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近衛騎士団編 ~予兆~
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しおりを挟むはてさて、団長さんのお宅訪問に関しては約束を取りつけたから良いとして。アナスタシアを捕まえなくちゃねえ。
アナスタシアは遠征から帰ってはいるものの、近衛騎士団、さらに王国騎士団にも出向き、騎士達の育成に精を出している。
本人が遠征で感じた事は『騎士達個人個人の力量に差がありすぎて統制が取れない』だそうだ。
小隊のひとつひとつにアナスタシアが要求すべき練度には程遠いのだそうだ。近衛騎士団の騎士達はアナスタシア曰く『及第点』なのだそうだが、そこに王国騎士団の騎士が入ると連携を乱すのだということ。
つまり、王国騎士団の練度が足りないのだそうだ。
なので現在のアナスタシアは、鬼教官として騎士達をビシバシ鍛えまくっている…ということだ。アナスタシアブートキャンプよ、多分。
私ですらアナスタシアと会うのは別邸で数日に1度だ。
何か要件があれば通信魔法をくれ、と言っていたのでこちらで連絡をする。
「えーと。『フレンさんにクレメンス邸への訪問約束を取り付けたから、いつにしたいか決めたいから今日は早く帰ってきてね』と。これでいいかしらね」
まるで夫に帰るコールを強請る新妻か。
しかしこれが1番連絡が早い。現代ならLINEで『今日の帰りは早い?』とかって聞く感じよね。
少し待てばすぐに『承知した、夕餉には帰る』との返事。
少し早めに帰るかな、なんて思うとぴょんとスライムが寄ってきた。部屋を見ると散らばっていない。大きさもグレープフルーツ大。…合体したんかい。
「なあに?」
ぷるぷるぷる。
「・・・もしかして、一緒に帰りたいとか?」
ぷるん。
「うーん、ここの見張りもキミにお願いしてる感じなんだけども」
みょーん。ぷるぷる。
「・・・わかった、片方連れて帰ればいいのね?」
ぷるん。
どうやら一緒に帰りたいようだ。
毎日ここに置いて帰ってるんだけどなあ?
でもどちらも同じ、であるのなら意識はひとつなのかしら。向こうに連れ帰っても、ここにいるのと感覚は共有だったり?
「・・・キミ達は2つで1つ、なのよね?」
ぷるん。
「連れ帰ってもこっちで何かあったらわかったりするの?」
ぷるん。
「・・・うーん、話せたら楽なのに。考えてる事がわかればもうちょっとこう、なんて言うのかしらねえ」
『・・・・・』
「カタコトでも喋れたりするようになるかしらね」
『・・・がんぱる』
「え」
『・・・きこえた?』
「・・・えーと。喋ってる?」
『きこえたー!』
ダメだ頭が痛くなってきた。スライムって話すの…?
いや、オリアナの使令も話す…というか念話のような意思疎通が出来ると言っていた。そしたらこれは念話…なのかしら。
『ごしゅじんさま?』
「あっ本当に聞こえてるし」
『うん、がんぱった!』
「頑張った、ね」
『かんばった!』
どうやらちょっと残念な感じの会話になるらしい。微妙におかしいがカタコトでも聞こえるだけいいだろう。
いくつか質問をしたが、やはり分裂しても意思が別れるのではなく、みんなでひとつ、のような意志を持つらしい。
とりあえず『1』と書いてある子をポケットに。『3』となっている子を魔術研究所へ残して帰る。
『いってらっしゃーい』『いってきまーす』というよく分からない会話を互いにしている。まあ…いいか…
********************
「・・・そうか、とうとうそうなったか」
「とうとうってなんですかゼクスさん」
「いやいつかはこうなる予感はしておったよ」
「さすがはエンジュ様でございますね」
『すごいすごーい』
「いやいやいや、スライムにまで褒められるとか」
『すごーいごじゅしんさまー』
「色々と突っ込みたい点はあるけど、喋れてる事がすごいからもういいか」
「いや、エンジュ?本当にすごい事なんじゃぞ?お主だけでなく儂等にも聞こえているんじゃからな」
「え?」
「エンジュ様、本来使令の意思疎通というのは、契約者と使令の間のみとなります」
「・・・ええと?ゼクスさんとセバスには聞こえているのよね?」
『きこえるー?』
「聞こえとるの」
「聞こえてます」
ぐりん、とスライム1号を見る。
ドヤ顔…のように見えなくもない笑顔。いつも通りの笑顔。…表情が読めねえ。
念話…だと思っていたけどこれって『音』として聞こえているのかしら?それともスライムが選んだ人に聞かせてる?
「この子の声って、音として聞こえてます?」
「いや、念話だな」
「そうですね」
「ねえ?誰に聞こえるようにするか、ってどうやって決めてるの?」
『うんと、ごしゅじんさまにちかいひと!』
「・・・ちかい?」
『このひとたちはいいひと!』
「・・・わからない」
「ふーむ、どう判断しとるか興味深いのう」
ぴょこぴょこ動くスライムは、ターニャとライラに構われている。
彼女達にも声は聞こえるようだ。声、というより念話とのようなのだが。変な言葉を覚えてきませんように。
「さて、今日はご苦労であったの、エンジュ。其方の言う通り、王族に号令を掛けてもらう事になる。今回はシリス王太子に足労願う事になった」
「王太子となってから初の大役、でもないですよね。隣国に特使として出る事も多いと聞いています」
「あの通りのいけめんじゃからのう。他国からのウケも良い」
「・・・と、王太子妃自らの言ですが。随分とエンジュ様に感化されておりますね、エリザベス嬢も」
いや、それエリーの地じゃないかなって・・・
彼女元々かなり厳しい目をしているし。確かに貴公子然としたシリス王太子は外交向きである。カークはどうか分からないが、第一印象から掴みは抜群だと思う。
「其方からの頼みとあっては、シリス王太子としては動かないという事もないそうじゃの。零しておったぞ?エリザベス嬢にばかり構っていて冷たい、とな」
「別にそういう訳では。タイミングの問題ですよ」
「明日、魔術研究所へ来るそうじゃよ。話を詰めたい、との事じゃが、其方に会いに来る事が第1目的じゃろうな」
「無理を言っているのはこちらですから、お茶会くらいはご用意しますよ。ついでにスライムセラピーでもしてもらいましょう。
・・・冒険者ギルドからは何か言ってきていますか?」
「いや、今のところはない。王国騎士団に関しては、王族より命令あらば受け入れる故気にせんでも良い」
「では冒険者ギルドには私から先触れを出しておきましょう。いずれにせよ、あちらも手詰まりになるでしょうし。
王家より『協力依頼』があれば、ギルドとしても箔が付くでしょうから」
王家より『依頼』があったとなると、そのギルドを認めたという箔付けにもなるだろう。それはギルドマスターの力量を認められたとも言えるからだ。少しはグラストンの功績にもなるでしょう。
その後、帰ってきたアナスタシアを含め、夕食となった。
夕食の席では両騎士団とギルド陣営をどのように展開させるかを、ゼクスさんとアナスタシアで話し合い。私はそれを明日シリス王太子へ伝える事にする。
もちろんクレメンス邸への訪問の日取りも決めた。
「クレメンス邸のシェフには腕を奮わせぬとな」
「期待していいのかしら?」
「ああ、あちらのシェフも良い腕をしている。クレメンス公爵家の味を味わってもらおうか。子供達にも紹介するよ、エンジュ」
「もう結構大きいのよね?」
「そうだな、2年会っていないが」
「・・・アナスタシア?1度も帰ってないの?」
「あそこはもう私の邸ではないと思っている。あそこは次代のクレメンス公爵の邸だ。そうして線引きをしないと、いつまで経ってもキャロルが夫人として動かない。それでは仕方がないだろう?」
私をこちらの世界へ喚んでしまった時は、自暴自棄というか鬱状態だったアナスタシア。
あれからすぐに自分のしてしまった事に気づいたのか、私の知ってるアナスタシアへと戻った。
彼女自身とても後悔している、といってもいい。
しかし、とっておき…というか私には最終手段がある。
それを見越してあの魔法陣を作ったのかしら?始祖さんは。もしかしたら本人も作ってから後悔の念で帰れる方法を付けたのかもね。
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