上 下
93 / 197
心の、在り方

92

しおりを挟む

心が、浮き立つような感覚。
それでいて、彼女を見つめている時はどこか安心感さえ覚える。

』とは違う女性。

これまで、愛しい彼女が俺の手からすり抜けて飛んでいってしまってからというもの、『女』という存在はどこか装飾品アクセサリーのようだった。

キラキラと輝きはするものの、どこか離れて見ているだけでいい。

付き合いがあり、夜会には出席してはいたが、取り巻く環境は耐え難い事が多かった。

若い頃、婚約者がいた。
家同士の付き合いとはいえ、良好な関係を保てていたはずだった。
それは自分だけであったようで、婚約者は婚約者となり、周りからは『捨てられた男』という目で見られた。

それも我慢ならず、剣の道に打ち込んだ。

元々、向いていたのだろう。
手応えを感じ、それだけに己の全てを注ぎ込んでいけば、気が付けば部下を持ち、先頭に立つ能力を認められるようになっていた。

生家は嫡男でもない俺には目もくれず、好きに生きろと放置気味。父上はあまり俺に期待をせず、兄上がいればそれでよかったのだろう。しかし母上はそんな俺を放っておけず、何くれとなく世話を焼いてもらった…あまり嬉しくない方向に、だが。

しかし、騎士団にいる事が幸いし、無理に妻を迎えさせられる事もなかった。…兄上はもう大変だったが。傍から見ていて不憫だった。
結果的に、今は2人の子供に恵まれ、それなりに奥方とも上手くやっているのを見ると、良かったと思える。
…浮気で絞られているのをたまに聞いているが。

自分が『瑕疵物件』と自覚してはいるが、周りの目からはそうではないらしい。
年齢を重ねすぎている独身の男、と思っているのだが、女性にしてみればそれはあまり障害とはならないらしい。
かなりお若い令嬢から、人妻までもが誘いを掛けてくる。俺も男だ、もちろん女の肌を欲する時もある。一時は高級娼婦に、夫に先立たれたご夫人と関係を続けていた。

そんな時、『お嬢さん』に出会った。

最初は子供だし、恋に憧れているだけだろうと思って相手をしていたら、捕らわれてしまったのはこちらだった。
年齢を忘れるほど、追いかけた。手に入ったかと思えば、とんでもない身の上である事を告白され…それでも愛おしく思った。
『元の世界に戻るまで』という期限付きの恋ではあったが、自分の全てを掛けてもいいと思うような恋だった。…別れは、直ぐに来たが。

彼女を喪ってから、2年以上の月日が経つ。
半ば自暴自棄になった期間もあり、訓練に自分を追い込んだり、何日も女に溺れてみたりとどうしようもない時間を過ごしたりしていた。
その全てに飽き、ようやく前を向いた時に、アントン子爵令嬢が真っ直ぐこちらを見ていた事に再度気付かされる。

彼女は俺が『お嬢さん』と会う前からずっと、俺を『お慕いしています』と通い詰めてくれている令嬢だ。
年齢も一回り以上年下。一途に見つめてくる彼女の純粋さに、申し訳ない気持ちが多かった。
そのうち諦め、同じ年頃の男に惹かれていくだろう…と、どこか兄じみた想いを向けていた。
だが、彼女は今でも尚、俺を慕い続けている。

彼女…フリージア嬢の想いに応えてあげるべきなのだろう。
同輩の騎士や、部下達にも散々ひやかされている。
『そろそろ、応えてあげたらどうなんだ』『年下女房もいいもんだぜ?なんせが違う』『副長が要らないなら俺が迎えたいです!』

彼女に応えてやりたい、そうは思うが…
フリージア嬢には、妹のような想い以上の気持ちが持てない。それでも『夫婦』となるのに問題は無いと、どこか頭の隅で理解している自分もいる。

そろそろ、自分も男として始末ケリを付けないとな、なんて思っていた最中。
気を惹かれてやまない、一人の女性に会った。

エンジュ・タロットワーク。
取り立てて美人と言う訳でもなく、魅惑的な肢体の持ち主でもない。若くもなく、自分と同年代の彼女。
だが、その目の光は、他のの誰とも違う、意思いろ

『お嬢さん』もそうだった。
でも、彼女エンジュはまたどこか違う。
この想いはなんなのか。俺はどうしたいのか。
、答えが出そうな気がする。



********************



「おう、来たな?レディ」
「こちらだ、エンジュ」

「お招きありがとうございます、近衛騎士団長閣下」

「よせやい、んなかたっ苦しいのは充分だ」
「曲がりなりにも形を付けようとしているエンジュに向かってどういうつもりだ?フリードリヒ」

「痛え痛え痛え、それ刺さってんぞアナスタシア!」
「これくらいでどうにかなるようなタマではあるまい」

「どうだ、見たか?この溢れんばかりの愛情!さすがは俺のアナスタシアだ」

「・・・ちょっとよくわからないわ、シオンわかる?」
「そうですね、だなと思うだけです」

「苦労しているのね」
「その柔らかな唇で癒して下さってもいいのですよ?エンジュ様」

「私の唇は高いわよ?
「・・・わかってます、回復薬ポーションのお支払いだけで今回は精一杯ですね」



くすり、とお互い笑う。
全く、シオンったら『コーネリア』の時よりも追及厳しくないかしら?これが『子供』と『大人』に対する差なのかしら。

腹立たしいのでさわっとお尻を撫でてやる。
フッ、セクハラ攻撃さ。



「・・・男の尻を撫でる趣味がおありで?」

「女の尻は間に合ってるもの」

「そうですか、私で良ければ幾らでも撫でて頂いて構わないのですが、他の男には止めて下さいね?

「っ、ん、言うこと派手ね、シオン」

「貴方を独占するためなら、いくらでも。
観劇のお誘いは、後でさせて下さい。もちろん晩餐ディナーの場所も見繕っておきますので」

「ええ、楽しみにしておくわ」

「それでは、後で」



優雅に手を取り、キスを落とす。
…やっぱりお貴族様なだけあって、こういうのはグッと様になるのよね。見なさい、観客席にいるお嬢様達の目がハートになっているじゃないの。
私達のやりとりはお互いにしか聞こえていないとしても、この手にキスのやりとりはバッチリ周囲に見られています。
普通に受けられるようになっただけ、私の心臓は強くなっているわね、確実に。

団長さんやアナスタシアのいる席へいくと、ニヤニヤと団長さんが笑ってみせている。



「おいおい、見せつけてくれるじゃねえの」

「あら?今ここで抱きついて頬にキスくらいして見せられるわよ?フレン?」

「そりゃご褒美でしかねえな」

「アナスタシアにね」

「そっちかよ!俺にじゃねえのか!」
「自惚れるなよフリードリヒ」



フフン、と自慢げに笑うアナスタシア。
いや、それで喜んじゃうアナスタシアもどうかと思う。百合っ気が強くなってやしませんか?

しかし隣に座る私の手を繋ぎ、優しくお茶を進めてくるアナスタシア。これやっぱり性別間違って来ちゃった?私が間違ったのか、アナスタシアが、間違っているのか悩む。

ちょっといじけた団長さん。
よしよし、と鍛えられた太腿を撫でてみます。
…、ちょっと嬉しそうだな。本当にこの人女好きなんだな。アナスタシアよく団長さんと結婚したわね、凄いわ。



「で?クレメンス邸にお招きしてくれるのよね?」

「おう、今日な」

「・・・きょう?」

「ん?アナスタシア、言ってねえのか」
「驚かせようとして黙っていた」

「・・・いや、驚かせたいならまた違うだろ」
「ちゃんと『今日は食事の美味しい所に連れて行ってやるから期待しておきなさい、ドレスも準備してあるから』とは伝えたぞ?」

「お、おう・・・」



わかる、団長さんの言いたいことはわかる。
私も単にそれ、どこかいいレストランでも予約してくれたんだろうと思ってたから。ドレスコードあるから服も用意してくれだんだろうなくらいにしか思ってなかった。

まさか今日、クレメンス邸にお呼ばれとは思っていなかった。
アナスタシアのサプライズどっきり、予想がつかなさ過ぎである。



「おい、俺は邸の奴らに何も言ってねえぞ」
「お前にそれは期待していない。きちんと私が伝えてある。料理長シェフ執事長バトラーもメイド頭も二つ返事で了承してくれている。問題ない」

「はあ!?・・・おいおい、キャロルは」
「もちろん知っている。邸の女主人としてもてなしを期待しているよ、と言ってあるからな。『楽しみにしております』と返事も来ているぞ。さすがに子供達には驚かせたいから黙っておいてくれと言ってあるがな」

「・・・俺だけか・・・知らねえの・・・」



いえ、それ私も聞いてませんのでね。
でももう今さら感が強いので、静かに聞いてますけど。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...