私(新米大怪盗)と阿部君(見習い怪盗)と明智君(ゴールデンレトリバー)の探偵物語

きよバス

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無益な意地の張り合いからの急転直下

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「そうですよね。物騒な世の中だから、個人情報を簡単に出せないですね。大抵の人は、私たちのような怖いもの知らずではないのですから。ちなみに、この子は明智君と言います。明智君の『君』までが名前なんですけど、かわいいからって『明智君ちゃん』とか言わないでくださいね。話は変わりますけど、やはりこれだけ広いと庭の片隅で何が起こっても、気づかないのはなんとなくですけど分かりました。無意識で偶然に事件に出くわしてしまった、第一発見者が、こちらの阿部君です。その時に一度会ってますよね? この阿部君が救急車を呼んでここでしばらく待っている間は、夫人はまだ寝てたんですか? それとも怪人のような阿部君がちょろちょろと家の中を覗いてるのに気づいてました? あっ、阿部君は別に何か悪巧みのために覗いてたのではなくて、家の人に報告というか相談をしたかっただけです。なので変に誤解しないでくださいね」
「あっ、はい。おそらく寝てはいなかったと思いますわ。でもそちらの方が家の周囲を物欲しそうにじろじろ見ていたのには気づきませんでしたね」
「そ、そうなんですか……ね? ワンちゃんもいつもと変わらず? 飼い主さんに似て鈍感……あっ失礼、おおらかなんですかね?」
「いえいえ。うちのワンちゃんは、小さな虫でもいたのか、静かに目で何かを追ってましたわね。これだけの庭でしょ。よく飛んでるんですのよ。なので、私はワンちゃんにも虫にもさほど気に留めなかったわね。ちっさな虫にできる事なんて、たかが知れてるので」
 なにゆえか私のスネに痛みが走った。それも両足に。阿部君が八つ当たりしたのは、私の自業自得としてもいい。がしかし、どさくさに紛れてもう一人いやもう一頭までもが、私のスネにダメージを与えるなんて。もしかしたら、ここの家の犬の話を再び持ち出したからなのか。もうドアは閉められているのだから、別の部屋にいる犬の声は聞こえないばかりか、この客間に入ってくるのは不可能なんだぞ。落ち着いて考えておくれ、明智君。
 私が犬の話をしたのは、夫人の嘘を暴くのが主なんだぞ。明智君をビビらせる気持ちがなかったのかと聞かれれば、ノーコメントだがな。嘘をつくと、自分の事だけでもつじつまを合わせるのが大変だ。そこに犬の行動とも足並みを揃えようとしたら、絶対にほころびが生じるはず。もう少し追い詰めれば、早々に夫人のアリバイが崩れると、私は踏んだ。だけどその前に、私が歩けなくなってしまうかもしれない。バカな身内の暴力で。
 仕方ない。いったん話を進めよう。まだまだ時間はある。
「それでは、いつも通りの朝だったというわけですか?」
「そうでしたね。朝食に何を作るか考えるのが習慣で楽しみなんですよ。夢中になりすぎて時間があっという間に経つのが玉に瑕なんですけど。ワンちゃんにごはんを催促されてばかりで。でもワンちゃんも誰に似たのか、舌が肥えてるでしょ? 下手なものは作れないんですの」
「ひとまずワンちゃんの話はやめておきましょうか。夫人がいつものように何か豪華な朝食を作ろうとしていたところに、警察官が訪ねてきたということでいいのでしょうか?」
「いえいえ、豪華だなんて。庶民の方の朝ごはんに毛が生えた程度のものなんですよ」
 私のスネにまたもやダメージがあった。阿部君明智君、それはただの八つ当たりだぞ。お茶のおかわりをしてやるぞ、コノヤロー。夫人は喜んで取りに行ってくれるだろう。ドアを開けっ放しにして。そして再び、お前たちにとって恐怖の犬の鳴き声が襲いかかる。ハハハハー。
 だけどこいつらは私の意図をしっかり理解するに決まっているな。怯えながらも。すると情け容赦のない殴打が、私のスネを襲うのだろう。私は耐えられるのだろうか。はっきり言って、無理だ。二人のかわいい部下のご機嫌を取るか。
「ということは、一尾100万円くらいのうなぎの蒲焼だったのですか? 実は今日の私たちの朝食は、3尾で32万円の安っぽいうなぎの蒲焼だったものですから。ねえ、阿部君明智君?」
 おおー。明らかに夫人の顔色が悪くなったぞ。そして私のスネが優しく撫でられてマッサージを受けている。ありがとう、阿部君明智君。私はまだまだ頑張れそうだ。
「はい。警察の人が来られたのは、そんな時でしたわね」
 朝食の話はなかったことにしやがったな。なかなか豪快だな。文章が飛んだと思われるくらいだぞ。優しい私で良かったな。阿部君明智君だったなら、朝食の話をしつこくするだろう。さっきまで恐怖で青ざめていたことなんて忘れて。いや、その時の仕返しかも。優位に回った阿部君と明智君は怖いぞー。
「警察官は何と言って訪ねてきたのですか?」
「この家の庭で人が倒れていたので、話を聞かせてほしいとかでしたわね」
「それで初めて事件があったのを知ったんですね? なるほど。夫人の時間を奪うのも心苦しいので、警察官と夫人のやり取りは省きますね。後で担当の警察官に聞けば済むことなので」
「助かりますわ。見かけによらず……あっ、お茶飲んでくださいね。こんな良いお茶めったに飲めな……あっ、ついつい。融通を利かせていただいて感謝しますわ。それでは、話は終わりでいいですわね?」
 フッ。それで私を小バカにしたつもりか。負け惜しみにしか聞こえないぞ。阿部君と明智君にずいぶん鍛えられているからな。ありがとう、阿部君明智君。いや、違う違う。夫人よ、効く効かないは別として、わざわざ敵を作るものではない。特に私のような根に持つ……いや、記憶力が図抜けている怖いもの知らずと敵になって良い事なんて一つもない。気づけば、家の中からいろんな物が無くなっているだけだ。お金もな。
 今は探偵に集中するか。
「いえ、まさか。事件があってから1日経っているので、何か思い出された事もあるのでは? 知的な夫人ならきっとありますよね? もしくは夫人なりに警察の役に立ちたくて、事件現場を見に行かれたのでは?」
「いえ、そんなまねは致しません。日本の警察を100パーセント信用していますし、もし犯人がこの広大な敷地内のどこかに隠れていたら危険でしょ? 家から一歩も出ませんでしたよ。思い出した事というか、言いそびれた事なんてありませんわ。昨日、警察の人にすべて話ましたよ。私は常に完璧ですのよ」
 顔色一つ変えないな。もしかしたら私のポケットに入っているボールは、夫人が置いたとも思ったんだが。自分に容疑がかからないように、飛んできたボールが当たったのかもと思わせるために。ついついこの私が騙されそうになったくらいの名案だからな。そしてその下手な推理を我々に聞かせようとした。しかし、ものの数秒で私が考え直したように、一晩眠った夫人は一度当たったくらいではボコボコにならないと気づいた。やはりこのボールは関係ないのだろうか。凶器と呼ぶのは難しいのは分かるが。
 私が思わせぶりにボールに注目したことを、阿部君と明智君が忘れてくれるように祈ろう。ワインを飲んだ時とかに、きっとここぞとばかりにバカにするに決まっている。特に明智君は、あたかも証拠品をだめにしたように疑われたのだから。喜んで阿部君にワインを提供するだろう。自分もダメ出しをされるのを分かっていながらも。
 このボールをポケットに入れたままにしておくと、うっかり自宅まで持ち帰ってしまうかもしれない。ここにそっと置いておくか。夫人にも気づかれないように。
 私は夫人の視線にだけ注意しながら、ボールをそっとソファーの下に隠そうとした。しかし夫人に意識を集中するあまり、明智君を気にも留めない失態を犯してしまったのだ。明智君も明智君だ。二度も同じ過ちをするなんて。
 ボールが目に入った明智君は、ついつい本能のままに遊ぼうとボールをパクっ……。いや、明智君がパクっをしたのは私の手だった。ボールも一緒だけど。もちろん甘噛みだ。私の手ではなくボールを傷つけたくないから。
 驚きと軽い痛みのせいで、反射的に私は明智君の口から手を引き抜いた。と同時にボールが絨毯の上を転がっていく。夫人の方に向かって。仕方がない。この家に捨てていくのは諦めよう。捨てる機会なら、まだいくらでもある。あるのはあるが捨てようとした時にできないと、案外そのまま忘れてしまって気づいたら家に着いていたということが多々ある。賛同してくれる人は結構いるだろう。だからこそ今ここで捨てたかった。それに、このボールがどこから飛んできたにせよ、一応この家の敷地内で拾ったのだから不法投棄にはあたらないだろ。
 でも真面目な話の途中でボールを転がせてしまった事を、一人の大人として夫人に謝らないとな。ついでに捨ててくださいとは、阿部君明智君の前では言えない。こいつらは大事な証拠だと思っているのだから。今日中には、このボールの存在を忘れてくれるだろうが。
 夫人に謝ろうと頭を上げた瞬間、先に夫人が口を開いた。ひえー、怒られる。大の大人が部下たちの前で。情けない。せめて連帯責任で我々全員をまんべんなく叱ってくれないだろうか。だめだ。帰ってからのダメ出しのレベルが格段に跳ね上がる。やはり私だけを叱ってくれて構わないぞ。恥はかき慣れている。
 しかし夫人は、私を叱らなかった。別に夫人が優しいわけではない。そんなわけがない。叱るどころではなかったようだ。私たちが眼中にもない。ボールを見つめているだけだ。そしてやっと言葉を無意識に紡ぎ出した。
「な、なんで……こ、ここに……」
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