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獣人族編~時代の風~

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気を取り直し、三すくみでは無いが均等に距離を取って席に着いた。
オルドブラン閣下の後ろに、ガロン卿とマナト卿。
バエルさんの後ろに、一緒についてきたジャーク・マバール商会の従業員さん。
私の後ろに、オリアナが。キャズは一旦宿に返した。さっきのでゲンナリしちゃってたし、ギルドへの報告等もあるしね。

獣姿のフェルについては、私の横に。
バエルさんの目線は程よく私やオルドブラン閣下に向いてはいるものの、フェルにも向けられている。



「さて、ご用件は承っております。
そこにいる獣との奴隷契約の破棄でお間違えないでしょうか?」

「ええ、お願い」

よろしいのですか?我が商会としてもの商談ではありますが、天狼族の奴隷は貴重ですよ」



何かを確かめるような物言い。
この場にいる大半が獣人族である、というのにバエルさんの言葉はのようだ。

私が言葉を返さない事に、仕事用の笑み…冷笑とも取られるような表情でこちらを見ている。オリアナの気配が一瞬チリッと火花を散らすかのように瞬く。抑えて、と気持ちを込めて視線を向けると、オリアナも会釈を返した。…暴れたら貴方が1番だと思いますが、これ以上は、ねえ?

さあどうしましょう。ここはひとつ偉い人ぶった小芝居のひとつも必要なんでしょうか。いいわね、小娘コーネリアの時と違って今はそれなり…うん、中年女性オバサンならではのふてぶてしさを披露しても様になるものね。

少し尊大に、ゆっくりと足を組む。
少し冷ややかに『ジャーク・マバール商会会頭』を見れば、軽く目を見張っていた。…ん?私魔力で威圧してないわよね?



「二度言うつもりはないわ。私には、不要なの。他に理由がいるかしら?」

「申し訳ございません。貴方様がそういう方ではないと思ってはおりますが、一度破棄した契約に異議を唱える方も少数ではありますがいらっしゃいますもので。
破棄する場合は重ねて確認をする事が決まりでして」

「進めて頂戴。・・・ああ、それともこの契約を破棄する事でを被る人でもいるのかしら?」

「─────まさか、そのような」



にこり、と返してくる表情は奥が読み取れない。

彼がフェンイル・アルミラを恨んでいるのであれば、奴隷に堕ちている彼がこのままでいる方が胸がすく思いかと思ったのだが。
まさかここでそれを出すような人間ではないか。

とはいえ、隠されたままだと困るだろうし。

目の前ではジャーク・マバール商会の従業員が持っていた荷物から厳重に保管された文箱を取り出し、件の契約書を机に出した。
…文箱の中が見えたが、まだ数十枚はありそう。それって裏時代に契約した奴隷の契約書ってこと?あと何十件あるのよそれ。バエルさんが会頭のうちに全て解決する事にはならなさそう。

こちらへ『ご確認を』と押し出すが、全くわからない。
すると、ガロン卿が一歩前へ出た。



「恐れ入ります、レディ。宜しければ私が確認しても?」

「お任せするわ」

「失礼致します」



手に取り、真剣な顔で確認を。
そして私とオルドブラン閣下に力強く頷く。



「・・・間違いありません。これが坊ちゃんの奴隷契約書のようですね。契約主の名前は伏せられていますが、対象者は『フェンイル・アルミラ』とあります」
「そうか、よかった」

「契約の破棄、はどうすればいいのかしら?」

「こちらの契約書に、対象者の血を。後は契約主が破棄する旨の条文を読み上げながら魔力を注ぐだけです」



意外と簡単…でもないか。
原始的ではあるけど、契約書本体と対象者の血液。まあちょっとでいいんでしょうけどね。

しかし、その言葉を聞いてガロン卿が目配せを。
マナト卿が扉の前へ立った。…ん?雲行き怪しい?



「・・・失礼ですが、バエル殿。『魔力を注ぐだけ』と仰ったか」

「ええ、そうですよ?何か?」

「この契約破棄をするだけで、どれだけの魔力を必要とするんです?ここに記されている魔法陣、どう考えても穴だらけでしょう!こんなもの起動する訳がない!」

「そう仰られても困りますねえ」
「そもそも、その契約に関しては我々が関与した訳では無い。かつての担当者が杜撰だった、と言われれば返す言葉はありませんが、こうしてを取っておいたというだけでも感謝して貰いたいものだ」

「なんだと!」

「我々は、処分しても構わなかったのですよ?」

「そんな事をすれば、契約した奴隷も全て死ぬだろう!」

「何をそう憤って要るのです?たかがでは無いですか。市民権すら持たないと成り下がったモノに価値などありますまいよ」



バエルさん、というより付いてきた従業員の獣人男性は、どうやら『奴隷には価値無し』と考える方のよう。
バエルさんは途中から口を挟まず、ただ成り行きを傍観するだけ。ガロン卿と従業員が口論している様を黙って見ていた。とても、冷たい目をして。

同じようにオルドブラン閣下は、バエルさんを静かな目で観察している。敵なのか、どう出るのか…探っているようだ。

マナト卿は万が一にも逃がさないようにと扉の前に立ったのだろう。窓はあるものの、そちらに行くにはオルドブラン閣下を越えないとならない。

さて、どうしましょうか?熱い口論を繰り広げていた2人から落ちた契約書を拾い上げて見てみる。
…、はい、わかりません。

まあ魔法陣が書かれている紙に一定の書式で『この者を契約に従い奴隷とする。期間はうんたらかんたら』とか書いてある。あれね、生命保険の約款みたいな。文字多くて読む気が起きなくなるやつ。ホントこういうの作る人って読む気を無くすためにここまでギッチリ書くのよきっと。



「オリアナ、貴方これどう思う?」

「お待ちください。・・・・・・かなり古い物ですね。恐らく獣人族に伝わる術式を用いた上に、所々回りくどい構成をしておりますが、契約を破棄する術式となっています」

「これ起動したら危ないかしら?」

「そうですね、普通の術師であれば命を落とす危険性もあります。恐らくこの方陣を成立させるだけの魔力量を確保する事ができないでしょう」

「・・・そう」

我々ならば、数名がかりでしょうか。
キャズ様達のような普通の術師ならば・・・そうですね、もう数人必要でしょうか」



人を集めるしかないのかしら。オリアナ達を集めるにも申し訳ない気がする。ギルドに依頼クエストとするのも人目を集めるだろうか。



「ですが、この程度ならばエンジュ様で充分では?」

「は?」

「ですから、エンジュ様ならばおひとりでも」

「・・・待って?私そんなに」
「問題ございませんよ」

「いやいやまたまた」
「恐らく、大旦那様やセバスチャン様でもおひとりでなんとかなる代物かと」



…。私、あの人達と同じ括りなの?
いや確かに魔力回復量が多いことはわかっちゃいたけども。
魔力回復薬マナポーションもあるっちゃあるし、やってやれない事もないか?

私は契約書を机に置くと、そこに手をかざした。

そんな私を見て、初めてバエルさんがギョッとした顔をして、切羽詰まったような声をかける。



「っ!? お待ち下さい、レディ・タロットワーク!
そこの護衛!早くレディを止めろ!命を落としても良いというのか!?」

「レディ!?」
「まさか、この術式に挑むですと!?命を掛けるおつもりか!?」



バエルさんのみならず、従業員の男性も慌てふためく。
オルドブラン閣下やマナト卿、ガロン卿もその二人の様子に只事では無い事を察した。

…慌てる所を見ると、この術式を起動させるのに『術者が命を落とす危険性が濃厚である』もしくは『死ぬ』『大人数の犠牲が必要』である事をと見た。
だからこその余裕であり、傍観者として成り行きを見ていたのだろう。

『フェンイル・アルミラ』を命を懸けて助ける人がいるかどうか、を見ていたのだろう。
彼等の中では『その事実を知って見捨てられる』という現実を見たかったのかもしれない。それを望む程の怨恨、ということか。…何したらここまで恨まれるの?



「私は言ったはずよ?『契約の破棄を望む』と。
わかっていてこの契約書を持ってきたのでしょう、ネキ・バエル」

「っ、そ、そうですが、しかし!」

「覚えておく事ね、私は私の邪魔をした者を事はなくてよ」

「っ!」

「───『我、此処に契約の破棄を望む』」



破棄の条文?そんなもの読めなかった。というか、ここにはそんなもの書いていなかった。説明はあったが、術式を起動させる為の呪言ワードなどない。

最初から嘘だった?この契約は破棄できないものだった?

ただし、ここに刻まれている魔法陣はではあるようだ。私にもそれは理解できたが、どう構成されたものなのかは不明だった。その為、オリアナに見てもらったのだ。彼女達の知識にあるだろうと。

そしてそれは的中した。タロットワークの影である彼女が私に虚言を吐く事は

私はこの世界へ来てから、身に染みて知っている。
魔法、なんてものは術者の意志、創造力でどうにかできるだって事。

契約書に刻まれた魔法陣が光る。
さあ、無理矢理にでも破棄させてもらいましょうか!
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