上 下
155 / 197
獣人族編 ~迷子の獣とお城の茶会~

154

しおりを挟む


「止めに行かなくていいんですの?」



エリーからの問いかけ。
優雅にティーカップを口元に運び、口付ける。
気品あふれる仕草なのだが、再び戻されたカップには紅茶は残ってない。…イッキ飲みとは。全然わからなかった、喉乾いてたのかしら。しかし一切そんな感じでしなかったわ、恐るべし淑女の嗜み。



「私が?そんな権利ないわ」

「あら、カイナス伯爵からアプローチを受けていますのに?」

「・・・それでも、私が行くのはちょっと違う気がするわ。だってあそこに行くということは『私の男にちょっかい出してんじゃないわよこの泥棒猫』って事でしょう?」

「『あなたなんてもう過去の女でお払い箱ですわよ』でもよろしくってよ」
「・・・2人とも鮮やかなまでに言葉が出るね」

「あら、シリス様でしたらなんてお言いになるの?」
「そうだね、『君の出番はもうないよ、早く他の男を探しに行くといい』かな」

「充分素敵な返しをしているじゃありませんの」



周りからはこんな会話をしていると思われていないだろう。エリーもシリス殿下も和やかに笑顔を浮かべている。怖い、貴族社会。



「まあおいといて。彼も話をつける気なんじゃないのかい?夜会で2人になると噂も立つが、昼間の茶会ならばそこまで噂も立ちはしないだろうさ」
「目の届くところにいますものね。別の部屋でないところは及第点を差し上げてもよろしいわ。
あの方向には確か、小さな東屋がありましたわね。・・・でもあの方、まだカイナス伯爵を諦めていませんのね」

「おや、何か耳寄りな話を聞いてきたのかな?奥さん」
「ええもちろん。エンジュ様にお話しする為の情報をたくさん仕入れて参りましたのよ?皆様、『レディ・タロットワーク』に近付きたくて仕方ありませんのね」



さすがの情報収集能力…。いや、王太子妃ともなると、皆さんの方からこぞって情報を渡しに来るのかもしれない。
いやはや貴族のご婦人方?私に繋ぎを取ってもいいことないですよ?ご婦人ネットワークにも貢献できる気しませんし。

エリーが仕入れた情報によれば、元婚約者のご婦人のお名前は『ディオーネ・フィヨル』というそうだ。フィヨル伯爵夫人、というところ。
シオンと彼女を取り合った旦那様は、馬車の交通事故でお亡くなりになられたとか。子供はなし。フィヨル伯爵家は弟が継ぐそうだ。

よくこういう場合あるのが、兄の奥方をそのまま弟が引き取るパターン。しかし、弟さんにも奥様と子供がいるので、それはないらしい。
喪が明け、正式に爵位の譲渡が終われば、ディオーネさんは寡婦として一台限りの男爵位を賜り、今後はフィヨル男爵夫人となるようだ。勿論、どなたかの後添えとして嫁いでも構わない。



「当時それなりの醜聞となりましたから、生家に戻るという道はないようですわね。生家の子爵家は表立ってカイナス侯爵家と事を構えるつもりはなかったようですから」
「つまり、あれは娘の独断であって子爵家としては認めていない、という形を取ったわけだね」

「・・・その時のことがわからないからなんとも言えないけど、フィヨル伯爵家はそれなりに力があったのかしら?」

「通商関係でかなりの成果を上げておりましたわね。シリス様の婚約者のいらしたサルマールとの間で」
「あの頃は1番の交易相手だったからね。私の所に第一王女が嫁ぐ事で関係を強化する心積もりであったし。フィヨル伯爵家だけでなく、他にも潤った家や商会は多くいたと思うよ」

「ですが、それも長く続くものでもありませんわ。それを挽回しようと画策中に事故に合われた」
「先に言っておくが、陰謀とかじゃないよ?あれは不幸な事故だった。天候にも恵まれなかったようだね、調べさせたがかなり無理をしていたと報告があった」

「・・・カイナス侯爵家よりもフィヨル伯爵家と繋がる利を取ったというよりも、今は亡きフィヨル伯爵ご本人の熱意の賜物、ということでいいかしら?」

「そういう事ですわね。当時の事をお話ししてくださった方も、熱がこもってましたもの。『あんな風に熱烈に求められたら女は本望ですわ!』と」
「おやおや。女性の夢を叶えられるほど、男はロマンチストではないのかもしれませんね」



ひょい、と肩をすくめるシリス殿下。
いえ、多分貴方はそういうの得意だと思いますが。
シュレリアの熱の入った指導を受けたシリス殿下の右に出る人、多分いないです。

話が一段落し、件の2人へと目を向ければ、比較的和やかに話をしているようだった。
お互いに忌憚無く話し合い、今後の立ち回り方を決められるといいのだが。…シオンの元に嫁ぎたいのかな。

私としては彼がそうする、というのなら引くつもりはあるのだが。



「譲ってしまってよろしいの?エンジュ様」



そんな気持ちを見透かし、エリーは問いかける。
シリス殿下もこちらを見た。



「・・・結局のところ、私に覚悟がないのよね。彼の側に行く覚悟が」

「良ければ、お話しいただいても?エンジュ」



優しい声音のシリス殿下の言葉。
エリーも待っていてくれる。



「とどのつまり、私は子供が産めないのよね」

「それは、彼も承知の上なのでは?ならば・・・」
「お待ちくださいまし、シリス様。男がそう申しましても、女には譲れないものもありますのよ。
カイナス伯爵の爵位は一代限りというわけでもありませんでしょう?ご本人はそう思っているかもしれませんが、分家として立てた家である以上、そうとも限りませんわ。
少なくともわたくしが調べた限りでは、一代爵ではありませんでしたもの」

「となると、彼には子供がいるでしょう。本人が望む、望まざるに関わらずね。養子を取ればいいのかもしれないけど、この国ならそれよりも愛人を持って子供を作るほうが一般的よね」

「・・・確かにそれはありますね。カイナス伯爵がどう言おうとも、カイナス侯爵家、つまり本家がどういう意向を寄越すかは未知数です」
「現実的にタロットワークの姫を本妻として迎えるのならば、余程の面の皮が厚くなければ愛人として来れませんけれどね」

「でも、私はわがままだから、愛人を認めろと言われても無理だと思うわけ。アナスタシアのようにはできないわ」



何度も考えた、シオンとのこれから。
求められれば応えたい、と思うくらいには彼を好きだ。けれど、それだけでは成り立たないという現実もよくわかる。
だからこそ、『コーネリア』であった頃の勢いはもうない。

あちら地球であれば『君とふたりで充分』という言葉に安心できても、こちらアースランドではそうはいかない。身分制度があるこの世界では、『愛があれば』なんていう言葉ではどうにもならない現実がある。

王太子夫婦は王族として血を絶やさない為に、側室を迎え、子を産ませるという政策を自ら取る人達だ。こんな話をされても『青い血を持つ貴族の心得』的な彼等は困るだろう。

しかし私は甘かった。
彼等はどこまでも『エンジュ、命』だったのだ。



「だから言ったではありませんの、シリス様に甲斐性があれば、エンジュ様を迎えて幸せにしてあげられますのよ?」
「待ちたまえエリザベス。私とてこの数年、ただ執務に忙殺され続けていたわけではないのだよ?」

「なんの話してるんですか貴方達は」

「いえこちらの話ですわ。わかりましたわ、わたくしが参ります」
「いやいや、ここは私が男同士腹を割ろうじゃないか」

「え」



すくっと立ち上がる王太子夫妻。まさか、シオンと元婚約者の彼女の所に行くつもりでは…?



「えっ、まさか、あそこに行く気で?」

「そうですわ」
「カイナス伯爵がハッキリしないからいけないのだろう?ここはひとつ、上から物を言ってみるのも手だろう」

「いや、混乱するだけなんでやめましょう」

「まあまあ、何をしていますの皆様で」



わたくしが!いや私が!と先を争う王太子夫妻を留めたのは、誰あろう王妃陛下。



「はあ、疲れましたわ。けれど一通り目星は付きましたわね。
で?何を盛り上がっていたのです?」

「かくかくしかじかですわ」

「なんて面白そうなお話ですこと」



シュレリアの瞳がきらりと光る。
あっ、ややこしい事に発展する気がする。

パチリ、と畳んで獲物を見つけたかのように笑った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...