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近衛騎士団編 ~予兆~
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しおりを挟む私の前に揃って座る、近衛騎士団の御二方。
お茶とクッキーを楽しみながら、シオンが私に書類が入った封筒を差し出した。
「ゼクスレン様から聞いているかと思いますが、ここひと月程の王都近郊、並びに周辺地域の探索結果です」
「私が読んでいいのかしら?」
「構わない。ゼクスレン様からはエンジュに全て話しておいてもらって構わない、と言われている。魔術研究所としての判断は数日待つが、なるべく早く返答をくれ」
あー…どうしようかなり面倒事の予感。
書類受け取るだけ、じゃなくてここからさらに報告と相談、要請がある訳ね?やだなあ…責任負いたくないわ…
と思いつつ、封筒の中身を拝見する。
…ちょっと待って?これどれだけ量があるわけ…
「さすがに今ここで全てに目を通してください、と言うのも大変でしょうから、私から掻い摘んで報告します。それに合わせて軽く目を通してください」
「よろしくお願いします」
「・・・まず、王都近郊には大きく変化はありません。
ただ、周辺地域に見られるのが小鬼の増加傾向です」
「それって前にもアナスタシアが言ってたわよね?確かその後フレンも同じような事を言っていたと思うのだけど。それについては捜査は進んでいないという事かしら?」
「進んでいない、と言うに等しいな。恥を晒すようで済まないが、近衛騎士団には探索の魔法を得手としている奴が少ない。となると当然目視での探索が主になる訳だ。
もちろん重ねて魔法での捜索もしてはいるが、何分追いつかない」
「で、それに関するそちらの要望は?」
「魔術研究所から探索魔法の使い手を貸してほしい」
「既に選抜して王国、近衛両騎士団へ派遣する人員は整っています。その数では足りないという事かしら」
「その人数を入れても、まだ手が足りない」
「・・・こちらからこれ以上の人手は割けないわね。冒険者ギルドには応援要請は?」
「しているが、いい返事が得られない」
「・・・グラストンにも考えがあるのかしらね。こちらからも話をしてみましょう。申し訳ないけれど、魔術研究所としてもこれ以上の人員を出す事は難しいわね。期間が決まっている状態で人手を出す事は出来るけれど、今のように無期限でという訳にはいかないの」
「それは承知している」
報告書を確認していると、なんだか広範囲に索敵を広げすぎている感があるんだけどな。ローラー作戦でもしているのかしら?
「何かありますか?エンジュ様」
「索敵範囲がやたらと広いのは何故?」
「小鬼達の出現地域が広すぎて、場所を絞ることができないためです。もう少し範囲を狭められるといいのですが」
「・・・これ以上時間をかけてローラー作戦するのは時間の無駄じゃない?疲弊するだけだと思うけれど。
近衛騎士団、王国騎士団、冒険者ギルドと連携して地域を分担して調べるようにしたら?」
「それができればやっている」
「できないのは何故?何が問題?」
「指揮系統の違いだな」
「解決するには?何か意見は?」
「・・・その全てに一度に命令できる人間がいれば解決する」
「そう、ならそうしましょう」
「え」
「・・・何をするつもりだ?エンジュ」
「簡単でしょう、陛下に命令してもらえばいいわ。王命とあれば連携しないわけにはいかないのだし」
「それは・・・そうですが」
「そんな事で陛下の手を煩わすのか?」
「そんな事でって言うけど。1ヶ月かけてコレなのよね?
なら、どれだけあれば解決するの?時間をかけていられないのではないの?」
黙る2人。確かにこんな事…なのかもしれない。
けれど、陛下の命令ひとつで済むなら安いものなのでは?
ダラダラと時間をかけて、その結果小鬼が大発生でもしようものならどうしようもないし。
結果、それって王国の危機に繋がるのでしょう?
「言うだけならタダなのだし。陛下でなくとも、シリス王太子でもいいでしょう。つまり、その御三方が納得出来るならいいのだから。ゼクスレンに伝えるわ」
私はそのまま通信魔法を起動。
団長さんとシオンが『え、』と迷っている間にさっさと用件を伝えて飛ばす。
これを受け取ったゼクスさんがどう判断するかは分からないが、恐らく迅速に対応する為になんらかの措置をしてくれるだろう。
よし、とカップを取った私。
…お茶が勝手に増えている。近くにいるスライムがなんとなくドヤ顔をしている気がする。うん、気にしてはいけない。
「さて、私の判断は『王族に命令してもらう』ってことで。
ゼクスレンに委ねたから、後は向こうでどう判断するかによるでしょう。近日中に正式になんらかの報告があると思います。
・・・という事でよろしいかしら?」
「かしこまりました」
「スマンな、世話をかける」
「高いわよ?フレン」
「さて、何で返すかな?」
「そうね・・・」
********************
んー、と何かを考えるエンジュ。
何かを思いついた、というように俺を手招いた。
耳元に唇をよせ、内緒話。
…『お嬢』でなけりゃこんないいシチュエーション、無駄にはしないんだがな。
シオンが睨んでいるような気がするが。ったく仕方ねえだろ?お前がさっさと気付けば済む話なんだから。
「─────────、にしようかしら?」
「本気か?」
「ええ、ダメかしら?」
「わかった、都合を付ける」
内緒話も済ませ、俺達は退出する。
出動要請があってもいいように、隊を整えなければならないからな。
恐らくゼクスレン様はエンジュの話を受け入れるだろう。
俺も最終的には陛下の手を借りることになる、と思ってはいた。が、それは最終手段であって、まだ先の事と思っていた。
早めに手を打てるに越した事はない。
ボロボロと出てくる小鬼の群れ。それに混じって豚鬼や犬鬼の報告も届く。
「団長、ご機嫌ですね」
「あん?」
近衛騎士団までの帰り、馬車に乗るとシオンが話しかけてきた。ったくさっきまでダンマリだった癖にな?
エンジュが内緒話をしたのがそんなに気になるのか?
「エンジュと内緒話したのがそんなに気になるか?」
「そうですね、気になります」
「・・・ハッキリ来たな、お前」
「けしかけていたのは団長の気がするんですが?
・・・俺ももう目移りしてる場合じゃないと思いましてね。気になる女性がいるなら動かないといけないかと」
「・・・ようやく、本気になったか?」
「色々と本気になるのが遅すぎる気もしましてね、これまで」
『コーネリア姫』との事を言っているんだろう。
確かに、もっとさっさと行動を起こしていれば、お嬢が元の世界に帰ることは無かっただろう。グダグダと尻込みした挙句、帰る隙を与えちまったのが俺の見解だ。早ければ蓬琳へ行く前に捕まえられた…と俺は思っている。
『コーネリア姫』は『エンジュ』だ。
見た目はかなり違うが、中身は同じ…とはいえ言動や振る舞いはもっと年嵩の女性だが。本人から感じる雰囲気はほとんど変わっちゃいない。
この事を言うつもりはない。エンジュから頼まれたのもあるが、事前情報なとなくても、シオンはまたエンジュに恋をする事はわかっていた。
こいつにも、2年間色々な女が寄ってきていた。
もしかしたら、ひょっとして、とも思っていた。
誰か他の女が、こいつの傷を癒してくれるんだろうかと。
しかし結果はこの通り。シオンは『コーネリア姫』を忘れられずに、またエンジュに心惹かれている。
それでいい、シオンが心から選ばないと意味が無い。
エンジュも少なからず…いや、シオンの事を忘れちゃいないだろう。…の割に『獅子王』と関係していたようだが、そこは大人の付き合いというやつだ。他人が深入りするもんじゃない。
「『俺の愛人に会ってみたい』だそうだ」
「はっ!?キャロル様ですか!?」
「・・・とまあそれは口実で、アナスタシアをクレメンス邸へ里帰りさせたいんだろ。確かにジェラルドやスタークもアナスタシアに会いたがっていたからな」
「ご子息でしたね。もう大きくなってますよね。騎士団へ入れるんですか?」
「本人次第だな。ジェラルドは今年から教練には加わらせるが、そこから先は本人のやる気次第だろう。親の七光りでどうこうなるような世界じゃないし、俺は自分の子供だからといって贔屓する気はない」
「そうですね、そんな気持ちでやっていけるほどこの国の騎士団は甘くない」
他の国でどうだか知らんが、この国の騎士団試験はかなり厳しい。選考にも家名や名前は使わず、番号で呼ばれる。
どこそこの家の出…と話題になるのはそれこそ入団試験を通ってからの話になる。
選考する俺達にも情報が降りないんだから、事務方は本当に徹底していると言ってもいい。
…ま、入団してから先は王国騎士団ではどうなっているかわからんが。近衛騎士団に来る頃にはもう貴族でも平民でも腕がないとやっていけない。
さて、アナスタシアはエンジュが誘うとして…
キャロルに話をしないとな。
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