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普通の犬に何ができる? 明智君じゃあるまいし
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この家の犬は、明智君が欲望むき出しに根こそぎ強奪した本当に数が限られている限定発売の高級ドッグフードの件で、あんなに鳴き喚いているに違いない。警察は明智君と阿部君が侵入した形跡はなかったのか、見つけられなかったことにしたのかは分からない。そもそも私たち怪盗団が泥棒した件についてはまともに捜査すらされていない。警視長の鶴の一声で。
人間に対してはそれで良かったが、犬には通用しなかった。いや、犬を相手にもしていなかった。犬も分かっている。自分が何を言っても何をしても、人間は信じてくれない。そもそも言葉が通じない。諦めるしかないのか。他の物なら、諦められたのだろう。だけどあのドッグフードだけは。無理だったのだ。それから毎日のように、あのドッグフードが返ってくることを夢見て過ごしていた。でも戻ってくることはなかった。だって、私たちのアジトにあるのだから。念の為に明智君は阿部君の実家にも分散させているが。リスクヘッジらしい。そして明智君は気が向いた時に気楽に好きなだけ食べている。このペースなら10年は持ちそうだ。それだけ大量の量なのだ。おかげで食費が随分助かっている。
犬よ聞け。返すつもりはない。またいつか同じものが限定発売されるまで待つのだな。何の根拠もないが、おそらく10年以内には発売されるだろう。そうでないと明智君がかわいそうだ。だけど私たちは買えない。お前の飼い主や成金たちが買い占めるだろうからな。だから盗むしかないじゃないか。悪どい方法でお金を稼ぎ裏ルートで買い占める悪者たちから。だから今のうちに明智君と仲良くするのを勧めるぞ。そんな吠えていないで。
しかし、ここの犬はどうして阿部君と明智君が犯人だと見抜いたのだろうか。形跡があったのだろうか。あったのだ。どんな優秀な鑑識でも見つけられないが、犬なら見つけられる痕跡があるじゃないか。そう、匂いだ。犬なら個までも判別できるだろう。ここの犬は、それを覚えていた。そして今日、犯人がやってきた。
まずは驚いた。次に疑った。そんな奇跡が起こるはずがないと。でもすぐに確信した。奴らだと。神様に感謝した。生まれて初めて。それから恨んだ。手の出せない自分を。何らかの理由で部屋から出られないのだ。できる事といえば、数々の暴言や罵詈雑言、そして脅し文句を浴びせるだけだ。阿部君と明智君には十分だった。幸い、私だけあの犬の言っていることがさっぱり分からない。怖いもの見たさで知りたい気持ちもなくはないので、ほんの少しだけ残念だけど。まあいい。めったに見られない楽しいものを見られているのだ。
ほらほら、肝を冷やしやがれ、阿部君明智君。
「はい。金額的には美術品や現金ほどではないんですけど、ドッグフードまで盗られたんです。ドロボー自体を信用してくれていない警察に、ドッグフードもだなんて言えないですよね? ふざけてると疑われるだけですから。私がドロボーだとしても、他に金目の物がいくらでもあるのだから、ドッグフードになんて目もくれないですよ。それに盗まれたドッグフードは密度も濃いから、すごく重いんですよ」
そうなのだ。その重いドッグフード10袋のために、本来もっと盗れるはずだった美術品や現金を盗るどころか探す時間まで無駄にしてしまった。損害はそれだけではない。明智君が何度も往復して車に運んだドッグフードをパンパンに詰めた大きなバックパックを、私は背負わされ車から当時のアジトまでほんの十数メートルとはいえ運ばされた。あのバックパックに10袋すべてを詰め込んだ明智君には感嘆するが、そのドッグフードの有り難みの分からない私には拷問にしか感じなかった。
「へえー、そんなドッグフードが目に見えて重いとか軽いとかあるんですね?」
またもや、私のスネがダメージを。いつまでくだらない話をしているんだという視線とともに。しかし私は別に二人が肝を冷やしているのを楽しんでいるだけではない。当初言ってたように、世間話でもして夫人と打ち解けるためのとっかかりが、たまたま二人がさっさと流してほしいと切に願っている内容の話だった。と、私はアイコンタクトで二人に説明したのに分かってくれない。私たちにアイコンタクトができないのかもしれないが。
しかし私には、二人が何を言いたいか雰囲気で分かってしまった。この家の犬がどういう風な状況にあるのか知らないが、せめてその犬がいる部屋のドアを閉めてくれと、それとなく穏便に言ってくれと。脅すような目でお願いしている。
仕方がない。万が一、ここの犬がこの客間に来たら、私にも被害が及ぶというか私一人が犠牲になるだろう。そうなるように、こいつらはここの犬と交渉するに決まっている。ここの犬の脅し文句が理解できるのは確かに悲惨だ。だけど確実に意思疎通できるのは、こいつらにとっては有利で、私には不利しかないな。こいつらの怯える顔を見られただけで今日のところは良しとしよう。
「そうみたいですね。私が実際に持ったわけでは……」
「ああ、すいません。少し話しづらいので、あのかわいいワンちゃんの声が聞こえないように、ドアを閉めてもらってもいいですか?」
「ああー、そうですね。両手がふさがってたので、閉めてくるのを忘れてたみたいですわね。はしたなかったけど足で犬用の柵だけは立てかけてきたんですけど。でもなんだか飛び越えてきそうな勢いですね。あの子の飛び越える成功率は今日の降雨確率よりも低いんですのよ」
あれ? 天気予報をじっくり見なかったぞ。少なくとも今は良い天気だけど。でもわざわざ成功率だなんて言うということは、飛び越えたことがあるからだ。そう考えるのが妥当だな。うん。落ち着いている場合かー。
「す、すいません、急ぎでお願いします」
「はい。でも、あの子があんなに興奮してるのは初めてなのよね。もしかしたらそちらのワンちゃんと遊びたいのかもしれないわね。あなたも一緒に行く?」
「ワ……ン? ワワーワンワンワワンワワワンワワーワーン、ワワンワン」
「すいません。この子も警視長期待の捜査官なので、遊んでいる場合ではないんですよ。賢そうな顔をしてるでしょ?」
「それじゃ、すぐにドアを閉めてくるわね」
さすが夫人だけあって、下手なお世辞は言えないと判断して、答えるのに困る質問は聞こえなかったふりをしたな。あからさまだったけど、恐怖でそれどころではない明智君は気にもしていない。ここまで明智君を怯えさせるとは、ここの犬は何と言ってるのだろうか。気になってきたな。ワインを手に持っている阿部君と相対している時と同等かそれ以上だ。その阿部君までもが負けず劣らず怯えているし。
「阿部君、ここの犬は何と言ってるか聞き取れたのかい?」
「聞き取りたくなかったんですけど。興奮しているくせに、はっきりくっきり話すので、大体は。目の前でジェスチャーを混じえて話してたら完璧でしたよ。ただ、目の前にいたなら、話すよりも行動に移してたでしょうけど」
「そうなのかい? 一体何と?」
「私と明智君の顔を、リーダーそっくりに整形してやるからな、と」
え? 私はどこから突っ込むのがベストなんだ? 犬なんかに整形手術なんてできないだろと、当たり前の事か。しかしこんな当たり前の事に気づかずに本気で怯えているようだし、できないと誰が決めたんですかと怒られる。それでは、私そっくりのどこが嫌なんだと……聞くべきではないな。待ってましたとばかりに、私の悪口を言うに決まっている。はたまた、そんな冗談を言うなんて二人ともまだまだ余裕があるじゃないかと少し話を逸らすのもありか。いや、冗談を言っているのではないと、二人の真剣な顔からも伝わってくる。冗談ではないと、私が叱られるだけだ。
だめだ。何をどう言っても上手く解決しない。忘れるのが一番だな。
しかし、ここの犬もなかなかやるな。私たち3人をここまで追い詰めるなんて。早いうちにボコボコにするか。または接点を持たないように必死に頑張るか。もしくは思い切って我々怪盗団にスカウトするかだな。案外それが一番の解決方法かもしれないが、どうやって説得すれば仲間になってくれるのか、今のところは答えが思い浮かばない。
あっ、鳴き声が聞こえなくなった。夫人がドアを閉めてくれたようだ。当然だけど夫人の方が強いのか。うーん、そんなのではないな。敵対関係ではないし、ごはんをくれる人だから抵抗しないだけなのだろう。私と明智君のようなものだ……いや、違う違う。私と明智君は心からの親友だし、そして何よりも明智君は私に反抗する。それでも私は幸せだ。夫人が幸せではないと言ってるのではない。人間と犬の関係に決まりなんてないのだから。
人間と犬の理想の関係論はまた時間がある時に考えよう。考えない方が幸せか? まあいい。夫人が戻ってきた。世間話をして随分打ち解けたし、事件の話でも聞いてみるか。いや、急に話を切り替えると身構えて無口になるかもしれない。もう少しだけ世間話をして警戒を解いてからの方がいいだろう。
人間に対してはそれで良かったが、犬には通用しなかった。いや、犬を相手にもしていなかった。犬も分かっている。自分が何を言っても何をしても、人間は信じてくれない。そもそも言葉が通じない。諦めるしかないのか。他の物なら、諦められたのだろう。だけどあのドッグフードだけは。無理だったのだ。それから毎日のように、あのドッグフードが返ってくることを夢見て過ごしていた。でも戻ってくることはなかった。だって、私たちのアジトにあるのだから。念の為に明智君は阿部君の実家にも分散させているが。リスクヘッジらしい。そして明智君は気が向いた時に気楽に好きなだけ食べている。このペースなら10年は持ちそうだ。それだけ大量の量なのだ。おかげで食費が随分助かっている。
犬よ聞け。返すつもりはない。またいつか同じものが限定発売されるまで待つのだな。何の根拠もないが、おそらく10年以内には発売されるだろう。そうでないと明智君がかわいそうだ。だけど私たちは買えない。お前の飼い主や成金たちが買い占めるだろうからな。だから盗むしかないじゃないか。悪どい方法でお金を稼ぎ裏ルートで買い占める悪者たちから。だから今のうちに明智君と仲良くするのを勧めるぞ。そんな吠えていないで。
しかし、ここの犬はどうして阿部君と明智君が犯人だと見抜いたのだろうか。形跡があったのだろうか。あったのだ。どんな優秀な鑑識でも見つけられないが、犬なら見つけられる痕跡があるじゃないか。そう、匂いだ。犬なら個までも判別できるだろう。ここの犬は、それを覚えていた。そして今日、犯人がやってきた。
まずは驚いた。次に疑った。そんな奇跡が起こるはずがないと。でもすぐに確信した。奴らだと。神様に感謝した。生まれて初めて。それから恨んだ。手の出せない自分を。何らかの理由で部屋から出られないのだ。できる事といえば、数々の暴言や罵詈雑言、そして脅し文句を浴びせるだけだ。阿部君と明智君には十分だった。幸い、私だけあの犬の言っていることがさっぱり分からない。怖いもの見たさで知りたい気持ちもなくはないので、ほんの少しだけ残念だけど。まあいい。めったに見られない楽しいものを見られているのだ。
ほらほら、肝を冷やしやがれ、阿部君明智君。
「はい。金額的には美術品や現金ほどではないんですけど、ドッグフードまで盗られたんです。ドロボー自体を信用してくれていない警察に、ドッグフードもだなんて言えないですよね? ふざけてると疑われるだけですから。私がドロボーだとしても、他に金目の物がいくらでもあるのだから、ドッグフードになんて目もくれないですよ。それに盗まれたドッグフードは密度も濃いから、すごく重いんですよ」
そうなのだ。その重いドッグフード10袋のために、本来もっと盗れるはずだった美術品や現金を盗るどころか探す時間まで無駄にしてしまった。損害はそれだけではない。明智君が何度も往復して車に運んだドッグフードをパンパンに詰めた大きなバックパックを、私は背負わされ車から当時のアジトまでほんの十数メートルとはいえ運ばされた。あのバックパックに10袋すべてを詰め込んだ明智君には感嘆するが、そのドッグフードの有り難みの分からない私には拷問にしか感じなかった。
「へえー、そんなドッグフードが目に見えて重いとか軽いとかあるんですね?」
またもや、私のスネがダメージを。いつまでくだらない話をしているんだという視線とともに。しかし私は別に二人が肝を冷やしているのを楽しんでいるだけではない。当初言ってたように、世間話でもして夫人と打ち解けるためのとっかかりが、たまたま二人がさっさと流してほしいと切に願っている内容の話だった。と、私はアイコンタクトで二人に説明したのに分かってくれない。私たちにアイコンタクトができないのかもしれないが。
しかし私には、二人が何を言いたいか雰囲気で分かってしまった。この家の犬がどういう風な状況にあるのか知らないが、せめてその犬がいる部屋のドアを閉めてくれと、それとなく穏便に言ってくれと。脅すような目でお願いしている。
仕方がない。万が一、ここの犬がこの客間に来たら、私にも被害が及ぶというか私一人が犠牲になるだろう。そうなるように、こいつらはここの犬と交渉するに決まっている。ここの犬の脅し文句が理解できるのは確かに悲惨だ。だけど確実に意思疎通できるのは、こいつらにとっては有利で、私には不利しかないな。こいつらの怯える顔を見られただけで今日のところは良しとしよう。
「そうみたいですね。私が実際に持ったわけでは……」
「ああ、すいません。少し話しづらいので、あのかわいいワンちゃんの声が聞こえないように、ドアを閉めてもらってもいいですか?」
「ああー、そうですね。両手がふさがってたので、閉めてくるのを忘れてたみたいですわね。はしたなかったけど足で犬用の柵だけは立てかけてきたんですけど。でもなんだか飛び越えてきそうな勢いですね。あの子の飛び越える成功率は今日の降雨確率よりも低いんですのよ」
あれ? 天気予報をじっくり見なかったぞ。少なくとも今は良い天気だけど。でもわざわざ成功率だなんて言うということは、飛び越えたことがあるからだ。そう考えるのが妥当だな。うん。落ち着いている場合かー。
「す、すいません、急ぎでお願いします」
「はい。でも、あの子があんなに興奮してるのは初めてなのよね。もしかしたらそちらのワンちゃんと遊びたいのかもしれないわね。あなたも一緒に行く?」
「ワ……ン? ワワーワンワンワワンワワワンワワーワーン、ワワンワン」
「すいません。この子も警視長期待の捜査官なので、遊んでいる場合ではないんですよ。賢そうな顔をしてるでしょ?」
「それじゃ、すぐにドアを閉めてくるわね」
さすが夫人だけあって、下手なお世辞は言えないと判断して、答えるのに困る質問は聞こえなかったふりをしたな。あからさまだったけど、恐怖でそれどころではない明智君は気にもしていない。ここまで明智君を怯えさせるとは、ここの犬は何と言ってるのだろうか。気になってきたな。ワインを手に持っている阿部君と相対している時と同等かそれ以上だ。その阿部君までもが負けず劣らず怯えているし。
「阿部君、ここの犬は何と言ってるか聞き取れたのかい?」
「聞き取りたくなかったんですけど。興奮しているくせに、はっきりくっきり話すので、大体は。目の前でジェスチャーを混じえて話してたら完璧でしたよ。ただ、目の前にいたなら、話すよりも行動に移してたでしょうけど」
「そうなのかい? 一体何と?」
「私と明智君の顔を、リーダーそっくりに整形してやるからな、と」
え? 私はどこから突っ込むのがベストなんだ? 犬なんかに整形手術なんてできないだろと、当たり前の事か。しかしこんな当たり前の事に気づかずに本気で怯えているようだし、できないと誰が決めたんですかと怒られる。それでは、私そっくりのどこが嫌なんだと……聞くべきではないな。待ってましたとばかりに、私の悪口を言うに決まっている。はたまた、そんな冗談を言うなんて二人ともまだまだ余裕があるじゃないかと少し話を逸らすのもありか。いや、冗談を言っているのではないと、二人の真剣な顔からも伝わってくる。冗談ではないと、私が叱られるだけだ。
だめだ。何をどう言っても上手く解決しない。忘れるのが一番だな。
しかし、ここの犬もなかなかやるな。私たち3人をここまで追い詰めるなんて。早いうちにボコボコにするか。または接点を持たないように必死に頑張るか。もしくは思い切って我々怪盗団にスカウトするかだな。案外それが一番の解決方法かもしれないが、どうやって説得すれば仲間になってくれるのか、今のところは答えが思い浮かばない。
あっ、鳴き声が聞こえなくなった。夫人がドアを閉めてくれたようだ。当然だけど夫人の方が強いのか。うーん、そんなのではないな。敵対関係ではないし、ごはんをくれる人だから抵抗しないだけなのだろう。私と明智君のようなものだ……いや、違う違う。私と明智君は心からの親友だし、そして何よりも明智君は私に反抗する。それでも私は幸せだ。夫人が幸せではないと言ってるのではない。人間と犬の関係に決まりなんてないのだから。
人間と犬の理想の関係論はまた時間がある時に考えよう。考えない方が幸せか? まあいい。夫人が戻ってきた。世間話をして随分打ち解けたし、事件の話でも聞いてみるか。いや、急に話を切り替えると身構えて無口になるかもしれない。もう少しだけ世間話をして警戒を解いてからの方がいいだろう。
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