上 下
159 / 197
獣人族編 ~迷子の獣とお城の茶会~

158

しおりを挟む


散策することしばし。
花壇を愛でるために作られたであろう、東屋。

既にここへ案内することが決定していたのか、お茶が運ばれている。
そこにはちゃっかり、オリアナの姿。



「本当に、神出鬼没ね」

「王城におきまして、私以外にエンジュ様をお守りするものがいるばずもございません」

「そ、そうですか」

「ご用意整いましてございます。タロットワークの騎士と共に、こちらの警備に立ちますのでごゆっくり」

「あ、ありがとう」
「よろしくお願いしますわ、オリアナ。さ、お座りになってエンジュ。クーアン様もいかが?」

「いえ、私は警備がありますので」

「あら残念ですわ。学園時代も一度もお話しできませんでしたから、ちょっと期待しましたのに。
いつもアリシアさんとはお話ししていて、羨ましいと思っていましたのよ?」

「ですって、ケリー?」
「お言葉だけで充分に」



なんだかいつもよりも他人行儀なケリー。
ていうかいつの間に召集掛かったの?しかもナニその制服。カッコいいじゃない。好みだわ。
なんていうか、その格好で無理に迫られたい。こう手首とか掴まれて押し倒…ゴホンゴホン。
オラオラ系に弱い私としては、この感じで壁ドンとかされたら『抱いて!』ってなりそう。

呆れたような視線でケリーがチラッと見た。
妄想です、妄想。いいじゃない少しくらい夢持ってもさあ。

お茶を一口飲むと、すっとした香りが。
さて、さっきのなんだったのか聞かなくちゃね。



「で?何したの?エリー」

「私は特に何もしてませんわ。王妃様がどうしても修羅場に突入する!と仰って聞かないものですから、止めるのに難儀したくらいで」

「あっ、そうなのね」

「いくらなんでも、元とはいえ婚約関係にあったお2人の所に王族自ら乗り込んでいくのも違いますでしょう?
だから、血縁者に一役かっていただいたのですわ」

「それが、さっきのレナーテちゃん?」

「ええ。先だってご挨拶頂いておりましたし。小道の近くで、どうにも気遣わしげにされていましたから、ちょっとご協力頂きましたの。
きちんと、お母様にも許可を頂きましたわよ?むしろお母様の方が大変な意気込みでいらしたわ」



義理の弟が、元婚約者と2人で消えたとなれば、気にせずにはおれないのだろう。
どうやら、カイナス侯爵家では、あの2人の婚約破棄からお相手の動向にはかなり気を揉んでいたようだから。
夜会で2人で話していることも、あまり良く思われていなかったようだ。…とは、セバスの調べてきた情報です。



「レナーテ嬢も、大好きな伯父様を助けないと!と闘志を燃やしていらっしゃいましたから。
二つ返事でお引き受けくださいましたわ。子供の乱入に、さすがのフィヨル男爵夫人も度肝を抜かれておりましたもの」

「ちょっと現場を見たかったわね」

「ふふ、エンジュが来ていたら大変なことになってましたわよ?
カイナス伯爵の慌てぶりが目に見えますわね。・・・でも、そちらの方が良かったかもしれませんわ」

「なぜ?」

「だって、先程のカイナス伯爵の顔、ご覧になりまして?フィヨル男爵夫人にもお見せしたかったこと。
もう、見ているこちらが顔から火が出そうなくらいでしたわ。惚れ抜いていますのね、エンジュに」

「うっ」



あの時のシオンは、確かに見ているこちらが奇声を上げるレベルだった。
スチルだろ!?これ絶対スチルだろ!?という。

あー、桃子さんに会いたい。
これはまだ乙女ゲーの途中なのかと問い詰めたい。そういえば、ドランとはどうなったのだろうか。



「どうかしまして?」

「あの、ドランってまだ独身?」

「ドラン、って。あのオリヴァー・ドラン様の事ですの?なんでまた」

「いやちょっと思い出して」

「そうですわね、まだ婚約中でしたかしら?ねえ、クーアン様」

「・・・そうですね、確かまだ独身です。婚約中の令嬢はおりますが、本人が騎士としてまだ未熟だという事もあって、結婚はまだかと」

「未熟?」

「自分と同じ一兵卒ですが、本人は近衛を目指しているようです。
私やクロフトと同様に、今年近衛騎士団への入団を希望していますが、どうなるか」

「あら、ケリーもディーナも近衛に入りたいの?」



すると、ケリーは少し笑って言う。



「私もクロフトも、タロットワークの騎士です。そちらの任務を最優先しますが、王国騎士団だと遠方の任務が多く、王都に常駐が難しくなります。
一兵卒で居られればそうでもないですが、既に小隊長の任を頂いています。これ以上出世すると、地方砦の常駐任務も増えてしまいますので」

「そうですわね、近衛騎士団の方が王都に常駐する確率は高いですわ。
今回のように、エンジュの護衛を急遽頼む事もありますから、その方が宜しいわ。腕前も申し分ないようですし」

「お褒めのお言葉、感謝致します」

「うふふ、手に口付けを許しましてよ?」

「王太子妃様はご冗談がお好きでいらっしゃる」



あら残念、と笑うエリー。わかるわかる、ときめきって大事よね。
今のケリー、格好いいもの。制服効果ってやつ?ハァハァ。心なしか、ケリーの視線が痛いです。

その後、エリーがかき集めたという噂話をあれやこれやと聞いた。
まあよくそれだけ集めてきたなと。

その中には、今聞いたドランの話も。
桃子さん…マリーベル嬢との仲は上々のようだ。マリーベル嬢が結婚を強請る事もなく、ドランが近衛騎士になるのを待っているらしい。
彼女自身、なんでも作家業をしているとのことで、貴族女性の中でも高評価なのだとか。

ドラン公爵家は2人の仲を見守っていて、こちらも家との関係は良好とのこと。

ステュー…、カーティス侯爵家のいざこざは、以前ステュー本人から聞いた通り、お家騒動があったようだが、今は静かだと。
弟さんが殆どの夜会なり、公的な仕事をしており、カーティス侯爵であるステュー本人はあまり出てこない。
そりゃそうよね、本人、今は樹海の奥だし。いつ戻ってくるのやら。

カーク王子は公になっていることが主で、なんにも面白いことはない。
アリシアさんとは順調だし、結婚も近い。するとなると、本人が公爵となってからと決まっているので、今はまだお互い恋人同士だ。
横から入ってくるような女性がいるはずもなく、安定しているそうだ。



「わたくしとしては、アリシアさんの方が心配ですの」

「アリシアさんが?」

「ええ・・・未だに『聖女』の話は消えていませんの。巫女頭であるレオノーラ様が頑張っておりますから、神殿内は静かですが」



レオノーラさんか、懐かしい。
私が『コーネリア』であった頃、神殿内を粛清したのだっけ。
あれはどちらかというと、派遣されていた神官長に問題があったと思うけれど。

あれから新しい神官長が派遣され、かなり神殿内も一掃されたはずだが。



「アリシアさんはあの通りの方ですから、文官となった今でも時折神殿の手伝いに行っていますの。
とはいえ、炊き出しだとか国の公務と併用して、ですけれども」

「本人が率先してやっている事なら構わないのではない?それを悪用されるようなら考えものだけれど。
そのような事はないのでしょう?それに、それも結婚するまでじゃないかしら」

「だと思いますわ。こちらも静観しておりますが、気にしておくつもりです」



後はエドだ。あんまり話聞かないのよね。
今でも色男っぷりを発揮して、ものすごい人気なんじゃないかしら。
それとも、もうガッチリ捕まって、妻帯者かしらね?

だが、意外な事に、彼はエル・エレミアにはいないらしい。



「あら、そうなの?」

「エドワード様は学園を卒業以来、他国を転々としていますのよ。
ご実家の家業を継いで、修行中だそうですわよ」

「ん?ということは、サヴァン伯爵家は、エドワードが継ぐということ?」

「そのようですわね。まだご当主は健在でいらっしゃいますし、それまでに商売の目を磨くのだそうですわ。
お兄様達は他国で外交官としてそのままお帰りにならないようですし」



あらまあ…いつだったか、自分にお鉢が回ってくるかもなんて言ってた気がしなくもないけど、本当になっちゃったのね。
当主になるまでの間に自由な時間があるのは、まだ幸運なのかしら。

いつか会えればいいのだけど。



********************



王城から帰る馬車の中。
護衛してくれているケリーに質問。



「ところで?なんでここに?」

「俺だっていきなり呼び出されて焦ったよ。王城に着いたらオリアナ?だったか?あのメイドに『これに着替えてください』って言われてよ」

「その髪型、初めて見たわ?オシャレよ」

「そうかあ?着替えたらあのメイドにちゃちゃっと整えられたんだ。ちょっと気取りすぎじゃないか・・・?」

「その制服に映えてるわよ。さすがはオリアナね」



どうせなら全部上げても…と不満そうだが、違うんだよケリーよ。
その半分だけオールバック風にしてるのがまたワイルドさを醸し出していいんだよ!
ドSな指揮官様っていうかさあ!!!

タロットワーク別邸へ到着。ケリーの手を借りて降りる。ドレスアップした私を支えるケリー、ちょっと頬が赤い。照れないでくれ、こっちも照れる。



「でもその制服、どこから持ってきたのかしらね」

「それはタロットワークの騎士の正装です」

「わっ」
「おいっ!驚かすな!」



すいっと寄ってきたオリアナ。
ケリーの全身をチェックし、後ろからセバスも来て、うんうんと頷いてチェック。



「サイズも良いようですね。作らせておいて正解でした」

「あの?これセバスが?」

「はい。そろそろ制服があってもいいと思いまして。エンジュ様の護衛は我等がいたしますが、今回のように人目に付く所ではクーアン殿達が良いでしょう。
その時に揃いの制服があれば、一目瞭然かと思いまして」

「確かに」
「目立ってた、という実感はあります」



聞けば、ケリーだけでなく、キャズやディーナにも専用の制服を作っているとのこと。デザイン別で。
誰が?
それはもちろん、マダムである。ドレス作ってくれた人ね。タロットワークお抱えだもんね、そうだよね知ってた。

今度はキャズにも頼もうかな、護衛。どんなデザインなのか気になるわー。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...