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獣人族編 ~迷子の獣とお城の茶会~
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しおりを挟むうっかり夕食の場でセバスに今後の社交についての相談をしたら、次の日ドレス作りで1日終わるとは思わなかった。
すごいのよ、圧が。とにかく圧ね。
魔術研究所に置いてきた獣さんが気にはなっていたけど、こっそり抜け出せる隙もなかった。ドレス作りにかけるマダムの熱意を甘く見ていた。
1日放置しちゃったけど、大丈夫かしら。
イスト君が気にかけてくれているとは思うけど。
部屋に入ると、獣さんは一昨日見た時と変わらず、部屋の床にペトっと寝そべったまま。…スライムが寄り添って寝ています。
「あ、いらっしゃいましたかエンジュ様」
「おはよう、イスト君」
「ちょうどよかったです、おーい、トーニ」
ゼクスさんの研究室と繋がっている戸が開き、イスト君が顔を出した。後ろを向きつつ、トーニ君を呼ぶ。毎度思うけど、私が部屋に来てから数分でいつも顔を出すけど、センサーでも付いてるの?
「ねえイスト君?いつも不思議なんだけど、私が部屋に来たらわかるの?」
「え?はい、わかりますよ。そういう設備が付いてます。本来は師匠の部屋に付いてるんですけど、師匠がこっちの部屋も分かるようにしろって言うので、付けました」
「そうなのね、不思議だったのよね。いつも直ぐに顔を出してくれるから」
「すみません、ご不快でしたか?外しますか」
「ううん、別にいいわ。必要だから付けたんでしょ?居場所を把握しておくのも大切だもの」
わかるわかる、上司がどこに行ったかわからないとキツいし。
スケジューラーに入れて置いてくれればわかるけど、なーんにも書かないで会議やら外出されると、他の人に聞かれても答えられないし。承認貰いたい時に限っていなかったりね。
そんな事を話していると、トーニ君がひょこりと現れる。
「お久しぶりです、エンジュ様。おかえりなさい」
「ただいまトーニ君」
「トーニ、あの獣なんだけど」
「ああ、診ますよ」
トーニ君はイスト君に促され、獣の側にしゃがむ。
体に手を置き、なんらかの魔法を使っているようだ。
「・・・うん、回復してきていますね。数日は動けないと思いますが、昨日から回復持続飴口に入れてるんで、これ以上衰弱することないと思います」
「そうか、回復持続飴って方法があったわね」
「隷属魔法がかかってるんで、他者からの魔法を弾くんですよ。魔獣を街の中に入れるには必要な魔法なんですけど、この獣にかけられているのはかなり強いです。もしかしたら暴れるのかもしれませんね」
「それで逃げてきたのかしら」
「有り得ますね。かなり躾を受けているようですから」
その『躾』っていうのは私が思っているようなペットに対するものじゃなくて、野生の獣を従順にさせるためのものらしい。そういうご趣味のある貴族の人も一定多数いるそうで、そういう魔獣を狩ってくる依頼も中にはあるそうだ。
「トーニ、こいつ何の種族かわかるかい?」
「多分、天狼族だと思いますけどね。脚と尻尾に青毛が混じりますし。地狼族なら、赤毛ですから。天狼族も地狼族も貴族の所有物としちゃよくある種族ですよ。手懐けるの難しいって聞きますけどね」
「ふさふさだものね~」
「エンジュ様、多分そういう事じゃないです」
「何言ってるの、ふさふさって大事よ?」
貴族の奥様も毛皮のコートとか好きでしょ?
手触り良く、ふさふさのペットなんて側に置いておくの最高じゃないの。しかも見た目が良いなら尚更。ステータスよね。
こちらの人が言う『ペット』は私が思い描く愛玩動物としての『ペット』ではない。単なる所有物、道具に近いものだ。
ともかく、まだ安静にしておかなければ。
トーニ君は定期的にチェックをしてくれるという。
イスト君はキリ君に、お使いに出るついでに街中の噂を探ってくるように言ってあるそうだ。
「もしかしたら、どこそこのペットが逃げた、と噂があったりするかもしれませんしね」
「なるほどね、街中の警備の人ならそんな話も知っているかもしれないものね」
とはいえ、また過酷な環境へ戻すというのも気が引けるのだが。逃がしてあげるのが1番なのだろうか?ゼクスさんは『その獣が元気になってから』と言っていたけど。確かにその通りよね。
私はそーっと獣さんを撫でる。…うむ、ふわふわ。
********************
ふわふわを一時満喫し、お仕事再開。
書類を捌き、回復薬を作り、護符を作成。基本ローテーションの仕事だが、日常に戻ってきたんだなあと感慨深い。
と、ヨハル君が入ってきた。
「すんませーん、エンジュ様?お客様です」
「あらどちら様?」
「近衛騎士団副団長さんですけど、どうします?」
シオンか。…何時もならばこちらに、なのだが。今は獣さんがいるので外部の人を入れたくないな。
「応接室、ってあるかしら?」
「ありますよ?そちらに案内しますか」
「ええ、お願い。獣さんがいるしね」
「そうですね、外部の人を入れない方がいいと思います。どこから逃げてきたやつがわかりませんしね。じゃあ案内してきます。応接室の場所わかります?」
「ごめんなさい、シオンを案内したら私も案内してくれる?」
「わかりました、待っててくださいね」
なんとなくわからなくもないが、イマイチ自信が無い。
タロットワークの塔は一回り回っていて、何があるかはわかっているつもりだけど、応接室はほとんど行く事がない。
ゼクスさんには訪問客が多いので、結構使っているようだけど、基本的に私は来客が限られている。
『塔の主』達の定期的な会議には行くけれど、それも中央塔…外部から来た人が案内を待ったり、文献を探しに来た時の書庫室があったりする場所だが、そこの会議室だし。
机の上を軽く片付けて、獣さんの様子を見る。
「ちょっと出てくるわね」
『わかったー』
「よろしくね」
『うん、まかせてー』
ぷるりん、と震えるスライム。
お世話っていうか、キミの1日、ずっと獣さんのふわふわに埋もれてるだけだけどね。羨ましいよね。
私は迎えに来てくれたヨハル君に付いて、応接室へ。
扉を開くと、ソファに騎士服姿のシオン。私を見ると、すっと立ち上がり騎士礼を取って待つ。
「お待たせしました」
「いえ、それほどでも。お久しぶりです、エンジュ様」
「どうぞ、座って」
「失礼します」
直ぐにお茶出し。メイドさん初めて見たわ。魔術研究所にもいたのか、メイド。ここ専属なのかも。
お互い当たり障りない世間話をしつつ、お茶を飲む。
メイドが出ていってから、シオンが姿勢を正した。
「・・・・・・私は何か、気に障る事をしたでしょうか?」
「はい?」
「いえ、いつもならばお部屋に招いて頂けておりましたので」
「ああ、ごめんなさい。今ちょっと散らかっていて、お客様を迎えられる状態ではないの。こちらではいけなかった?」
「それならいいのです。私達もそうですが距離を置きたい場合には自分の執務室に招かず、応接室へ通すのがセオリーでしたのでつい。邪推しました」
「そういう事なのね。特に何かあるわけではないのよ?」
「もしかしたら、獅子王に取られてしまったかと不安になりました」
「ぐっ」
にこり、と微笑んで爆弾を投げてきました。
飲んでた紅茶が気管に入るところでしたよ、怖い。
シオンはそんな私の反応を見て、くすりと笑う。
「その様子ですと、まだまだ私にもチャンスがありますね。観劇の日がとても楽しみです」
「ええと?それを話に来た、のよね?」
「ええ、それもそうですが。ちゃんと仕事の話もしに来ていますよ?」
これです、と差し出された書類数枚。
手に取り確認すれば、森の人の『渦』についての見解と情報だった。
「これは?」
「騎士団に所属する人間から集めた情報ですね。過去の『渦』に関しては、騎士団からも人員を出した事があるようですね。その頃の報告書を漁りました。
後は、騎士団の中にも森の人の騎士が数人いますので」
「あら、そうなの?初耳」
「あまり外には出てきませんからね。騎士団所属の魔術師部隊があるのですが、そこにいます。良い機会なので、彼等にお願いしてまとめてもらいました。彼等も今回の『渦』は気にしていたようです」
シオンの説明を聞きながら、パラパラと流し読みをする。
ディードさんも言っていたが、百年単位で起こる魔獣の大発生。森の人の魔術師の見解は『魔力の乱れや澱み』が原因。
今回はそこにパイソンスネークの繁殖期が重なった事による混乱もあるだろう。世界樹の守護者の転生期もね。
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