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マリ先生に2度も救われる

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 マリ先生はゆっくり眼球だけを動かして、まず明智君のバッジを確認してくれた。それまでにも見ていただろうけど、ただのオシャレ程度に思っていたのだろう。認識すらしていなかった可能性の方が高いな。良くも悪くも目立っていなかったし、星型バッジに何が書かれているかなんてわざわざ確認はしないだろう。暇でもない限り。私もいちいち凝視しなかったので、明智君のバッジに何と書かれているか知らない。だけど何となく想像はできる。警視長が明智君を喜ばせようとして、すごくテンションの上がる事が書かれているはずだ。「スーパー」という文字は絶対にあるだろう。いちいち確認はしない。私の手帳との差が激しすぎると、私のテンションが怪しくなる。
 読みやすいように明智君がマリ先生に駆け寄ってくれたので、マリ先生は苦もなく読めたようだ。明智君が駆け寄っても後退りしなかったのは言う必要がなかったよな? 少し安心したように見える。そしていつの間にか手帳をひけらかしている阿部君の方にも視線を移し、納得したようだ。
「明智君とあなたは、そのようね。そちらのおじさんは見せてくれてないけど。明智君、そちらのさえないおじさんも臨時警察官なの?」
 あっ、手帳。てちょー、てちょー。早く出さないと、何を言われるか分からないぞ。
「ワワワワンワン……」
 阿部君、明智君の通訳をしておくれ。きっと明智君は「私たちの偉大なリーダーの悪口は、リーダーが許しても、この明智君様が許さない。ちなみにリーダーは泣く子も黙る『探偵王』なんだから、そのオーラが警察手帳代わりになるだろ」と言ってるのだから。まあそれでも一応、手帳を見せるとするか。だけど焦っていて、なかなか手帳を出せないぞ。ポケットに入れる時はスルッと入るのに、出す時は何でこんなに引っかかるんだ?
「それで被害者の人がいまだに身元不明らしいので、明智君に匂いを嗅いでもらって調べようと」
 おいおい、通訳は? マリ先生に突っ込まれるぞ。
「なるほどー。そういうこと。それにしても、こんな足手まといがいて大丈夫なの?」
 あれ? 私の手帳の件は? 私は見せなくてもいいのか? もしかしたらマリ先生も明智君の言っている事が理解できたのか? できるわけないか。犬と会話できる人がそんな何人もいたら、話に現実性が……。これはこっちの都合だな。せっかく出そうとしたのだから、このまま努力をしよう。後々、見せなかったことで何か言われるのも嫌だし。
「私たちには、ちょうどいいハンデですよ。といっても主に明智君の世話がメインなんですけどね。それに一人だけ捜査官から外すといじけるじゃないですか。それで私と明智君が警視長に頼み込んだんです」
「へえー、そうなんだ。うん? 一人だけ? ということは3人だけの会社なの? 今は臨時の警察官だと言ってたけど、普段は何をしているの? やっぱり警察に関係する仕事かな? 探偵とか。会社の名前は何て言うの?」
 ふうー、やっと手帳を取り出せたぞ。その間に、ずいぶん話が進んでるじゃないか。でも阿部君と明智君が真っ青になって答えられないでいるな。まだまだだな。私のような『怪盗王』には、程遠いぞ。私たちが正直に『怪盗』だと答える必要なんてない。かと言って、おもいっきり嘘をつくと、後で話を合わせるのが辛くなる。だから本質を言わないで正直に言えばいいんだ。その前に一応、手帳だけは見せておくか。
「はい、手帳。見せたからね。弊社は『株式会社ラッキー』と言って、探偵業なんかをしています。迷い犬や迷い猫や迷いトラを探したり、困り事を解決したりですかね。守秘義務があるので詳しくは話せないですけど。マリ先生も何か困った事があれば、いつでも相談してくださいね。相談だけなら無料ですよ」
 探偵をしている間は『ひまわり探偵社』の名でいくとか、阿部君は言っていたが、もう忘れているだろう。会社名が二つもあったら、誰にどちらの名前を名乗ったのか覚えていないと怪しまれてしまう。なので、『株式会社ラッキー』で通そう。万が一阿部君が覚えていたなら……私が説教されればいいだけだ。なんてことはない……こともないけど、幽霊会社の名前ごときで墓穴を掘るわけにはいかないのだ。
「ふーん。あなたが迷い人にならないかが心配だけど。あっ、人を外見で判断してはいけないわね。一つ忠告をしてもいいですか? 外見が怪しい人は言動に気をつけた方がいいですよ」
 え? 忠告? ただ悪口を言っているだけのような。言動に関しては確かに早まったかもしれないが、外見が怪しいだなんて。マリ先生は視力が悪いのだろうか。うん、きっとそうだ。視力の良し悪しは言っても仕方がないが、私の先程の発言の言い訳だけはしておくか。言い訳なんて小さい人間のする事だろうけど、マリ先生が私の事を誤解したままなんてマリ先生がかわいそうだからな。
「心に留めておきます。それで、阿部君からも説明があったんですけど、被害者にガーゼか何かをこすりつけて匂いを取ってきてほしいんです。協力してもらえませんか? ついでに言い訳をさせていただくと、私たちが何者でここに何をしに来てマリ先生に何を協力してほしいかを、こんな風に順を追って説明する気だったんですよ」
「後でなんとでも言え……。ああ、あの患者の匂いね。いいですよ。でも私は二度手間が嫌いなので、明智君が集中治療室に入って直接嗅げばいいんじゃないですか? 医薬品の匂いなんかもあるけど、明智君なら嗅ぎ分けられるでしょ?」
「ワッ? ワワ、ワワンワワワーンワンワン」「え? 面会謝絶なのでは?」
「人間はね。明智君は人間じゃないし。それに『できるワン』と言ってるから連れていくわね。明智君、おいで」
 面会謝絶って、そういうものなのか? それにマリ先生が明智君の言っている事を理解しているわけがない。「できるワン」と、日本語と犬語を混ぜているところからして、勝手に適当な都合のいい通訳をしたのが見え見えだ。うーん、乗っかるしかないか。この病院の医師であるマリ先生が言ってるのだから、わざわざ反論してはいけないな。
 万が一何か不幸があったら、「犬が勝手に……」とかなんとか言えばいいだろう。いや、それでも飼い主が責任を取らされるから、明智君とは赤の他人風を猛アピールしておくか。阿部君は、マリ先生の発言を聞いてすぐに私たちと距離を取っているし。さすが、阿部君だ。さらに、背中が話しかけるなと言っている。
 私も最低限の距離を取っておくか。阿部君を余裕で追い越し、病院の駐車場まで行けばいいだろう。と思ったら、明智君が私のズボンの裾をくわえながら、ものすごい目で睨んでいる。何かあったら責任を取るのはお前だけだからな、と言いたいのだろう。それなら集中治療室に入るのを拒否すれば……マリ先生に言われて、明智君が反対するわけがないな。
 しかし明智君がきれいな女の人の言う事をなんでも二つ返事で承諾するのを、阿部君は悔しいとかないのだろうか。ないな。基本的に阿部君と明智君は仲良しだし、明智君は阿部君の言う事も絶対に拒否しない。それがどんなに理不尽な事でも。
 そう言えば、私もなぜか阿部君に逆らえない。どうしてだ? もしかしたら、無意識に阿部君を尊敬しているのかもしれない。あの自分さえ助かるなら、親しい人だろうが誰だろうが悲惨な目にあってもいいと、平然と思える強い心を。これは悪口ではないけれど、阿部君には言わないようにしよう。おだてるつもりでうっかり言ってしまうと、明智君と二人がかりでこれ以上ない陰湿な嫌がらせをやってくるに違いない。明智君が喜んで協力するさまが見える。そういうのもあって、明智君は阿部君が好きなのだろう。
 おっ、マリ先生と明智君が戻ってきたな。集中治療室の中は……うん、パニックになってないぞ。命拾いしたようだ。通訳の阿部君を……あれ? いない。どこまで逃げたんだ? 阿部君の行きそうな所は……全く分からない。仕方ないな。明智君には「はい」か「いいえ」で答えられる質問をするか。それくらいなら、なんとか私でも判断できるだろう。なにせ私は明智君の飼い主であり親友なのだから。明智君も気を利かせて、分かりやすく答えてくれるだろう。おそらく。いざとなったら、勘で勝負だ。当たる確率は50パーセントもある。
 はっきり言って、私たちの生活範囲から遠く離れている場所で被害にあった人が、明智君の知っている人という可能性は極めて低い。それでも一応聞くだけ聞かないといけない。捜査とは……もう何度も言ったな。進めよう。
 私が明智君に「知っている人だったかい?」と聞くと、明智君は否定するだろう。正確には「ワン」と答える。それは「はい」なのか、それとも「いいえ」なのだろうか? 二文字だからといって、「はい」だとは限らない。犬語なんだから。絶対に「いいえ」と答えるはずだし。でも先入観は持たない方がいいな。
 じゃあ、「ワン」というのは「いいえ」の意味だよね? と質問を被せればいいのでは。すると明智君は「ワン」と……堂々巡りじゃないか。し、知ってたさ。本当だ。信じてくれるよな? 信じない人には不幸が訪れますように。
 それよりも明智君といかにして意思疎通をするかだな。これは思ったよりも難しいぞ。普段はできていると思っていたが、私と明智君はいかにいい加減に話していたか今ごろ分かった。でもそれが上手くやるコツなのかもしれない。だけど今回だけは白黒はっきりさせないといけない。当たって砕けろでいくか。……。いや、それはだめだ。
 閃いた。やはり私は、天才だ。人間でも犬でも様々な動物が使う万国共通の言語があるじゃないか。それは、ジェスチャーだ。特に明智君はジェスチャーが犬並み外れている。それもあって、阿部君は会話するように明智君と意思疎通ができるのだから。阿部君はジェスチャーがたどたどしい動物相手でもそれなりに意思疎通はできるし、阿部君と話していくうちにジェスチャーのスキルがすぐに上がるのだ。実際に目の当たりにした私が言うのだから、本当だ。その動物の名前を出すと疑われるから出したくないが、もう黙ってられない。
 なんと、阿部君はトラと話していた。信じられないよな? 分かる。だけど嘘だとしたら、あまりに稚拙だろ? 信じる信じないは自由だけどな。阿部君の凄さをアピールしていても、私には何のメリットもないし、とりあえず明智君に質問しよう。絶対に明智君はジェスチャー混じりで答えてくれる。それから次の策を考えよう。
「明智君の知ってる人だったかい?」
「……」
 おい! なんで何も答えてくれない。なんでジェスチャーをしてくれない。どうした明智君? 
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