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第一の容疑者でもある悪徳政治家夫人を訪問

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 すごく気持ちがいい。私は自分でもびっくりするくらいの笑顔を作りながら呼び鈴を押した。とほぼ同時にインターホンから声がした。私たちを監視していたのが見え見えだな。少なくとも私は気づかないふりをしていて、阿部君と明智君は本当に気づいていなかっただろうけど、ときおりカーテンが動いているのを確認済みだ。自分の家で他人が事件の捜査とはいえうろちょろしていたなら、気になって見るのは普通のことだろう。なので、私たちをストーカーよろしく覗き見ていたくらいでは、犯人だと断定はしない。私は公平だからな。
「はい。どちら様でしょうか?」ふん、白々しい。
 でも私は笑顔を崩さず、阿部君と明智君がインターホンのカメラに映らない努力をしながら答える。ほんとにこいつらときたら。好奇心旺盛で目立ちたがり屋なんだから。
「はじめまして。お宅の敷地内で起こった不幸な事故について調べている者です。少し話を聞かせてもらえませんか?」
 阿部君を手で押しつつ明智君を足蹴にしながら、私はぎりぎり呼吸を乱さずに説明した。とりあえずドアを開けてくれるまでは、どっからどう見ても紳士の私が矢面に立たないといけない。いくらバックに警察及び警視長が付いているとはいえ。強制的に話を聞くのは、人としても法治国家としても違うからな。拒否するだけで何かあると怪しまれてしまうかもと、誰もが考えるだろう。でも何か真っ当な理由を思いつけば、拒否してもさほど怪しまれない。怪しい阿部君と明智君の存在は、拒否するに十分な真っ当な理由になる。世間も陪審員も裁判官までもが納得するだろう。
 私の努力が実り、悪徳政治家夫人の素っ気ない二つ返事の後に、ドアは開かれた。悪徳とはいえ政治家夫人らしい会心の笑顔で。阿部君と明智君を目に捉えても変わらない。さすが夫人、と言っておこう。それでも今の私の心からの笑顔が横にあったなら、有権者は見向きもしないだろう。まあ夫人の方だからな。悪徳政治家本人はもっと作り笑顔が得意なのかもしれない。私は見たことがないが。怪盗中の私と相見えた時は、名俳優でも演じられないくらいの悪どい顔をしていたし、ニュースで映像が流れている時も、犯罪者の模範のような残念な顔をしていたから。
 それはさておき、私は訪問の理由を繰り返した。
「お忙しいところ、すいません。私たちは警察の手伝いをしている者です。早期解決のために、白羽の矢を立てられた知る人ぞ知る影の捜査官です」
「そ、そうなんですか」
 この家を警備している警察官と私たちが話していたのを、夫人は見ていたはず。なのでわざわざ警視長にもらった委任状を見せる必要はないだろう。本物の警察官は手帳なんかを見せないといけないのかもしれないがな。そのうち阿部君はこういう時に見せるための警察手帳を欲しがるだろう。おそらく明智君までも。二人のために、私が後で交渉してやるとするか。私が欲しいのではないからな。やはり誰かに話を聞くなら、子供の落書きのような委任状ではなく、品格のある警察手帳のようなものがあった方がいいだろう。絶対に時間を短縮できるはずだ。
「あのー、ここでは近所の目なんかもあるので、家の中で聞かせてもらえますか?」
 図々しい阿部君が口を挟む。門が開いているとはいっても、果てしなく離れているこの屋敷の玄関が、近所の人の目に止まるわけがないのに。阿部君はただ単に屋敷内を偵察したいだけなのは、私も明智君も知っている。そして免職したとはいえ、外面を大事にしている悪徳政治家夫人が断るわけがないのは目に見えている。
 阿部君が一時でも容疑者扱いされたのは悪徳政治家夫人の証言のせいなのだ。それを踏まえたうえで、阿部君は要求して、悪徳政治家夫人は断れなかったのも、私と明智君は確信していた。
 夫人よ、阿部君という敵に回してはいけない悪魔を、無実の罪で檻に閉じ込めたのはお前だからな。今さら後悔しても遅いし、これからも阿部君絡みで後悔することが山ほどあると言っておこう。もちろん、口には出さないぞ。
 私と明智君と阿部君と夫人はそれぞれの思惑を抱えながら、ぎこちない作り笑顔で客間へ向かった。以前忍び込んだ時には、私は外で囮になっていたし、阿部君と明智君はそこまでも時間的余裕がなかったので、我々怪盗団兼探偵団がこの客間に入ったのは初めてだ。
 圧倒されそうになるのをなんとか堪えて、私は平静を装った。遠慮の知らない阿部君と明智君は堂々と興奮していた。高そうな絵画や置き物が見てとばかりに飾られていたからだ。大量の賄賂で私腹を肥やしていただけあって、私たちがたくさん盗ったあとでも、まだまだあるようだな。私たちに盗られたことなんて知らない夫人は、人を小バカにした笑い顔を私以外に気づかれずにそっと姿を消した。お茶でも用意しに行ったのだろう。
 夫人自らお茶の用意に行ったということは、夫人のひとり暮らしなだけでなく、お手伝いさんすらいないのだろうか。これだけの大きな屋敷なのに。悪徳政治家だから、よほど他人を信用していないのだな。しかし食事の用意だけならまだしも、屋敷の掃除や庭の手入れは大変というか、夫人一人では不可能だ。時給100万円なら、私が手伝ってあげてもいいぞ。ついでに、金目の物を……。いや、それはあからさますぎるな。偵察だけに留めておこう。
 私が立てた素晴らしい作戦もどき妄想を、阿部君と明智君に聞かせてあげようか。驚き感激するだろうな。だめだ。この客間は盗聴されている可能性が高い。いや、可能性云々ではなく確実に盗聴している。盗聴だけでなく盗撮もしているはずだ。屋外にある監視カメラのスイッチは切ったままだろうけど、屋内のは分からない。なので危険を冒してまで怪盗に関する話はよしておこう。阿部君と明智君からの称賛を逃してしまったな。
 ただ座ってるのも退屈なので、盗聴器は難しくても小型カメラを見つけたい。そして、くしゃみを浴びせてやる。それが今できる最大だな。まずは、さり気なく伸びをして顔をキョロキョロしてみた。すると警告するかのように、どこからか犬がギャンギャン吠える声が聞こえてきた。やはり盗撮していたな。でも、私の演技は完璧だったし、何より警告なんてしたら盗撮してますと言ってるようなものだぞ。
 この家の犬がただ吠えているだけだろう。夫人がお茶の支度を始めたので、自分のために何か作ってくれていると思ったのだ。どこの犬も同じだな。なあ、明智君?
 どうして明智君は青ざめているのだろうか。大抵の動物と会話できる特殊能力を持っている阿部君までもが青ざめている。二人と違って犬の言葉なんて分からない私は、以前に我々と悪徳政治家の間で起こったというか起こした事と二人の表情から、その犬は夫人に対して吠えていないと分かった。少なくともご飯を求めてはいない。この家からたくさんの物を盗んだ怪盗だと気づいたのだ。おそらく匂いからだな。
 私は青ざめたくないので、その犬が何と言っているのかを、阿部君に聞きはしなかった。もし聞いてしまったなら、青ざめるだけでなく、急用を思い出して速攻で帰らないといけなくなるかもしれない。今のうちに急用をいくつか考えておこうか。戸締まりはしただろうか。ガスの元栓は閉めただろうか。時間指定の宅急便はなかっただろうか。外国の要人が訪ねてくる予定があったような。
 違う違う。夫人への事情聴取が始まってもいない。それに阿部君のような特殊能力を持っている者なんて、はっきり言っていない。なのでこの家の犬がどんなに訴えようと、誰も理解できないのだ。それなのに、ここですごすごと帰ってしまうと変に怪しまれるだろう。そうなると、もう一度この家に盗みに入るのを無期延期もしくは中止にしないといけなくなる。いや、それだけでは済まない。夫人は私たちの知らないところで着々と我々を追い込む。小さくてもほころびが生じると、実は私たちは怪盗だと見破られてしまうことに繋がりかねない。私は、私たちは前進するのみだ。
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