上 下
71 / 197
近衛騎士団編 ~予兆~

70

しおりを挟む

私の前に揃って座る、近衛騎士団の御二方。
お茶とクッキーを楽しみながら、シオンが私に書類が入った封筒を差し出した。



「ゼクスレン様から聞いているかと思いますが、ここひと月程の王都近郊、並びに周辺地域の探索結果です」

「私が読んでいいのかしら?」

「構わない。ゼクスレン様からはエンジュに全て話しておいてもらって構わない、と言われている。魔術研究所としての判断は数日待つが、なるべく早く返答をくれ」



あー…どうしようかなり面倒事の予感。
書類受け取るだけ、じゃなくてここからさらに報告と相談、要請がある訳ね?やだなあ…責任負いたくないわ…

と思いつつ、封筒の中身を拝見する。
…ちょっと待って?これどれだけ量があるわけ…



「さすがに今ここで全てに目を通してください、と言うのも大変でしょうから、私から掻い摘んで報告します。それに合わせて軽く目を通してください」

「よろしくお願いします」

「・・・まず、王都近郊には大きく変化はありません。
ただ、周辺地域に見られるのが小鬼ゴブリンの増加傾向です」

「それって前にもアナスタシアが言ってたわよね?確かその後フレンも同じような事を言っていたと思うのだけど。それについては捜査は進んでいないという事かしら?」

「進んでいない、と言うに等しいな。恥を晒すようで済まないが、近衛騎士団には探索サーチの魔法を得手としている奴が少ない。となると当然目視での探索が主になる訳だ。
もちろん重ねて魔法での捜索もしてはいるが、何分追いつかない」

「で、それに関するそちらの要望は?」

「魔術研究所から探索魔法サーチの使い手を貸してほしい」

「既に選抜して王国、近衛両騎士団へ派遣する人員は整っています。その数では足りないという事かしら」

「その人数を入れても、まだ手が足りない」

「・・・こちらからこれ以上の人手は割けないわね。冒険者ギルドには応援要請は?」

「しているが、いい返事が得られない」

「・・・グラストンにも考えがあるのかしらね。こちらからも話をしてみましょう。申し訳ないけれど、魔術研究所としてもこれ以上の人員を出す事は難しいわね。期間が決まっている状態で人手を出す事は出来るけれど、今のように無期限でという訳にはいかないの」

「それは承知している」



報告書を確認していると、なんだか広範囲に索敵を広げすぎている感があるんだけどな。ローラー作戦でもしているのかしら?



「何かありますか?エンジュ様」

「索敵範囲がやたらと広いのは何故?」

小鬼ゴブリン達の出現地域が広すぎて、場所を絞ることができないためです。もう少し範囲を狭められるといいのですが」

「・・・これ以上時間をかけてローラー作戦するのは時間の無駄じゃない?疲弊するだけだと思うけれど。
近衛騎士団、王国騎士団、冒険者ギルドと連携して地域を分担して調べるようにしたら?」

「それができればやっている」

「できないのは何故?何が問題?」

「指揮系統の違いだな」

「解決するには?何か意見は?」

「・・・その全てに一度に命令できる人間がいれば解決する」

「そう、ならそうしましょう」

「え」
「・・・何をするつもりだ?エンジュ」

「簡単でしょう、陛下に命令してもらえばいいわ。王命とあれば連携しないわけにはいかないのだし」

「それは・・・そうですが」
「そんな事で陛下の手を煩わすのか?」

「そんな事でって言うけど。1ヶ月かけてコレなのよね?
なら、どれだけあれば解決するの?時間をかけていられないのではないの?」



黙る2人。確かにこんな事…なのかもしれない。
けれど、陛下の命令ひとつで済むなら安いものなのでは?
ダラダラと時間をかけて、その結果小鬼ゴブリンが大発生でもしようものならどうしようもないし。
結果、それって王国の危機に繋がるのでしょう?



「言うだけならタダなのだし。陛下でなくとも、シリス王太子でもいいでしょう。つまり、その御三方が納得出来るならいいのだから。ゼクスレンに伝えるわ」



私はそのまま通信魔法コールを起動。
団長さんとシオンが『え、』と迷っている間にさっさと用件を伝えて飛ばす。

これを受け取ったゼクスさんがどう判断するかは分からないが、恐らく迅速に対応する為になんらかの措置をしてくれるだろう。

よし、とカップを取った私。
…お茶が勝手に増えている。近くにいるスライムがなんとなくドヤ顔をしている気がする。うん、気にしてはいけない。



「さて、私の判断は『王族に命令してもらう』ってことで。
ゼクスレンに委ねたから、後は向こうでどう判断するかによるでしょう。近日中に正式になんらかの報告があると思います。
・・・という事でよろしいかしら?」

「かしこまりました」
「スマンな、世話をかける」

「高いわよ?フレン」

「さて、何で返すかな?」

「そうね・・・」



********************



んー、と何かを考えるエンジュ。
何かを思いついた、というように俺を手招いた。

耳元に唇をよせ、内緒話。
…『お嬢』でなけりゃこんないいシチュエーション、無駄にはしないんだがな。
シオンが睨んでいるような気がするが。ったく仕方ねえだろ?お前がさっさと気付けば済む話なんだから。



「─────────、にしようかしら?」

「本気か?」

「ええ、ダメかしら?」

「わかった、都合を付ける」



内緒話も済ませ、俺達は退出する。
出動要請があってもいいように、隊を整えなければならないからな。

恐らくゼクスレン様はエンジュの話を受け入れるだろう。
俺も最終的には陛下の手を借りることになる、と思ってはいた。が、それは最終手段であって、まだ先の事と思っていた。

早めに手を打てるに越した事はない。
ボロボロと出てくる小鬼ゴブリンの群れ。それに混じって豚鬼オーク犬鬼コボルトの報告も届く。



「団長、ご機嫌ですね」

「あん?」



近衛騎士団までの帰り、馬車に乗るとシオンが話しかけてきた。ったくさっきまでダンマリだった癖にな?
エンジュが内緒話をしたのがそんなに気になるのか?



「エンジュと内緒話したのがそんなに気になるか?」

「そうですね、気になります」

「・・・ハッキリ来たな、お前」

「けしかけていたのは団長の気がするんですが?
・・・俺ももう目移りしてる場合じゃないと思いましてね。気になる女性ヒトがいるなら動かないといけないかと」

「・・・ようやく、本気になったか?」

「色々と本気になるのが遅すぎる気もしましてね、



『コーネリア姫』との事を言っているんだろう。

確かに、もっとさっさと行動を起こしていれば、お嬢が元の世界に帰ることは無かっただろう。グダグダと尻込みした挙句、帰る隙を与えちまったのが俺の見解だ。早ければ蓬琳へ行く前に捕まえられた…と俺は思っている。

『コーネリア姫』は『エンジュ』だ。
見た目はかなり違うが、中身は同じ…とはいえ言動や振る舞いはもっと年嵩の女性だが。本人から感じる雰囲気はほとんど変わっちゃいない。

この事を言うつもりはない。エンジュから頼まれたのもあるが、事前情報なとなくても、シオンはエンジュに恋をする事はわかっていた。

こいつにも、2年間色々な女が寄ってきていた。
もしかしたら、ひょっとして、とも思っていた。
誰か他の女が、こいつの傷を癒してくれるんだろうかと。

しかし結果はこの通り。シオンは『コーネリア姫』を忘れられずに、またエンジュに心惹かれている。
それでいい、シオンが心から選ばないと意味が無い。

エンジュも少なからず…いや、シオンの事を忘れちゃいないだろう。…の割に『獅子王』と関係していたようだが、そこは大人の付き合いというやつだ。他人が深入りするもんじゃない。



「『俺の愛人に会ってみたい』だそうだ」

「はっ!?キャロル様ですか!?」

「・・・とまあそれは口実で、アナスタシアをクレメンス邸へ里帰りさせたいんだろ。確かにジェラルドやスタークもアナスタシアに会いたがっていたからな」

「ご子息でしたね。もう大きくなってますよね。騎士団へ入れるんですか?」

「本人次第だな。ジェラルドは今年から教練には加わらせるが、そこから先は本人のやる気次第だろう。親の七光りでどうこうなるような世界じゃないし、俺は自分の子供だからといって贔屓する気はない」

「そうですね、そんな気持ちでやっていけるほどこの国の騎士団は甘くない」



他の国でどうだか知らんが、この国の騎士団試験はかなり厳しい。選考にも家名や名前は使わず、番号で呼ばれる。
どこそこの家の出…と話題になるのはそれこそ入団試験を通ってからの話になる。

選考する俺達にも情報が降りないんだから、事務方は本当に徹底していると言ってもいい。
…ま、入団してから先は王国騎士団ではどうなっているかわからんが。近衛騎士団に来る頃にはもう貴族でも平民でも腕がないとやっていけない。

さて、アナスタシアはエンジュが誘うとして…
キャロルに話をしないとな。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

味噌汁と2人の日々

濃子
BL
明兎には一緒に暮らす男性、立夏がいる。彼とは高校を出てから18年ともに生活をしているが、いまは仕事の関係で月の半分は家にいない。 家も生活費も立夏から出してもらっていて、明兎は自分の不甲斐なさに落ち込みながら生活している。いまの自分にできることは、この家で彼を待つこと。立夏が家にいるときは必ず飲みたいという味噌汁を作ることーー。 長い付き合いの男性2人の日常のお話です。

〈本編完結〉ふざけんな!と最後まで読まずに投げ捨てた小説の世界に転生してしまった〜旦那様、あなたは私の夫ではありません

詩海猫
ファンタジー
こちらはリハビリ兼ねた思いつき短編として出来るだけ端折って早々に完結予定でしたが、予想外に多くの方に読んでいただき、書いてるうちにエピソードも増えてしまった為長編に変更致しましたm(_ _)m ヒロ回だけだと煮詰まってしまう事もあるので、気軽に突っ込みつつ楽しんでいただけたら嬉しいです💦 *主人公視点完結致しました。 *他者視点準備中です。 *思いがけず沢山の感想をいただき、返信が滞っております。随時させていただく予定ですが、返信のしようがないコメント/ご指摘等にはお礼のみとさせていただきます。 *・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・* 顔をあげると、目の前にラピスラズリの髪の色と瞳をした白人男性がいた。 周囲を見まわせばここは教会のようで、大勢の人間がこちらに注目している。 見たくなかったけど自分の手にはブーケがあるし、着ているものはウエディングドレスっぽい。 脳内??が多過ぎて固まって動かない私に美形が語りかける。 「マリーローズ?」 そう呼ばれた途端、一気に脳内に情報が拡散した。 目の前の男は王女の護衛騎士、基本既婚者でまとめられている護衛騎士に、なぜ彼が入っていたかと言うと以前王女が誘拐された時、救出したのが彼だったから。 だが、外国の王族との縁談の話が上がった時に独身のしかも若い騎士がついているのはまずいと言う話になり、王命で婚約者となったのが伯爵家のマリーローズである___思い出した。 日本で私は社畜だった。 暗黒な日々の中、私の唯一の楽しみだったのは、ロマンス小説。 あらかた読み尽くしたところで、友達から勧められたのがこの『ロゼの幸福』。 「ふざけんな___!!!」 と最後まで読むことなく投げ出した、私が前世の人生最後に読んだ小説の中に、私は転生してしまった。

別に構いませんよ、予想通りの婚約破棄ですので。

ララ
恋愛
告げられた婚約破棄に私は淡々と応じる。 だって、全て私の予想通りですもの。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

激レア種族に転生してみた(笑)

小桃
ファンタジー
平凡な女子高生【下御陵 美里】が異世界へ転生する事になった。  せっかく転生するなら勇者?聖女?大賢者?いやいや職種よりも激レア種族を選んでみたいよね!楽しい異世界転生ライフを楽しむぞ〜 【異世界転生 幼女編】  異世界転生を果たしたアリス.フェリシア 。 「えっと…転生先は森!?」  女神のうっかりミスで、家とか家族的な者に囲まれて裕福な生活を送るなんていうテンプレート的な物なんか全く無かった……  生まれたばかり身一つで森に放置……アリスはそんな過酷な状況で転生生活を開始する事になったのだった……アリスは無事に生き残れるのか?

公爵令嬢は豹変しました 〜走馬灯を見る過程で、前世の記憶を思い出したので悪役令嬢にはなりません〜

mimiaizu
恋愛
公爵令嬢ミロア・レトスノムは婚約者の王太子ガンマ・ドープアントを愛していたが、彼は男爵令嬢ミーヤ・ウォームに執心してしまった。 絶望したミロアは窓から身を乗り出して飛び降りた。地に落ちる過程で走馬灯を見るミロアだが、最後に全く別人の過去が見え始めた。 「え? これって走馬灯じゃないの?」 走馬灯の最後に見た記憶。それが前世の記憶だと気づいた時、ミロアは自分が俗に言う乙女ゲームの悪役令嬢のような立場にいることに気がついた。 「これは婚約を解消すべきね」 前世の知識の影響で自らの行動に反省し、婚約者に対する愛情を失ったミロア。彼女は前世の知識を応用して自分のために今後の生き方を変えていこうと決意した。

処理中です...