」
「ああ、そうだ。このボールを持っていってください。これで遊んであげたら明智君が喜ぶので」
私は事件現場で手に入れたボールを、マリ先生に渡した。まさかこんな形で有効活用できるなんて、悪徳政治家宅の居間で捨てそびれて良かった。こっちのボールはほぼ間違いなく事件とは関係がないから、もう明智君が何度かじっても大丈夫だ。
あの時は、尊敬してもらいたいがために、たまたま目に入ったボールを利用しただけだ。この気持ち、分かる人には分かるはず。そこの名ばかりの管理職さん、お前のことだぞ。阿部君も明智君も、私があたかも関係があるかのように扱ったことなんて忘れてくれているに決まっている。明智君は本能を抑えきれずボールをかじってしまい、阿部君の目をまともに見れなかった。それでも忘れている。阿部君はワインを飲んで酔っ払うと思い出すが、それまでに事件が解決していれば問題ない。
ただ着眼点は悪くなかったと、言い訳をさせておくれ。ボールはボールでも、関係があるのは、今日の夜に盗みにいく方だ。今度こそ間違いない。どういう形で関係があるかまでは分からないが、夫人のあの動揺の仕方は関係あると言っているようなものだ。すでにきれいにゴシゴシと洗われているだろう。なので最先端の科学捜査を駆使しても、被害者の痕跡を見つけるのは困難だと思われる。
それなら危険を冒してまで盗む意味はあるのかという疑問を持たれるかもしれない。あるのだ。ボール自体からは証拠となる何かが見つからなくても、夫人が隠し持っていたという事実が大事なのだ。それで夫人が我々に対してはもちろん、警察に対しても嘘をついていたことになる。正直に言うと盗んで手に入れたボールに証拠能力はない。だけど、夫人を追い込む道具にはなる。
盗んだボールで夫人を追い込むのかと驚かれるだろう。そんな事を気にしていては短期間で事件を解決するのが難しくなるのだ。だからと言って、私たちが盗んだなんて口が裂けても言わないぞ。匿名の誰かからの提供だとかなんとか言うだけだ。それでも夫人が頑なに関係がないと言い張るなら、真犯人と言って差し支えない。他に共犯者がいるかまでは、まだ何とも言えないが、現場が悪徳政治家宅で夫人の立場を鑑みると、夫人が主犯だ。夫人の性格からして、単独犯の可能性が高いが。
まずはボールを盗んでからだな。どのような状態で保管されているかで、捜査方針が大きく変わってくる。
「リーダー、リーダー、何をボーっとしているんですか? 早くお金を払ってくださいよ」
「えっ! もう全部レジを通したっていうのか?」
「はい。あのスーパー店員さんの神業を見てなかったんですか? 私の動体視力をもってしても、ついていくのが精一杯の速さなんですよ。私たちの怪盗団に一人欲しいくらいの。だけどどうせ明智君が却下するので、スカウトは諦めました。別に一人増えたら一人追い出せばいいと思うんですけどね。ねえ、窓際リーダー?」
「そ、そうだな。いや、だめだ。私たちは誰一人として悲しい思いをさせてはいけない、正義の怪盗団だ。だから安心しなさい、阿部君。それに団員が増えたら増えたで、その分たくさんミッションをこなせばいいじゃないか。明智君は喜ぶぞ。だけど無闇矢鱈に初対面の人をスカウトするのは危険だから、しばらくは今の体制を維持しような? な? なっ?」
「はいはい。それよりも早くお金を。店員さんが心配そうにしてますよ」
「そうだった。再度言っておくが、今日の支払いは明智君がしてくれるから。車に戻ったら、お礼を言うんだぞ」
「えっ! ええー。あ、あ、明智君が? どこか具合が悪いんですか?」
あれ? さっき、私は説明したよな。まあいい。再度説明すれば済むことだ。
「いや、普段の明智君だ。マリ先生がいただろ」
「そうでしたね。それでは私たちは荷物を車に運びますね。パパ、行くよー」
「うん、頼むよ。私はすぐに払ってくるから」
不安そうな店員さんを少しでも早く安心させてあげたくて、私は100万円の札束をこれみよがしに見せながら近づいていった。さすがプロの店員さんだ。すぐさま会心の営業スマイルになり、全く疑ってませんでしたと無言でアピールしている。この100万円を渡して「釣りはいらないぜー」とか言ってもいいのだけれど、それは真面目な店側が困るので、必要なだけ支払った。明智君のために領収書は忘れない。言うまでもなく税金対策ではない。
社長を筆頭に手の空いている店員さんみんなと一部始終をずっと見学していたお客さんたちに見送られて、私はスーパーマーケットを後にした。普段よりも気持ちゆっくり歩いてしまうのは、人として仕方がない。明智君にも体験させてあげたかった。
車に戻ってくると、買ったものすべてが車に積み込んであった。あえて私は口出ししなかったが、店員さんが手伝ってくれたのだ。もちろんすすんで手伝ってくれたわけではない。それはサービスの範疇ではないのだから。なぜ手伝ってくれたかは、察してくれ。ヒントは、阿部君だ。
荷物とマリ先生が増えたのだから、私の座るスペースはなかった。無言で阿部君と阿部君パパと明智君が何か言いたげに、私を見つめている。阿部君と阿部君パパは、私に歩いて帰るように言っているのだろう。しかし、明智君は全く違う。明智君、私に感謝するんだぞ。
「明智君は、私の膝の上にでも乗ればいいじゃないか」
演技だからな。直球だと、マリ先生が仕方なくって感じになるから、明智君が気を使うのだ。あくまでもマリ先生の意思だとすると、みんなが気持ちいい。そのためなら、私が嫌われ役になろうじゃないか。歩いて帰るよりもいいし、慣れている。
「それはかわいそうでしょ! あなたは歩いて帰りなさいよと言いたいところだけど、乗せていってもらう私が言うことではないわね。明智君、私の膝の上で我慢してくれるかな?」
「ワッオーン! ワオンワオワワワ、ワーオー! ワンワワンワーンオーンオオワワンオンオンワー、ワーオー!」
阿部君だけが明智君が何と言ったかを理解したと思ったら大間違いだ。今回に限っては、私にも分かる。具体的に何と言ったかはさっぱりだけど、私に感謝して私を褒めそやしたに違いない。阿部君の複雑な表情からして、十中八九当たっている。
いいんだよ、明智君。これで安心してスーパーマーケットのポイントカードを黙っていられるのだから。いや、今のは照れ隠しだ。私は明智君の笑顔が見たかっただけだよ。
「明智君、聞いてくれ。これからこの辺りが大勢の拍手で賑やかになる。大騒動と言ってもいいくらいだ。そのどさくさに紛れて、明智君は阿部君パパの車まで逃げてくれるかい?」
「ワッオー」
さすが明智君。素直だ。なぜこんなにも素直で良い犬を演じているのかは、説明しなくても分かるだろう。ありがとう、マリ先生。何度も何度も手を貸して頂いて。
準備が整ったところで、私は阿部君と阿部君パパに向かって拍手をした。すると予想通り……いや、予想以上の拍手が阿部君と阿部君パパに浴びせるように炸裂している。しかし阿部君と阿部君パパは、まさか自分たちに拍手がされているとは想像すらしていない。むしろなんだか機嫌が悪くなっているようにさえ見える。
約束していた時間が過ぎているのに、言い出した本人の私がレジ前にいないからだな。さらにこの拍手の大騒音が、阿部君にとっては耳障りなのかもしれない。とにかくイライラしているのは確実だ。急げ、私。
私はサッカー選手顔負けの華麗なステップとフェイントを駆使して、拍手を止めるつもりのない大観衆の間を上手く縫って阿部君に近づいた。それでも大観衆の注目の的は阿部君と阿部君パパだ。私の動きがあまりに鮮やかすぎて目に入らないのだろうか。きっとそうだ。ついつい大怪盗の神業を使ってしまったからな。
仕方がない。この拍手の半分は私へ向けられていることにしよう。こういうのは気の持ちようだからな。ありがとう、レディースアンドジェントルマン。
「阿部君、おまたせー。イエーイ!さあ、レジに進もうか? アーユーレディー?」
あれ? 阿部君が睨んでいる。私は調子に乗りすぎたのかもしれない。
「リーダー、遅刻ですよ」
待たせたからご機嫌斜めだったのか。良かった。これからもたまには調子に乗ってやる。ああでも、今はとりあえず謝っておいた方がいいだろう。
「すまない。時間前には着いていたんだけど、明智君を脱出させるために少し離れていたんだ。阿部君のおかげで大成功だったよ。ありがとう」
「私が何かしましたか? ……ああ、しましたね。まあ余裕ですよ。じゃあレジに進むので、支払い係の人は向こう側で待機していてください」
「あっ、すまないついでに。私の……いや、あのマリ先生が押しているカートを先に行かせてくれないかい? あれが圧倒的に一番少ないから早く終わらせてあげたいんだ。今日の本当の支払い係である、明智君のためにも」
「えっ! あ、明智君が? あの日本一強欲の明智君が? ああ、マリ先生がいるからですね。でもどうしてマリ先生がいるんですか? いや、いいです。マリ先生にはお世話になったし、これからもなるし、何よりそれが合理的なのでいいですよ」
「ありがとう。マリ先生、こっちに来てください」
マリ先生の後に、すぐさま阿部君と阿部君パパが続くと、そのレジは封鎖されてしまった。封鎖されなくとも後ろに並ぶ奇特な人はいないだろうけど。そしてさらに、レジ係の人が呼んだ素振りはなかったのに、偉いさんらしき人がいつの間にかヘルプについている。大怪盗の私が全く気づかないほど、さり気なく現れていた。プロフェッショナルはどこの世界にも存在するのだな。
品揃えは素晴らしいし、従業員の人たちも気持ちがいい。私は気に入ったよ。これからも翻意にさせてもらうからね。ポイントカードを作ってもらわないと。今日だけで随分貯まるぞ。明智君には内緒だから、誰も言わないでおくれ。
マリ先生のカートは早々にレジを通したので、私は袋に入れるのを手伝った。なんとお店のご厚意で大きくて丈夫な袋を何枚ももらったのだ。素材は地球に優しい紙だけど、破れる恐れがないくらいに丈夫だ。このスーパーマーケットのロゴマークがでかでかと描かれているのは愛嬌だろう。宣伝のためならお客さん全員に配っているのだから。たくさん買ったとはいえ一見さんの私たちにここまでしてくれるなんて、今日だけは足を向けて寝ないからな。
「マリ先生は車で来たんですか?」
「私はバスで来たので、あなたの会社兼おウチまで乗せていってくれないかしら?」
「いいですよ。ちょうど良かったですね。それではこの袋詰めが終わったら、先に車で待っていてください。向こうの少し離れた所にぽつんと一台だけ停めてあって、明智君が近くでチョロチョロしているので、すぐに分かると思います。阿部君と阿部君パパの分がすごく時間がかかるから、何かお茶菓子でもつまみながら明智君と遊んでいてくれますか?」
「うん、分かったわ。それではこれを持って先に行ってるわね」
「助かります。持てるだけでいいですよ」
「大丈夫よ、これくらい。全部持てるわよ」
「ああ、そうだ。このボールを持っていってください。これで遊んであげたら明智君が喜ぶので」
私は事件現場で手に入れたボールを、マリ先生に渡した。まさかこんな形で有効活用できるなんて、悪徳政治家宅の居間で捨てそびれて良かった。こっちのボールはほぼ間違いなく事件とは関係がないから、もう明智君が何度かじっても大丈夫だ。
あの時は、尊敬してもらいたいがために、たまたま目に入ったボールを利用しただけだ。この気持ち、分かる人には分かるはず。そこの名ばかりの管理職さん、お前のことだぞ。阿部君も明智君も、私があたかも関係があるかのように扱ったことなんて忘れてくれているに決まっている。明智君は本能を抑えきれずボールをかじってしまい、阿部君の目をまともに見れなかった。それでも忘れている。阿部君はワインを飲んで酔っ払うと思い出すが、それまでに事件が解決していれば問題ない。
ただ着眼点は悪くなかったと、言い訳をさせておくれ。ボールはボールでも、関係があるのは、今日の夜に盗みにいく方だ。今度こそ間違いない。どういう形で関係があるかまでは分からないが、夫人のあの動揺の仕方は関係あると言っているようなものだ。すでにきれいにゴシゴシと洗われているだろう。なので最先端の科学捜査を駆使しても、被害者の痕跡を見つけるのは困難だと思われる。
それなら危険を冒してまで盗む意味はあるのかという疑問を持たれるかもしれない。あるのだ。ボール自体からは証拠となる何かが見つからなくても、夫人が隠し持っていたという事実が大事なのだ。それで夫人が我々に対してはもちろん、警察に対しても嘘をついていたことになる。正直に言うと盗んで手に入れたボールに証拠能力はない。だけど、夫人を追い込む道具にはなる。
盗んだボールで夫人を追い込むのかと驚かれるだろう。そんな事を気にしていては短期間で事件を解決するのが難しくなるのだ。だからと言って、私たちが盗んだなんて口が裂けても言わないぞ。匿名の誰かからの提供だとかなんとか言うだけだ。それでも夫人が頑なに関係がないと言い張るなら、真犯人と言って差し支えない。他に共犯者がいるかまでは、まだ何とも言えないが、現場が悪徳政治家宅で夫人の立場を鑑みると、夫人が主犯だ。夫人の性格からして、単独犯の可能性が高いが。
まずはボールを盗んでからだな。どのような状態で保管されているかで、捜査方針が大きく変わってくる。
「リーダー、リーダー、何をボーっとしているんですか? 早くお金を払ってくださいよ」
「えっ! もう全部レジを通したっていうのか?」
「はい。あのスーパー店員さんの神業を見てなかったんですか? 私の動体視力をもってしても、ついていくのが精一杯の速さなんですよ。私たちの怪盗団に一人欲しいくらいの。だけどどうせ明智君が却下するので、スカウトは諦めました。別に一人増えたら一人追い出せばいいと思うんですけどね。ねえ、窓際リーダー?」
「そ、そうだな。いや、だめだ。私たちは誰一人として悲しい思いをさせてはいけない、正義の怪盗団だ。だから安心しなさい、阿部君。それに団員が増えたら増えたで、その分たくさんミッションをこなせばいいじゃないか。明智君は喜ぶぞ。だけど無闇矢鱈に初対面の人をスカウトするのは危険だから、しばらくは今の体制を維持しような? な? なっ?」
「はいはい。それよりも早くお金を。店員さんが心配そうにしてますよ」
「そうだった。再度言っておくが、今日の支払いは明智君がしてくれるから。車に戻ったら、お礼を言うんだぞ」
「えっ! ええー。あ、あ、明智君が? どこか具合が悪いんですか?」
あれ? さっき、私は説明したよな。まあいい。再度説明すれば済むことだ。
「いや、普段の明智君だ。マリ先生がいただろ」
「そうでしたね。それでは私たちは荷物を車に運びますね。パパ、行くよー」
「うん、頼むよ。私はすぐに払ってくるから」
不安そうな店員さんを少しでも早く安心させてあげたくて、私は100万円の札束をこれみよがしに見せながら近づいていった。さすがプロの店員さんだ。すぐさま会心の営業スマイルになり、全く疑ってませんでしたと無言でアピールしている。この100万円を渡して「釣りはいらないぜー」とか言ってもいいのだけれど、それは真面目な店側が困るので、必要なだけ支払った。明智君のために領収書は忘れない。言うまでもなく税金対策ではない。
社長を筆頭に手の空いている店員さんみんなと一部始終をずっと見学していたお客さんたちに見送られて、私はスーパーマーケットを後にした。普段よりも気持ちゆっくり歩いてしまうのは、人として仕方がない。明智君にも体験させてあげたかった。
車に戻ってくると、買ったものすべてが車に積み込んであった。あえて私は口出ししなかったが、店員さんが手伝ってくれたのだ。もちろんすすんで手伝ってくれたわけではない。それはサービスの範疇ではないのだから。なぜ手伝ってくれたかは、察してくれ。ヒントは、阿部君だ。
荷物とマリ先生が増えたのだから、私の座るスペースはなかった。無言で阿部君と阿部君パパと明智君が何か言いたげに、私を見つめている。阿部君と阿部君パパは、私に歩いて帰るように言っているのだろう。しかし、明智君は全く違う。明智君、私に感謝するんだぞ。
「明智君は、私の膝の上にでも乗ればいいじゃないか」
演技だからな。直球だと、マリ先生が仕方なくって感じになるから、明智君が気を使うのだ。あくまでもマリ先生の意思だとすると、みんなが気持ちいい。そのためなら、私が嫌われ役になろうじゃないか。歩いて帰るよりもいいし、慣れている。
「それはかわいそうでしょ! あなたは歩いて帰りなさいよと言いたいところだけど、乗せていってもらう私が言うことではないわね。明智君、私の膝の上で我慢してくれるかな?」
「ワッオーン! ワオンワオワワワ、ワーオー! ワンワワンワーンオーンオオワワンオンオンワー、ワーオー!」
阿部君だけが明智君が何と言ったかを理解したと思ったら大間違いだ。今回に限っては、私にも分かる。具体的に何と言ったかはさっぱりだけど、私に感謝して私を褒めそやしたに違いない。阿部君の複雑な表情からして、十中八九当たっている。
いいんだよ、明智君。これで安心してスーパーマーケットのポイントカードを黙っていられるのだから。いや、今のは照れ隠しだ。私は明智君の笑顔が見たかっただけだよ。
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