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恐るべしバカ万年巡査部長
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「被害者は意識がまだ戻らないんですか?」
「はい。医師の話では、戻る確率は極めて低いそうです。我々としても意識が戻ってくれると助かるんですけどね」
「そうですよね。身元はまだ不明なんですか?」
「はい、それもまた厳しいです。身分証明書の類を一切持っていなかったし、捜索願いが出ている人に該当する身体的特徴もないので。八方塞がりの状態です。ここへは無駄足だったんじゃないですか?」
こらこら、何気に私たちを見下すんじゃない。お前の悪い癖だ。だから出世できないんじゃないのか。そしてお前が出世しないから、その下に付いていた私が割りを食ったんじゃないのか。まあ、この話はいい。出世したらしたで、忙しくなっただろうからな。そうなると、怪盗になるための練習ができなかったかもしれないし。考えようによっては、お前のおかげでほんの30年ほどで怪盗に転職できたとも言えるな。
私が自分の能力どおりに出世して警視総監になっていたら、怪盗デビューが90歳くらいだっただろう。そして悲しいことに、明智君は既に天国生活をエンジョイしている。2代目明智君も初代明智君の後を追っているだろうから、私は3代目明智君と組んでいる。阿部君はすっかりおばあちゃんだ。なので、私と阿部君は阿部君の孫に介護してもらいながら、3人組ではなく4人組で怪盗団を結成している。私は車椅子だから塀を飛び越えられない。おばあちゃん阿部君は、もともと塀を飛び越えるような危険なことはしない。なので孫阿部君もするわけがない。私と阿部君の介護で精一杯だろうし。ということは3代目明智君に我々怪盗団の命運が託されているのだろう。うーん、お先真っ暗どころか暗黒、いや、漆黒というのだろうか。怪盗団のデビュー戦が、最初で最後のミッションとなる。そして大きなニュースになる。「元警視総監怪盗現る」とか。
私は何を考えているんだ? どうもこいつを前にするとネガティブ思考になってしまう。捜査に集中しよう。とりあえず、こいつの問いかけは無視だ。わざわざ私たちの優秀さを自慢する必要がない。あっ、奥ゆかしい私は自慢話なんてしないんだった。うっかり自慢話をしたところで、こいつのレベルでは理解不能だろうし。必要最低限の会話で済ますか。下手したら、阿部君と明智君が私に八つ当たりしかねない。
「被害者の所持品とか衣服を見せてもらってもいいですか?」
「所持品はありません。財布とかもないので、もしかしたら行きずりの強盗にあったのかもしれないですね。それで発覚を遅らせるために、あの現場に捨てられたのかもしれないですよ。巡査部長の名にかけてって感じですかね」
おい、バカ巡査部長。お前のくだらない推理を聞かせろなんて、私が一言でも言ったか? そんな推理、幼児でも簡単に反論できるぞ。こんな奴を相手にイライラしている場合ではないな。落ち着こう。
しかしこいつは、こんなにバカだったかな? ああ、そうか。私たちのいた交番では、事件らしい事件が起こらなかったから、こいつが推理を披露する機会がなかったんだな。あったにしても、こいつの推理なんて、私は右から左だったから記憶にないのだろう。そもそも捜査するのは刑事であって、交番勤務の万年巡査部長がする事といったら、せいぜい今回のような被害者の警護や現場の保存くらいだな。それでもこいつは聞きかじった情報から的外れの推理を私に披露したのだろうけど。それで私は感心して、心にもないのに刑事になるように勧め、おだてていたのだろう。
こいつは交番勤務に誇りを持っているから、出世したくないとか言っていた。しかし私は知っている。こいつが隠れて血眼になって勉強して、さらに見回りに出た時は必ず近所の神社に神頼みをして、毎年かかさずに昇級試験を受けていたのを。そして昇級していないということは、そういう結果だったのだと。
「被害者が着ていた衣服は、とってありますよね?」
「もちろんですよ。汚れていたので、洗濯しておきました。なかなか気が利くでしょ?」
今、私は本気でこいつをぶん殴りたい。おそらく、阿部君と明智君もだ。しかし我々はそんな事はしない。こいつを哀れに思ったのではなく、一時の感情で我々の人生を棒に振りたくないから。だけど警視長には報告という名の告げ口をしておくか。次に会う時は、こいつは万年巡査部長からピカピカの巡査になっていることだろう。もちろん、降格の理由なんて、こいつは知る由もないが。かわいそうだから給料だけは現状維持にしといてやる。
しかし、参ったなー。一応明智君に嗅いでもらってから考えるとするか。
「ちょっと見せてもらえますか?」
「えっ! ファッションの参考にするんですか? そんなセンスの良い服ではないですよ。まあ人それぞれですかね。へへっ。すぐに取ってくるので、ちょっと待っていてください」
こいつは……。明智君は知っているが、阿部君はこいつが私の元上司だと知らない。私まで一括でバカにされるに決まっているので、阿部君には知られないようにしないといけないな。と思っているそばから、明智君が私の方をちらちら見ながら、阿部君に耳打ちしている。そして阿部君は無言で私を蔑むように見た。
阿部君、せめて私を罵ってくれないか。言い訳というか説明すらできないじゃないか。それもこれも、この元万年巡査部長のベテラン新巡査のせいだからな。二度と関わらないようにしないとな。とりあえず明日から一週間、こいつは強制的に有給休暇をとらせるか。めちゃくちゃ喜ぶだろうな。こいつを巡査に降格させた罪滅ぼしにもなるし、我々も無意味なストレスを感じなくていいからウインウインだ。全くの対等なウインウインもあるのだな。
すぐと言った割に、ベテラン新巡査は10分も待たせやがった。その間ずっと、阿部君と明智君の無言の蔑んだ目に、私は耐えた。阿部君明智君、我々を10分も待たせたベテラン新巡査にも何らかの制裁を加えてくれるかい。私はしがらみがあるのでできない。頼む。パンチでもチョップでもドロップキックでも……。
阿部君と明智君は私の期待に応えてくれた。でかでかと「バカ」と書かれた大きな紙を、ベテラン新巡査の背中に貼ってくれたのだ。こんな物をいつの間に用意したんだ? まさか常に持っているのだろうか? 念の為に、私は自分の背中をさすって確かめた。うん、何も貼られていない。一人分しか用意していなかったのだろうか。こいつが私の身代わりになってくれたようだな。複雑な気分だ。
「はい、これがそうです」
こいつ、「お待たせしました」も言えないのか。それでも私は笑顔で受け取るが。
「ありがとうございます。後で持ってきますね」
「本官はもう帰るので、気が済んだら、そこら辺に置いておいてください。そんなセンスの悪い服なんて誰も欲しがらないので」と言いながら、私をモノ好きでも見るようにチラ見して、私の返事を待たずに帰った。仕事から解放されて嬉しいと、背中で分かりやすく語りながら。明日から1週間休みで休み開けには巡査になっているとも知らずに。あの自業自得巡査の事は忘れよう。考えているだけで脳が破壊されかねない。
そんな事よりも、被害者の着ていた服だな。あのバカ巡査はさも自分が洗濯していたように言っていたが、きれいなビニール袋に入れられクリーニング屋のタグが付いている。なるほど。クリーニング屋まで往復10分なんだな。いやいや。戻って来る途中で別の袋に入れ替えたりタグを外すくらい考えないのか。偽装工作と言えば言葉は悪いが、それくらいもできないなんて。それなら最初からクリーニング屋に出したと言えばいいのに。わざと裏目裏目を選んでるわけではないと思うが。よく今まで警察官をやって来られたなと、逆に興味が湧いてくるじゃないか。いや、忘れよう忘れよう。
服の入ったビニール袋を必要以上にビリビリに破いてほんの少しだけストレスを発散してから、明智君に嗅いでもらった。もちろん明智君は自信満々に首を振る。分かりきっていたので、既に次の案が私の中にあった。面会謝絶の被害者に強引に会いにはいかない。下手したらそれが原因で、瀕死の状態の被害者がただの死体になってしまう。私は立派な殺人犯だ。刑務所ではあの私たちを恨んでいるであろう悪徳政治家と同部屋になる。今のところは私の素顔を知らないが、いつバレるのだろうかと針のむしろ状態で毎日を過ごさないといけない。胃潰瘍になるじゃないか。
名探偵の私が考えた案は、名探偵にしては至ってシンプルだ。阿部君明智君でもふとした拍子に思いつくだろうな。名探偵がいつもいつも突飛な案を採用するなんて幻想だぞ。集中治療室から医師か看護師が出てきたら、ガーゼか何かをこすりつけて被害者の匂いを採取してくれるように頼もう。なので、しばらくここで待つか。だけど阿部君と明智君に忍耐は期待できないので、できる限り早く誰かが出てくるように祈ろう。
あんまり待たされると、阿部君と明智君が暇つぶしに探検に出てしまう。真っ当な人から何かを盗むようなまねはしないけど、好奇心を満たすためだけにこっそり病室に入って入院患者と一緒にテレビ観戦をしようとするだろう。テレビの内容に興味はない。ただ患者に気づかれるか気づかれないかのスリルを味わうためだ。もちろん簡単に気づかれる。そう、病室のドアを開けると同時に。そしてなぜか私まで一緒に怒られる。大勢の前で。それから追い出される。どうせ追い出すなら、怒らなくてもいいじゃないかと逆ギレしても後の祭りだ。全速力で逃げれば良かったと……いやいや違う。後悔するのは、そこじゃない。被害者に近づけなくなってしまう。
阿部君と明智君が飽きずに大人しく待ってくれる方法を考えよう。瞬時に。よし、閃いた。次のミッションの話をしてあげよう。もちろん怪盗の方だ。いや、待てよ。この事件を私が見事に解決したら、するに決まっているが、警視長は欲を出し当たり前に次の解決困難な事件を用意する。私は断れるだろうか。断れるな。今回の阿部君のような弱みがないのだから。しかし今回活躍しないのが確実な阿部君と見せ場が被害者の身元解明だけの明智君はどうするだろうか。自分たちの力量を知ってくれたらいいのだけれど。それは無理だ。今度こそはと、警視長の誘いに乗るに決まっている。仕方ない。阿部君明智君が探偵ごっこに飽きるまで怪盗は休業だな。
あれ? 阿部君明智君がいない。私は視界の片隅に二人を捉えるや、とっさに立ち上がった。と同時に集中治療室のドアが開く。音に気づいた阿部君明智君が少しがっかりしたように振り向いた。
「はい。医師の話では、戻る確率は極めて低いそうです。我々としても意識が戻ってくれると助かるんですけどね」
「そうですよね。身元はまだ不明なんですか?」
「はい、それもまた厳しいです。身分証明書の類を一切持っていなかったし、捜索願いが出ている人に該当する身体的特徴もないので。八方塞がりの状態です。ここへは無駄足だったんじゃないですか?」
こらこら、何気に私たちを見下すんじゃない。お前の悪い癖だ。だから出世できないんじゃないのか。そしてお前が出世しないから、その下に付いていた私が割りを食ったんじゃないのか。まあ、この話はいい。出世したらしたで、忙しくなっただろうからな。そうなると、怪盗になるための練習ができなかったかもしれないし。考えようによっては、お前のおかげでほんの30年ほどで怪盗に転職できたとも言えるな。
私が自分の能力どおりに出世して警視総監になっていたら、怪盗デビューが90歳くらいだっただろう。そして悲しいことに、明智君は既に天国生活をエンジョイしている。2代目明智君も初代明智君の後を追っているだろうから、私は3代目明智君と組んでいる。阿部君はすっかりおばあちゃんだ。なので、私と阿部君は阿部君の孫に介護してもらいながら、3人組ではなく4人組で怪盗団を結成している。私は車椅子だから塀を飛び越えられない。おばあちゃん阿部君は、もともと塀を飛び越えるような危険なことはしない。なので孫阿部君もするわけがない。私と阿部君の介護で精一杯だろうし。ということは3代目明智君に我々怪盗団の命運が託されているのだろう。うーん、お先真っ暗どころか暗黒、いや、漆黒というのだろうか。怪盗団のデビュー戦が、最初で最後のミッションとなる。そして大きなニュースになる。「元警視総監怪盗現る」とか。
私は何を考えているんだ? どうもこいつを前にするとネガティブ思考になってしまう。捜査に集中しよう。とりあえず、こいつの問いかけは無視だ。わざわざ私たちの優秀さを自慢する必要がない。あっ、奥ゆかしい私は自慢話なんてしないんだった。うっかり自慢話をしたところで、こいつのレベルでは理解不能だろうし。必要最低限の会話で済ますか。下手したら、阿部君と明智君が私に八つ当たりしかねない。
「被害者の所持品とか衣服を見せてもらってもいいですか?」
「所持品はありません。財布とかもないので、もしかしたら行きずりの強盗にあったのかもしれないですね。それで発覚を遅らせるために、あの現場に捨てられたのかもしれないですよ。巡査部長の名にかけてって感じですかね」
おい、バカ巡査部長。お前のくだらない推理を聞かせろなんて、私が一言でも言ったか? そんな推理、幼児でも簡単に反論できるぞ。こんな奴を相手にイライラしている場合ではないな。落ち着こう。
しかしこいつは、こんなにバカだったかな? ああ、そうか。私たちのいた交番では、事件らしい事件が起こらなかったから、こいつが推理を披露する機会がなかったんだな。あったにしても、こいつの推理なんて、私は右から左だったから記憶にないのだろう。そもそも捜査するのは刑事であって、交番勤務の万年巡査部長がする事といったら、せいぜい今回のような被害者の警護や現場の保存くらいだな。それでもこいつは聞きかじった情報から的外れの推理を私に披露したのだろうけど。それで私は感心して、心にもないのに刑事になるように勧め、おだてていたのだろう。
こいつは交番勤務に誇りを持っているから、出世したくないとか言っていた。しかし私は知っている。こいつが隠れて血眼になって勉強して、さらに見回りに出た時は必ず近所の神社に神頼みをして、毎年かかさずに昇級試験を受けていたのを。そして昇級していないということは、そういう結果だったのだと。
「被害者が着ていた衣服は、とってありますよね?」
「もちろんですよ。汚れていたので、洗濯しておきました。なかなか気が利くでしょ?」
今、私は本気でこいつをぶん殴りたい。おそらく、阿部君と明智君もだ。しかし我々はそんな事はしない。こいつを哀れに思ったのではなく、一時の感情で我々の人生を棒に振りたくないから。だけど警視長には報告という名の告げ口をしておくか。次に会う時は、こいつは万年巡査部長からピカピカの巡査になっていることだろう。もちろん、降格の理由なんて、こいつは知る由もないが。かわいそうだから給料だけは現状維持にしといてやる。
しかし、参ったなー。一応明智君に嗅いでもらってから考えるとするか。
「ちょっと見せてもらえますか?」
「えっ! ファッションの参考にするんですか? そんなセンスの良い服ではないですよ。まあ人それぞれですかね。へへっ。すぐに取ってくるので、ちょっと待っていてください」
こいつは……。明智君は知っているが、阿部君はこいつが私の元上司だと知らない。私まで一括でバカにされるに決まっているので、阿部君には知られないようにしないといけないな。と思っているそばから、明智君が私の方をちらちら見ながら、阿部君に耳打ちしている。そして阿部君は無言で私を蔑むように見た。
阿部君、せめて私を罵ってくれないか。言い訳というか説明すらできないじゃないか。それもこれも、この元万年巡査部長のベテラン新巡査のせいだからな。二度と関わらないようにしないとな。とりあえず明日から一週間、こいつは強制的に有給休暇をとらせるか。めちゃくちゃ喜ぶだろうな。こいつを巡査に降格させた罪滅ぼしにもなるし、我々も無意味なストレスを感じなくていいからウインウインだ。全くの対等なウインウインもあるのだな。
すぐと言った割に、ベテラン新巡査は10分も待たせやがった。その間ずっと、阿部君と明智君の無言の蔑んだ目に、私は耐えた。阿部君明智君、我々を10分も待たせたベテラン新巡査にも何らかの制裁を加えてくれるかい。私はしがらみがあるのでできない。頼む。パンチでもチョップでもドロップキックでも……。
阿部君と明智君は私の期待に応えてくれた。でかでかと「バカ」と書かれた大きな紙を、ベテラン新巡査の背中に貼ってくれたのだ。こんな物をいつの間に用意したんだ? まさか常に持っているのだろうか? 念の為に、私は自分の背中をさすって確かめた。うん、何も貼られていない。一人分しか用意していなかったのだろうか。こいつが私の身代わりになってくれたようだな。複雑な気分だ。
「はい、これがそうです」
こいつ、「お待たせしました」も言えないのか。それでも私は笑顔で受け取るが。
「ありがとうございます。後で持ってきますね」
「本官はもう帰るので、気が済んだら、そこら辺に置いておいてください。そんなセンスの悪い服なんて誰も欲しがらないので」と言いながら、私をモノ好きでも見るようにチラ見して、私の返事を待たずに帰った。仕事から解放されて嬉しいと、背中で分かりやすく語りながら。明日から1週間休みで休み開けには巡査になっているとも知らずに。あの自業自得巡査の事は忘れよう。考えているだけで脳が破壊されかねない。
そんな事よりも、被害者の着ていた服だな。あのバカ巡査はさも自分が洗濯していたように言っていたが、きれいなビニール袋に入れられクリーニング屋のタグが付いている。なるほど。クリーニング屋まで往復10分なんだな。いやいや。戻って来る途中で別の袋に入れ替えたりタグを外すくらい考えないのか。偽装工作と言えば言葉は悪いが、それくらいもできないなんて。それなら最初からクリーニング屋に出したと言えばいいのに。わざと裏目裏目を選んでるわけではないと思うが。よく今まで警察官をやって来られたなと、逆に興味が湧いてくるじゃないか。いや、忘れよう忘れよう。
服の入ったビニール袋を必要以上にビリビリに破いてほんの少しだけストレスを発散してから、明智君に嗅いでもらった。もちろん明智君は自信満々に首を振る。分かりきっていたので、既に次の案が私の中にあった。面会謝絶の被害者に強引に会いにはいかない。下手したらそれが原因で、瀕死の状態の被害者がただの死体になってしまう。私は立派な殺人犯だ。刑務所ではあの私たちを恨んでいるであろう悪徳政治家と同部屋になる。今のところは私の素顔を知らないが、いつバレるのだろうかと針のむしろ状態で毎日を過ごさないといけない。胃潰瘍になるじゃないか。
名探偵の私が考えた案は、名探偵にしては至ってシンプルだ。阿部君明智君でもふとした拍子に思いつくだろうな。名探偵がいつもいつも突飛な案を採用するなんて幻想だぞ。集中治療室から医師か看護師が出てきたら、ガーゼか何かをこすりつけて被害者の匂いを採取してくれるように頼もう。なので、しばらくここで待つか。だけど阿部君と明智君に忍耐は期待できないので、できる限り早く誰かが出てくるように祈ろう。
あんまり待たされると、阿部君と明智君が暇つぶしに探検に出てしまう。真っ当な人から何かを盗むようなまねはしないけど、好奇心を満たすためだけにこっそり病室に入って入院患者と一緒にテレビ観戦をしようとするだろう。テレビの内容に興味はない。ただ患者に気づかれるか気づかれないかのスリルを味わうためだ。もちろん簡単に気づかれる。そう、病室のドアを開けると同時に。そしてなぜか私まで一緒に怒られる。大勢の前で。それから追い出される。どうせ追い出すなら、怒らなくてもいいじゃないかと逆ギレしても後の祭りだ。全速力で逃げれば良かったと……いやいや違う。後悔するのは、そこじゃない。被害者に近づけなくなってしまう。
阿部君と明智君が飽きずに大人しく待ってくれる方法を考えよう。瞬時に。よし、閃いた。次のミッションの話をしてあげよう。もちろん怪盗の方だ。いや、待てよ。この事件を私が見事に解決したら、するに決まっているが、警視長は欲を出し当たり前に次の解決困難な事件を用意する。私は断れるだろうか。断れるな。今回の阿部君のような弱みがないのだから。しかし今回活躍しないのが確実な阿部君と見せ場が被害者の身元解明だけの明智君はどうするだろうか。自分たちの力量を知ってくれたらいいのだけれど。それは無理だ。今度こそはと、警視長の誘いに乗るに決まっている。仕方ない。阿部君明智君が探偵ごっこに飽きるまで怪盗は休業だな。
あれ? 阿部君明智君がいない。私は視界の片隅に二人を捉えるや、とっさに立ち上がった。と同時に集中治療室のドアが開く。音に気づいた阿部君明智君が少しがっかりしたように振り向いた。
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