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順調な聞き取り調査

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 いざ世間話をしないととなったら、天気の話しかないぞ。「今日は良い天気ですね」「そうですね」だけで終わって、気まずくなるだけだな。私が悪いんじゃない。夫人が「そうですね」の後に何か付け加えないからだ。もちろん私の想像だけどな。いや、予知だ。私は予知能力者なのだ。……。嘘です。
 仕方ない。もう一度、共通の話題が豊富な犬の事でも話すか。いや、犬の話をこれ以上すると、連れてきかねないな。阿部君と明智君の怯える顔は見ものだろうけど、アジトに帰ってからの私の顔が二人の100倍怯える顔になるのが目に見えている。
 やはり事件の話に入ろう。私の口車と阿部君のずる賢さと明智君の……何かがあれば不可能なんてない。常に、夫人も被害者ですねって感じで、寄り添いながら聞いてあげるとするか。きっといろいろ話してくれる。それでも意固地になって何も話さなくなったら、いよいよ犯人だと決めつけてやる。後は数々の証拠をでっち上げる……いや、探すだけだ。
「自分の家の敷地内でこんな事件が起きるなんて、さぞ辛いでしょうね?」
「いえいえ。私の辛さなんて、被害者の方が受けた暴力に比べたらなんてことはないですわ。それに、これだけ広大な土地なので、こういう事がありえるのは想定しておりましたので」
 私は少しイラッとした。明智君はすごくイラッとしただろう。阿部君は、今までの事もあり、目立たないように足元のふかふかの絨毯に八つ当たりをした。未だに阿部君を犯人だと決めつけている夫人の視線をかいくぐりながら。かわいそうな絨毯は、阿部君の足元だけがふかふかではなくなっってしまった。
 ただ、みんなが偉かったのは、笑顔を崩さなかったことだ。私は「もらった賄賂と土地の広さは比例しているんですね」と誰にも聞こえない小声で話してしまったが。何の罪のない絨毯にだけは、私が阿部君に代わって謝っておこう。
「そうですよね。果てがないのかと思うくらいに本当に広大ですから。以前にも敷地内に見ず知らずの人が倒れていたまではいかなくても、道に迷ったキャンパーが当たり前に野宿をしていたとかがあったのですか?」
「いえいえ。主人が逮捕されるまでは、優秀な警備員を一人雇ってましたので。もう解雇しましたけど」
「えっ! たったの一人で。この豪邸を?」
 私が怪盗のミッションで忍び込んだ時に、私を一目見ただけで気絶した根性なしの警備員がいたな。そいつのことだろうか。私は変装していたし、子トラを連れていたのもあったのだろうけど。それでも優秀とは言い難かったぞ。解雇されたのは同情するが、あいつは警備員には向いていないから、あいつのためにも良かったのだろう。
「他に監視カメラ……はダミーでも、それなりの効果がありますし。なにより、うちのワンちゃんは小型ですけど、頼りになりますのよ。お見せしましょうか」
「だ、だ、だ、大丈夫です。ワンちゃんは休ませておいてあげましょう。鳴き疲れたでしょうから。それでは不審者が侵入したのは初めてだったんですね。一人と一頭はなかなか優秀な警備チームだったと言っていいんじゃないですか?」
「そうですわね。こんな事件が起こった以上は、解雇は間違いだったようです。今さらですけどね。せめてダミーの監視カメラを本物にしようかしら」
 解雇されたのは、おそらく私たちのせいだ。向いてないとはいえ、後味も悪いしフォローだけはしておいたが。無駄だったようだな。許せ、あの時の警備員。今は何をしているのだろう。もし未だに無職なら、明智君の散歩係に雇ってあげてもいいが。だめか。どうせ雇うなら、明智君はきれいな女性を希望するはずだ。
 あれ? 被害者はその警備員と考えられないだろうか。解雇を取り消してくれるように、夫人に直訴しに来た。しかし夫人はとりあってくれない。そこで警備員時代に知った何かしらの秘密で夫人を脅す。夫人は口封じのために……。
 あの時、明智君はここの警備員に会ってない。明智君に匂いを嗅がせても判別しないな。いや、でもすぐ近くにはいたわけだし、必ずしも分からないとはいえないぞ。なんだかもう被害者はここの警備員だった人というのが確実ななような気がしてきた。
 被害者は警備員で、犯人は夫人。簡単な事件だったな。帰るとするか。冗談だ。証拠が全くない。自白してくれないだろうか。するわけがない。先入観や偏見を持っていては危険なので、夫人が犯人ではない僅かな可能性を持ちつつ続けるとするか。名探偵リーダーをもう少し楽しみたいし。せめて記念に捜査官用の手帳を作ってもらってからにしよう。あと、ご機嫌を取るために、阿部君と明智君の活躍の場を演出してあげないと。難しいが、私ならできるだろう。
「これからの事はもちろん大事です。だけど今は被害者の方のためにも、早期解決のために事件の話に戻しましょうか。今のところは身元が分かっていないんですけど、夫人もやっぱりさっぱり心当たりはないですか?」
「はい。せめて名前か顔が分かれば、もう少し考えてもいいのですけれど。何か被害者の方の遺留品はないのですか? うちのワンちゃんに遺留品を嗅がせれば、その人の家まで連れていけるかも」
 その程度のことは、明智君には余裕だ。あれ? そうじゃないか。何も匂いだけで個人を判別できなくても、匂いを頼りに被害者の家にたどり着けるぞ。私らしくないが功を焦るあまり、深く考えていなかったようだ。私は自分の思慮のなさを素直に認められる大物なのだ。
 そして夫人に感謝しておこう。でも大丈夫か、夫人? 敵に塩を送ったようなものだぞ。余裕の現れなのか。それとも犯人ではない。少し慎重にいくか。時間はたっぷりあるのだから。でも犬の話は厳禁だ。夫人がワンちゃんという度に、阿部君と明智君の視線が私のスネに行く。
「そんなそんな。疲れてるワンちゃんを歩き回らせるなんて、かわいそうですよ。被害者の身元はこちらで……」
「何を言いたかったのか分からないですけど、ちょっとギャンギャン鳴いたくらいで疲れませんよ。増して、うちのワンちゃんは普通のワンちゃんではないのですから」
 普通じゃないとは、どういうことなんだ? まさか本当に整形手術ができるのか? 安心しろ、阿部君明智君。どうせただの脅しだ。せいぜいバク転ができる程度だから。こらこら、阿部君と明智君を見るんじゃない、夫人。
「とりあえず、ワンちゃんの話は置いときましょうか。関係者の人には聞かないといけないんですけど、アリバイを……」
「あー、せっかくだし、うちのワンちゃんを連れてきましょうか?」
 こいつ、わざとだな。阿部君と明智君が、これでもかと怯えていたから、犬を連れてくればそそくさと帰るとみたな。犬の話を持ち出すのは、こいつなりの「早く帰りなさいよ」なのだろう。だけど本気でここに連れてくる気なら、とっくに連れてきてるはず。
 おそらくここの犬は内弁慶だ。飼い主である夫人は、それをよく知っているのだ。だから連れてきそうな雰囲気だけを出して、全く動こうとしない。なかなかしたたかな戦術だけど、相手が悪かったな。私はチキンレースに負けたことがない。やったこともないかもしれないが。
 しばし考えよう。ここの犬が小型犬というのは鳴き声から明らかだ。小型犬だからといって侮ってはいけないが、明智君に襲いかかるとは思えない。動物は大きさだけで勝負が決まるものだからな。万が一、鳴き声が小型犬のような超大型犬だとしても、私のオーラに気づいてしゅんとなるだろう。それでも負け惜しみで「整形手術をしてやるからな」と脅してきたら? 阿部君と明智君はチビるほど怯えるだろうか。いや、阿部君と明智君は、しゅんとなっている犬を見て気づく。ハッタリだったのだと。こうなったら、阿部君と明智君は強い。やっつけはしないが、相手にもしないのだ。
 よし、誘いに乗ってやろうじゃないか。例えチキンレースに負けても、力勝負で勝てるのだから。でも、チキンレースに勝てますように。切に。
 私の思考中に、阿部君と明智君も冷静になっているころだな。きっと私に賛成してくれる。
「そうですね。ここのワンちゃんは、何という名前なんですか?」
 本日3回目のスネへの無慈悲な攻撃をされてしまった。こいつらは、私が夫人相手に仕掛けたのが分からないのか。勝つ確率が高く、負けてもダメージがないと熱望しているチキンレースを。
「ごめんなさい。個人情報なので、他人はおろか怪しい人にはちょっと……」
 チクッと攻撃したつもりか? 全く効かないぞ。むしろ逆効果だな。このチキンレースは、もらった。
 でもいきなりとどめを刺そうとすると、捨て身の覚悟で犬をけしかけるかもしれないし。力勝負でも最終的には勝てる。しかし私が盾にされて痛い思いをする。じわじわ攻めないとな。
 それに力勝負で勝つと、夫人が瀕死を装っている犬を動物病院に連れていくとか言って、話を切り上げるだろう。夫人が帰ってくるまで、ここで待たせてもらいますと、図々しい阿部君は言う。夫人の冷たい視線をものともせずに。だめだ。そんなことになったら、阿部君と明智君は遠慮なく盗みを働く。そして夫人が帰ってくるのなんて待つはずもなく、屋敷を後にする。大量の盗品を抱えながら。私は二人の言うがままだ。
 有頂天の私たちは、すっかり忘れていた。ここに何をするために来たのかを。門の外に誰がいるのかを。外で警備している警察官がさっきとは打って変わって怖い顔で、阿部君に手錠をかけて、明智君には犬用マズルをつけて、無抵抗の私の顔面をおもいっきり殴る。怪盗団は解散。最悪のシナリオになる。
 力勝負は無理だな。もしここの犬がかかってきたなら、素直にやられようじゃないか。ボコボコにされた盾役の私が、阿部君と明智君に、仇討ちはしないように命令すれば、喜んで従う。これも我々怪盗団のためだ。やはり、じわじわ攻めないとな。
 いつでも犬を出してみろという余裕を見せつつ、聞きたい事をすべて引き出してやる。覚悟しろ、夫人。永遠に続くチキンレースを共に楽しもう。
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