上 下
83 / 197
近衛騎士団編 ~小鬼の王~

82

しおりを挟む

「なんだ、盛り上がっているな」

「おかえりなさい、アナスタシア。お部屋は準備できた?」

「ああ、大丈夫だ。今移動するか?」



アナスタシアが現れると、キャッキャウフフ、としていたディーナもアリシアさんも猫の子を借りてきたかのように大人しくなった。
やっぱりアナスタシア相手は緊張するのかしら。

アナスタシアもそれを察したのか、ディーナへ部屋への案内を頼む。



「クロフト、済まないがエンジュを部屋に案内してやってはくれないか?私はまだ手が離せなくてね」

「かしこまりました、お引き受け致します」
「あ、では私は、また」

「いや、アリシア。君もエンジュ様を案内してくれないか?」

「わ、私がですか?」



驚くアリシアさん。ディーナを見ると、何やらウインクしてきた。何か考えていることがあるのかしら。

私はスライムを回収し、アナスタシアへ預ける。
心なしかアナスタシアが嬉しそうだ。なんだかんだ言って、アナスタシアもスライム好きなのよね。



「後で引き取りに行くから、遊んであげて?
私は少し荷物整理とかあるから、この子がいない方が捗るの」

「なるほどな。隣が私の部屋だ。私はそっちで仕事をしているから、終わったら来るといい。
ではクロフト、この中の案内も頼む。星姫殿もよろしく」

「はい、お任せを」
「かしこまりました、アナスタシア様」



騎士礼を返すディーナと、綺麗に淑女の礼カーテシーを返すアリシアさん。立ち姿も綺麗になったなあ。
私?…もう…忘れてますね…



********************



砦の内部はそこまで広いものではないのだが、食堂以外の施設も案内してもらいながら部屋へと向かった。

巫女達がまとまって寝起きしている一角や、王国騎士団が寝起きしている一角。近衛騎士団は、半分砦の中、半分は外でテントを張っているようだ。



「さすがに全員を収容はできないのね」

「心苦しいのですが、アナスタシア様達が『先に頑張って戦ってくれていた王国騎士達に屋根のある場所を』と言ってくださって。
我々のような一兵卒にまで気を使ってもらえて申し訳ないです」

「まあ、本人達がいいと言うのだからいいんじゃない?
それに、テントも楽しそうに見えるわよ?」



私の目には、キャンプに来た人にしか見えない。
小さいものでもないし、大掛かりなテント…いや、天幕?
キャンプファイヤーとかしないでしょうね?



食堂へまた戻り、キッチン周りも。
おっといけない、忘れる所だった。買ってきた豚の丸焼きをマジックバッグから取り出す。

夕飯の支度をしていた担当達が歓声を上げて喜んだ。
一応糧食はあるんだろうけど、節約するに越したことはないからね。焼きたてのパンもバッグごと渡して、後で返してもらうことにした。
菓子パンはあげませんよ?これは私のおやつです。

一回りしながら部屋に到着する。
アリシアさんはそこで『持ち場に戻ります』と言って戻って行った。



「・・・少しは息抜きになったのならいいのだが」

「気にしているわね、ディーナ」

「まあな。私やケリーのように、こういった状況に慣れている訳じゃないだろうし。私はまだ騎士団の訓練などでこういった事には慣れてきている。
けれど、アリシアさんには初めてのはずだ。傷ついて戻ってくる騎士も少なくはない。その全てに向き合い、対応するのは、巫女達でも辛いだろうから」

「そう、よね。かなり怪我した人は多いの?」

「アナスタシア様に言わせれば、油断した方が悪い、死なぬだけマシだと苦言を呈されたが。確かに浮ついていた面もあった。
小鬼ゴブリン・・・そう思っていた騎士も少なくない」

「ここ座って、ディーナ。手を出して」

「ん?」



部屋に備え付けの応接セット。…とまでは言い難いが、テーブルと椅子2客のセット。そのひとつにディーナを座らせる。

私は向き合って、手を握る。
そっと魔法をかける。無詠唱ですが。試しに…というのもあるけどね。
そう、この間ゼクスさんから教わった祝福の庭園ホーリーガーデンだ。未だになんとなく、ネーミングがしっくり来ないのだけどね。そのうち何か違う魔法名力ある言葉に変えてしまおう。オリジナル魔法だものね。



「これは・・・エンジュ?」

「どう?疲れとか取れるかしら?まだ試作段階だから、あんまり範囲は広げられないのよね」

「すごいな、なんだか心が暖かくなるようだ。スッキリするよ」

「そう、ならよかった。ただ、この魔法使ってると他のが全く使えないという欠点がね」

「エンジュ、再度言うが、普通は幾つも同時に魔法は使えないものなんだぞ」

「そうなのよね、そうだったわ」



周りが悪いんです!ゼクスさんもセバスは言わずもがなだけど、ターニャやライラだって最低でも3種類くらいは同時に展開するからね!
確かに同時に展開するのは初級魔法が多いんだろうけど、幾つも展開できることが当たり前な周りの環境にいると、あんまりおかしい事だと思わなくなっちゃうからな…反省反省。



「なぁ、エンジュ。アリシアにはは言わないのか?」

「ディーナは言うべきだと思っている?」

「少し、罪悪感がな。たまに、アリシアは『コーネリア』の話をするんだ。あの人に救われたってな。目標にしているとも。
そういう事を聞いていると、なんだか申し訳ない気持ちになる。キャズは『それくらい我慢しなさいよ』と言っていたが、な。
私の気の弱さが問題なんだと思うんだが」



ディーナは嘘が付けないからなあ。それは美徳なんだけど、ね。顔に出ないだけマシなんだけどさ。けれど、話すなという私の命令があるからそれを破る事はない。

うーん、アリシアさんにねえ?
彼女がを守っていられるかなんだけどね。
胡蝶の夢は持ってきていないしな。とはいえ、こちらに戻ってきてから使ってないんだよね。



「ちょっと考えさせて」

「そんなに、か?」

「彼女は貴方達とは違うわ。タロットワークの騎士ではないし、この先彼女はカーク王子と結婚して、公爵夫人となる。政治の中枢に、貴族の思惑の中で戦っていかなきゃならないのよ。
そこで、タロットワークの恩恵があるというのは少し不利にならない?」

「不利になるか?むしろ有利では?」

「カーク王子自体が臣籍降下して、王の臣下となるわ。
そこには既に、ゼクスレン・タロットワークという確固たる柱足り得る人間がいる。?」

「っ、・・・そうか、むしろ別の柱として立たないとならないな」

「ええ、そうよ。ゼクスさんだけじゃない、ゲオルグ・タロットワークという柱もある。そこに阿るような貴族であってはならないの。新たな『国を支える礎』でなければ。
その妻が、タロットワークへ偏ってはいけないの。仲良くする事は構わないわ。でも、別の柱としてでなくてはならない」

「そうか。・・・難しいな」

「だから、彼女自身が私という秘密に押し潰されること無く立ち上がれる、その確信がなければ言えないわ。
エリーにはそれがあった。彼女は『彼女』でしかないからね」

「確かに。エリザベス嬢はそうだろうな」

「それを解決する物を私は持ってきていないのよね。もしかしたらセバスが持っている可能性もあるから、それからかしら。
もしもアリシアさんと話す機会があって、話しても問題ないと判断したら話すわ。これでいいかしら」

「ああ、すまない。主であるエンジュに頼りすぎだな、私は」

「いいのよ、これから頼るもの。なんせ武器なんて持ってませんからね?ケリー同様に、頼むわよ?」

「任せてくれ、騎士として恥じないように戦うさ」

「無理はしないでね。私もずっとついていられる訳じゃないんだから」

「わかっているさ。・・・じゃあ私も失礼するよ。
癒してくれてありがとう、エンジュ」



ディーナも色々と凹んでいたのかもね。
この歳で中隊長として部下を率いつつ、敵と戦うとかすごいわ。私にはできないものね。

彼女達の働きがあって、今ここは無事で居られるのだ。
それを無駄にしちゃいけないわよね。

さて、シオンやセバス達が戻るまで待ちますか。
お、意外とベッドが寝心地いいぞ…?

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

【完】前世で種を疑われて処刑されたので、今世では全力で回避します。

112
恋愛
エリザベスは皇太子殿下の子を身籠った。産まれてくる我が子を待ち望んだ。だがある時、殿下に他の男と密通したと疑われ、弁解も虚しく即日処刑された。二十歳の春の事だった。 目覚めると、時を遡っていた。時を遡った以上、自分はやり直しの機会を与えられたのだと思った。皇太子殿下の妃に選ばれ、結ばれ、子を宿したのが運の尽きだった。  死にたくない。あんな最期になりたくない。  そんな未来に決してならないように、生きようと心に決めた。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

義理の妹が妊娠し私の婚約は破棄されました。

五月ふう
恋愛
「お兄ちゃんの子供を妊娠しちゃったんだ。」義理の妹ウルノは、そう言ってにっこり笑った。それが私とザックが結婚してから、ほんとの一ヶ月後のことだった。「だから、お義姉さんには、いなくなって欲しいんだ。」

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...