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心の、在り方
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しおりを挟む心が、浮き立つような感覚。
それでいて、彼女を見つめている時はどこか安心感さえ覚える。
『彼女』とは違う女性。
これまで、愛しい彼女が俺の手からすり抜けて飛んでいってしまってからというもの、『女』という存在はどこか装飾品のようだった。
キラキラと輝きはするものの、どこか離れて見ているだけでいい。
付き合いがあり、夜会には出席してはいたが、取り巻く環境は耐え難い事が多かった。
若い頃、婚約者がいた。
家同士の付き合いとはいえ、良好な関係を保てていたはずだった。
それは自分だけであったようで、婚約者は元婚約者となり、周りからは『捨てられた男』という目で見られた。
それも我慢ならず、剣の道に打ち込んだ。
元々、向いていたのだろう。
手応えを感じ、それだけに己の全てを注ぎ込んでいけば、気が付けば部下を持ち、先頭に立つ能力を認められるようになっていた。
生家は嫡男でもない俺には目もくれず、好きに生きろと放置気味。父上はあまり俺に期待をせず、兄上がいればそれでよかったのだろう。しかし母上はそんな俺を放っておけず、何くれとなく世話を焼いてもらった…あまり嬉しくない方向に、だが。
しかし、騎士団にいる事が幸いし、無理に妻を迎えさせられる事もなかった。…兄上はもう大変だったが。傍から見ていて不憫だった。
結果的に、今は2人の子供に恵まれ、それなりに奥方とも上手くやっているのを見ると、良かったと思える。
…浮気で絞られているのをたまに聞いているが。
自分が『瑕疵物件』と自覚してはいるが、周りの目からはそうではないらしい。
年齢を重ねすぎている独身の男、と思っているのだが、女性にしてみればそれはあまり障害とはならないらしい。
かなりお若い令嬢から、人妻までもが誘いを掛けてくる。俺も男だ、もちろん女の肌を欲する時もある。一時は高級娼婦に貢がれたり、夫に先立たれたご夫人と関係を続けていた。
そんな時、『お嬢さん』に出会った。
最初は子供だし、恋に憧れているだけだろうと思って相手をしていたら、捕らわれてしまったのはこちらだった。
年齢を忘れるほど、追いかけた。手に入ったかと思えば、とんでもない身の上である事を告白され…それでも愛おしく思った。
『元の世界に戻るまで』という期限付きの恋ではあったが、自分の全てを掛けてもいいと思うような恋だった。…別れは、直ぐに来たが。
彼女を喪ってから、2年以上の月日が経つ。
半ば自暴自棄になった期間もあり、訓練に自分を追い込んだり、何日も女に溺れてみたりとどうしようもない時間を過ごしたりしていた。
その全てに飽き、ようやく前を向いた時に、アントン子爵令嬢が真っ直ぐこちらを見ていた事に再度気付かされる。
彼女は俺が『お嬢さん』と会う前からずっと、俺を『お慕いしています』と通い詰めてくれている令嬢だ。
年齢も一回り以上年下。一途に見つめてくる彼女の純粋さに、申し訳ない気持ちが多かった。
そのうち諦め、同じ年頃の男に惹かれていくだろう…と、どこか兄じみた想いを向けていた。
だが、彼女は今でも尚、俺を慕い続けている。
彼女…フリージア嬢の想いに応えてあげるべきなのだろう。
同輩の騎士や、部下達にも散々ひやかされている。
『そろそろ、応えてあげたらどうなんだ』『年下女房もいいもんだぜ?なんせ肌の若さが違う』『副長が要らないなら俺が迎えたいです!』
彼女に応えてやりたい、そうは思うが…
フリージア嬢には、妹のような想い以上の気持ちが持てない。それでも『夫婦』となるのに問題は無いと、どこか頭の隅で理解している自分もいる。
そろそろ、自分も男として始末を付けないとな、なんて思っていた最中。
気を惹かれてやまない、一人の女性に会った。
エンジュ・タロットワーク。
取り立てて美人と言う訳でもなく、魅惑的な肢体の持ち主でもない。若くもなく、自分と同年代の彼女。
だが、その目の光は、他の女性の誰とも違う、意思。
『お嬢さん』もそうだった。
でも、彼女はまたどこか違う。
この想いはなんなのか。俺はどうしたいのか。
もうすぐ、答えが出そうな気がする。
********************
「おう、来たな?レディ」
「こちらだ、エンジュ」
「お招きありがとうございます、近衛騎士団長閣下」
「よせやい、んなかたっ苦しいのは充分だ」
「曲がりなりにも形を付けようとしているエンジュに向かってどういうつもりだ?フリードリヒ」
「痛え痛え痛え、それ刺さってんぞアナスタシア!」
「これくらいでどうにかなるような男ではあるまい」
「どうだ、見たか?この溢れんばかりの愛情!さすがは俺のアナスタシアだ」
「・・・ちょっとよくわからないわ、シオンわかる?」
「そうですね、通常運転だなと思うだけです」
「苦労しているのね」
「その柔らかな唇で癒して下さってもいいのですよ?エンジュ様」
「私の唇は高いわよ?ものすごく」
「・・・わかってます、回復薬のお支払いだけで今回は精一杯ですね」
くすり、とお互い笑う。
全く、シオンったら『コーネリア』の時よりも追及厳しくないかしら?これが『子供』と『大人』に対する差なのかしら。
腹立たしいのでさわっとお尻を撫でてやる。
フッ、セクハラ攻撃さ。
「・・・男の尻を撫でる趣味がおありで?」
「女の尻は間に合ってるもの」
「そうですか、私で良ければ幾らでも撫でて頂いて構わないのですが、他の男には止めて下さいね?でないと嫉妬してしまいます」
「っ、ん、言うこと派手ね、シオン」
「貴方を独占するためなら、いくらでも。
観劇のお誘いは、後でさせて下さい。もちろん晩餐の場所も見繕っておきますので」
「ええ、楽しみにしておくわ」
「それでは、後で」
優雅に手を取り、キスを落とす。
…やっぱりお貴族様なだけあって、こういうのはグッと様になるのよね。見なさい、観客席にいるお嬢様達の目がハートになっているじゃないの。
私達のやりとりはお互いにしか聞こえていないとしても、この手にキスのやりとりはバッチリ周囲に見られています。
普通に受けられるようになっただけ、私の心臓は強くなっているわね、確実に。
団長さんやアナスタシアのいる席へいくと、ニヤニヤと団長さんが笑ってみせている。
「おいおい、見せつけてくれるじゃねえの」
「あら?今ここで抱きついて頬にキスくらいして見せられるわよ?フレン?」
「そりゃご褒美でしかねえな」
「アナスタシアにね」
「そっちかよ!俺にじゃねえのか!」
「自惚れるなよフリードリヒ」
フフン、と自慢げに笑うアナスタシア。
いや、それで喜んじゃうアナスタシアもどうかと思う。百合っ気が強くなってやしませんか?
しかし隣に座る私の手を繋ぎ、優しくお茶を進めてくるアナスタシア。これやっぱり性別間違って来ちゃった?私が間違ったのか、アナスタシアが、間違っているのか悩む。
ちょっといじけた団長さん。
よしよし、と鍛えられた太腿を撫でてみます。
…、ちょっと嬉しそうだな。本当にこの人女好きなんだな。アナスタシアよく団長さんと結婚したわね、凄いわ。
「で?クレメンス邸にお招きしてくれるのよね?」
「おう、今日な」
「・・・きょう?」
「ん?アナスタシア、言ってねえのか」
「驚かせようとして黙っていた」
「・・・いや、驚かせたいならまた違うだろ」
「ちゃんと『今日は食事の美味しい所に連れて行ってやるから期待しておきなさい、ドレスも準備してあるから』とは伝えたぞ?」
「お、おう・・・」
わかる、団長さんの言いたいことはわかる。
私も単にそれ、どこかいいレストランでも予約してくれたんだろうと思ってたから。ドレスコードあるから服も用意してくれだんだろうなくらいにしか思ってなかった。
まさか今日、クレメンス邸にお呼ばれとは思っていなかった。
アナスタシアのサプライズどっきり、予想がつかなさ過ぎである。
「おい、俺は邸の奴らに何も言ってねえぞ」
「お前にそれは期待していない。きちんと私が伝えてある。料理長も執事長もメイド頭も二つ返事で了承してくれている。問題ない」
「はあ!?・・・おいおい、キャロルは」
「もちろん知っている。邸の女主人としてもてなしを期待しているよ、と言ってあるからな。『楽しみにしております』と返事も来ているぞ。さすがに子供達には驚かせたいから黙っておいてくれと言ってあるがな」
「・・・俺だけか・・・知らねえの・・・」
いえ、それ私も聞いてませんのでね。
でももう今さら感が強いので、静かに聞いてますけど。
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